越えて国境、迷ってアジア

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#40

タイ・ビザ申請シンガポールの旅

文と写真・室橋裕和

 

 タイで働き、長期滞在するために必要なビザを手配するため、僕はシンガポールのタイ大使館に向かった。ビザの取得は海外暮らしの第一歩だ。膨大な必要書類の束を抱えて、いざ大使館へと申請に行ったのだが……。

 

 

アジア最先端都市に降り立つ

 僕は国際金融・ビジネス都市として名高いシンガポールの中心部、摩天楼の足もとでさっそうとタクシーを降りた。
 いつもならゲイランの裏町にたたずむシンガポール最下層の湿っぽい連れ込み宿に直行するのだが、この日ばかりは繁華街オーチャードもほど近いシャレオツなサービスアパートにチェックイン。家具や調理器具も整ったリッチな部屋の、大きく取られた窓からビル群を見渡してネクタイを緩めれば、気分は国際ビジネスマンだ。
 僕がシンガポールを訪れた目的は、タイ大使館でのビザ申請である。観光ビザではない。タイでの就労が許可され、長期滞在が可能なノン・イミグラントビザ(Bビザ)である。フツウに旅をしているだけでは絶対に手に入らないブツだ。そこらの国境マニア、出入国スタンプコレクターから一段ステップアップできる喜びをかみしめ、Bビザはいったいどんなデザインなんだろうと夢想した。

 

01

シンガポールに滞在していると自分も勝ち組になったかのような錯覚を覚える

 

 

国際ニートから脱却するのだ

 その当時、僕はタイでお気楽な無職生活を満喫していた。日本での過酷な労働に疲れ果ててタイに逃げてきて、しばらくのんびりぼんやり南国ゴロゴロ生活を送っていたのである。
 しかし根が勤勉なのか貧乏性なのか、国際ニート生活にも飽きがきていた。また貯金の額を考えると、そろそろ労働しないとまずいな、と危機感を抱きはじめてもいた頃だった。
 さらにこのとき僕は、タイに滞在するまともな身分を持っていなかった。日本人はタイにビザなしで30日間滞在できるが、その期限が迫るとカンボジアやラオスの国境に向かい、向こう側に入国して速攻で出国してタイに引き返してくると、再び30日間の滞在が許可されるのだ。これを「ビザラン」という(#4参照)。僕もビザランを繰り返して、1年ほどを過ごしていた口だった。
 しかし、僕のようにノービザでだらだらと暮らす外国人が多いことを、タイ政府はちゃんと把握していたのである。いかに懐の深いおおらかな国とはいえ、不良外国人のたまり場になっては困ると、少しずつ規制がはじまってきていた。何年もビザランを繰り返していた人が入国を拒否されたとか、一度日本でパスポートを更新しないともうタイに入国できないとか、在タイ邦人底辺のノービザたちは掲示板サイトなどで噂を交し合うのであった。

 

02

かの「シンガポール・スリング」発祥の地ラッフルズホテルだが、もちろん予算オーバー。見学だけに留める

 

 

入社後初仕事はビザ取得ツアー

 そんな折、僕のごときニートに声をかけてきた会社があった。日系の新聞社だった。週刊誌記者という前職を活かして、無職生活のヒマつぶしにときおりアルバイト的に記事を書かせてもらっていたのだが、その会社から「記者がひとり退職するから、代わりにお前が正社員として働け」というお誘いをいただいたのだ。
 数千の日系企業が進出し、多くの日本人が暮らすタイでは、日本語メディアという仕事も成り立つ。大手新聞・テレビ・通信社から、地方の小さな新聞社までもがバンコクに支局を置き、また現地で立ち上げた新聞やニュースサイト、フリーペーパーなどが乱立する。そんな会社のひとつに、僕はまんまと潜り込んだのである。
 しかし、タイの日系マスコミはブラック企業だというもっぱらの評判もあった。ロクに労働許可証も取らない、タイの労働基準法以下の賃金しか払わないなどと囁かれていた。
 だが幸い、我が社は某掲示板に書き込まれているほど黒くはなく、入社後最初の仕事がシンガポール出張、すなわちタイのノンイミグラント・ビザの取得であった。タイ国内ではなく、国外にあるタイ大使館もしくは領事館で申請・取得する必要があるのだ。ニートから一転、会社の経費でLCCではあったが飛行機で国境を越え、出張をカマすのである。
 タイ大使館はショッピングモールが立ち並び、観光客がそぞろ歩くオーチャード通りの一等地にあった。日本でいえば銀座のど真ん中といったところだろう。
 観光ビザを申請しに来ているザコどもを蹴散らし、Bビザ申請の窓口にて順番を待つ。僕が手にしているのは電話帳のごとき書類の束である。会社の登記関連ひと揃え、会社の財務状況やら売り上げ、役員のリスト、会社から僕に対しての招聘状、僕の前職の在職証明や経歴書、大学の卒業証明、その他その他その他……もちろんすべてタイ語か英語である。

 

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シンガポールを代表する観光&お買い物ストリート、オーチャード通り

 

04

せっかくのビジネストリップなのに、ついつい汚い屋台に立ち寄ってしまう

 

 

まさかのビザ発給拒否!?

 弊社の総務部がつくりあげた自慢の申請書類の束を抱えて、いざ係官に提出をする。さあ、発給してくれたまえ。
 だが……タイ人らしからぬ鋭い目つきにインテリメガネをかけた女性係官は、ひとつひとつ丹念に書類をチェックし、なにやらメモり、部下に指示を出し、けっこうシリアスだ。時間もかかる。
 はやく終わらせてクラーク・キーあたりで夜景を眺めながら祝杯を、と思っていたのだが、
「書類が足りません」
 冷然と告げられて、固まった。
「これでは受理できませんよ。会社の登記簿のなんたらかんたらと、あーたらこーたらが入っていないのですが」
 と英語で言われるが、難しい単語が理解できない。なにが足りないのだろうか。書類をつくったのは総務なのである。経費を使ってはるばるシンガポールまで来てビザ取れませんでしたというのは、いかに総務のミスとはいえ入社早々の大恥であろう。失態であろう。
「すみませんいったいどうしたらいいんですか!」
 フロアのスタッフが振り返る勢いで僕は係官に泣きついた。これではまたニートに逆戻りしてしまうかもしれない。せっかくうまい話に乗れたと思ったのに……。
 係官はひとつため息をついて、傍らの電話を差し出してきた。
「会社に電話しなさい。書類をつくった人につないで」
 言われるがままに国際電話をかけてみる。すぐに総務のノック嬢を問いただすと、電話の向こうで青ざめているのがわかるくらいの焦り方で、ひたすらに謝るのであった。
「代わって」
 係官とノック嬢はタイ語でなにやら協議をはじめた。話しながら、係官はパソコンを操作し、いくつかの書類をプリントアウトしていく。それは不足した書類だった。ノック嬢がpdfファイルをメールで送ったのだ。
「本来はすべての書類に、役員とあなたの直筆でのサインが必要なの。プリントアウトしたのはダメ。でも今回は特別にこれで許可します。原本は後ほど郵送してね」
 そう言うと係官は「微笑みの国」らしい素敵な笑顔を見せたのだった。
 こうして無事にビザは発給された。
 その後タイに戻って労働許可証を取得し、僕は晴れて国際社会にデビューを果たした。世界を股にかけるビジネスマンと言っても決してウソではなかろう。

 いまではあの係官のようなフレキシブルな対応は、きっと期待できないだろう。外国人の管理やビザに関して、タイは年々厳しくなっている。しかしパスポートにいまも輝くBビザは、しばらくタイで働いた僕の勲章のようなものである。

 

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*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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