越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#35

カンボジア・センモノロム

文と写真・室橋裕和

 

 カンボジア東南部、日本人は絶対に誰も行ったことがないだろうというマイナー国境は、役人がギャンブルに興じ、少数民族の村が点在するのどかな場所だった。外国人の通行はできないが、その寸前まで訪ねてみた。


 

エコツーリズムの拠点になっていた

「ずいぶんと賑やかじゃないか……」
 僕は予想とはだいぶ違う街の様子にうろたえていた。カンボジア東南部センモノロム。観光情報がほとんどなく、日本語のガイドブックには1行たりとも記述がない。ネットでも訪問記はわずかだったので、世俗を離れた秘境であろうと勝手に思っていたのだ。
 しかし首都プノンペンからバスで10時間ほどかけて訪れてみれば、なんのことはないカンボジアの没個性的な地方都市なのだった。ケータイ屋と、荒物屋、雑貨屋と食べものの屋台、バイクショップ……そんな店が街の狭い中心部に密集し、商店街を形成している。マイクロファイナンスと、中国のインフラ開発企業のオフィスもカンボジアの地方では定番だ。
 そしてこれまた意外なほど、欧米人の観光客がうろうろしているのである。ゲストハウスや、彼ら向けの洋食レストランもいくつかある。土産物屋を兼ねたカフェまであって、軒先ではサルが飼われていた。
「エコツーリズムで人気なんだよ」
 土産物屋を営んでいるというフランス人のおじさんが教えてくれた。
 センモノロムを州都とするモンドルキリ州には、いまだ手つかずのジャングルが広がっている。トリやらサルやらリスやらを観察しながら、さわやかにトレッキングすることが欧米人旅行者には人気なのだという。
 またモンドルキリ州には河川が縦横に巡り、各地に滝も点在している。地元の人たちは涼やかな流れを見てピクニックに興じるのだが、欧米人は滝ツボに飛び込んでヒャッホーするのである。穏やかに憩う家族連れの前に大胆なビキニを晒すのはいかがなものかと思うが、そんなわけでセンモノロムはアンコールワットの遺跡めぐりやプノンペンの喧騒にも飽きた旅行者たちが、自然とたわむれにやってくる場所になっているらしい。
「まずブースラー滝に行こうな!」
 だから僕が雇ったバイクタクシーのアニキも、当然といった顔で滝巡りを勧めてきたのだ。だが僕は、ひとりぼっちで滝に飛び込んではしゃげるほど陽気ではない。
 はるばるセンモノロムまでやってきた理由はただひとつ、国境である。

 

01

州都とは思えないがこれがセンモノロムの中心部。それでもゲストハウスやレストランではwifiだってつながる

 

02

ブースラー滝にてポーズを決めるバイタクのアニキ。段になっている滝では国内有数のデカさだという

 

 

荒涼とした高原地帯をバイクで走っていく

 ガイドブックを開いてカンボジア全図を見てみると、センモノロムは右下あたりにポツンと記載されている。もう目の前はベトナムだ。国境まで20キロほどの距離だろうか。
 で、街からベトナム側に向かって道が延びているのである。ベトナム南部の高原都市バンメトートに至る幹線道路へとつながっている。けっこう大きな街道なのだろうが、外国人が通行できる国際国境であるとは思えなかった。カンボジアは来る者拒まずの誰ウェルスタイルで、ふつうは面倒な手続きが必要なビジネスビザだって国境で35ドルを払えば誰だってポンと発給してくれるおおらかな国なのだが、ベトナムは社会主義国だけあってけっこう厳格だ。カンボジアをはじめラオス、中国と長い国境線を接していながら、国際国境の数は少ない。そのあたり中国に事情が似ているかもしれない。このセンモノロムの国境も、外国人にはオープンされていないはずだ。
「でも、何年か前に国境を外国人にも開放して、開発しようって動きがあったんだよ」
 バイクタクシーのアニキは意外なことを言いながら、スピードを上げていく。センモノロムの街を出ると、すぐにさえぎるものもない広々とした高原地帯に走り出た。すすきのような草が密生し、なんだか寂しく風に吹かれている。ときどき粗末な茅葺小屋を通り過ぎるが、少数民族プノン族の村だという。それ以外はどこまでもなにもない荒野の中を、不釣合いなほど立派な道路が貫いていく。
「ベトナムがつくったんだ。国境貿易が拡大することを考えて」
 しかし計画はいまのところ進んでいない。立派な道路ができたはいいが、この道を通行するメリットは両国の人々にもないのか、僕たちのバイク以外に通るものはない。
 20分ほど走っているうちに少しずつ標高が上がっていったようで、肌寒くなった頃に、ようやくなにやら構造物が見えてきた。だが、どれもこれもトタンと木材を張り合わせたようなおんぼろで、しかも閉じられている。看板らしきものにはクメール語と、その下に英語で「Custom」「Quarantine」とか書かれているが、チェックする人も通行する人もいない。そんな小屋をいくつか行き過ぎると、道路はバーで遮られる。
 ここが、国境なのだろうか。

 

03

プノン族の村ではまだまだ茅葺の住居が一般的

 

04

国境ゲートで旅はストップ。外国人は通れない。この向こうがベトナムだ

 

 国境の役所は無人だった

「おおい、ダメだよ行っちゃ」
 近くにポツリとあった商店から、慌てて役人らしき男が飛び出してきた。僕を外国人と認めたのか、英語での呼びかけだった。
「ここから1キロくらい行くとベトナムだ。外国人は通っちゃダメなんだ」
 制帽をかぶり直して言うが、あきらかに酒臭い。それほどにこの国境での業務はヒマなようだった。
「とりあえず休んでいったら?」
 とのお誘いに、僕とバイクタクシー氏は商店に招かれた。この国境ただひとつの店にして食堂であり飲み屋でもあるようで、生活雑貨が並びキッチンもある傍らのテーブルで、制服姿の役人たちが飲みながらポーカーに興じているのであった。リエル札とドル札とが飛び交っている。
「これだから役人は嫌いなんだ。仕事中に」
 意外な正義感を見せるバイクタクシー氏だが、通るものもいない辺境のゲートで、ひたすら税関や入国審査の小屋にこもっているというのも酷であろう。
 商店主のおばちゃんに温かいお茶を出してもらって話を聞いたが、1日にクルマが10台ほど通るだけで、ヒマでヒマで仕方がないという。
「でもいつだったか大騒ぎになってね。センモノロムで急病人が出たんだけど、あっちの病院じゃ処置できないとかで、ここを通って本人とつきそいの家族が救急車でベトナム側に治療に向かったことがあったね」
 バイクタクシー氏の通訳でそんな話を聞きながら「へええ」なんて頷いていると、隣のテーブルから怒声が響く。どうにも税関の男の連敗が止まらないらしい。こんなことをしている間にも国境は無人。その気になればいくらでも密入国ができるだろう。

 

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国境ではバクチに興じる役人たち(奥)を眺めつつ、温かいお茶をいただいた

 

 

国境も関係なく両国を行き来する人々

 帰路、プノン族の村に寄ってもらった。
 彼らもまたエコツーリズムの恩恵を受けている。農作業や林業に使っていた象に欧米人観光客を乗せて森を行き、ガイド料を稼ぐのだ。それでもいまも、基本的には伝統的な暮らしを続けている。土間を囲っただけの簡素な茅葺ハウスに住み、マラリア蚊除けだというタバコを女性もぷかぷかふかし、代々受け継がれてきた文様を機で織る。そして、彼らの畑は場所によってはカンボジアもベトナムもなく広がっているのだという。
 アジアの僻地といわれてきた場所にも、都市経済とグローバル化が広がり、その中にマイノリティも埋もれていく時代だ。それでも彼らのような人々が、まだまだ残っている。

 

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巻きスカートをつくっているプノン族のおばあちゃん。この柄が彼らの伝統なのだとか

 

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プノン族の住居の中はひんやりとしていた。木造なのでタバコの火には気をつけてね


 

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*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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