越えて国境、迷ってアジア

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#37

韓国・DMZツアー〈後編〉

文と写真・室橋裕和

 

 時あたかも北朝鮮がミサイル実験を繰り返し、あまつさえICBMをブッ放した2017年7月。次第に緊迫度を増していく朝鮮半島に僕はいた。両国の軍事境界線はいったい、どんな状況なのか。


 

北朝鮮は首都からすぐそばだった

 なんという近さなのか。
 首都ソウル中心部から、バスでほんの30分程度なのである。灰色に沈むイムジン河の彼方には、北朝鮮の大地が見えた。この距離感には、住んでもいない僕ですらちょっと恐怖を覚えた。ICBMどころか、首都は北朝鮮領内からの迫撃砲の射程内なのである。あの向こうから、いまにも100万ともいわれる北朝鮮陸軍が攻め込んでくるかのような気さえする。
 左手に両国の境界線をなすイムジン河を望みつつ、我がツアーバスはさらに北朝鮮へと近づいていく。ソウル発DMZ(軍事境界線)の各地を巡る観光ツアーは、半島情勢が緊迫しつつあったこの夏も、しっかり催行されているのであった。

 

 

禁断のDMZはテーマパークになっていた

 僕は国境情勢を探るスパイのような気分でバスに身を沈めていた。バスに乗っているのは日本人3人、欧米人が15人ほど。それぞれ日本語と英語のガイドのもと、DMZを目指す。ツアーでの訪問しか許されない場所なのだ。不測の事態が頭をかすめるが、日本人担当ガイド・チャンさんが微笑む。
「着きました、臨津閣(イムジンカク)です。ここには自由の橋があります。1953年に朝鮮戦争は休戦になったとき、およそ1万3000人の捕虜が、この橋を通って北から帰ってきました」
 そのとき感激のあまり「自由マンセー」と叫んだことから、自由の橋と呼ばれているのだそうだが……。
「なんだこれは!」
 思わず声を上げた。その橋のたもと、目の前に現れたのはどう見たってテーマパークなんである。大きな駐車場にはツアーバスが並び、なにやら前衛的なフォルムの建物の中には、土産物屋やらファストフード店やらコンビニやらが立て込み、大賑わいである。みんなしてDMZチョコやDMZキャップ、DMZバッジに群がり爆買いしているのであった。DMZゴルフボールというのもあったが、いったいなんの関係があるのか。売れるのだろうか。
 ア然としているとチャンさんは「ここでの停車時間は10分ですから、すぐ戻ってきてくださいね」と非情なことを言う。いちおうマニアとしては、橋は念入りに撮影せねばなるまい。また日本統治時代に使われていたという鉄道車両もターゲットだ。本来ならば兵士の目を盗んで国境の密景を盗撮しようと思っていたのだが、いかにもな観光地も楽しいものだ。

 

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臨津閣に停車する我がツアーバス。左手の建物の中はショッピングモールのようになっている

 

02

けっこう人気だったDMZキャップはひとつ1万6000ウォン(約1600円)なり

 

 

北朝鮮に最接近する駅

 その後はパスポートチェックののちに「北朝鮮にもっとも近い駅」都羅山(ドラサン)駅への訪問となる。周囲はもう軍事エリアで、人家もなく、軍が警戒をしている。ようやく、やや緊張感が出てきた。
 がらんとした駅構内。1000ウォン(約100円)のチケットを買えばホームにまで入ることができるのだが、
「ここでは15分ですよ」と、チャンさんは僕にだけ強く念を押してくるのであった。先ほどは撮影に夢中になるあまり5分ほど遅刻をしていた。日本人のキモイ戦史マニアとでも思っているに違いない。
 それに間違いはないのだが、15分は酷である。小さな駅だが見どころは多いのだ。
 ホームまで行けば、北朝鮮といちおう接続している鉄路が見える。そこからDMZを越えた向こうには、北朝鮮側の玄関口、ケソンの街が広がっているのだ。一時期は経済特区が設置され、韓国側の企業が工業団地をつくったのだが、北朝鮮の弾道ミサイル発射実験を受けて、2016年2月から操業を停止している。
 国際情勢が激しく揺れる現場に立っている……シブく北の空を仰いでみるのだが、別のツアーバスから降りてきた日本人の若者どもが「なにこれー」「ガラガラじゃん」「ていうかどこ、ここ?」「はやくカジノ行こうよ、飽きたあ」とか騒いでムードをブチ壊してくれるのであった。
 駅ではミニスタンプラリーも催されており、4種類の訪問記念ハンコを恥ずかしながらしっかりとゲットしてしまった。さらにやっぱり営業している土産物屋を物色していると、駅の入口から鋭い視線を感じた。思わず振り返るが北の工作員のわけはなく、時計をにらんでイライラしているチャンさんであった。しまった……。

 

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都羅山駅のホーム。ここを列車が行き交う日は、果たしてくるのだろうか

 

04

分かたれた両国の首都が記されているのがなんだか悲しかった

 

 

脱力のトンネルツアーだったが……

 バスに乗り込んでみれば、すでに勢ぞろいしている乗客一同から冷たい視線が浴びせられるのであった。やや気まずい空気のまま、DMZツアーはいよいよ最大の見どころ、第3トンネルに到達する。
「北朝鮮が韓国に進撃するために密かに掘っていたトンネルは、これまでに4本が見つかっています。ここは1978年に発見されたもので、高さは約2メートル、長さは1600メートル以上」
 もっぱらほか2人の日本人参加者のほうを見ながらチャンさんは解説するが、「1時間で1個師団が潜入できるだけの規模」との言葉に戦慄を覚える。そして「トンネル内はいっさい撮影はできません。スマホも置いていってください」と告げられ襟を正す。トンネルをそのまま行けば北なのだ。いわば地下につくられた秘密の国境を目指すと思うと興奮も高まってくる。
 が……「なんじゃこりゃ!」僕は再び声をあげた。眉をひそめるチャンさん。佇んでいたのは、イナカの遊園地にだってない、しょぼいモノレールであった。新幹線を模したのか、流線型のフォルムがむしろ痛々しい。だがツアーの白人ファミリーの子どもたちは大はしゃぎである。そりゃあ子どもは楽しかろう。
 この時点で興ざめではあったのだが、渡されたヘルメットをかぶってモノレールに乗り、ひんやりとした地下トンネルに潜ってみた。思いのほか幅もあり、でかい。これだけの規模のものをよく掘削したものだと思う。地下73メートルなのだという。しかし底部から100メートル程度でトンネルは埋め固められていた。

 

05

こんなスーパートレインで第3トンネルに潜っていくのだ

 

 

自由の味はビターなチョコの味だった

 最後にツアーは都羅展望台に寄った。ケソンをはじめ北朝鮮の大地が一望できる……はずが、あいにくの曇天で霧が煙るばかりだった。それでもかすかに見える、あちら側の家や畑や、なにやらビル。そして盛んに届いてくるのはプロパガンダ放送だ。こちら側の巨大スピーカーからも怒声が轟き、DMZを越えた不毛な叫び合いが続いていた。
 ここでも商魂たくましく土産物屋があった。北朝鮮の酒というのも気になったが、先ほどからやけにチョコ推しだな、と思った。ずいぶんといろいろな種類のDMZチョコが売られているのだ。ひとつ、買ってみた。帰路チャンさんに聞いてみる。僕は面倒なツアー客であったろうが、さすがプロ、親切に教えてくれた。
「ああ、それはね、どれも豆が入っているの。『自由の村』の特産なのよ」
 自由の村とは、DMZ周辺の軍事統制地域にある、ただひとつの民間の居住区だ。学校もある。主要産業は農業で、おもに米と、豆が生産されているのだという。それをチョコに加工して、土産物として売っているのだ。
「自由の村は、兵役や納税が免除されてはいるけれど、軍によるチェックや制限も厳しいし、交通も買い物も不便。生活はたいへんだと思う」
 それでも、戦時中からここを故郷として暮らしてきた人々が住んでいるのだ。
 DMZツアーは当然かもしれないが観光というベールをかぶり、どうにも本当のところを見せてくれないもどかしさがあったが、最後に少し、実感が伝わってきた気がした。

 

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都羅展望台では天気に恵まれず。かつては写真撮影の制限があったのだが、言うことを聞かない中国人観光客に負けて開放したのだとか

 

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カリッとした豆が入ったDMZチョコはなかなかいけた

 

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今回の戦利品。ツアー参加者がもらえるDMZカップと、都羅山駅のチケット、それにスタンプ

 


 

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*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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