ブーツの国の街角で

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#39

番外編 「あなたの知らないローマ」:旧市街にある6体の“しゃべる彫像”

文と写真・田島麻美

 

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  観光名所がひしめくローマの中心地に、ツーリストにはあまり知られていない6体の彫像がひっそりと立っているのをご存知だろうか? ローマ人の間ではとても有名なこの6体の彫像は「Statue Parlanti(スタートゥエ・パランティ=しゃべる彫像)」と呼ばれ、16世紀からずっとローマ庶民のアイドル的存在として親しまれている。
 「しゃべる像」と言っても、“実際に彫像がしゃべった”というようなホラーめいた伝説があるわけではない。貴族やローマ法王など強力な支配者たちに直接刃向かうことができなかった時代、庶民達は匿名で強烈な風刺を効かせた詩を書いて街の中心部に置かれたこの6つの像に貼り付け、支配者達の目に留まるように仕向けたという、いわば江戸時代の目安箱のような存在なのだ。彫像達はもはや原型を留めないほどボロボロになっているものもあるが、いくつかの像の近くには今でも独特のローマ弁で書かれた風刺メッセージを見ることができる。ローマ庶民に代わって権力者に抗議してくれた彫像達を、付近の有名スポットとともにご紹介しよう。

 

 

 

 

 

カンピドーリオからヴェネツィア広場へ

 

 

 

   ローマ市庁舎があるカンピドーリオの丘は、ミケランジェロが設計した広場やローマのシンボルである狼と双子の銅像、市庁舎裏手に広がるフォロ・ロマーノとコロッセオなど、ローマ観光の中心とも言える場所。そのカンピドーリオにあるカピトリーニ博物館の中庭にどんと横たわっているのが、6つの彫像の中でも一番大きな「Marforio(マルフォーリオ)」の像。古代ローマ時代の彫刻で、もともとはフォロ・ロマーノにある噴水の中に横たわっていた彫像だそうだ。16世紀後半にフォロから旧市街の中心地に運び出され、1592年にはカンピドーリオ広場の噴水の一部となった。現在では博物館内に置かれているが、広場に置かれていた時代には、この彫像に政府に対する抗議文がベタベタと貼り付けられていたらしい。博物館で管理されているため6つの彫像の中では保存状態が最も良い彫像である。カンピドーリオ広場からちらっとだけ姿が見えるが、じっくり鑑賞したければ入場券を買って博物館に入れば間近に見られる。
 

 

 

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ミケランジェロが設計したルネサンス建築の傑作・カンピドーリオ広場(上)。狼の乳を飲む双子の像はローマのシンボル。この先にはフォロ・ロマーノを一望できる展望スポットもある(中)。広場から、ちらっと覗き見できる巨大なマルフォーリオ像(下)
 

 

 

 

   カンピドーリオの階段を降りてヴェネツィア広場を右手に見ながら横切ると、サン・マルコ広場に着く。この広場に面したヴェネツィア宮殿の角に鎮座しているのが「Madama Lucrezia(マダーマ・ルクレツィア)」像だ。この像の由来ははっきりとわかってはいないが、胸元にあるドレスの特徴的な結び目から、古代ローマ時代の女神イシスかあるいはその巫女の彫像ではないかと言われている。6つの彫像の中では唯一の女性像で、胸像ながら高さは3mもある。15世紀のナポリ王アルフォンソ5世の愛人であったルクレツィアが、王の死後この辺りに移り住んだことから「マダム・ルクレツィア」の名がついた。その後1799年、ローマ共和国の時代にローマ市民が暴動を起こした際、地面にうつ伏せに倒れたこの彫像の背中に「私はもう見えません!」という張り紙がつけられたというエピソードが残っている。

 

 

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ローマの市内観光では何度もここを通過する旧市街の中心ヴェネツィア広場(上)。大貴族の館であったヴェネツィア宮殿とサン・マルコ大聖堂の間の角に鎮座する「マダーマ・ルクレツィア」像(下)
 

 

 

 

 

コルソ通り、スペイン広場周辺にある彫像

 

 

 

   ヴェネツィア広場を背にして、お次はショッピングストリートとしても有名なコルソ通りへ向かう。大通りの最初の角の左手にあるラータ通りの壁に埋め込まれているのが「Fontana del Facchino(ファッキーノの噴水)」。ファッキーノとは荷物の運搬人のことで、この樽を持った男性も労働者をモデルにしていると言われている。6つの彫像の中では一番若い像で、1580年に製作された。もともとは、コルソ通りに面したカロリス宮殿(現在はローマ銀行)の装飾だった。顔の部分の損傷がひどいのは、通りを行き来していた不良少年らがこの館に向かって石を投げつけたため、館の正面にあったこのファッキーノの顔が投石で傷んでしまったから。1874年にはコルソ通りよりもひっそりとした現在のラータ通りに移転された。樽から流れる水は古代ローマの水道を伝って運ばれている水で、今でも飲むことができる。
 

 

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ショッピング・ストリートとして知られるコルソ通り。噴水はもともとこの通りに面して置かれていた(上)。現在は一本裏手の静かなラータ通り沿いにある「ファッキーノ」の像。投石で顔が潰されてしまって、とても可哀想(下)
 

 

 

 

 

  コルソ通りをポポロ広場に向かってまっすぐ進み、有名ブランド店が軒を連ねるコンドッティ通りへ入る。真正面に見えるのは、ローマ市内でもトップ3に入る人気の観光スポット・スペイン広場だ。一年中ツーリストとショッピング客で人波が絶えないこのエリアにも、庶民の代わりにボヤキ続けてくれた彫像がある。スペイン階段を右手に見てまっすぐ正面に伸びたバブイーノ通りにある「Fontana del Babuino(バブイーノの噴水)」は、数年前に表面の清掃と修復が終わり今でこそキレイになったが、私が初めて見た時は悲惨な姿をしていた。背後の壁は張り紙と落書きだらけで真っ黒、バブイーノの体にもペンでぎっしり落書きされていた。もちろん、落書きの内容は政治に対する悪口雑言の嵐。「なんでこの像がこんな目に合わされなきゃいけないんだろう?」と同情したのだが、後になって彼こそが庶民の味方のしゃべる像だということがわかって納得した。現在のバブイーノ像は背後の壁もキレイに洗われているが、通りに並ぶ高級ブティックと貧相な彫像の落差はやっぱり激しい。
 

 

 

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一年中たくさんの人で賑わっているスペイン広場(上)。ポポロ広場へ向かうバブイーノ通りも高級ブランドのブティックや一流ホテルが軒を連ねている(中)。洗ってもらったばかりだけれど、やっぱり貧相なイメージが強い「バブイーノ像」(下)
 

 


 

ナヴォーナ広場からカンポ・ディ・フィオーリへ

 

   レストランやカフェが集まり、朝から夜中まで賑わっているナヴォーナ広場の近くにある「Pasquino(パスクイーノ)」の像は、6つの彫像の中でも一番有名な像として知られている。1501年、当時枢機卿だったオリヴィエーロ・カラファが貴族のオルシーニ家から購入した邸宅の前の広場を工事した際、地中から偶然発見されたのがこの古代ローマの彫像。名前の由来は定かではないが、カラフェ枢機卿がこの像を邸宅前に据えて以来、像の首に夜な夜な匿名の風刺詩が掛けられるようになった。ローマっ子は権力者に対する痛烈な皮肉をユーモアたっぷりに伝えるのが昔から得意で、気の利いた詩は瞬く間にローマ中に笑いのタネとして知れ渡ったそうだ。イタリア語の単語に政治的風刺詩を意味する「Pasquinata(パスクイナータ)」という言葉があるのだが、これはまさにこのパスクイーノの像に張られた様々な風刺詩が由来となっている。
  彫像の劣化を防ぐため、最近この彫像も綺麗に清掃され、身体中に貼ってあった風刺詩は取り除かれた。しかし、今でもこの像に「しゃべって欲しい」と望んでいるローマっ子は多く、体の代わりに台座の脇に置かれた掲示板には様々な不平不満がローマ弁で書き残されている。
 

 

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ベルニーニの噴水で有名なナヴォーナ広場にはカフェやレストランが集まっている(上)。ローマで一番有名なしゃべる像「パスクイーノ」。もともとはこの像の体や下の台座に風刺詩の紙が貼り付けられていたが、清掃後は彫像を痛めないよう隣に掲示板が出現した(中)。ローマ弁の風刺詩はもちろん、今日では世界中の観光客がメッセージを残している(下)。
 

 

 

 

 

  6つの彫像の最後は、カンポ・ディ・フィオーリ近くのサンタンドレア・デッラ・ヴァッレ教会の側面の壁、ヴィドーニ広場に面した場所に立っている「Abate Luigi(アバテ・ルイージ)」の像。恐らく古代ローマ後期の彫像であろうと言われているが、この彫像は首の部分がこれまで何度も壊されたり盗まれたりしているため挿げ替えられている。私が撮影した時は背後の建物が修復中であまり近寄ることができなかったのだが、それでも首から上がないのは一目瞭然だった。興味のある人はインターネットで「Abate Luigi」を検索すると、首付きの彫像の写真が見られる。
  6つのしゃべる彫像は旧市街の中心に点在しているので、徒歩でも数時間で見て回れる。観光やショッピングで近くへ行ったら、もう一歩先の角や裏道も覗いて見て欲しい。今でもひっそりと、ローマっ子に代わってボヤキ続けている彫像の顔が拝めるはずだ。
 

 

 

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毎朝新鮮な果物や生花が売られているカンポ・ディ・フィオーリの市場(上)。コルソ・ヴィットリオ沿にあるサンタンドレア・デッラ・ヴァッレ教会の側面、ヴィドーニ広場(中)。工事中のアバテ・ルイージ像。やっぱり首がなくなっていた(下)。
 

 

 

 

 

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<アクセス>

旧市街歩きの拠点となるヴェネツィア広場までは、テルミニ駅から市バス40,64,70,Hなど、多数のバスでアクセスできる。ヴェネツィア広場は旧市街のロータリーになっているので、サン・ピエトロ方面からもコロッセオ方面からもバスが乗り入れている。
 

 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回7月12日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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