韓国の旅と酒場とグルメ横丁

 韓国の旅と酒場とグルメ横丁

#39

新名所「ソウル路」に関する3つのストーリー

korea00_writer.gif 

    

 高速鉄道KTXが発着するソウル駅とその周辺は、旧市街の中心地でありながら、外国人観光客にはスルーされがちな場所だった。

 しかし、先々月、旧ソウル駅舎の西側にある万里洞(マンリドン)と、東側の南大門市場の南端(地下鉄4号線会賢駅付近)を結ぶ、全長約1キロの高架遊歩道「ソウル路7017(seoullo7017)」が完成してから、この辺りは名実ともにソウルの顔となった。

 今回はこのソウル路散歩がさらに味わい深いものになる、3つの逸話を紹介しよう。

 

 

悪童キムの逃走劇、菓子と女工の甘く危険な香り 

 

01

 「ソウル路7017」は1970年に完成したソウル駅高架路を、2017年に歩行者専用の遊歩道として再生したもの 写真提供:ソウル観光公社

 

「トドギャー!(泥棒っ!)」の声を背に、悪童キムとパク(当時、小学校4年生)は両手に菓子を握ったまま退渓路(テゲロ)に飛び出し、自動車をも追い越さんばかりのスピードでソウル駅方向に疾走した。

 つかまってたまるか! 1973年、当時の韓国は後に“漢江の奇跡”と呼ばれる経済成長が始まってはいたものの、まだ貧しく、子供たちにまで甘いものは行き渡らない。南大門市場や新世界百貨店辺りの露店で菓子を盗むのは日常茶飯事。スリルを楽しむなんて余裕はない。とにかく甘いものに飢えていたのだ。

 高架路をひたすら走る。追っ手は振り切ったが、今度はバスの運転手の罵声やクラクションの集中砲火を浴びる。右手に南大門、左手にソウル駅。地上50メートルの逃走劇。逃げ場はない。

 

02

1970年6月20日、開通間近の高架路(万里洞側)。左手に京義線が乗り入れていた西部駅舎が見える 写真提供:ソウル観光公社

 

03_2

1970年8月15日、朴正煕(パク・チョンヒ)大統領を招いて行われた高架路の開通セレモニー。悪童キムがここを駆け抜けるのは数年後 

写真提供:ソウル観光公社

 

04

上の写真と近い角度から見た現在のソウル路 写真提供:ソウル観光公社

 

 高架路が下り勾配になったら気持ちがラクになる。地上に降りればそこはホームタウン万里洞。キムのアボジは半島の西南端、全羅南道の貧しい離島からソウルドリームを胸に上京し、この地に根を張った。

 ソウル旧駅舎の西側(今のソウル路の東端)から忠正路駅辺りは、今でこそ高層マンションやオフィスビルが目立つ一等地だが、当時は地方から仕事を求めてやってきた女工たちが働く、縫製工場や印刷製本工場の密集地帯だった。60~70年代に劣悪な環境で働いていた若者の姿を描いた映画『美しき青年 チョン・テイル』(1995年)の世界そのままだ。表通りを歩いただけではわからないが、一歩路地に入ると、当時の名残を感じさせる建物が残っている。

 キムは子供心にも女工たちの純朴さ、苦労人特有のやさしさに胸を打たれた。そして、彼女たちの姿にぽっとなった。それは盗んだ菓子を路地裏でむさぼるときと同じくらい甘美な時間だった。

 キムは高校と大学で日本語を専攻し、兵役を経て日本に渡った。肉体労働のバイトをしながら語学学校に通い、やがてソウルの大手旅行会社に就職した。

 一方、悪童パクは菓子泥棒の味が忘れられなかったのか、その後もなだらかではない道を進み、ついには全斗煥(チョン・ドゥファン)政権下で設立された不良矯正施設「三清教育隊」に送られ、教育という名の虐待を受けた。

 すでに50歳を越えたキムは、今でも日本人を案内する仕事でソウル駅に来ると、当時の逃走劇を思い出すという。

 

 

ソウル路の東端、南山公園の熱い夜 

 悪童キムが女工に心を奪われていた1970年代から1980年代、韓国ではソウル五輪(1988年)に向け、右肩上がりの経済成長が続いていた。とはいえ、日本のバブリーな80年代とは比べものにならない。当時、庶民家庭ではまだ汲み置きの水を使っていたといえば、わかってもらえるだろうか。

 旧駅舎を背にソウル路(退渓路)を進むと、会賢駅4番・5番出口の手前には陸橋が横切っている。ここを左へ5分も歩けば南大門市場の西側に、右へ10分も歩けば南山のふもとの公園に行ける。

 

05

陸橋から南大門のふもとの公園に至る道は、朝鮮王朝時代、東西南北4つの大門を結んだ城壁があったところでもある。現在も復元が進んでいる。なお、陸橋をくぐると右手に見える白い雑居ビル(2階にカフェA TWOSOME PLACEがある)は、80年代まではアリランという観光ホテルで、日本人の利用が多かった

 

 週末の夕暮れどき、いつものように南大門市場に菓子を物色しに行ったキムは、不思議な光景に首をかしげた。尋常ではない数の大人の男女が手に手を取って陸橋を渡り、南山のほうへぞろぞろと歩いて行くではないか。

 あるとき、彼らについて南山方向へ歩いて行ったキムは、薄暗がりの公園のベンチや芝生の上で繰り広げられる男女の奇怪な行動を目の当たりにした。

 若者が気軽に利用できる宿泊施設などなかった時代、南山公園はかっこうのデートスポットだった。夜の南山散歩は悪童キムをひとつ大人にしたのであった。

 

 

1984年の名画『鯨とり』にソウル路の前身の姿が 

 70年代の悪童キムの逃走経路をたどって、南大門市場のほうからソウル路を西方向に歩く。旧ソウル駅舎が見えてくると視界が開け、左手にこの辺りではもっとも大きなソウル・スクエアビルが現れる。このビルは夜になると壁面に壮大なメディアアートが映し出され、なかなか見ものだ。

 

06

万里洞側から見たソウル・スクエアビルのメディアアート

 

 ソウル・スクエアビルの右手に、ちょこんと鎮座している南大門警察署の建物を発見し、ハッとした。ある映画のワンシーンがフラッシュバックしたのだ。

 

07

ソウル路から見たソウル・スクエアビル(左の茶色い建物)。その右が南大門警察署

 

 韓国では“国民俳優”とまでいわれるアン・ソンギ扮するインテリ浮浪者ミヌが、朝まだき、この警察署からふらりと出てくる場面だ。

 警察署の前では、“小さな巨人”の愛称をもつシンガーソングライター、キム・スチョル扮する大学生ビョンテが所在なげに佇んでいる。ミヌはビョンテにタバコをせびる。この場面で、ビョンテの左手に旧ソウル駅舎が、ミヌの右手には33年後にソウル路に生まれ変わる二重の高架路の姿が確認できる。

 

08

警察署から出てきたミヌとビョンテがタバコを吸う場面。左手に旧ソウル駅舎、右手にバスが通る高架路が見える。映画『鯨とり』より

 

 また、映画の中盤、離島から職を求めてソウルにやってきたものの、騙されて娼婦になったチュンジャ(イ・ミスク)を、ミヌとビョンテが救い出す場面でも、昼間の旧ソウル駅舎と高架路を見ることができる。

 

09

ミヌとビョンテが、盗んだ救急車でチュンジャを脱出させる場面。映画『鯨とり』より

 

10web

上の写真と近い角度から見た最近の旧ソウル駅舎と高架路(工事中のソウル路) 写真提供:ソウル観光公社

 

 高架路は2014年まで自動車専用道として現役だったのだが、まったく眼中になかった。なくなってみてはじめて愛おしく思うのだから勝手なものだが、この映画で再会できてうれしくなった。

 映画の名は『鯨とり』。悩める大学生が、浮浪者や田舎娘との旅を通じて、成長していくロードムービーだ。

 日本でDVD化されているこの作品、この夏、ソウル路を歩く前にぜひ観ておきたい。

 

11

 

*韓国に先んじて日本でDVD化された名画『鯨とり』。購入など詳細は、(有)西ヶ原字幕社へ↓

http://jimakusha.co.jp/kujiratori/

 

*『ソウルロ7017』散策は、日本語のボランティアガイドが同行する徒歩ツアーも利用できる。要予約で最大10人まで申し込み可能。詳細は↓

http://japanese.visitseoul.net/walking-tour

 

*取材協力:ソウル観光公社、(有)西ヶ原字幕社

 

*本連載の一部に新取材&書き下ろしを加えた単行本、『韓国ほろ酔い横丁 こだわりグルメ旅』が、双葉社より好評発売中です。ぜひお買い求め下さい!

 

kankoku_h1

『韓国ほろ酔い横丁 こだわりグルメ旅』

定価:本体1200円+税

 

*本連載は月2回配信(第2週&第4週金曜日)の予定です。次回もお楽しみに!

 

 

korea00_writer

korea00_writer.gif

紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/

紀行エッセイガイド好評発売中!!

korea00_book01

うまい、安い、あったかい 

韓国の人情食堂

korea00_book02

港町、ほろ酔い散歩

釜山の人情食堂

isbn978-4-575-31182-2

韓国ほろ酔い横丁 

こだわりグルメ旅

 

 

 韓国の旅と酒場とグルメ横丁
バックナンバー

その他のTRAVEL

ページトップへ戻る

ページトップへ戻る