ブルー・ジャーニー

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#39

スカンジナヴィア 神の休日〈2〉

文と写真・時見宗和 

Text & Photo by Munekazu TOKIMI

いちばん大切なことは

 アルペンスキーレース史上、ただひとり“神”と呼ばれたインゲマル・ステンマルクは、1989年、日本の志賀高原で16年間の現役生活にピリオドを打った。

 引退の翌年、取材の話が持ち上がり、たまたま同時代に生まれた幸運にぼくは飛びついた。

 

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 さいしょの取材地はカナダのナキスカ、フィルムが切れてしまうほどの寒さの中で過ごした1週間。神は寡黙だった。扉の向こうに広がる宇宙を鍵穴からのぞきみるような取材となったが、しかし、それでも十分すぎるほど魅力的だった。目のまわりに跡が付くほど、ぼくは鍵穴に目を押しつけつづけた。

 翌年の取材地はオーストリアのレッヒ。1年ぶりに再会すると、扉はほんのすこし開かれていて、鍵穴に目を押しつける必要はなくなっていた。その翌年、スイスのツェルマットに駆けつけると扉はさらに開かれていた。

 変化はゆるやかだったが、たしかだった。扉がふたたび閉ざされることはなかった。

 初めての取材から16年目、祖国スウェーデンのストックホルム。きらめく川面を渡ってきた風が、開け放たれた扉を吹き抜けていった。

 

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 ナキスカでの取材、覚えていますか?

「うん、とてもいいところだったけど、ちょっと寒かったね」

 気温がマイナス20度を下まわっていて、おまけにものすごい強風だった。

「北米のスキー場はどこもすごく乾燥している。条件が一定だから、イージーなスキーができる。その点、日本の雪はむずかしい。湿っているし、日が当たるとそこだけ引っかかるような雪になる」

 74/75シーズンに初来日。初めての苗場でジャンアント・スラロームの種目別優勝を決めていますね。

「うん。でもじつはすごく手こずっていたんだ」

 ワールドカップで通算86勝。内訳はスラローム40勝、ジャイアント・スラローム46勝。ほぼ同数ですが、どちらが好きだったのでしょう。

 めずらしく即答。

「ジャイアント・スラローム」

 理由は?

 さらに即答。

「むずかしいから」

 

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 現役時代、トレーニングでかなりはげしく追いこんだと聞いています。

「いま思えば、内容も時間もハードにやりすぎていた。限界を超えていたかもしれない」

 たとえばどのようなことを。

「起伏のあるところを走るクロスカントリー的なランニング、あとはジャンプ系のトレーニングを多くやっていた」

 チームメイトといっしょに?

「いや、ひとりで。トレーニング・プログラムについてコーチから説明を受けたけれど、やるのは自分だから、それをそのままやるということはなかった。自分がやりたいことをやる、基本的にはそれがすべてだった」

 計画も自分でたてる。

「計画はたてなかった。朝起きたときにすべて決めていた。まずトレーニングをするかしないかを考え、やると決めたら、つぎになにをするかを考えた。たとえば、今日はちょっと山登りをやろうとか」

 トレーニングをやらないという選択肢もあった。

「もちろん。今日はやりたくないと思ったらぜったいにやらなかった。そういうときは、なにかちがうこと、やる気になっていることをやることにしていた」

 

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 そう考えるようになったのはいつごろからですか?

「子どものころからそうだった。スキーの練習は放課後で、おもしろくてしょうがないと思ったときは、何本も何本もナイターで滑った。逆にやる気がないときは滑らなかったし、今日は集中して2本だけ滑ろうと思ったら、かならず2本でやめた」

 自分に忠実に。

「気持ちも練習量も、日によって変化した。おなじことを毎日コンスタントにやることはぜったいになかった」

 そして、やる気があるときはいつも限界を超えていた。

「そう」

 しかもやる気のあるときがほとんどだった。

「そうだったかもしれない(笑)」

 いまも、朝起きたら、今日はこれをやろうと?

「うん」。インゲマルは真顔でうなずき、照れたように付け加えた。「でも時々だよ。毎日じゃない」

 

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 ワールドカップにデビューしたのが17歳のとき。学校には何年間通ったのでしょう。

「9年間」

 就学時間がみじかいのに、インテリジェンスがあるのはなぜでしょう?

「いちばん大切なことは、ほんとうに興味を持っているものがあるかどうかなんだ。それについて知りたいと思えば、詳しくなり、ものの考え方を覚え、さいごは哲学に到達する。学校の先生から聞いた話だけれど」

 それからインゲマルはもうしわけなさそうに言った。

「そろそろ行かなければならないんだ。いっしょに夕食を取ることはできないけれど、すごくいいレストランを紹介する。塔の上の海が見えるレストランなんだ。今日の夕陽はきっときれいだと思う」

 

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 さいごにいくつか質問をさせてください。

 ノートのあいだから質問項目を書いた紙を引っ張り出すと、インゲマルが興味深そうにのぞきこみ「これはきれいな字? きれいじゃない字?」

 さいしょの質問です。好きな言葉は?

「うーん」

 深く考えず、インスピレーションで。

「雪」。ようやく答えた直後、すぐに訂正。「いや、雪は2番目、いちばん好きな言葉は太陽だ」

 きらいな言葉を。

 15秒間ほど沈黙。インゲマルとの会話においてはごくふつうのインターバルだ。

「I can’t」

 答えられない?

「いや、そうじゃない。I can’t=わたしにはできない、という言葉がきらいなんだ。だれだってやろうと思えばなんでもできる。それなのにあきらめてI can’tと言うのは好きじゃないんだ」

 生まれ変わったらなにになりたいですか?

 15秒を越えて、なおも沈黙。

 なんでもけっこうです。職業ではなく、動物でも。

 つぎの質問に移ろうかと思ったとき、インゲマルが口を開く。

「棒高跳びの選手」

 棒高跳びの選手?

「小さいころからなりたかったんだ」

 雪国のスウェーデンに生まれ育ったのに、どうしてそんなことを?

「うん、テレビで見て」

 

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 なりたくない職業は?

 初の即答。

「スキーレーサー」

 理由をたずねると、ふたたび即答。

「すでに1回やったし、それにトップで居つづけることはものすごくむずかしいから」

 きらいな感覚は?

「人からいつも監視されているような、のぞかれているような感覚」

 ずっとそういう状態に置かれていましたね

「20年前はどこにいくのもつらかった。世界のどこに行ってもみんながぼくのことを知っていて、追いかけまわされたから」

 いまは? 今日も、ここに来るまでのあいだ、何人も振り返っていましたが。

「ほんのすこしだから、ぜんぜんだいじょうぶ」

 それでは好きな感覚は?

「静止した状態からスーっと動き出す感覚。スイミング、自転車、車、どれも好きだけど、でもなんといっても気持ちがいいのはスキー。自分の力もエンジンの力も使わず、なにもしなくても、スーっと動きはじめるあの感覚がたまらない。もしかしたら、あの感覚が、ぼくがスキーが好きな理由のほとんどを占めているのかもしれない」

 さいごの質問です。天国に行ったら、神になんと言われたいですか?

 15秒とすこしの沈黙。

「よくやった」           

 

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(神の休日、了)

 

 

 

*本連載は月2回配信(第2週&第4週火曜日)予定です。次回もお楽しみに。

 

 

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時見宗和(ときみ むねかず)

作家。1955年、神奈川県生まれ。スキー専門誌『月刊スキージャーナル』の編集長を経て独立。主なテーマは人、スポーツ、日常の横木をほんの少し超える旅。著書に『渡部三郎——見はてぬ夢』『神のシュプール』『ただ、自分のために——荻原健司孤高の軌跡』『オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組』『[増補改訂版]オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー 蹴球部中竹組』『オールアウト 楕円の奇蹟、情熱の軌跡 』『魂の在処(共著・中山雅史)』『日本ラグビー凱歌の先へ(編著・日本ラグビー狂会)』他。執筆活動のかたわら、高校ラグビーの指導に携わる。

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日本ラグビー 凱歌の先へ
編著・日本ラグビー狂会

     

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