風まかせのカヌー旅

風まかせのカヌー旅

#35

ディランの横恋慕

パラオ→ングルー→ウォレアイイフルックエラトー→ラモトレック→サタワルサイパン→グアム
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文と写真・林和代 

 

 

 

 

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 5月1日にサタワルを出た私たちは、一路サイパンを目指して順調に航海していた。

 しかし夜遅く、ちょっとした嵐に遭遇。

 雨と強風が断続的に襲ってきて、帆を下ろしたりあげたり、せわしない時間が続いた。

 

「セサリオ、もうウエストファユは過ぎたの?」

「いや、ちょうどその辺だ。もうウエストファユのリーフに差し掛かってる」

 

 それは恐ろしい。

 夜であり、雨なので全く景色は見えないが、その辺はリーフが複雑に入り組んでいて、多数の船が座礁したまま打ち捨てられている危険エリアだ。

 もちろん我々は島に上陸するわけじゃないので、ある程度距離をとっているとは思うが。

 なんとなく恐ろしくて島があるであろう右舷方向をじっと見つめていると、暗い雨の中に、ちらりと赤い光が見えた。

 それを見たセサリオはこう言った。

「レモディだろう」

 

 レモディは、サイパン在住のサタワル人、シシリオが所有するヨット。

 事業に成功したシシリオは、サタワル人のクルーを雇い入れてレモディを運行、サイパンーサタワル間の物資輸送に使っていた。

 そのレモディは、私たちがサタワル滞在中にサイパンから到着する予定だったが遅れたようで、結局私たちは到着を待たずにサタワルを出発したのだ。

 そして今、私たちは、そのレモディとすれ違おうとしていた。

 

 セサリオが無線を手に呼びかけた。

 嵐のせいかノイズが多く、通信状態はあまり良くない。

 それでもセサリオは呼びかけ続けた。

 やがて雑音の中から、声が聞こえた。

 それは、私も知っている次世代ナビゲーターの一人、イノセンティの声だった。

 彼がレモディのキャプテンなのだ。

 

 わーお! イノセンティ!

 

 島で会ってもさほど感激するわけではないのに、なぜだろう。

 真っ暗な海の上で聞いた雑音混じりのイノセンティの声は、とても愛おしく感じられた。

 

 

 レモディとすれ違って1時間もすると、雨が止み、東の空が明るくなり始めた。

 朝日の中、浮かび上がったウエストファユの島影は、想像よりもずっと近くにあった。

 

 それ以降、天候は安定し、風はいつも調子よく北東から吹き続けた。

 そんなある日のこと。

 

 

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写真左:大好きなエリーとの2ショットにちょっと照れるディラン。写真右:エリーの頭からしらみを駆除するディラン。南国でこの行為は親しき仲の証である。

ちなみに離島ではみんな頭にしらみがいる。そこで寝泊まりする我々にも当然しらみが移る。よって私がカヌー旅から帰国して最初にやることは、しらみ根絶シャンプーを使うことだったりする。

 

 

「ヘイ! カッツ!」

「ん?」

「俺はディラン・ナンバー2だ、ディラン・ナンバー1を見なかったか?」

 

 朝6時。眠気をこらえて皆の朝ごはんを作り終え、ようやくシフトから解放されてのんびり一服していたところへ、元気いっぱいの7歳、ディランが絡んで来た。

 

「ディラン・ナンバー3は今、海の中を偵察に行った。でもナンバー1が行方不明、知らない?」

 

 この頃、彼はこの「分身の術」的な会話を痛く気に入ったようで、やたらと使っては大人の気を引こうとしていたが、大人たちはいい加減うんざりし始めていた。

「知らなーい」

 私が素っ気なくそういうと、彼はいつものように無邪気に続けようとしたが、不意に何かに気を取られ、口をつぐんだ。

 彼の視線の先には、ゆっくりとデッキ後方に移動するミヤーノがいた。

 ミヤーノは、ポートサイド(左舷)の最後尾で立ち止まり、竹製の枠組みに寄りかかった。

 そこは、シフトチェンジの時間が過ぎてもまだ起き出さぬエリーが寝ている場所だった。

 

 ミヤーノが声をかけたのだろう。エリーは瞼をゆっくり持ち上げると、ミヤーノを見上げ、嬉しそうに微笑んで密やかに何事かを話し始めた。

 

 憮然とした表情でそれを見つめるディラン。

 やがて、ミヤーノが寝ているエリーの顔に近づいて何かを囁くと……

 ドンドン!

 ディランは、座っていたキャプテンボックスを思い切り叩きつけ、私に振り向くと、訴えるような眼差しでこう言った。

「見て! 近い! 近過ぎる!」

 

 実は出港直前からエリーとミヤーノはカップルになっていた。

 私は知っていたし、公には一応内緒だったが、みんな気づいていたと思う。

 そして、そんなラブラブ中のエリーに、ディランは横恋慕してしまったのである。 

 

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親しげに会話するエリーとミヤーノ。が、よく見ると、ミヤーノのすぐ前にディランが割り込んでいる。でも二人はほぼ無視して会話を続ける。

 

 ちょっと風があって船が少し揺れたことがあった。

 エリーと並んで海を見ていたディランは、彼女の腰に手を回し、ぐっと力を込めた。

 それを見た私が、ジェントルマンね、と声をかけると、彼はニッコリ微笑んでこう言った。

 

「エリーが海に落ちないように、支えてるんだ。危ないからね」

 

 この船で一番身長の高いエリーを守るちびっこディラン。その仕草は、なんとも愛らしかった。

 が、狭い船内での三角関係は、可愛いだけじゃ済まないのである。

 

 ディランが睨みつけているのにも気づかぬ二人は、かなり顔を近づけたまま会話を続けていた。

 別のシフトで働く二人にとって、このシフトチェンジのタイミングは重要な逢引タイムなのだ。

 やがて、しびれを切らしたディランは、キャプテンボックスの上に立ち上がると大声で叫んだ。

 

「エリーなんて、大っ嫌いだ! もう絶交してやる〜!」

 

 

 それから、ディランのエリー攻撃が始まった。

 7歳に思いつく限りの罵詈雑言を浴びせたり、無視してみたり。

 しかし、なぜかミヤーノは攻撃対象にならない。

 単純にディランは、対象の女性だけを憎悪するタイプなのか、あるいはミヤーノは彼の目上の親族に当たることや、マイスではセサリオに次ぐポジションにあることを意識したためか、わからない。

 とにかくエリーがいくらビッグスマイルをもって話しかけても、I hate you! と叫んでプイッとそっぽを向くなど、分かりやすくも激しい攻撃が続いた。

 初めは苦笑いで受け止めていたエリーも、だんだんストレスに感じ始めているようだった。

 

 私はある時、ディランを呼び寄せ、こう言って見た。

「やきもち妬いてるんだよね?」

 すると彼は、最初、ノーと言って、やがてイエス、といい直した。

「エリーに好かれたいんでしょ? でもそんなに意地悪してたら、本当に嫌われちゃうよ。それでもいいの?」

 ディランは海を見つめたまま、ちょっと口をとがらせ、小さく呟いた。

「やだ」

 思わず吹き出しそうになるのをこらえた私は、じゃあ優しくしてあげないとねと言った。

 それからは、優しくなったり攻撃したり。

 

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ロッドニーは子供のあしらいが上手くて、ディランをさらりと手なづける。

 

 そしてある晩、彼は激しくエリーを攻撃し、あたりにも不機嫌さを撒き散らし続け、一向に寝ようとしなかった。

 そんなディランを、仲良しのロッドニーが呼び寄せた。

 そしてタブレットを持ち出すと、ライオンキングの曲を流し始め、私にそっと耳打ちした。

 

「見ててみ。この曲を2回流すうちに絶対こいつ、寝るから。保証するよ」

 

 するとディランは……見事に眠た。

 寝てしまえばやっぱり、天使のように愛らしい寝顔なのであった。

 


*本連載は月2回(第1&第3週火曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

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クルー1クルー2

 

 

 

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林和代(はやし かずよ)

1963年、東京生まれ。ライター。アジアと太平洋の南の島を主なテリトリーとして執筆。この10年は、ミクロネシアの伝統航海カヌーを追いかけている。著書に『1日1000円で遊べる南の島』(双葉社)。

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