日本一おいしい!沖縄の肉食グルメ旅

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#35

問題カレーにうなだれる~『いけだ食堂』

文・仲村清司

 

与那原町の黄色いカレーの名店 

 沖縄本島南部、与那原町の黄色いカレーの名店といえば、『いけだ食堂』である。

 が、ここでカレーを食べるたびに自責の念に駆られている。ワタクシにとっては宿命の問題カレーなのだ。

 読者諸賢に告ぐ。もし何かの折に店に入り、入口右手のカウンター席あたりでカレー皿をうなだれながら見つめている男を見かけたら、それは間違いなくワタクシである。

 カレーは揮発性の高いガソリンのようなもので、空腹時にあの香りを嗅ぐと瞬時に理性を失い、食欲中枢がたちまち爆発する。店に入ったときなどはもういけない。

 匂いを吸引したとたん「さて何を頼もうか……」と思い悩んでいた案件は木っ端微塵に吹っ飛んでしまう。そうして、「カレーだよ! カレー!」という剥き出しの欲望が顕わになってしまうのだ。

 同様の現象は駅の立ち食い蕎麦にもある。が、蕎麦は何かとこだわりがある食べ物だから、入店寸前で麺のコシやダシの好みがふいに気になって、理性が舞い戻るケースも少なくない。その点、カレーは当たり外れが少ないので、匂いにつられるまま食欲が暴走し、カレー以外のことは考えられなくなる。つまりはそういう意気込みでカレーを注文したにもかかわらず、激しく悔恨の念を抱いてしまうのだ。

 誤解のないよういっておくが、味がどうのこうのというのではない。『いけだ食堂』の黄色いカレーは創業以来の名物で、いったんこの味にハマると抜け出すのは難しい。ワタクシもそのひとりで、那覇から車で40分もかけて食べに出かけているのだ。

 

 

ポークは具としてありやなしや…… 

 では、問題カレーのその「問題」とは何なのか。

 ズバリ、量である。皿の直径は25センチ近くあろうか。ただし、だからといって大盛りにありがちな見苦しさはない。ワタクシ好みの硬めに炊かれたライスは艶やかな純白で美しい。具もいたずらに自己主張しているわけではない。むしろ、凪いだカレー汁に控えめに見え隠れしているといった風情で、皿全体に落ち着いた秩序がある。

 つまりはそういうつつましさのなかに、汲めども尽きせぬ「量」が収まっているのだが、その実相は前かがみの姿勢で目線を下げ、上目遣いに皿を望見するとよくわかる。視界の前方には鯨の背のように盛り上がったライスが大きく脊梁を隆起させ、黄色い海に向かって巨大な山麓をなだらかに広げているはずである。

 具はなぜか具材ごとに一団となって波状的にライスの山裾に押し寄せている。第一波は大ぶりに刻まれたタマネギ群。続いてグリーンピース、ニンジン、コーンなどのミックスベジタブル群。さらに一口大に切り揃えられたポークランチョンミート(以下、ポーク)といった布陣である。

 

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「問題」の黄色いカレー

 

 ここで注目したいのはポーク。最近は内地でもよく知られているのでこまごまと説明する必要はあるまい。戦後、米軍経由で広まった豚のくず肉と油脂類を加工して結着させた缶詰で、もとをたどればコンビーフと同じく肉の代用品である。

 が、もはや代用する必要がなくなった現在でも沖縄ではチャンプルーに欠かせない具材として普及し、あろうことか味噌汁の実にするなんてことも日常的にやっているのだ。もはや主食並みの使用頻度といっていいが、愛好者によればポークを煮込めばコクが出るという。

 確かに、高タンパク、高脂肪、高塩分の缶詰であるから、味に深みを与える成分が出てきてもおかしくない。となれば、汁物に使わない手はないというわけで、沖縄では家庭でもカレーの具材として広く愛用されているのだ。

 ただし、そこはやはり肉の塊だから、具にポークを使った場合、精肉は入れないという無言の掟が存在するようである。が、この食堂のカレーはその不文律をあっさりくつがえしてしまった。外からは識別しにくいけれど、ルーの水面下には鶏肉が潜んでいるのだ。『いけだ食堂』は沖縄でもめずらしい肉系ダブルでがぶりよる店なのである。

 

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ポークと鶏肉の肉系ダブル

 

 そのくせ皿全体は前述したように春風駘蕩としているから、ひねもすのたりのたりといただきたいところなのだが、そうはいかないのでありますな。なんせ、相手は白鯨のように盛られたライスに加えて、皿のふちギリギリまで湛えられたカレーの海なのである。

 寄る年波にのまれてしまい、老婆の乳房のごとくしなびてしまったワタクシの胃袋などでは太刀打ちできようはずもない。カレー皿を目の当たりにした瞬間、完食不能ランプが脳裏に点滅する。なにかを残さざるを得なくなるのだが、犠牲になるのは高いのはライスである。

 自責の念とは実にコレである。ここに足を運ぶのは二度三度ではなく、そのたびに食べ残してきたのだ。にもかかわらず愛想笑いのひとつも浮かべて、

「えーと、ライスは少なめでね」

 と、なぜコトワリを入れることができないのか!

 当方、モノがまだ豊かでなかった時代の育ちゆえ、食べ物を残すという行為に激しい良心の呵責を覚えてしまうタチである。それを承知していながら、同じ過ちを繰り返してしまったのだ。

 すべては食欲中枢を暴発させるカレーの匂いのせいである。ツンと鼻をつくカレー粉の香りが必要以上に胃袋を刺激するものだから食い意地が凶暴化し、「ふふふ。今日こそは完食だろうよ」と甘い判断を下してしまうのである。

 ともかくも、この後悔の念から実食に入るには気持ちの切り替えが必要になる。ありがたいことにこの店のカレーにはただちに気を取り直す媚薬が秘められている。

 それが濃厚に香り立つ鰹ダシの風味。沖縄の黄色いカレーのダシはいわゆるブイヨンやチキンストックの部類ではなく、鰹ダシをベースにしていることが多いのだ。

 沖縄県の鰹節消費量は日本一で、全国平均の実に5・8倍。それもぜいたくに使って煮出す感覚でダシをとるのでダシそのものが濃い。この濃厚な風味が沖縄の食文化全体の大きな特徴になっているのだ。

 なので、ひとくちに黄色いカレーといっても沖縄版はこの点で内地のものとはひと味もふた味も違っている。かくして、いったん意気消沈した気分はかぐわしい鰹ダシによって再び高揚し、ハフハフガツガツと一心不乱にカレーに挑んでいけるのである。

 

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鰹ダシの風味が食欲をそそる

 

 しかも、このカレーは他店に比べるととろみ加減はかなり緩く、汁気がすっと食道をおりて五臓六腑にしみわたっていく。おそらく量が多いぶん、胃にもたれないよう小麦粉の量を減らしているのだろう。

 こうして、「いいぞいいぞ」と順調に食べ進んでいくのであるが、やがて新たな問題が立ちはだかってくる。それが例のポークでありますな。『大衆食堂 泉』のように焼いているポークなら平気なのだが、煮込んだポークは食感がグニャリとしていて、咀嚼するたびに「うーむ……」という気分になってくるのだ。

 実のところ、ポークを好物にしている内地出身者や移住者でも煮たものは苦手という人が少なくない。やはりポーク慣れしていないせいか、この食感にまいってしまうようだ。

 だもんで、沖縄の人はなぜそこまでしてポークを食べるのか、もはや缶詰にたよる時代ではないだろう──という思いがぐるぐる頭の中で回り、スプーンの動きも鈍くなってくるのである。

 時間をかけて食べると満腹中枢が働きやすいというのはよく知れたことで、よけいな思考にとらわれて道草をくってしまったワタクシの脳には満腹信号が点滅する。もはや定量一杯。皿の中はライスのみならず多量のポークも残されているというみっともない状況が展開されているのだ。

 先にふれたように、食べ物を残すやつは非国民であるという根強い強迫観念がワタクシにはある。が、胃袋はいかんともしがたい状態に陥っている。ついでながら、沖縄の大衆食堂はたいてい折り詰めが用意してあって、食べ残しは持ち帰ることができる。が、カレーは汁物であるからそれも難しい。

「嗚呼! またやってしまった……」

 つまりはこのようなしだいで、完食できなかった皿をじっと見つめる昼下がりの中年男という冒頭の光景が出現するのであるが、自責の念は帰る間際にも押し寄せる。これだけの量的奉仕をしてもらいながら500円ぽっきりのワンコイン価格なのだ。やはり食べ残しは罰当たりといわねばならない。

「すまぬすまぬ、お許し下され」

 と、うなだれる男の胸には新たな誓いが芽生えている。

(次回こそはライスはもちろん、ポークも控えめでねと告げなければならぬ……)

 男はこうして逃げるようにして店をあとにするのだが、二度あることは三度も四度もあるのが世の習い。あの刺激的な香りを吸引してその誓いが守れるかどうか保証の限りではない。

 

 

突如閉店、そして電撃的リニューアルオープン 

 が、その後、『いけだ食堂』は2014年2月に何の前触れもなく突如閉店してしまった。いつも繁盛していたし、経営基盤が脆弱な大衆食堂が多いなかでは、安定性の高いお店に思われた。

 なので、僕にはにわかに信じがたい出来事だった。著名なグルメサイトでも嘆き悲しむコメントが多数寄せられた。沖縄には黄色いカレーのファンで作る専門サイトがあって、そこでも同様に悲嘆にくれる声が目立ち、あらためて『いけだ食堂』の存在感の大きさがクローズアップされた。

 その矢先、店はこれまた何の前触れもなく電撃的にリニューアルオープンしたのである。店名はそのままで、メニューの大半が受け継がれているという。たちまち再開を喜ぶ声がサイトにあふれた。

 僕もさっそく出向いたのだが、結論からいうと、あの黄色いカレーはダークブラウンに変わっていたのである。要するにいまふうの「色」なのである。

 味も甘味と酸味をバランスよく取り入れた洗練されたものになっていた。むろん、ポークの姿もない。盛りもしかり。誓いをたてなくても完食できる量になっていて、他のメニューはどうかしらないが、少なくともカレーは完璧にリニューアルされていたのである。

(寂しいなあ……)

 黄色いカレーはそれなりに手間のかかる料理である。ゆえに、繁盛店では逆に味を維持していくのは難しいのだろうか。考えてもよくわからないが、沖縄でも黄色いカレーの維持存続を許さぬほど時勢は転がっているのだろう。

 あれから2年、今日あらためて『いけだ食堂』に出向いた。もしかして、あの色に戻っているのではないかと考えたのだ。が、その淡い期待は見事にはずれた。店の玄関口に貼られたカレーの写真はダークブラウンそのものだった。

 結局、僕は店には入らず、すぐに来た道を引き返した。

(記憶のなかにとどめてしまう食い物があってもいい……)

 たかがカレーぐらいで、そんなふうに表現するのはなんとも気恥ずかしいのだが、わりと本気でそう考えたのだ。

 思えばこのあたりの町並みもずいぶん変わった。車窓からびゅんびゅん流れ行く風景のなかで、僕はついに完食できなかったあの黄色いカレーに思いを馳せていた。

 

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現在のお店の外観とメニュー。名物のゆし豆腐は健在だが、カレーはダークブラウンに変わっていた

 

●『いけだ食堂』

住所:沖縄県島尻郡与那原町字東浜95ー4

 

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*番外編、次回も続きます。お楽しみに!

 

 

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*本連載は、仲村清司、藤井誠二、普久原朝充の3人が交代で執筆します。記事は月2回(第1週&第3週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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仲村清司(なかむら きよし)

1958年、大阪市生まれのウチナーンチュ二世。作家、沖縄大学客員教授。1996年、那覇市に移住。著書に『本音で語る沖縄史』『消えゆく沖縄 移住生活20年の光と影』『本音の沖縄問題』『ほんとうは怖い沖縄』『島猫と歩く那覇スージぐゎー』ほか。共著に『沖縄 オトナの社会見学 R18』(藤井、普久原との共著)のほか、『これが沖縄の生きる道』『沖縄のハ・テ・ナ!?』など多数。現在「沖縄の昭和食」について調査中。

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藤井誠二(ふじい せいじ)

1965年、愛知県生まれ。ノンフィクションライター。現在、沖縄と東京の往復生活を送っている。著書に『人を殺してみたかった』『体罰はなぜなくならないのか』『アフター・ザ・クライム』ほか、共著書多数。『漫画アクション』連載のホルモン食べ歩きコラムは『三ツ星人生ホルモン』『一生に一度は喰いたいホルモン』の2冊に上梓。最新作『沖縄アンダーグラウンド──消えた売春街の戦後史と内実』刊行予定。

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普久原朝充(ふくはら ときみつ)

1979年、沖縄県那覇市生まれ。建築士。アトリエNOA、クロトンなどの県内の設計事務所を転々としつつ、設計・監理などの実務に従事する。街歩き、読書、写真などの趣味の延長で、戦後の沖縄の都市の変遷などを調べている。本書の取材を通じて、沖縄の伝統的な豚食文化に疑問を持ち、あらためて沖縄の食文化を学び直している。

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