ブーツの国の街角で

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#35

ブラッチャーノ:30ユーロで大満足の日帰り旅

文と写真・田島麻美

 

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   喧騒まみれの日常に疲れると、穏やかな自然の中に身をおきたくなる。ローマ市内にも森林浴ができる公園はいくつもあるのだが、思い切りリフレッシュするにはやはり街から脱出する方がいい。思い立ったら、いてもたってもいられなくなった。ローマ近郊で車がなくても簡単にアクセスでき、自然散策と街歩きが楽しめて、できれば文化遺産にも触れられる。そんなわがままを叶えてくれる場所はあるだろうか?
  検索するうち、湖畔の街・ブラッチャーノに行き着いた。ローマから各駅電車で約1時間、街の中心には保存状態の良さで知られる15世紀の城もある。気分転換に、フラッと気楽な日帰り旅に出かけた。

 

 

 

 

 

ラツィオ州で最も保存状態が良い15世紀の城

 

 

 

  ローマのFSオスティエンセ駅からブラッチャーノまでの電車賃は3ユーロ。臨時出費の心配もなく、ちょっとそこまで散歩に行く感覚で電車に乗った。ブラッチャーノの駅から人波について歩き始めて3分もしないうち、街の目ぬき通りであるプリンチペ・ディ・ナポリ通りに出た。旧市街の高台を見上げると、堂々たる風貌の城が目に飛び込んできた。
 ブラッチャーノ城の正式名称は「オルシーニ・オデスカルキ城」。周囲を三重の壁で囲み、5つの塔を配した堅固な城塞は、名門貴族オルシーニ家が15世紀から所有していた建物。その後17世紀末にオデスカルキ家へと渡り、現在もオデスカルキ家の城主がここで暮らしている。現役の貴族の邸宅ではあるが、城の一部は有料で一般公開されているだけでなく、映画の撮影や結婚式場としても貸し出されている。過去にはタイロン・パワー、マーティン・スコセッシ、トム・クルーズなどの有名人もここで結婚式を挙げた人気の式場だ。
 入り口で8,50ユーロを払ってチケットと城内マップをもらい、見学ルートをチェック。マップには寝室や武器庫、大広間や城壁沿いの展望テラスなど22のポイントが記されていて、「これでもほんの一部に過ぎないのか?」と、城の大きさを改めて実感。内部に入ると、各部屋を装飾する15世紀の画家アントニアッツォ・ロマーノの素晴らしい天井画に目を奪われる。数百年の時を経ているにも関わらず、鮮やかな色彩と緻密なデザインに首の痛みも忘れて見とれてしまった。コースには、ローマ法王が滞在していた部屋やイタリア国王ウンベルト一世が泊まった寝室、中世騎士の武器や鎧などを展示した部屋、城内の食事を作っていた台所など見どころが満載。最後に城壁沿いのテラスからブラッチャーノ湖の美しいパノラマを堪能し、優雅で贅沢な貴族ライフの疑似体験を楽しんだ。
 

 

 

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エントランスを通って塔の下にある入り口へ。テラスからは湖のパノラマも楽しめる(上)。1478〜1481年にかけて、歴史的事件である「パッツィ家の陰謀」と蔓延するペストから避難してきたローマ法王シスト4世が滞在していた部屋(下)。
 

 

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公開されている中では一番広い「チェーザリの間」。古代ローマの12の胸像の他、アントニアッツォ・ロマーノのフレスコ画が見られる(上)。とても保存状態が良い16世紀のヴェネツィア様式のベッドと天井装飾が見事な「イザベッラの間」は、16世紀の城主パオロ・ジョルダーノ・オルシーニの奥方の寝室(下)。
 

 

 

 白鳥と戯れる湖畔のリラックスタイム

 

 

  城を出る時、ショップのお姉さんに「テラスから見た湖はここから歩いて行けますか?」と尋ねると、「徒歩10分ぐらいで着くわよ。でも行きは楽チンでも帰りは上り坂だから気をつけてね」と言われた。お昼ご飯にはまだちょっと時間があったので、お腹を空かせるため湖畔まで歩くことにした。
 城の出口から坂を下り、自然道を通り抜けると間もなく湖が見えた。湖畔に近づいて行くと、「きゃぁっ、可愛い!」という歓声が聞こえてきた。見ると、若いカップルが白鳥と戯れながらはしゃいでいる。若い女の子の歓声に刺激されたのか、湖上をのんびり泳いでいた白鳥と鴨たちが続々と湖畔に押し寄せてきた。この湖の野鳥たちは日頃から住民たちに好待遇を受けているらしく、とても人懐こい。至近距離まで近寄っても逃げる様子も見せないどころか、こちらに向かって来るほどだ。白鳥たちがのどかに湖畔を散歩したり、湖上をスイスイ泳ぐ様をのほほんと眺めるひとときは、なんだかとても癒される。
 

 

 

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ブラッチャーノ湖は56.5km²の面積、最大深度160mを誇るイタリアで6番目に大きな湖。白鳥や鴨など野鳥がたくさん生息しており、水はとても透明で、夏は泳ぐこともできる。遊覧フェリーや湖畔のレストラン、カフェテリアなどもあり、夏季はバカンス地として賑わう。
 

 

 

 

 

マンマの愛がぎゅっと詰まった絶品ファストフード

 

 

   湖で白鳥とともに優雅なリラックスタイムを過ごしていたら、急にお腹が空いてきた。時計を見ると既に13時を過ぎている。自然道の坂道を急ぎ足で登って旧市街へ戻り、手頃なランチ・スポットを物色していると、ドゥオーモの真正面に美味しそうなパニーノの写真がずらっと並んだ看板を見つけた。腹を空かせた身には、レストランでオーダーに時間をかけるのも辛い。今すぐパニーノにかぶりつきたい衝動に押されて店に入った。
  薄暗い店内には人がいる気配もない。恐る恐る「誰かいますか?開いてます?」と声をかけると、奥のキッチンから「どうぞ!開いてるわよ!」と元気な声が響き、恰幅のいいシニョーラが満面の笑みを湛えて出てきた。よかった、これでランチにありつける。
「メニューはこれね」と差し出されたのは、なんと赤ペンでメニュー名が書き殴られた紙袋。おすすめを尋ねると、「どれも美味しいわよ。私が心を込めて、じっくり煮込んだソースを特製パンに挟んだパニーノだからね!」とシニョーラは胸を張った。あれこれ悩んだ末、牛肉のストラチェッティとラディッキオのパニーノを注文。
  出てきたパニーノは、空腹であることを差し置いても感動するほどの美味しさだった。トロトロに煮込んだラディッキオの風味と柔らかな牛肉、余計な調味料を加えていないので、素材の美味しさだけが凝縮されている。特製パンは、パリパリの皮とソースを染み込ませてしっとりした中身の歯ごたえも絶妙。1つでもボリュームたっぷりだけど、すぐにもう一つ欲しくなる。「こんな美味しいパニーノは初めてだわ!」と私が興奮気味に言うと、シニョーラは得意顔で、「でしょ? 私は何十年もローマの名店と言われるレストランでシェフをしていたのよ。60歳を過ぎてもう少し静かな暮らしがしたくなって、ブラッチャーノに移ってきたの。それで、このパニーノの店を始めたのよ」と言った。
  シニョーラは、”ティティ”という愛称でブラッチャーノの若者や子供たち、お年寄りにまで親しまれている「肝っ玉かあさん」のような存在らしい。安くて美味しいストリートフードは、ここ最近若者たちを中心に人気を呼んでいるが、その長所を活かしつつ、さらに美味しくて健康にもいい料理を、と考えて作り出したのがこのパニーノなのだそうだ。中の具となるソースは、トリッパやカッチャトーラ、アマトリチャーナ、サルティンボッカなど、どれも典型的なローマ料理ばかり。素材を厳選し、手間暇かけてじっくり煮込んだソースはどれも絶品で、常連客の中には3つも4つもパニーノを注文し、パンを残してソースだけ平らげていく人も多いという。一流レストランのシェフだっただけあり、味は保証付。ローマのレストランでこのソースのパスタなら結構良いお値段を取られるだろうが、ティティのパニーノは1つ5ユーロか6ユーロ。一流の味を手軽に楽しめて、お腹もいっぱいになるだけでなく、マンマの優しさと愛情で心も温かくなる。ドリンクと水とパニーノでたった8ユーロのランチは、お値段の数十倍の満足感をもたらしてくれた。
 

 

 

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ドゥオーモの向かいにある店『La Cirioletta Ignorante』。地元の老若男女から愛されているパニーノの名店は、月曜日を除く毎日12〜24時までオープンしている(上)紙袋の手書きメニュー。パニーノは5ユーロ/6ユーロの2種類、具のソースは15種類ほど用意されている。ソースは売り切れ次第線で消されていき、随時新しいソースを仕込んでいく、という仕組みになっているらしい(下)
 

 

 

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牛肉のストラッチャテッラとラディッキオのパニーノ/左とスプンタトゥーレとサルシッチャのパニーノ/右。ソースは文字通り絶品。このパニーノのためだけにブラッチャーノまで足を運んでも惜しくない(上)みんなの人気者「ティティ」は街の肝っ玉かあさん。料理だけでなく、店内の絵も彼女の作というマルチ・アーティストだ(下)

 

 

 

 

食後は旧市街散策と湖のパノラマを楽しむ

 

 

  ティティとのおしゃべりも楽しかったランチを終え、腹ごなしに旧市街を散策することにした。17世紀のドゥオーモは残念ながら閉まっていたので、細道が入り組んだ中世時代の小さな街を当てもなくぶらぶらする。石畳の坂道や階段を登ったり降りたり、隣同士で支え合うように立っている建物の下にあるアーチをくぐり抜けたり、ベランダに干された洗濯物を眺めたりしながら歩き回るうち、湖を一望できる展望スポットに出た。小さな広場の背後にはブラッチャーノの旧市街が迫り、目の前には緑の向こうに広大な湖が開けている。ベンチに腰掛け、湖面を見つめながら一息ついている時、ふと「今日はほとんど財布を開けていない」ということに気づいた。改めて確認してみると、往復の電車賃・城の入場料・ランチ・休憩のカフェ2回の総額が30ユーロにも満たないことがわかった。貴族ライフに触れたり白鳥と戯れたり絶品パニーノに感激したり、とても盛りだくさんに楽しんで、30ユーロでお釣りがくるなんて! なんだかものすごく得をしたような気分。ふらっとローマを脱出して大正解だったな、と一人悦に入った。
 

 

 

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中世の街並みが残る旧市街はアップダウンが多い細い道が入り組んでいる(上)。町外れのセンティネッラ広場は展望スポットになっている(中)。広場から見晴らすブラッチャーノ湖と緑のパノラマ(下)。
 

 

 

★ MAP ★

 

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<アクセス>

ブラッチャーノ行きの各駅電車はローマのティブルティーナ駅・オスティエンセ駅から出ている。ティブルティーナから約1時間20分(3,60€/片道)、オスティエンセから約1時間(3€/片道)。
 

 

<参考サイト>

・ブラッチャーノ観光情報サイト(英語)

http://www.turismobracciano.com/

 

・オデスカルキ城(英語)

http://www.odescalchi.it/en/home

 

・パニーノ店『La Cirioletta Ignorante(ラ・チリオレッタ・イニョランテ)』

https://www.facebook.com/pages/La-Cirioletta-Ignorante/1656515464584954

住所:Via della Collegiata, 26 
営業時間 11:30〜23:30(Lo) 月曜休
 

 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回5月10日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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