ステファン・ダントンの茶国漫遊記

ステファン・ダントンの茶国漫遊記

#35

台湾におちゃらかのフレーバー茶を 3

ステファン・ダントン

 

 

 


 

 台北に日本茶カフェをつくるというプロジェクト。その調査のために、ほんの少しの時間だけど台北に滞在した。
 その中で印象的だった事柄がいくつかあり、日本へ戻ってからもたまに振り返りかえっておもいを巡らせている。

 

 

 

 

トム・ウェイツ・カフェにて

 

 

  フレーバー茶の試飲会を終えた帰り道、8月の台北の午後のじめっとした暑さから逃れたいと思いながら歩く住宅街で見つけたカフェがおもしろかった。
 アメリカの田舎風というのか、白いペンキがぬられた木のドアに「Tom Waits Café」とある。窓からのぞく店内は薄暗く、人のいる気配もないから少しためらったが、ドアを押したらあたりまえだけどちゃんと開いた。
 

 

 

ベンチも窓枠も店主の手作り、トムウェイツカフェの入り口

トム・ウェイツ・カフェの入口。ベンチや窓枠は店主の手作りだ。

 

 

 

 壁一面に並ぶレコードやCD、雑誌、本に目を奪われながら、座っていいものかと迷っていると、奥のカウンターから店主が出てきて目顔で「そこへ座ればいいよ」と合図してくれた。
 

 

 

 

カウンターで微笑むトムウェイツカフェの店主

微笑みながら席を案内するトム・ウェイツ・カフェの店主。
 

 

 

  メニューは出てこない。
「コーヒーでいいのかな?ホットコーヒーしかないけど」
「コーヒーが飲みたくて入ってきたんだ。コーヒーちょうだい」
「少し時間かかるよ」
 台北の街角ですでに経験していた、完全にシステム化されたジューススタンドや高度に洗練された「いまどき」のカフェとはぜんぜん違う。独特なムードに私はくつろぎ始めていた。
 棚から雑誌やCDを抜き出してタイトルを眺める。中国哲学や小説もあれば料理の本や日本の漫画もある。「名探偵コナン」みたいな中国でも大人気のポピュラーなものも私の知らないサブカルチャー的なものもある。店名にもなっているトム・ウェイツのレコードはあるし、フランスギャルやスティングなんて懐かしいアーティストのCDもあるけれど、クリスマスメドレーとかディズニー映画音楽シリーズのようなものも、とにかく脈絡なくさまざまなものが置いてある。あとからわかったのだが、実は全部が売り物。ただし値札はない。
 

 

 

 

トムウェイツカフェにて 時間を忘れて本やCDを眺める

トム・ウェイツ・カフェに置かれた本やCDを、時間を忘れて眺めるステファン。
 

 

 

 

 しばらくして出てきたコーヒーがおいしくて、中国語のわかる同行者に伝えてもらうと、「いい豆使っているからね」、と店主はうれしそうに笑った。
 
 店主は64歳。長く音楽業界にいた人物で、誰もが知るレコード会社でコンピレーションアルバムの制作などをしていたこともあるという。仕事の合間に世界各地を旅する中で、30代のころには3ヶ月日本に滞在したこともあるという。自分の好きな音楽を流しながらカフェをやりたいと、14年前に仕事をやめてこのカフェを開いた。「内装も家具も全部がおれの手作りなんだ。このベンチシートもね」といって座面を開くと、中にはぎっしりとCDが。
 そのときふと気づいた。
「この店、音楽流れてないじゃん」
 CDもレコードも山ほどある。よさそうなスピーカーも本棚の上にある。「なんか音楽流してよ」といったら「スピーカーがね、しばらく前から壊れてるんだ」だって。なんだって手作りしちゃう彼なんだから修理なんてお手の物なんじゃないか?「なおせばいいじゃない」といったけど「時間がないからね」だって。「音楽を推してる店だから設備をきちんとしないと」、なんて関係ない。今、このときの彼の気分でできているのがこの空間なんだ。だから自然で心地いいんだ、と理解した。
 
 時刻は午後5時半、小腹がすいてきた。「なにか食べるものはない?」と聞くと手書きのメニューを出してくれた。日替わりの定食が5種類。鴨の薬膳スープと肉じゃがの定食をオーダーした。小鉢が4つ付いてきた。レンコンの梅酢漬け、台湾独特の龍髭菜という野菜のごま和え、豚肉とセロリの炒め物、ジャックフルーツ。「家庭料理だよ」という店主の料理は、どれも完成されたおいししさ。値段は飲み物付きで300元だから1000円ちょっと。
 

 

 

肉じゃがも絶品、トムウェイツカフェの定食

トム・ウェイツ・カフェの定食。肉じゃがは絶品だった。

 

 

 

「コーヒーと音楽だけじゃ商売にならないよ。住宅地のカフェは定食でやっていかないと」
 実際、しばらくすると近所の常連風の客が少しずつ入ってきて、ひっそりしていた店内の席の大半が埋まった。
 すごくクローズな独特の世界をつくっているけれど、どこかゆるくて心地よいこんなカフェが近所にあったら通いたい。
 「また来るよ」といって店を出た。

 私は台北に行ったらこれからも必ずこの店によると思う。この店は私なりの「中国人」への理解の点でもヒントを与えてくれたようにも思うんだ。店主の個性でつくられた空間は「合う人だけ来てよ」というクローズな意志を示しているようで、実際にはそのときどきの自分の気分はもちろん、お客さんから求められるものに合わせて、かなりゆるく変容しながら成立している。その柳のように風にゆられることで根はしっかり張り続ける様子が、中国人、あるいは中国的ビジネスのあり方そのもののようで興味深かった。
 一方で、日本のビジネスはどうだろう? 相手に合わせてゆれる柔軟性を持っているように私には見えない。硬直化した枝が風にあおられて根こそぎ倒れそうにはなっていないだろうか?
 お気に入りのカフェを見つけてくつろぎながらも、そんなことを考えていた。
 

 

 

 

 

 

 

 

*この連載は毎月第1・第3月曜日(月2回)の更新連載となります。次回の更新は10月15日となります。お楽しみに! 

 

 

写真/ステファン・ダントン    編集協力/田村広子、スタジオポルト

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ステファン・ダントン

1964年フランス・リヨン生まれ。リセ・テクニック・ホテリア・グルノーブル卒業。ソムリエ。1992年来日。日本茶に魅せられ、全国各地の茶産地を巡る。2005年日本茶専門店「おちゃらか」開業。目・鼻・口で愉しめるフレーバー茶を提案し、日本茶を世界のソフトドリンクにすべく奮闘中。2014年日本橋コレド室町店オープン。2015年シンガポールに「ocharaka international」設立。著書に『フレーバー茶で暮らしを変える』(文化出版局)。「おちゃらか」http://www.ocharaka.co.jp/

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