日本一おいしい!沖縄の肉食グルメ旅

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#36

チヌマンこそ沖縄一美味い魚である~『すみれ茶屋』

文・藤井誠二

 

クサいけど美味な魚 

 ぼくが行きつけにしている那覇市安里にある『すみれ茶屋』で、店主の玉城丈二さんと、よく「クサいけど美味な魚」の話題になる。クサヤ、鯖のへしこ、鮒鮨、鰯のぬか炊き、うるか等、日本にはそういう魚を発酵させた食物がたくさんある。醗酵学の権威・小泉武夫先生の『くさいはうまい』には納豆以外にも魚が出てくる。ぼくは読むだけで唾が口内にたまるほど、そのテのものが好きなのだ。丈二さんもそういったモノに目がないクチなので、「クサい魚の話」を酒の肴にして酒を飲んでいるのである。

 

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『すみれ茶屋』のカウンターで、店長の玉城丈二さん(左)と筆者(右)

 

 あの臭いを思い出すと酒が美味いねえ等と言いながら、丈二さんとぼくはたいがい日本酒か芋焼酎を飲む。丈二さんは地元出身だが、若い時分に九州に渡り大分市と別府市で、約二〇年も和食の職人として腕を磨いた人である。

 ぼくは十年ほど前にたまたまこの店に足を踏み入れて以来、沖縄の地魚のマース煮をいろいろ食べさせてもらって、沖縄の魚と塩の美味さに刮目させられてきた。グルクンのから揚げ等、沖縄では魚は揚げるものという固定観念を覆された。地魚をさまざまな調理法で供してくれ、かつ沖縄の伝統的調理法でも食材を操る丈二さんはただ者ではないのだ。店の場所はわかりにくいし、入りにくい(引き扉がちょっと具合が悪くて重いだけ)けど、ぜひ行ってみてほしい。

 

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安里にある『すみれ茶屋』。表のホワイトボードのお品書きには沖縄の魚の名前が並ぶ

 

 沖縄にはクサかったり、獣臭が濃厚な料理が多い。トーフヨウや臭豆腐(さすがにいまでは沖縄では食べられなくなったようだが、かつては辻などの料亭で供されていた)などの発酵食材以外にも、山羊肉の煮込みや刺身、野菜でもヨモギなどを常用する。チーイリチャーや血汁は強烈な臭いはないとぼくは思うけれど、沖縄で敬遠する人も少なくない。

 ぼくは初めて沖縄にいったときから山羊汁が大好物になって、唇を脂でぬらぬらとさせていたのだが、これも沖縄では好き嫌いがはっきり分かれるらしい。丈二さんは「最近の山羊料理はクサみがたらん」といつも言っていて、彼のお眼鏡に叶う山羊料理を出す店は少なくなっているという。

 丈二さんから教わった「沖縄でも好き嫌いが分かれる」魚に「チヌマン」がある。テングハギのことだ。

 この魚は沖縄の居酒屋ではほとんど見かけたことがない。丈二さんは市場で見かけると仕入れるようにしていて、なるべく切らさないようにしているそうだ。

 刺身、煮つけ、焼きの三種類。ぼくが初めて食べたのはもう数年前だが、結論から言うと、虜になってしまったのである。チヌマンの脂のクサみに。とくに焼くと硬い皮の下(背の身と腹の身では脂のつきかたがぜんぜん違う)にたっぷりとついている脂が焼けて、白身の表面に浮き出て、焦げたようになる。その部分が美味い。もちろん身と硬い皮の間にある脂や、内臓周辺の脂はなんと表現したらいいのか、かすかに獣臭すら感じる、口内でとろりととろける半透明の灰色の脂身なのだが、こっちも旨みがすごい。病みつきになる。

 

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これが今回のテーマ、チヌマン!

 

 丈二さんの買いつけに同行させてもらった。泊漁港の魚市場「泊いゆまち」のいつもの仲卸の『がねは水産』に午前10時ぐらいに出向くと、今日はチヌマンの水揚げがなかったと言われた。あら、残念。

 今年、沖縄は本マグロが豊漁なので、丈二さんは美味そうな赤身を品定めして、買いつけた。とうぜん刺身で食べるのだが、醤油とワサビが飽きてくると、コーレグースー(自家製)を醤油に垂らしてマグロを食べると、これまた別物の美味さに変わる。これも丈二さんから教わった。

 

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丈二さんにお供して、「泊いゆまち」の『がねは水産』へ。この日はたまたまチヌマンの水揚げがなかった

 

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本マグロの赤身。コーレーグースー(島唐辛子の泡盛漬け)を醤油に垂らして食べても美味

 

 翌日は数尾あがっていた。ラグビーボールのようなまるまるとしたやつを二尾選び、店でアタマを落としてもらい、内臓もとってもらう。皮はすこぶる硬く、分厚く、職人さんの腕に力が入る。内臓は新聞紙を濡らしたようなかんじで、これが生臭い。

 

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チヌマンを品定めする丈二さん

 

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チヌマンのアタマと内臓を市場で取ってもらう

 

 アタマと内臓を取った状態で丈二さんは店に持ち帰り、三枚におろす。出刃包丁の刃に思い切り力をこめ、三枚におろした身をさらに二分割する。チヌマンをさばくのは力業なのだ。

 チヌマンは決してめずらしい魚ではないが、処理や調理がめんどうくさく、そして独特の脂の臭いのせいか、人気がない。だから市場では買っていくプロはほとんどいないそうだ。が、石垣島や離島では比較的よく食べられるらしい。

 

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市場で買ったチヌマンを、さっそくお店で調理していただく

 

 まずは刺身から。冬場は脂がのっているから、脂で包丁やまな板がヌルっとするほどだ。しかし、白身の鯛の刺身を旨みをもっと強くしたかんじで、若干の歯ごたえもあり、こりゃあ美味い。どこにもない美味だ。

 

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チヌマンの刺身。旨みたっぷり

 

 お次はマース(塩)煮。沖縄の塩だけで半身を煮る。島豆腐とアオサもいっしょに煮る。皿の中で身をほぐすと、煮えた脂身がほどよく汁の塩味と、アオサの磯の味と相まってじつに美味。ああ至福。

 

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チヌマンの煮つけ(マース煮)

 

 そして、いよいよチヌマン焼きである。網焼きにすると厨房から出た煙が店内にもうもうとたちこめる。焼肉の脂の多い腸類などを焼くと炎と煙が立つが、あれと同じだ。それほど脂がたっぷりとついているのである。エアコンを全力でまわし、ドアを開け放っても、なかなか煙は消えてくれない。

 煙の臭いもやはり特徴的で、ふつうの青身や白身の魚を焼いてもこんな臭いはしない。やはり焼き肉屋で嗅ぐ、あの臭いに似ているとぼくは思ってしまうのである。これは脂の焼けた臭いに、硬く分厚い皮を焼いて身に火を通すために、皮が焦げる臭いが混じるのだ。

 

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チヌマンを焼くと煙がもうもうとたちこめる

 

 焼きたてをいただく。箸を入れると身はやわらかくほぐれるが、ぼくは硬い皮から身をはずし、皮についた脂をこそげ落として、身と一緒に口に放り込む。白身は淡白だが、ふつうの白身とは違う一癖ある味だ。そして、チヌマンの脂の臭みが口内いっぱいに広がり、すぐに酒に手が伸びる。ぼくはいつも芋焼酎を合わせ、脂を洗い流す。芋焼酎も度数が高く、臭みがあるほうがチヌマンと相性がいい。

 

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絶品!チヌマン焼き

 

 何回目かにある友人を連れていったら(彼は沖縄出身の三〇代)、皮を手でもって脂身を吸いつくようにして喰い、なんと皮まで喰い尽くしてしまった。彼の唇や頬はもちろん、手の指はチヌマンの脂でぬらぬらと光っていて(指の爪の中にも脂がはさまっていた)、「おかわりしてもいいですか」と追加をしたのだった。脂の臭いはシャワーを浴びてもなかなか取れなかったそうだ。彼も初チヌマンだったのだが、その独特の臭みと旨みにとりつかれたのだった。

 余談になるけれど、丈二さんがあるとき、「藤井さん、インガンダルマって知ってるか?」と、にやにやしながら聞いてきた。なんでも魚の脂が人の消化器官では消化吸収ができないらしく、食べすぎると尻の穴からだらしなくぽたぽたと出てくるというのである。しかし、味は美味らしい。ぼくは所望したのだが、めったに手に入らないそうだ。「アブラソコムツ」「バラムツ」という深海魚だと、店に置いてある沖縄の魚類図鑑を見せながら教えてくれた。

 この魚については、じつは仲村清司さんが「お尻が濡れる食えないやつ」と題して、ブログに実食記を書いている(「仲村清司の沖縄移住録」2005年05月11日)。ブログに仲村さんが書くところによれば、インガンダルマは深海魚で、やはりそうそう捕れるものではないらしい。沖縄では大東島周辺ではたまにハエナワにひっかかる。地元の漁師によると「豚みたいなヤナカーギ(ブス)」なのだそうだが、刺身にすると大トロ級のウマサで、焼いても、炒めても、干物にしてもウハウハ的に箸がとまらなくなるらしい。インガンダルマの身の脂が問題が吊すとボタボタ滴り落ちるほど多く、その脂にはワックス成分が多量に含まれている。だから、食べすぎるとワックス成分が知らずに肛門からじわじわと染み出してくるという。丈二さんの話と一致するではないか。

 けっきょく仲村さんたちは、全員紙オムツを履いて食したという。干物タイプのもので、20センチほどのブロックを全部食い尽くしたのだが、結論からいうと、やはりお漏らしをした。仲村さんは食べたその日のうちに、二人は翌朝グリース状のソレと対面することになったという。念のためいっておくと、5切れ以上食べるとどんな人でも出る、と仲村さんはブログに書き記している。ぼくもいつか食してみたいものなのだが、いつになるやら。仲村さん、今度喰いましょう。ぼくも紙オムツを用意しときますから。

 

●『すみれ茶屋』住所:那覇市字安里48-201

 

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*番外編、次回も続きます。お楽しみに!

 

 

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*本連載は、仲村清司、藤井誠二、普久原朝充の3人が交代で執筆します。記事は月2回(第1週&第3週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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仲村清司(なかむら きよし)

1958年、大阪市生まれのウチナーンチュ二世。作家、沖縄大学客員教授。1996年、那覇市に移住。著書に『本音で語る沖縄史』『消えゆく沖縄 移住生活20年の光と影』『本音の沖縄問題』『ほんとうは怖い沖縄』『島猫と歩く那覇スージぐゎー』ほか。共著に『沖縄 オトナの社会見学 R18』(藤井、普久原との共著)のほか、『これが沖縄の生きる道』『沖縄のハ・テ・ナ!?』など多数。現在「沖縄の昭和食」について調査中。

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藤井誠二(ふじい せいじ)

1965年、愛知県生まれ。ノンフィクションライター。現在、沖縄と東京の往復生活を送っている。著書に『人を殺してみたかった』『体罰はなぜなくならないのか』『アフター・ザ・クライム』ほか、共著書多数。『漫画アクション』連載のホルモン食べ歩きコラムは『三ツ星人生ホルモン』『一生に一度は喰いたいホルモン』の2冊に上梓。最新作『沖縄アンダーグラウンド──消えた売春街の戦後史と内実』刊行予定。

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普久原朝充(ふくはら ときみつ)

1979年、沖縄県那覇市生まれ。建築士。アトリエNOA、クロトンなどの県内の設計事務所を転々としつつ、設計・監理などの実務に従事する。街歩き、読書、写真などの趣味の延長で、戦後の沖縄の都市の変遷などを調べている。本書の取材を通じて、沖縄の伝統的な豚食文化に疑問を持ち、あらためて沖縄の食文化を学び直している。

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