旅とメイハネと音楽と

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#38

イスタンブル南東部の島・ブルガズアダ

文と写真・サラーム海上

 

フェリーに乗って「城塞の島」へ小旅行

 2017年5月中旬、総合フェス「Cappadox」の取材を終えた僕はいつものようにイスタンブルに戻った。

 今回の滞在は6日間。その間、いつものように友人たちと飲み歩き、新市街にある人気のフュージョン系レストランを取材し、少数民族チェルケス人の友人の家に伝わる伝統料理をごちそうになる予定を立てていた。友人たちと連絡を取り合い、レストランを予約し、予定を全てカレンダーアプリに書き込むと、四日目が丸一日空いていることに気づいた。

 イスタンブルにとどまってもいいが、一泊だけの小旅行に出るのも悪くない。そこでカドゥキョイから船で45分ほどの距離にある「城塞の島」を意味する「ブルガズアダ」に出かけ、海の幸料理を満喫することにした。

 イスタンブルの南東部のマルマラ海に浮かぶ9つの小さな島々は「クズルアダラル(王子の島々)」または単に「アダラル(島々)」と呼ばれている。オスマン帝国時代に王位継承権の順位の低い王子たちが島流しにされたことからそう名付けられた。

 現在ではイスタンブルの夏の湿気を嫌う富裕層たちの別荘地、そして庶民にとっても真夏のリゾート地として人気が高い。ギリシャ系住民が多く暮らし、キリスト教会が目立つ。自動車交通が禁止されているため、空気は澄んでいて、自然が美しいことでも知られている。9つのうち最も大きな島「ビュユックアダ(大きな島)」へはイスタンブルからの一日観光ツアーも行われている。今回はイスタンブルからのフェリーで二番目に到着するブルガズアダを訪れた。

 

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ブルガズアダとイスタンブルを結ぶフェリー

 

 お昼の12時20分にカドゥキョイ埠頭からフェリーに乗り込む。船はカドゥキョイの海岸に沿ってゆったりと南へ進み、30分後にはアダラルの最初の島「クナルアダ」に到着した。そこで5分の停船時間の後、さらに10分南下し、13時5分ちょうどにブルガズアダに到着だ。

 

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フェリーの中でチャイを一杯

 

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マルマラ海のフェリーを追いかけてくるカモメ

 

 5月中旬の気候は暑くも寒くもなく小旅行には最高のはずだが、ブルガズアダの埠頭で降りたのはほんの十数名だった。4年前、真夏に訪れた際は平日にもかかわらず、埠頭から人があふれるほど混み合っていたのだが、まだシーズンオフということだろう。

 埠頭から左側に延びる海沿いの道に椅子とテーブルを広げた魚介レストランが7軒ほど並んでいた。ちょうど小腹が空いてきたので、一番お客さんが多く賑わっている店に入った。

 

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ブルガズアダの埠頭から見たレストラン通り

 

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埠頭前のレストラン通り

 

 まず生ビールをグイっと飲みながら注文したのはイカリングフライ、豆アジの唐揚げ、塩漬けアッケシソウのオリーブオイルマリネ、そしてタコのギュヴェッチの四品。

 イカリングフライはイスタンブルのメイハネでもよく目にする。日本よりも小さくて柔らかいイカに衣を付け、身に火が通り過ぎないようにサクッと揚げる。添えられているのはトルコ語で「タラトル」と呼ばれる一種のタルタルソース。タラトルはヨーグルト、おろしにんにく、パン粉、オリーブオイル、おろし胡桃、レモン汁をよく混ぜ合わせただけだが、魚介のフライと相性が良い。

 豆アジの唐揚げもイスタンブルのメイハネでよく見かける料理だ。エラと内臓だけ切り欠き、ぜいごを取らずに小麦粉をふってフライにする。ルッコラや赤玉ねぎのスライスを口に入れ、ムシャムシャといただく。レモンを絞る人が多いが、僕はトルコ南部式にざくろビネガーをかけるのが好きだ。

 アッケシソウまたはシーアスパラガスと呼ばれる野菜は日本ではほとんど見かけないが、トルコの沿岸部ではとても一般的。軽く茹でたものをにんにくとともに塩漬けにして軽く発酵させた漬物はお酒のつまみに最高。このお店では赤唐辛子とディル、オリーブオイルでマリネしていた。

 

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塩漬けアッケシソウのオリーブオイルマリネ

 

 そして、タコのギュヴェッチは予想していた以上の味だった。圧力鍋で柔らかく煮たタコの足一本を耐熱皿のギュヴェッチに入れ、たっぷりのバターとともにオーブンに入れ、表面が焦げるまで焼き、仕上げにタイムの亜種であるケキッキと、赤唐辛子粉のプルビベールをふりかけてある。熱々に溶けたバターが泡を立てている。

 ちぎったパンを漬けて、フーフー吹いて冷ましてから口に入れると美味い! 素朴な漁師の料理に違いないが、タコからの出汁がバターと溶け合い、さらに焦げたタコの身が実に香ばしい! よく冷えた白ワインとの相性も最高だ。

 

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熱々のバターが泡立つタコのギュヴェッチ

 

 昼飯を済ませ、予約しておいた宿『Hotel Pyrgos』にチェックインすると、後、やれることは腹ごなしに直径1.5kmほどの小さな島を歩いて回ることくらいだ。荷物を部屋に置き、カメラだけ持って散歩に出た。

 

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埠頭から海沿いの道を500m西側に歩いたHotel Pyrgos

 

 まだオフシーズンのため、島をぐるりと半周する通りにもほとんど誰も歩いていない。10分ほどで夏の間にはBaBa ZuLaなど地元の人気バンドが出演するライヴハウス&バーにたどり着いたが、当然、閉まっていた。そこからは坂道や階段を登り、島の内陸へと向かったが、どの道も袋小路になっていて、その先には美しい花や植物で飾られた富裕層の別荘やキリスト教会が建っていた。

 

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典型的なブルガズアダの民家。色鮮やかな花に囲まれている

 

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島は坂道ばかり

 

 人がほとんど通らない道で一番我が物顔なのは野良猫だ。日本でも昨年末に公開されたドキュメンタリー映画『猫が教えてくれたこと』でも描かれたとおり、イスタンブルの路上は野良猫であふれている。イスタンブルとくらべて住民も少なく、自動車も道を通らないブルガズアダでは、野良猫はよそ者を怖がらない。近づいてカメラを向けても、逃げもせず、ブスっとした顔で睨まれるだけだった。

 海沿いの道、坂道を歩き周り、埠頭近くにある幾つかの商店が並ぶ通りまで戻ってきた。もう本当にやることはない。宿の部屋に戻って、夕寝でもしよう。

 

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偉そうにこちらを見つめる野良猫ども

 

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宿に戻っても野良猫が偉そうにしてる!

 

 まだ日が沈むまで一時間くらいある午後7時、宿のレストランに入り、地酒ラクをチビチビやりながら、料理を注文する。グリーンサラダ、カタクチイワシの酢漬け「チロズ」、アーティチョークと野菜のオリーブオイル煮、魚のスープ「バルック・チョルバス」、そしてメインディッシュには小海老のチーズグラタン「カリデシ・ギュヴェッチ」。

 グリーンサラダとチロズはイスタンブルのメイハネでも定番のメニューだ。アーティチョーク、トルコ語で「エンギナル」は季節が春に限定の野菜。フランスなどでは花弁ごとまるごと塩ゆでして、花弁の内側まで歯でこそげ落として食べるが、トルコでは花弁は全て捨ててしまい、柔らかい芯の部分だけを食べる。人参やそら豆など野菜とともにたっぷりのオリーブオイルで蒸煮にしたものを冷蔵庫で冷やした前菜はラクのつまみとして最高だ。

 

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夕飯には当然地酒「ラク」をボトルで!

 

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カタクチイワシの酢漬け「チロズ」

 

 バルック・チョルバスはトルコ版のアラ汁、メニューに見つけると必ず頼んでしまう。店によって作り方は異なるが、多くの場合、スズキのアラを香味野菜とともに煮込んで濾したスープを卵黄とレモン汁で乳化させている。こんな魚の出汁だって飲めるのだから、トルコにいたら日本料理が恋しくなることは全くないわけさ。

 

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スズキのアラ汁「バルック・チョルバス」

 

 時間を置いて運ばれてきたカリデシ・ギュヴェッチ。円形の耐熱皿の中にはトマトソースとチーズとともに小海老がたっぷり沈んでる! これもイスタンブルのメイハネの定番メニューだが、島の小海老は直径1.5cmほどの小さな小海老で、普通の小海老よりも出汁が強いんだ。次回、日本で作る際も小さな海老で試してみよう。

 

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小海老のチーズグラタン「カリデシ・ギュヴェッチ」

 

 食後のデザートにはお店からメロンをサービスしてもらった。トルコのメロンは水分が多くて、これまたラクと相性がいいんだ。白チーズ一切れとメロン一切れさえあればラクを延々と飲み続けられるくらいだ。

 

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お店からのサービスは冷たいメロン!

 

 午後8時を回る頃にはすっかり日が暮れていた。マルマラ海を挟んだ向こう側には1500万人以上が暮らす大都市イスタンブルの灯りが浮かび上がる。たった45分、フェリーに乗って移動しただけで、いつもの町を外側から見渡すことが出来た。いつもの定番メニューがさらに美味しく感じられる小旅行となった。

 

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午後8時すぎ、海の向こうにイスタンブルの町の灯りが!

 

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翌朝、明け方の部屋のテラスから見たマルマラ海

 

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ブルガズアダの埠頭入口。真夏にはここに観光客が溢れかえる

 

 

胡桃とドライトマトのペーストの作り方

 さて今回の料理はイスタンブルのメイハネでいただいた胡桃とドライトマトのペースト、「ジェヴィズリ・クルドマテス・エズメスィ」。ドライトマトと胡桃さえあれば、あとは簡単。フードプロセッサーがなくとも、包丁とすり鉢でも作れる。パンに塗ると止まらなくなること請け合いだ!

 

■ジェヴィズリ・クルドマテス・エズメスィ

【材料:作りやすい量】      

ドライトマト:20枚

胡桃の実:1/2カップ

おろしにんにく:1かけ分

レモン汁またはざくろビネガー:大さじ2

EXVオリーブオイル:大さじ2

プルビベール(韓国の赤唐辛子フレークで代用}:小さじ1/2

黒胡椒:少々

ケキッキ(乾燥タイムで代用):少々

クミンパウダー:少々

塩:適宜

【作り方】

1.ドライトマトは水で埃を洗い落とし、ペーパータオルで水気を拭き取り、フードプロセッサーで粗くすりおろし、ボウルに移す。

2.フードプロセッサーに胡桃の実を入れ、粗くすりおろした後、①のボウルに加える。

3.おろしにんにく、レモン汁またはざくろビネガー、EXVオリーブオイル、プルビベール、ケキッキ、クミンパウダーを加え、ざっくりと混ぜ合わせる。

4.平皿に薄く盛り付けて出来上がり。パンですくっていただく。

*ドライトマトに塩気が足りない場合のみ、塩を加える。

 

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ジェヴィズリ・クルドマテス・エズメスィ。胡桃とドライトマトさえあればあとは簡単!

 

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。次回もお楽しみに! 〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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