ステファン・ダントンの茶国漫遊記

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#37

私を支える仲間たち1〜地域活性の渦を作る人−四万十の「あにき」細木紫朗

ステファン・ダントン

 

 


 

 

「フレーバー茶は世界に向けた日本茶普及の起爆剤になる」という確信を持ちながら全国各地をまわるうちに、私の中に生まれたもう一つの目標がある。「地元産の日本茶に地域の特産品をブレンドして地方の新しい名物をつくること」だ。
 日本茶に地域特産品をブレンドしたオリジナルのフレーバー茶づくりは、2008年のサラゴ茶(スペイン)や2010年の黒糖ほうじ茶(沖縄)で実現してはいた。でももう少しこのアイディアを深めたかった。
 「日本全国どこだって、小さな規模でも有名でなくても日本茶の栽培はされている。知られていないから、商売にならないから、細々と地元だけで飲まれているのはもったいない。地域で生産されている果物や野菜、野草と組み合わせてオリジナルのフレーバー茶をつくったら新しい名産品になるはずだ」
 このアイディアが最初に形になったのは2012年。この連載の♯11、12で紹介した、高知県四万十市の「四万十河原茶」だった。番茶と河原ケツメイの素朴さに、四万十らしい素材のゆず・生姜・唐辛子をブレンドしたこの商品は、四万十の『あにき』との開発の日々の楽しい思い出とともに、私の開発した商品の中でもとくに思い入れのあるものになった。
 「地元産の日本茶に地域の特産品をブレンドして地方の新しい名物をつくること」という私の想いを「四万十河原茶」という形にすることができたのは、『あにき』と私が呼ぶ細木紫朗さんと私の考え方が驚くほど一致していたからだ。
 実際には年下の彼をなんで「あにき」と呼んでいるのか。それは、たくさんの言葉を交わさなくても互いの考えていることがわかりあえる不思議な関係、一人っ子の私が「兄弟ってこんな感じなのかな」と思うような感じがあるから。そして「地元の特産品で地域全体を盛り上げる」活動を長年積み上げてきた先輩として尊敬しているからだ。

 

 

 

 

2018年10月、台北ブリーズセンターの高知フェア”しまんと百笑かんぱに”ブー_にて−_高知県幡多地域の名産を一堂に紹介する「あにき」のブース、私も「四万十河原茶」で参加した。

2018年10月、台北ブリーズセンターの高知フェア“しまんと百笑かんぱに”ブースにて−高知県幡多地域の名産を一堂に紹介する『あにき』のブース、私も「四万十河原茶」で参加した。
 


 

台北のシンガポール・レストランでこれまでのこと、これからのことを話しながらシンハービールを酌み交わす−「あにき」との時間はいつでも最高

台北のシンガポール・レストランでこれまでのこと、これからのことを話しながらシンハービールを酌み交わす—『あにき』との時間はいつでも最高。
 

 

 

フリーぺーパー『はたも〜ら』

 

 

 『あにき』の本業は印刷屋さんだ。20数年間、四万十市で飲食店や企業のパンフレットやパッケージ、広告を手がけてきた。四万十市といえば日本最後の清流・四万十川に代表される豊かな自然で知られ、全国から観光客が訪れる。太平洋に面する四万十市と宿毛市、土佐清水市、黒潮町、大月町、そして山間の三原村を合わせた幡多地域と呼ばれる地域全体にも魅力的な自然と特産品が山ほどある。
 14年前のこと。クライアントから「観光客にうちの店を知ってもらうチラシをつくってほしい」という要望を受けて、いくつかの店や企業の広告をまとめたチラシを発行した。ところが個別の情報がちりばめられたチラシではターゲットである観光客の目にはとまらない。
「観光客は、四万十市を含む幡多地域全体の観光・特産品・お店などをまとめて知れるような媒体がほしいはず」
 そう考えた「あにき」はすぐに動いた。隣の徳島県脇町でつくられていたフリーペーパーの制作現場を訪れ、それを参考にして幡多地域の情報を網羅するフリーペーパー『はたも〜ら』を創刊した。チラシの制作からたった1年の2005年のことだった。
 

 

 

 

『はたも〜ら』第1号見開き

幡多地域の情報を網羅するフリーペーパー『はたらも〜ら』創刊号。

 

 

 

 

 

フリーペーパー『はたも〜ら』から地域商社『しまんと百笑かんぱに』へ

 

 

 「幡多の文化や歴史をバックグラウンドに、どんな人がどんな場所でどんな想いで開発した商品なのか、そのストーリーがお客さんの気持ちを動かすんだと思う」
 そんな気持ちで、生産者の新商品開発にも向き合いながら『はたも〜ら』をつくる中で、商品紹介をした生産者から「紹介するだけでなくて、商品を売ってきてよ」といわれることが増えてきた。生産者はいいものをつくってはいても営業までなかなか力がまわらないことはわかる。「印刷屋がものを売れるのかな? でもやってみたい! やろう!」そこですぐに動くのが「あにき」のすごいところだと私は思う。行動の原動力が「もうかりそう」ではなく「おもしろそう、やってみたい」というのは私と共通するところ。そして実行に移すまでのスピード感も。
 2011年には会社の中に物販部門として「四万十まるごとはたも〜ら」を立ち上げ、地元の既存商品の販売とともに自分の想いをこめた自社製品の開発・販売をスタートしている。これが現在の「しまんと百笑かんぱに」の前身になった。東京や大阪など日本各地のみならず、アメリカ、タイ、シンガポールなど、これまで10カ国での展示会に出展して幡多地域の特産品を売り込んできた。
 

 

 

 

自社製品「つぎ足す鰹だし」を手に微笑むあにき

自社製品「つぎ足す鰹だし」を手に微笑むあにき。

 

 

 

 

   一方では、「四万十市地域商品研究会」を立ち上げて、生産者、販売者、JA、行政マン、中には植林をしている人なども交えて「売れる」商品づくりをディスカッションした。商品の特性を伝える一括表示の方法などルールの共有から始まって、毎月新商品を目の前に改良点をアドバイスしあう。販路も共有することにした。
 2015年からは、6次産業で成功している企業の役員などを講師とするセミナーを開催できるようになった。出席者も50名以上にふくらんで、「せっかくだから企業も呼んで商談会もやりましょう!」となってきた。研究会の実績を積む中で行政からの評価も高まって、県の予算がおりることになった。そうなると、当初は予算の都合で「百笑かんぱに」が各社の商品をとりまとめて展示会に出展していたが、各社それぞれが展示会に人を出せるようになった。
 

 

 

 

 

あにきがつくるうずまき

 

 

 あにきとは、2015年のタイから始まり、シンガポール、そしてつい先日の台湾での展示会に同行している。あにきはどんな場所でもいつでも笑顔でお客様に商品をすすめている。その笑顔に人が集まる。「愛情をこめて選んだ商品、つくった商品だから自信をもって説明できるんだ」と笑う。
 いつでもあにきは「おもしろそう! やってみよう!」と仕事にとりかかっていろんな人を巻き込んでいく。彼の周りには満足そうな笑顔の渦ができていく。その渦は、四万十を中心とした幡多地域全体をどんどん盛り上げる原動力になっているように思う。
 

 

 

 

*この連載は毎月第1・第3月曜日(月2回)の更新連載となります。次回の更新は11月19日となります。お楽しみに! 

 

写真/ステファン・ダントン    編集協力/田村広子、スタジオポルト

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ステファン・ダントン

1964年フランス・リヨン生まれ。リセ・テクニック・ホテリア・グルノーブル卒業。ソムリエ。1992年来日。日本茶に魅せられ、全国各地の茶産地を巡る。2005年日本茶専門店「おちゃらか」開業。目・鼻・口で愉しめるフレーバー茶を提案し、日本茶を世界のソフトドリンクにすべく奮闘中。2014年日本橋コレド室町店オープン。2015年シンガポールに「ocharaka international」設立。著書に『フレーバー茶で暮らしを変える』(文化出版局)。「おちゃらか」http://www.ocharaka.co.jp/

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