台湾の人情食堂

台湾の人情食堂

#36

牛肉麺の世界と、こだわりの店

文・光瀬憲子

牛肉は特別な食材

 台湾に初めて足を運んだのは20歳の頃だった。当時、台北で知り合った同年代の友人はみな大学生だったが、外国人の私をよく夜市や食堂に案内してくれた。そんな彼らが最初に連れて行ってくれたのが牛肉麺の店だった。

 豚肉の消費がダントツに多い台湾で、牛肉は特別な存在だ。国内の生産量も少なく、輸入に頼っているところが大きい。だから牛肉麺は「小吃」に分類されるものの、その中では値段も高く、高級感漂う食べ物なのだ。学生時代、台湾人の友人が私を牛肉麺に連れ行ってくれたのは、小吃の中では高級なものを外国人にご馳走しよう、という思いがあったのと、台湾独自の、台湾が誇れる食べ物を食べてもらいたい、という思いからのようだ。

 牛肉麺は今でも外国人に人気がある。日本人だけでなく、欧米の旅行者や中国本土から訪れる旅行者にも絶大な人気を誇る。でも、中国人が牛肉麺を好むのには理由がある。

 牛肉麺には「赤」と「白」がある。赤、というのは「紅焼」と呼ばれる辛口の醤油煮込みスープのことで、白は「清燉」と呼ばれる透明な出汁のみのスープのことだ。どの店にもたいてい赤と白が用意されているが、牛肉麺といえば圧倒的に赤が主流だ。

 この紅焼牛肉麺は、その原型が中国の四川にあると言われている。伝統的な塩作りを営む四川の工場で出されていたまかない料理は、肉や野菜を煮込んだスープに塩や四川の辛味調味料を加えた「紅焼」煮込みだった。味の濃い紅焼煮込みを白米にぶっかけて食べる。これが肉体労働の活力になる。塩工場だけでなく、四川各地では紅焼の味が定着していた。

 戦後、といっても第二次世界大戦後、中国の内戦が終わり、蒋介石と国民党軍が台湾に撤退した1949年以降、台湾各地に「眷村」と呼ばれる外省人コミュニティーができた。大勢の軍人の受け皿として、そして地元の台湾人と中国本土から渡った外省人とを阻む壁として機能した眷村。外省人家族はここのなかで暮らし、育った。そんな眷村には、広い中国の各地から集まった人々が入り交じるようになり、自然と美食が生まれたと言われる。そんな中で牛肉麺も生まれたのだ。

 古くから豚を食べてきた台湾人に牛肉を食べる習慣はほとんどなかった。外省人一代目が台湾に渡り、眷村のなかで研究を重ね、中国本土から持ち込んだ調味料を使って故郷を思わせる「牛肉麺」を開発したのだ。だから、牛肉麺の歴史はわずか70年足らず。中国本土の味というよりは、外省人の味だ。

 いまは外省人と本省人の区別が曖昧になり、自分を外省人だと主張する人も少なくなった。外省人はすでに三代目、四代目となり、中国本土を故郷だと思う人はほとんどいない。でも40歳以上の外省人は、牛肉麺を「故郷の味」と認識している。

 台北の老舗「永康牛肉麺館」は永康街にある有名店だ。外国人に人気な店で、外には常に行列ができている。外省人一代目が築いた故郷の味。今でこそ旅行者が客の大半を占めるが、それでも懐かしい味を求めて牛肉麺をすする一代目外省人の姿を店内に見かける。静かに一人で牛肉麺を頼んでいる高齢の男性がいたら、外省人である可能性が高いだろう。

 

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牛すじ肉を使ったしっかり濃厚な味付けの牛肉麺は高齢の外省人に人気

 

 この店の紅焼牛肉麺は私にはちょっと味付けが濃すぎるのだが、これが彼らの故郷の味なのかもしれない。牛肉麺だけでなく粉蒸肥腸という、米とモツを蒸した料理も他ではあまり食べられない独特な味わいだ。

 

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常に外国人旅行者で賑わう永康牛肉麺館

 

 こんなふうに、人気のある牛肉麺はたいてい、1949年当時に外省人一代目が創業し、二代目、三代目がその味を守り抜いたものが多い。西門町の奥深くにある「老山東」という牛肉麺もそんな老舗のひとつだ。

 そもそも、西門町というエリア自体が外省人の縄張りと言われていた場所である。1960年代から70年代にかけて、台北西側の艋舺(万華)エリアは台湾人ヤクザの縄張りだった。台北きっての繁華街であり、いまで言う新宿のような場所だったため、当然、台湾人ヤクザと外省人ヤクザのあいだで縄張り争いが起きる。そしてあとから来た外省人は艋舺のすぐ隣の西門町エリアに追いやられた。西門町という流行の発信源のような若者の街に意外と老舗が多いのはこのためだ。店のどこかに1949年という張り紙や目印を見かけたら、外省人一代目が築いた店だと言っていい。

 

西門町の穴場  

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刀削麺を思わせる太い麺は噛みごたえがあって美味

 

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西門町の奥深くにひっそりとある老山東牛肉麺

 

 西門町の昭和臭あふれる「萬年商業大楼」という商業ビルの地下にグルメ街がある。小さいが老舗が多く、若者にも人気だ。

 このグルメ街の一番奥に店を構える「老山東」は外省人三代目が営む牛肉麺の店だ。入り口で麺打ちをする職人の姿にテンションが上がる。店内は小奇麗で、牛肉麺だけでなく各種冷菜も充実している。

 牛肉麺は1杯160元。前出の永康牛肉麺館が200元以上することを考えるとリーズナブルだ。牛肉がたっぷり入って食べごたえがあるので、牛肉麺の相場は140元~200元。この店の牛肉麺はスープがあっさりとしていてクセがなく、麺が太くてコシがある。いかにも手作りといった麺に好感が持てる。そして主役の牛肉は驚くほど柔らかい。

学生街の人気店  

 台北の公館付近も牛肉麺の激戦区だ。こちらは台湾大学や師範大学などの学生が多く、ビジネスエリアでもあるので牛肉麺ニーズが高い。

 ここにちょっと変わった牛肉麺の店がある。営業時間が短く、住宅街の一角にひっそりとしているのでなかなか見つけにくい。入り口も狭く、店内もまた狭い。でも三代続く味を求めてファンが足繁く通う店「潮州林記牛肉麺」だ。売りは紅焼だが、特徴は卓上にある油の塊のようなものをスープに入れて混ぜること。当店オリジナルのラードで、これをスープが熱々のうちに入れるとぐんと深みのある味になる。

 

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素朴な味を守り続ける三代目潮州林記牛肉麺は目玉焼き入り

 

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卓上の林記牛肉麺オリジナルラードをアツアツのスープに投入

 

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入口も店内も狭いが、ファンからはかえってたまらないという声も

赤い牛肉麺と白い牛肉麺  

 紅焼スープもいいが、牛肉麺と言えば私はあっさりとした「白派」だ。

 清燉の牛肉麺がウマい店は少ないのだが、北投にマイナンバーワンの店がある。MRT淡水線北投駅のすぐそばにある「志明牛肉拉麺」はその清燉スープが有名だ。もちろんあっさりとした牛出汁なのだが、台湾バジルがアクセントに加えられている。パクチーよりもさらに強烈な香りを放つ台湾バジルが思いのほか清燉スープによく合うのだ。牛肉はバラ肉を使っており、口の中に入れるとホロリと崩れるほど柔らかい。

 

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北投志明牛肉麺の清燉スープ。台湾バジルが案外、イヤミではなく爽やか

 

 牛肉麺に対する思いは人によって違う。外省人にとってはもちろん故郷の味であり、学生にとっては少し手を伸ばせば届く高級な味だ。外国人に誇れる台湾独自のグルメでもある。色々な人たちの想いを胸に、台湾生まれの牛肉麺を味わってみてはどうだろうか。

 

 

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著者:光瀬憲子

1972年、神奈川県横浜市生まれ。英中日翻訳家、通訳者、台湾取材コーディネーター。米国ウェスタン・ワシントン大学卒業後、台北の英字新聞社チャイナニュース勤務。台湾人と結婚し、台北で7年、上海で2年暮らす。2004年に離婚、帰国。2007年に台湾を再訪し、以後、通訳や取材コーディネートの仕事で、台湾と日本を往復している。著書に『台湾一周 ! 安旨食堂の旅』『台湾縦断!人情食堂と美景の旅』『美味しい台湾 食べ歩きの達人』『台湾で暮らしてわかった律儀で勤勉な「本当の日本」』『スピリチュアル紀行 台湾』他。朝日新聞社のwebサイト「日本購物攻略」で訪日台湾人向けのコラム「日本酱玩」連載中。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/  近況は→https://twitter.com/keyword101

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