ブーツの国の街角で

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#36

ヴァル・ドルチャ : 爽快ドライブとワイナリー体験(前編)

文と写真・田島麻美

 

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   肌に触れるそよ風が心地良い季節になった。冬の灰色の空は抜けるような青に変わり、焼け付く真夏の陽射しはまだ届いていない。街も自然も輝きを放つ5月は、イタリアの一年で最も美しい月だと私は思っている。待望の行楽シーズンの訪れを機に、ずっと行きたいと思っていたトスカーナのヴァル・ドルチャ(=オルチャ渓谷)へ、友達を誘ってドライブ旅行に出かけることにした。シエナの南東、ウンブリアとの州境にあるヴァル・ドルチャは、ルネサンスの偉大な芸術家たちに多大な影響を与えたその美しい丘陵地帯の自然景観が特に有名で、2004年には自然、芸術、文化を含めた渓谷一帯がユネスコの世界文化遺産として登録された。さらに、この地方は世界に名だたるワイン「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」の生産地でもある。『ワインの女王』と異名を取る「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」は、「バローロ」「バルバレスコ」と並んでイタリアの三大名酒として世界的に知られており、ヴァル・ドルチャにはそのブルネッロを生産する名門ワイナリーが大小無数に点在している。今回から2回に渡り、春のオルチャ渓谷の魅力を満喫できる「ドライブとワイナリー宿泊体験」についてご紹介しよう。
 

 

 

 

 

糸杉と葡萄畑、中世の街が点在する丘陵地帯を走る

 

 

 

  ヴァル・ドルチャの自然景観と周囲に点在する村やワイナリー巡りを楽しむためには車は不可欠だったので、運転のできる友達を誘うと二つ返事でOKしてくれた。ローマからは高速道路A1をキウージで降り、そこからキアンチャーノ方面へ走ると、モンテプルチャーノ、ピエンツァ、サン・クイリコ・ドルチャ、モンタルチーノなど、イタリアの名門ワインの名前としても知られる村々が続々と現れてくる。トスカーナの代名詞ともなっている糸杉が並ぶ丘陵地帯、所々に見え隠れする煉瓦色の中世の村、なだらかな曲線上に広がる葡萄畑など、カーブを曲がるたびに様々な美しさを楽しませてくれる車窓の景色は見飽きることがない。お気に入りのエド・シーランをBGMに、爽快なドライブが続く。写真撮影のために途中下車したり、気になった村に立ち寄ったりしながら、ローマから約3時間半で目的地に到着した。
 

 

 

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牧歌的な風景が広がるヴァル・ドルチャのドライブ・ルート。運転ができるなら、ぜひともレンタカーを利用してみて欲しい。シエナからなら1時間以内でアクセスできる。どうしても運転が怖い、という場合はシエナやフィレンツェから出ている現地発着のOPツアーを利用するといい。「“ヴァル・ドルチャ”もしくは“オルチャ渓谷”のワイナリーツアー」で検索すれば、団体からプライベートまで多彩なOPツアーが見つかる。
 

 

 

 

 四世代に渡って受け継がれてきた家族経営のワイナリー

 

 

  宿泊地に選んだのは、モンタルチーノの村から5キロほど離れた丘の上にある家族経営の小さなワイナリー兼アグリツーリズモ『Podere Il Cocco(ポデーレ・イル・コッコ)』。モンタルチーノ周辺に無数にあるアグリツーリズモの中でも私が特にここに惹かれた理由は、「昔ながらのイタリアの農園の暮らしが体験できる」と思ったからだ。アグリツーリズモ(=農業+観光)という言葉は日本でも既に定着しているが、最近ではプールやサーヴィス専門のスタッフ、スパなどを備えたリゾートホテルのような「高級アグリツーリズモ」を売りにする施設が増え、本来の姿から遠ざかりつつあることを苦々しく思っていた。元々、家族経営の小さな農家では収穫期などに外部から人を呼び寄せ、宿と食事を提供する代わりに農作業を手伝ってもらう習慣があり、近年減少傾向にあった農家や農園を守ろうと、この習慣と観光を結びつけて出来たのが「アグリツーリズモ」なのである。せっかくブルネッロの故郷へ行くのだから、ただの流行りのリラックス施設ではない“本物の”アグリツーリズモに泊まりたい。そんな私の願いを叶えてくれたのが、ジャコモ、ドミティッラ、ステファノ、エットレという若い四人兄弟が経営するワイナリー兼アグリツーリズモだ。彼らは有機農法で栽培したブドウを使い、少数ながらもとびきりのワインを製造している。建物は1400年代に“サー・コッコ”と呼ばれる人物が暮らしていた当時のもので、「コッコ農園」という名前もこの人物に由来している。1700年からは農家が土地を管理していたが、1955年に当時の所有者だった兄弟のお祖父さんの叔父からお祖父さんへ譲渡され、以来代々家族でワイン造りを継承している。
 

 

 

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トスカーナならではの糸杉の並木道が続く「Il Cocco」のエントランス(上)。建物は1400年代のもの。ワイン醸造所、ワインセラー、宿泊施設(B&B、アグリツーリズモ)、キャンピング場、レストランなどの施設がある。周囲は当然ながら「葡萄畑」。海抜600mに位置しているので朝晩はとても涼しい(下)
 

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現当主の兄弟。 左から、紅一点・アグリツーリズモ担当のドミティッラ、ワイン造りと畑担当の長男ジャコモと5代目(!?)の赤ちゃん、レストラン担当のステファノ。末っ子のエットレは別の畑で仕事中だった。(上)宿泊施設は15世紀の建物にある。各部屋にアンティークの家具、バスルームが備え付けられている他、共有スペースにはキッチンや暖炉などもある(下)
 

 

 

 

 

 

1400年代のカンティーナで銘酒をテイスティング

 

 

 

   部屋にチェックインして間もなく、カンティーナ(=ワインセラー)でテイスティング・ツアーがあるというので参加させてもらうことにした。テイスティング・ツアーは予約制で、ワイン担当のジャコモのスケジュールに合わせて行われている。一人15ユーロでこのワイナリーで作られている3種類のワイン、グラッパなどを試飲させてもらうことができる。この日は台湾から来たグループと、2組のアメリカ人カップル、総勢10名ほどが参加した。
1400年代の古い建物はどっしりした石造りで、中に入った途端、冷んやりとした空気に包まれた。分厚い石のブロック造りなので、クーラーなどなくとも内部を快適な気温に保つことができる。古い歴史が今尚息づいている空間には、年代物らしき樽や値段がつけられないようなブルネッロのボトルが無造作に置いてあり、ワイン好きならここに立っているだけでも狂喜しそうだ。
 

 

 

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重厚な石造りのカンティーナの内部には、熟成中のブルネッロ・ディ・モンタルチーノの樽やボトル詰め、ラベル貼りなど製造工程の全てがわかる設備が揃っている(上)「Il Cocco」で造られているブルネッロ・ディ・モンタルチーノ、ロッソ・ディ・モンタルチーノ、ロゼ、グラッパ・ディ・モンタルチーノなど、いずれも有機栽培の葡萄で造られる逸品の数々を試飲できる(中)。いかにも歴史がありそうな年代物の樽やボトルが随所に置かれている(下2点)
 

 

 

 

 

 

 

  ワイングラスを手にする前に、まずはジャコモから「ブルネッロ」というワインの特性や有機農法でのワイン造りについて、詳細なレクチャーがある。先代オーナーであり、医師でもある父親と共に「ビオ(=有機栽培)」を極めたワイン造りを探求しているジャコモは、少数でもクオリティの高いワイン造りにこだわりを持っている。ジャコモのガイドはオルチャ渓谷の自然環境、土地の質、昨今の温暖化による気象変動がワインに及ぼす影響、葡萄の木の剪定など、ワインの質を左右する葡萄づくりから始まり、ワインそのもののテイスティングに入る前に、壮大なスケールの自然のレクチャーを受けたような気分になる。
「僕が主催するテイスティングは、決してスーツ&ネクタイのフォーマルなものにはなりません。僕にとってこのテイスティング・ツアーは、この農園と僕たちの哲学を皆さんに発見してもらうためのもの。皆さんのここへの訪問は、皆さんと僕たちがお互いに知り合うためのものであり、この地球上で唯一無二の大地への僕たちの愛を皆さんにお見せするためのものであると思っています」。ジャコモのこの言葉通り、2時間に及ぶテイスティング・ツアーでは、彼のワイン造り、そしてこの土地に対する並々ならぬ情熱と愛情をたっぷり体感した。ジャコモが文字通り心血を注いで造り上げた有機栽培の『ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ』の芳醇かつ高貴な味わいと言ったら、それはもう、言葉では語りつくせない。たった今習ったばかりの「正しいテイスティング方法」で、口に含んだワインを舌の上で転がしたり、鼻腔を使って香りを楽しみながら、同じ液体がまるで万華鏡のように変化していくことに驚きを隠せなかった。フレッシュな花の香りがしたかと思えば、まろやかな苦味、ほんのりとフルーティな甘み、ピリッとしたスパイスの香りなどなど、もう表現しきれないほどの多彩な味と香りが楽しめる。たった一杯のグラスワインが、こんなにも幸せな気分にしてくれる。その喜びに浸った。(*次回、後編へ続きます。お楽しみに!)
 

 

 

 

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「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」はサン・ジョヴェーゼ・グロッソ(別名ブルネッロ)という品種の葡萄のみを使用して造られる。葡萄の品質を向上させるための剪定方法なども詳しく解説してくれる(上)。ジャコモの熱い語り口に、ワイン造りの魅力にどんどん引き込まれていくツアー・メンバー(中)。イタリアで最も厳しいワインの品質規定「D.O.C.G」に初めて認定されたのが「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」。標高250〜600mで栽培された最高品質の葡萄(ブルネッロ)を100%使用、最低5年間熟成、など詳細な品質チェックを全てパスしたものだけに「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」のラベルを付けることが許される。艶やかで美しいガーネット色とフルーティで華やかながらも重厚な味わいが特徴の最高級イタリアワイン。
 

 

 

 

★ MAP ★

 

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<アクセス>

オルチャ渓谷一帯には鉄道はない。レンタカーで移動するのが一番だが、ピエンツァ、モンテプルチャーノ、モンタルチーノなどの村へ行きたい場合はFSのキウージ(Chiusi−Chianciano Terme駅)まで鉄道で行き、そこからバスかタクシーで移動することになる。バスは本数が限られるので事前に時刻表をよく確認する必要がある。フィレンツェ、シエナから出ているOPツアーが各種あるので、それらを利用するのもいい。
車で行く場合、ローマから高速A1 / E35でキウージで降り、キアンチャーノ〜モンタルチーノ方面へ。所用約3時間。シエナからはSR2利用、ブォンコンヴェント〜モンタルチーノへ約50分。オルチャ渓谷の典型的な田舎風景が楽しめるのは、トッレニエーリ(Torrenieri)〜サン・ジョヴァンニ・ダッソ(San Giovanni d’Asso)〜サン・クイリコ・ドルチャ(San Quirico d’Orcia)の周辺。
 

 

<参考サイト>

・アグリツーリズモ「Podere Il Cocco」(英語サイトあり)

www.ilcocco.it/

 

・ヴァル・ドルチャ観光サイト(英語)

http://www.terresiena.it/en/val-d-orcia

 

・トスカーナ州内バスのサイト

http://www.tiemmespa.it/

 

・ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ・ワイン協会(英語)*ワイナリーリスト、周辺地図など

http://www.consorziobrunellodimontalcino.it/index.php?lg=en
 

 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回5月24日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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