ブルー・ジャーニー

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#36

スカンジナヴィア 神、生まれし地へ〈4〉

文と写真・時見宗和 

Text & Photo by Munekazu TOKIMI

とうとう、ここまで

 汽笛が鳴り響き渡り、

 もやいがボラード(係船柱)から解きほどかれる。

 埠頭と船のあいだに横たわる濃紺がみるみる広がり、

 ヴァイキングの王に興された町、トロンハイムの端正な町並みが遠ざかっていく。

 ノルウェー人は言う。

「海の匂いのしないところには住めない」

 

01

 

 縦に細長く、逆立ちしたオタマジャクシのような形のノルウェー。南部には早くから鉄道網、道路網が整備されたが、起伏が海岸線まで迫る西海岸は、19世紀後半まで孤立に近い状態にあった。

 1891年(明治24年)、ノルウェー政府が、手紙の配達に、夏は3週間、冬は5ヵ月かかっていたトロンハイム〜ハンメルフェスト(世界最北の町のひとつ)の海路の開拓を決定。

 2年後、リチャード・ウィズ船長が操るヴェステローレン号が、数少ない灯台を頼りに、無数の岩礁を縫って67時間で航海。リチャードによってこのルートは“フッティルーテン(沿岸急行船)”と名づけられた。

 その後、フッティルーテンは南北に延長され、現在はベルゲンとロシアと国境を接する北極圏の港、キルケネス間の片道2400キロ(約半分が北極圏)を、大小34の港に立ち寄りながら、6泊7日かけて航海する。

 このヴェステローレン号はフッティルーテンの12隻のひとつ。6261トン、全長108・55メートル、全幅16・5メートル、乗客定員516名、デッキ数7、ベッド数299。

 

02

 

“沿岸急行船”だが、巡航速度は15ノット(時速約28・5キロ)。自転車と変わらないスピードで移り変わる景色は、新幹線の車窓とはまるでちがう。

 半島をまわり、湾を横切り、海峡を抜ける。彼方の丘が少しずつ大きくなっていき、角度とともに形が変え、背後にまわりこみ、やがて他の丘の陰に隠れる。

 同じように見えて、ひとつとして同じではない曲線の連続。ノルウェーの、もっともノルウェーらしい景色を眺めながら、時間を短縮するためにベルゲン〜トロンハイムを飛行機で移動したことを悔やむ。

 ゆっくり読み直そうとこの旅に持ってきた『[生命]イニュイック アラスカの原野を旅する(星野道夫著)』。収められた8つの掌編のひとつ、“ブルーベリーの枝を折ってはいけない”に、こんなくだりがある。

 

──僕はいつのころからか、歴史の長さを人の一生で考えるようになった。今、自分がここに在るということは、歴史のどの時代にも自分の分身がどこかにいたということだ。親からスタートして自分の分身が一列にずっと並んだなら、例えば二千年前の弥生時代の分身はわずか七、八十人先なのだ。振り返り、少し目をこらせばその男の顔をかすかに読みとることだってできるだろう。僕たち人間の歴史とは、それほどついこの間の出来事なのだ──。

 

 フィヨルドの無数の入江からヴァイキングがいっせいに漕ぎ出たのは、8世紀の末、伊勢物語や竹取物語が著されたころだった。

 なぜ漕ぎ出たのか?

 縦一列に並んだぼくの分身たちの、23人目あたりで鉄カブトをかぶったぼくは、きっとこう答える。

 フィヨルドに誘われたからだ。

 

03

 

 耕地面積は国土のわずか3パーセント。内陸部の70パーセントが山岳地帯に占められているノルウェーだが、スカンジナヴィアの他の国々と同じように標高の高い山はない。

 走り、飛ぶノルディックスキーはこのゆるやかな起伏に育まれ、山の斜面を滑り降りるアルペンスキーは、中央ヨーロッパのアルプス山脈の懐で発達した。

 フィンランド各地でカンテ(堅琴)に乗せて歌い継がれてきたカレワラ。建国にかかわる伝説や歌謡や口碑を集めたこの叙情詩には、随所にクロスカントリースキーのシュプールが刻まみこれている。

 

 声は大きくあでやかで、

 わしの調べはまことに美しかった。

 そのとき川のように流れ、

 水のように輝いた、

 雪の上の左スキーのように、

 波の上の帆船のように走った。

 

 雪の上を滑るスキーのように歌う。

 なんとすてきな表現だろう。

 

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 天気、気温、雪質、風、霧。ゼッケン1番がスタートしたときは晴れていたのに15番は吹雪の中。大自然のなかで行われるアルペンスキー・レースは、人間にはどうにもできない要素に左右される。しかも勝敗を分けるのは100分の1秒単位の時間。

 はたしてオリンピックや世界選手権大会は、アルペンスキー競技の世界一を決めるにふさわしいステージなのか。1回限りの、毎年行われるわけではないレースの勝者を最速と呼べるのか。

 1966年(昭和41年)8月、ジャーナリストと国際スキー連盟(FIS)役員の夜を徹した話し合いは、ひとつの歴史的な結論に達した。

「シーズンを通して複数のレースを行い、その総合成績で世界一を決めよう」

 翌年、アルペンスキー・ワールドカップが誕生。スラローム、ジャイアント・スラローム、ダウンヒルを5レースずつ実施、その総合成績で世界最速を決めることになった。

 アルペン大国――フランス、オーストリア、スイス、西ドイツ、イタリア――はスキー・ワールドカップを中心に1年間のスケジュールを作成。選手、監督、コーチ、トレーナー、サービスマン、ジャーナリストがハンドルを握り、飛行機に乗り、会場から会場へと隊列を組むように移動する様子は、やがて“白いサーカス”と呼ばれるようになった。

 

05

 

 1973年12月23日、オーストリア・ザールバッハで行われたアルペンスキー・ワールドカップ、ジャイアント・スラローム第2戦。地元オーストリアが1位から4位までを独占。観客が家路につき始めたとき、スカンジナヴィア半島の北極圏にほど近い寒村からやってきたゼッケン73番が、スキーのエッジに切り刻まれ、荒れ果てたコースを滑りきってゴール。発表されたタイムは9位。大会本部がタイミングシステムを確認したが、異常はなかった。

 ステンマルクのワールドカップ出場はこれが2戦目。母親の手編みの帽子に編みこまれたIngemar Stenmarkがインゲ・ステンマークではなく、インゲマー・スタインマルクでもないことを知っている観客はいないに等しかった。17歳9ヵ月という年齢が知れ渡ったのは、それからずいぶんたってからのことだった。

 2年後の75/76シーズン、19歳のステンマルクは世界最速の座に駆け上がった。スラロームは7戦5勝。ジャイアント・スラロームは1位1回、2位2回、3位1回、5位、10位、14位を1回ずつ。きらいなダウンヒルには出場しなかったが、それでも2位のイタリアの選手を44ポイント引き離す圧勝だった。

 76/77シーズン、2位を89ポイント引き離して連覇。

 77/78シーズンは開幕から約1ヵ月後、アルペンスキー・ワールドカップ全日程の3分の2を残して3連覇を確定、雲上の人となった。

 アルペン大国はその滑りを、徹底的に分析したが、どうしてそんなに速く滑ることができるのかわからなかった。理由が見つからないということは、勝つ方法がないということに等しかったが、ノルディックの国からやってきたレーサーに頭を下げつづけるつもりはなかった。

 

06

 

 78/79シーズン開始前、アルペン大国のつよい主張を受けてコンビネーション・ポイントの大量導入が決定。コンビネーション・ポイントとはダウンヒルとスラローム、ダウンヒルとジャイアント・スラロームの2レース合計で上位の選手にポイントを与えるというもので、ダウンヒルに出場しないステンマルクをつぶすための、露骨なルール改正だった。

『ああやっとシーズンが終わった』全日程が終了すると、スウェーデンの新聞がため息をついた。『このままワールドカップがつづいたら、きっとステンマルクはビリになってしまう』

 このシーズンの総合優勝はスラローム1勝のスイスの選手。2位は種目別優勝0回のオーストリアの選手、3位はスラローム2勝のアメリカの選手。

 ジャイアント・スラローム10戦全勝(そのうちの8勝は2位を1秒引き離し、第6戦では2位を4秒06引き離す勝利)、スラローム3勝、計13勝を挙げたステンマルクは総合5位に終わった。

 

07

 

 早朝5時25分、ネスナに到着。旅行鞄を抱えてタラップを降り、約18時間ぶりに大地に立つ。

 神生まれし地まで、あとわずか100キロ。

 とうとう、ここまで。

 

 

(スカンジナヴィア編、続く)

 

 

 

*本連載は月2回配信(第2週&第4週火曜日)予定です。次回もお楽しみに。

 

 

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時見宗和(ときみ むねかず)

作家。1955年、神奈川県生まれ。スキー専門誌『月刊スキージャーナル』の編集長を経て独立。主なテーマは人、スポーツ、日常の横木をほんの少し超える旅。著書に『渡部三郎——見はてぬ夢』『神のシュプール』『ただ、自分のために——荻原健司孤高の軌跡』『オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組』『[増補改訂版]オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー 蹴球部中竹組』『オールアウト 楕円の奇蹟、情熱の軌跡 』『魂の在処(共著・中山雅史)』『日本ラグビー凱歌の先へ(編著・日本ラグビー狂会)』他。執筆活動のかたわら、高校ラグビーの指導に携わる。

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