旅とメイハネと音楽と

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#39

チェルケス料理のホックル

文と写真・サラーム海上

 

少数民族チェルケス人の家庭料理

  一泊二日のブルガズアダからイスタンブルのアジア側の町カドゥキョイに戻ると、ヨーロッパ側の町ベシクタシュにある行きつけのワインバー『Misket』のオーナー、ギュルシャンからチャットが届いた。
「映画監督のタンクットを覚えてる? 彼がサラームのためにホックルを自宅で作ってくれるそうよ。以前から食べたいと言ってたでしょう? 明日の昼は空いてる?」
 タンクットはイケメンの若手映画監督。最初に話したのは2010年頃だろうか、当然、場所は真夜中のMisketだったはず。以来、Misketに行く度に、友人たちと飲んでいる彼を見かけた。数年前、彼がコーカサス地方に起源を持つ少数民族チェルケス人と知った僕は、彼にチェルケス料理について根掘り葉掘り質問したことがあった。酔っ払っていたので、僕はその時の会話は全く覚えていないのだが、彼は「いつかチェルケス料理を作ってサラームに食べさせるよ」と言ったのをずっと覚えていてくれたのだ。

 しかし、ホックルって何だっけ? その場でグーグル検索してみたが、具だくさんのトマトスープのような写真が数枚見つかっただけで、どんな料理だか見当もつかない。
「明日の昼は空いてるよ。ただ、明日の夜の便で帰国するんだよ。ところでホックルってどんな料理だっけ?」
「帰国前に間に合って良かったわ! チェルケス料理なんて私も知らないわよ。たぶん、何か小麦粉を使った料理よ。では明日の1時にカドゥキョイのチョコレート屋で待ち合わせましょう!」

 

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塩サファーの男、ヌスレトアニキはグラフィティーが描かれるほど人気!

 

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5月下旬、イスタンブルのフルーツジューススタンドには様々な種類のジュースが並ぶ!

 

 当日はいつでも空港に向けて出発出来るよう、午前中のうちに荷物をまとめてから外出した。件のチョコレート店で名物だという生チョコレートといちごと生クリームのガラス瓶詰めをいただいていると、ギュルシャンが10分ほど遅れて現れた。

 

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チョコレート店『Çikolata Dükkanı Moda』の名物お菓子

 

「タンクットの自宅はここから歩いて3分くらいのところ。近頃はヨーロッパ側からアジア側に引っ越す友達がほんとに増えたのよ。まず肉屋で買い物を済ませましょう」
 ギュルシャンに連れられ、モダ通りを北に200mほど戻った所にある大きな肉屋『Özgür Kasap House』に入った。ここは以前、別の友人から料理を習った時にも立ち寄ったことがあり、店員は僕のことを覚えていてくれた。1938年創業の老舗で、羊や牛、鶏、七面鳥、その他、串に打ったケバブ用肉やソーセージなどの加工肉などが冷蔵什器の中で美しくディスプレイされている。ギュルシャンは約1.5kgの仔羊の足1本まるごとを買い、電気ノコギリでぶつ切りにしてもらった。

 

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カドゥキョイ・モダ通りにある老舗肉屋『Özgür Kasap House』の陽気なアニキ

 

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仔羊の足まるごと一本をお買い上げ!

 

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余分な脂を落とし、ぶつ切りにしてもらう


 タンクットの家はモダ通りからカドゥキョイ高校の裏手に回った閑静な住宅地にあり、一階の部屋には高校の昼休みの放送が流れ込んでいた。
「メルハバ、サラーム! ナスルスヌズ?(お元気ですか?)半年ぶり、それとも一年ぶりかな?」
「メルハバ、タンクット。ひょっとして昼間に会うのは初めてじゃないかな? 今日は招いてくれてありがとう! ところでホックルってどんな料理なの? ネットを調べても、まともな写真一つ出てこなかったよ」
「ハハハ、ホックルはチェルケス人の家庭料理で、レストランで出す料理じゃないからね。イタリアのコンキリエ(貝殻の形のパスタ)に似た手打ちのパスタを、エトスユ(肉のスープ、この場合は仔羊の足で取ったスープ)で煮たシンプルな料理さ。お腹にたまって、身体の芯まで温まるんだ。時間がかかる料理だから、さっそく作り始めよう!」

 

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随分前から知り合いのイケメン映画監督タンクット。昼間会うのは初めてでは?
 

 タンクットはまず、大きな圧力鍋にぶつ切りの仔羊の足と塩をぶち込み、たっぷり水を張ってから、火にかけた。
「僕の祖母は普通の鍋でコトコトと何時間も煮ていたよ。圧力鍋は使い方をよく知らないんだけど、煮る時間をかなり短縮出来るんでしょう?」
 いや、ちょっと水を張りすぎてると思うよ。弁から熱湯が吹き出す恐れがあるし、減圧するまで余計な時間がかかるから、水は少なめのほうがいいんだけど……普段からおっとりしているタンクットだが、こんな調子で本当に大丈夫か?

 

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圧力鍋で仔羊肉を煮る。ちょっと水量高すぎて危険じゃない?


「エトスユを作っている間にホックルを作るよ。まず大きなボウルに小麦粉750gに卵2個、水200cc、塩は大さじ1。この量は僕達5人には多すぎると思うだろうけど、美味しいから、つい食べすぎてしまうんだよねえ」

 

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卵を溶いて小麦粉に加える

 

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ダマがないようにしっかり両手で体重をかけてこねる

 

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5分ほどこねると、耳たぶの固さにまとまってきた


 ボウルの中で生地がまとまってきたら、それを打ち粉をふったテーブルの上で練っていく。5分ほど練って、耳たぶの固さになったら、ひとつかみちぎって、両手の掌でよじって、紐状に延ばしていく。
「直径1.5cmくらいまで延ばすんだよ。きれいな紐状にするにはまな板の上で延ばすと簡単だよ」
 次に延ばした紐状の生地をまな板に三本並べて、長さ2cmに切り分ける。

 

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ひとつかみちぎった生地を両手の掌で紐状に延ばしていく

 

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ギュルシャンもホックル作りに参加。直径1.5cmの紐状に

 

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延ばした生地を並べ、長さ2cmに切りわける


「ここからが肝心だよ。左手の掌に切り分けた生地をのせて、右手に持ったテーブルナイフで生地を手前から指先に向かってニュッと押さえつけるんだ」
 すると円筒形だった生地がクルッと薄い筒状になった。コンキエリというより寸詰まりのマテ貝のような見た目だが、とにかく貝殻状ではある。何か特別なコツでもいるのだろうかと思い、僕とギュルシャンが恐る恐る試したところ、一個目から難なくスルッと上手く出来上がった。

 

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ここがホックル作りのキモ! テーブルナイフで生地をニュルっと押さえつけると、クルッと巻きあがるのだ!
 

 実は僕は以前、別の友人の母親からチェルケス人の手打ちパスタ料理「ゲリス」の作り方を習っていた。ゲリスは鶏まるごと一羽を煮込んだエトスユに、茹で上げた手打ちパスタを和えていただく、いわばチェルケス版の「鶏ガラスープつけすいとん」だった。ホックルと似てはいるが、ゲリスのパスタはもっと紐状で、指先でクルクルとねじって作るのはなかなかのコツが必要だった。詳しくは拙著『イスタンブルで朝食を』を参照して欲しい。

 

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2013年に教わったチェルケス料理ゲリス。こちらは鶏出しのスープだった


 総勢五人での単純作業によりたった10分で約1kg分のパスタが出来上がった。お盆の上でパスタがくっつかないように、打ち粉をふりかけようとすると、タンクットに止められた。
「打ち粉は出来るだけ使わないで。理由は後で教えるから」

 

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ホックル生地の完成。あとは茹でるだけ!

 

 その間、圧力鍋は約20分も加圧してから放置しておいた。蓋を開けると、薄く白濁したスープの中に骨付きの仔羊肉が浮かんでいる。おお、美味そう! これだけ加圧したら、肉はトロトロで骨から簡単に外れるはず。

 タンクットは鍋から肉塊を取り出し、すりつぶしたにんにくをスープに加え、さらに塩コショウで味を調えた。
「エトスユも出来上がったよ。あとはエトスユでホックルを茹でるだけさ」

 

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圧力鍋の蓋を開けると、ムワっとイイ香りが広がり、エトスユの中に骨付きの仔羊肉が浮かんでいる!

 

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トロトロに煮えた肉はいったん取り出しておく


 再び鍋を火にかけ、沸騰したところでホックルを加えていく。
「打ち粉が多いとエトスユが濁ってしまうんだ。美しく仕上げるためには打ち粉は最小限にしないと駄目なんだよ」
 なるほど、パスタを別の鍋に沸かしたお湯で茹でるのではなく、スープの鍋で直接茹でるのなら確かに余計な粉など使わないほうがいい。
「茹でる時間は10分から15分、意外と歯ごたえがあるから長く茹でたほうが美味しいよ」

 

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エトスユが再沸騰したら、ホックル生地を投入!

 

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浮かび上がってきたホックルを10~15分茹でる


 茹で上がったら、スープ皿にホックルとエトスユを盛り付け、真ん中に骨付きの仔羊肉をガツンと配置する。これはインパクト強い、見た目勝負の一品だ。お好みで黒胡椒をふりかけてから、いただきます!

 

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茹で上がったら、スープ皿に取り分ける

 

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肉を中央にガツンと配置して、黒胡椒をふるとホックルの完成! 


 う〜ん! 仔羊の足一本を使ったエトスユはやっぱり滋味深いなあ。とても塩、胡椒、にんにくだけの味付けとは思えない。アミノ酸バンザーイ! そして、薄く丸まったパスタにはエトスユがしっかり染み込んでいる。しかも、讃岐うどんのようなコシの強さもイイ。さらに中央にドーンと鎮座した骨付き肉は骨から簡単に肉が外れ、肉はトロトロだ。老舗の肉屋で買った新鮮な肉はやっぱり美味いなあ。
 ところでホックルを日本で再現するにはどうしたらいいだろう? 日本で仔羊の足一本まるごとの肉を手に入れるには、ネット通販でオーストラリア産の冷凍肉を買うくらいしかないかなあ? 仔羊の代わりに牛を使うか? そんなことを考えていると、スープ皿一杯のホックルは一瞬で食べ終わってしまった。迷わずお代わりだ! 
 どうせ今日この後は、帰りの飛行機に乗り込むだけ。機内食なんてパスしちゃえばいいのだ。美味いものを心置きなくいただいてから帰国しようじゃないか!

 

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圧力鍋で煮た肉は当然トロトロ! ホックルはコシが強く食べごたえあり!
 

 

チェルケス人の羊スープすいとん

 
 今回のレシピは当然ホックル! 

 

■ホックル(チェルケス人の羊スープすいとん)

【材料:5~7人分】
仔羊の足一本をぶつ切りに、または骨付き肉を1.5kg
水:2リットル
塩:小さじ2
黒胡椒:小さじ2
にんにく:5かけ:すりおろす

*ホックル(パスタ)

強力粉:500g
薄力粉:250g
卵:2個:溶いておく
塩:大さじ1
水:200cc

*仕上げ

黒胡椒:お好みで

【作り方】
1.大きな圧力鍋にぶつ切りの仔羊肉、水1リットル、塩、黒胡椒を入れ、火にかける。圧力鍋の説明書に従って、10〜20分加圧し、火を止める。
2.ボウルに強力粉、薄力粉、溶き卵、塩、水を入れ、両手で体重をかけて、耳たぶの硬さにまとまるまで、よく捏ねる。
3.生地をひとつかみちぎり、紐状に延ばす。生地を全て直径1.5cmまで延ばす。まな板に横に並べ、ナイフで長さ2cmに切り分ける。
4.左手の掌に3をのせ、右手に持ったテーブルナイフで手前から指先に向かってニュッと押さえつける。生地がクルッと薄い筒状になったら出来上がり。単純作業なので大人数で取り掛かろう。
5.1の圧力鍋が減圧したら、蓋を開け、肉を取り出す。残りの水1リットルを足し、再び火にかけ、すりおろしたにんにくを加える。
6.沸騰したら4を鍋に入れ、弱火にして10~15分、好みの固さまで茹でる。
7.スープ皿にとりわけ、真ん中に取り出しておいた肉を置き、黒胡椒をふっていただく。

 

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ホックルとタンクット
 

 

*次回からはイスラエル編です!

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。次回もお楽しみに! 〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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