ブーツの国の街角で

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#37

ヴァル・ドルチャ : 爽快ドライブとワイナリー体験(後編)

文と写真・田島麻美

 

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穏やかな自然の息吹に癒される午後のひととき

 

 

 

  ジャコモの熱意あふれるレクチャーと、極上のワイン&グラッパにたっぷり酔いしれたテイスティング・ツアー*を終え、グラスを手にしたまま木陰のベンチで一休み。極上の赤ワインはスルスルと喉を通り抜け、なぜかいくら飲んでも酔わないから不思議だ。夕食までまだ間があったので、農園のマスコットである3匹の犬達と遊んだり、散歩をしたり、ツアーに参加していたファミリーとワインを飲みながらおしゃべりに興じたりしながら、穏やかなひとときを過ごす。
 部屋にはテレビもパソコンもない。WiFiは一応あるのだが、なにしろ600年以上前に分厚い石を積み上げて造られた建物なので電波はほとんど入らない。スマホはとっくに電源を切って部屋に置いてきた。こんな風に電子機器から完全に切り離された時間を過ごすのは、一体何年ぶりだろう? 空を見上げ、ゆっくりと傾いていく太陽の動きを見つめながら、そんなことを考える。糸杉の影がだんだんと濃くなっていくに連れ、空気も少しづつ、ひんやりと肌寒くなってきた。頭を空っぽにして、五感で感じる自然の息吹は、どんな慰めの言葉よりも心を癒してくれる。
 

 

 

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農園内を自由気ままに散策。林の中にはキャンプ施設も整っている(上)。とても人懐こくて愛想がいいバルー、クーキ、ジェスの3匹の犬達は、イル・コッコのアイドル(中)。刻一刻と色を変えていく風景を、ワインを味わいながらゆったり眺める至福のひととき(下)
 

 

 

 有機栽培の食材を使った極上の郷土料理

 

 

   周囲はすっかり暗くなり、待ちに待ったディナー・タイムがやってきた。レストランには、大きな長い木のテーブルが1つあるのみ。これはイタリアの伝統的なテーブル様式で、見知らぬゲスト同士が隣り合って座り、食事を共にすることで思いもかけない出会いが生まれることを意図している。この夜はアグリツーリズモの宿泊客だけでなく、テイスティング・ツアーに参加してそのまま夕食もここで済ませることに決めたアメリカ人カップル、近隣の村から食事のみに訪れた若者グループなど、いずれもこの日初めて顔を合わせた20数名が一つの食卓を囲んだ。
 レストランのメニューは毎日変わり、シェフ自らが厳選したその日、その時の旬の素材が味わえる。土地の素材の良さを最大限引き出せるトスカーナの伝統的な家庭料理がメインで、ブルネッロの赤ワインとの相性は言うまでもなく最高である。
  トスカーナのアンティパストの盛り合わせを前菜に、プリモは悩みに悩んだ末、4種類あるパスタのうち「ズッキーニとサルシッチャ(=ソーセージ)のタリアテッレ」をチョイス。メインディッシュは3種類あり、どれもこれも大好物なので決められずにいたところ、レストラン担当のステファノが、「ペポーゾは牛のすね肉を赤ワインと胡椒でとろとろに煮込んだ、ここならではの伝統料理だよ。ワインが進む美味しさだ」と教えてくれた。ふむ。せっかくの機会だから、“ワインづくし”で行くことにするか。料理を待つ間、隣席の2組のカップルと「今日はどこで何をした」という話で盛り上がり、すでに和気あいあいとした雰囲気で食事を楽しむための準備が整った。
  満を持して登場した料理は、いずれも期待以上の美味しさだった。ズッキーニの甘さとほんのり塩味の効いたサルシッチャは優しい味で、思わず頬が緩む。続いて登場したペポーゾは、どっしり重厚な赤ワインと胡椒で牛肉の旨味をより一層引き立てた逸品である。見知らぬ人々とのおしゃべりを肴に、極上のワインと料理を夜がふけるまでたっぷり味わった。
 

 

 

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ブルネッロのグラスワインで料理の登場を待つ(上)。サラミ、チーズ、ブルスケッタ、キッシュなどを盛り合わせたアンティパストは7ユーロ。ワインのつまみに最適(中上)。

 

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農園で収穫する有機野菜と自家製の手打ちパスタは上品な味わい(上)。「Peposo(ペポーゾ)」はトスカーナの郷土料理。摘みたての野性のチコリの炒め物との相性も抜群(中)。夜更けまで楽しそうな笑い声が響いていたレストラン(下)。
 

 

 

 

 

葡萄畑で学んだ「ビオワイン」の秘密

 

 

 

 

 翌朝、朝食前にマスコット犬ジェスの案内で丘の斜面一帯に広がる葡萄畑まで足を伸ばした。澄み切った朝の空気をたっぷり吸い込みながら、爽やかな散歩を楽しむ。畑に咲き乱れる白と黄色の野草は単なる雑草だと思い込んでいたのだが、実はこの野草こそが高級ワイン・ブルネッロの中でもさらに貴重な「ビオワイン」の元となる重要な要素であるということを、昨日ジャコモに教えてもらっていた。「ビオ」とはイタリア語の「ビオロジコ」の略で、一般に有機農法、有機栽培などを指す。Il Coccoも全てにビオを取り入れている農園で、ここの葡萄は化学肥料や除草剤とは無縁の環境で育つ。この黄色と白の野草は葡萄の木の間にびっしりと植えられているのだが、その理由は野草の「根」にある。この2種類の野草の根の部分には窒素が豊富に含まれている。そのため、この野草を葡萄の木の脇に植えることで窒素が土に浸透し、その窒素を豊富に含んだ土が豊富な栄養を葡萄に与えてくれるのだそうだ。
 ジャコモら四兄弟のお父さんはがん研究を専門としている現役の医師。がんと食事・食材の関係について長年に渡り研究し続けているお父さんと日々話し合い、学び合いながら、ジャコモは「より自然な方法で、より体に良いもの」を探求し続けているという。
「自然界にあるものは全て、お互いが支え合って循環しているんだ。無駄なものなど何もない」と語るジャコモは、周囲の自然を理解し、その自然と共に生きることの大切さを教えてくれた。

 

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農園内の爽やかな朝の散歩。私たちの姿を見つけると、ジェスが先頭を切って走り出した(上)。高級ワイン・ブルネッロ・ディ・モンタルチーノの葡萄は、豊かな自然の恵みそのもの。美しい丘陵地帯に広がる葡萄畑に立つと、その意味が身にしみてわかる(下)
 

 

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サン・ジョヴェーゼ・グロッソという葡萄の古木は、この畑の宝物。剪定から収穫まで、ジャコモが一人で掛り切りで面倒を見ているのだそうだ(上)。高品質の葡萄を作るためには、一つの枝にほんの少しの房しかつけない。毎日成長度合いを吟味し、一つ一つの枝をチェックして手を入れていく(中)。この草花の根に含まれる成分が、そのまま隣の葡萄の木の栄養となる。土に十分な栄養が行き渡ったら、草花も刈り取らなければいけない(下)。
 

 

 

 

 

 

素朴で優しい手作りの朝ご飯

 

 

 

   朝の散歩でお腹を空かせた後、お楽しみの朝食を摂りにダイニングへと向かった。昨日は不在だった四兄弟の末っ子のエットレが、お姉さんのドミティッラと一緒に忙しく動き回っている。
「ブォンジョルノ! 散歩は楽しめたかい?」と訊いてきたので、「最高だったわ」と答えて席についた。ブッフェスタイルの朝食は、どれでも好きなものを好きなだけ食べられるのが嬉しい。
「甘いもの」はイタリアの朝食の定番だが、ここでもチョコレートのクロワッサン、アップルケーキ、レモンケーキ、ダークチェリーのタルトなど、多彩なスイーツが並んでいる。「どれにしようか迷っちゃうわ」と悩む私に、ドミティッラが「悩まないで全部食べて。私とステファノの手作りだから、美味しいわよ」と言った。彼女が器用なのは昨日のうちにわかっていたが、まさかあの純朴青年ステファノがケーキを作れるなんて。私が驚いてそう言うと、ドミティッラは「実はステファノの方が几帳面でセンスもいいのよ。ほら見て。表面が凸凹でちょっと焦げちゃってるこのケーキは私が焼いたの。こっちのきっちりと形が整っていて見た目も綺麗なタルトはステファノが作ったのよ。性格が出るでしょ?」とお茶目に笑った。手作りの素朴な朝ご飯はどれもこれも自然な甘さが優しい味わいで、普段は甘い物を食べない私も、焼き立てのレモンケーキとクロワッサンを思わずお代わりしてしまった。
 家族一人一人がそれぞれの分野で愛情と情熱を持って責任を果たし、訪れる人々を心から歓迎してくれる。Il Coccoで過ごした二日間は、疲れ気味だった私の心と身体をたっぷり癒してくれた。
 

 

 

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 四兄弟の末っ子のエットレとお姉さんのドミティッラ。若い彼らはとても仲が良く、それぞれがお互いを尊敬し合っている姿が印象的だった。
 

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リンゴ本来の甘さが際立って美味しかったアップルケーキ、手作りジャム、焼きたてクロワッサン等々、愛情たっぷりのスイーツで朝から幸せ気分に。
 

 

 

 

★ MAP ★

 

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<アクセス>

オルチャ渓谷一帯には鉄道はない。レンタカーで移動するのが一番だが、ピエンツァ、モンテプルチャーノ、モンタルチーノなどの村へ行きたい場合はFSのキウージ(Chiusi−Chianciano Terme駅)まで鉄道で行き、そこからバスかタクシーで移動することになる。バスは本数が限られるので事前に時刻表をよく確認する必要がある。フィレンツェ、シエナから出ているOPツアーが各種あるので、それらを利用するのもいい。
車で行く場合、ローマから高速A1 / E35でキウージで降り、キアンチャーノ〜モンタルチーノ方面へ。所用約3時間。シエナからはSR2利用、ブォンコンヴェント〜モンタルチーノへ約50分。オルチャ渓谷の典型的な田舎風景が楽しめるのは、トッレニエーリ(Torrenieri)〜サン・ジョヴァンニ・ダッソ(San Giovanni d’Asso)〜サン・クイリコ・ドルチャ(San Quirico d’Orcia)の周辺。
 

 

<参考サイト>

・アグリツーリズモ「Podere Il Cocco」(英語サイトあり)

www.ilcocco.it/

 

・ヴァル・ドルチャ観光サイト(英語)

http://www.terresiena.it/en/val-d-orcia

 

・トスカーナ州内バスのサイト

http://www.tiemmespa.it/

 

・ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ・ワイン協会(英語)*ワイナリーリスト、周辺地図など

http://www.consorziobrunellodimontalcino.it/index.php?lg=en
 

 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回6月14日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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