風まかせのカヌー旅

風まかせのカヌー旅

#34

海の上にもいっぱい目印があるのです。

パラオ→ングルー→ウォレアイイフルックエラトー→ラモトレック→サタワルサイパン→グアム
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文と写真・林和代 

 

 

 

 

IMG_1393.JPG
 

 

「伝統航海術は、カーナビと同じ原理である」と、前回記した。

 常に自分を中心に据えて、目的地への方角と現在地、地図情報、この3つを組み合わせて進む。

 

 方角は、第6話で紹介したスターコンパスで把握し、現在地は、前回触れたエタックで認識される。

 そして今回は、地図情報をご紹介したい。

 

 Googleマップで「サタワル島」を検索すると、ちゃんと出てくる。

 しかし、ちょっとズームアウトすると、周囲6キロの小さな島はすぐに消え、あとはひたすら青い海が広がるのみ。

 その地図で分かる情報は「この辺は全部海」ということだけである。

 

 しかし、ミクロネシアのナビゲーターたちは、かなり豊富な地図情報を持っている。
 もし彼らの知識を全て書き込んだら、この青一色の地図は一転、情報がぎっしり詰まった詳細なものになるに違いない。

 

 まず記入されるのは、点在する島々とイテメタウだろう。

 イテメタウとは、特定の島と島をつなぐ道(航路)、もしくは特定の海域の名前のこと。

 感覚的には、我々にとっての「国道246号」とか、「品川周辺」と言った、道路名や地域名に近いと思う。これによって大まかな区分けがされる。

 

 続いて記入される項目は、プーコフと呼ばれるもの。これがなかなか面白い。

 プーコフとは、ランドマークならぬシーマーク、つまり「目印」を意味する。

 我々が普段、陸上で使う、〇〇郵便局の角を曲がって、とか、△△ビルの南200メートル、などという時の目印が、海にもたくさんあるというのだ。

 

 プーコフの代表格は島。小さな砂洲や無人島も含め、島は全て目印になる。これはよく分かる。

 続いて重要なのはリーフ。

 リーフとは、サンゴ礁が隆起したものだが、そのてっぺんが海の上に出ていれば島と呼ばれる。

 島はサンゴ礁の山頂のようなものだから、島の周辺にはたくさんのリーフがあるし、島がない場所にも、島になりきれなかったリーフがいくつも存在する。

 それらにはすべて名前がついていて、ナビゲーターはそれぞれの名前、位置、そして形状を熟知している。

 このあたりの島は、水面まで隆起したリーフに囲まれていることが多いため、カヌーで上陸するにはリーフの切れ目=水路を通る必要がある。その水路のありかは重要な地図情報だ。

 そんな浅瀬でなく、水中深くにあるリーフも多い。

 当然ながら、深いリーフは海の上から見えるわけじゃない。

 でも彼らは、微妙な海の色や揺れの変化などから、今、〇〇リーフの南側の突端あたりに差し掛かった、などとわかってしまう。

 

 今時の海図ならリーフが詳細に記入されていて当然だろうが、ずっと昔のナビゲーターたちがどうやってその大きさや形状を正確に認識していったのか、さっぱりわからない。

 とはいえ、リーフは確かに存在するのだから、それを見つけることさえできれば目印になるのは理解できる。

 

 

IMG_0758.JPG写真は、サタワルの北にある無人島、ウエストファユのすぐ側のリーフで座礁して放棄された日本の船。この島の周囲はリーフが複雑に入り組んでいて、船には危険な地帯。他にもたくさんの船が座礁してほったらかされている。

 

 

 

 さて、ここからがちょっとシュールなお話になる。

 

「海で迷った時に、助けてくれる生き物がいる。それをエパールって呼ぶんだよ」

 私が初めて伝統航海に参加した時、一緒に航海したとある長老が不意にそう言った。

 なにそれ? どういう意味????

 あれこれ尋ねたが、その時彼はひどく酔っていて、さっぱりわからなかった。

 後日、セサリオの父、マウに尋ねてわかったのは、こういうことだった。

 

 特定の場所には、いつも特定の生物がいて、特定の動作をしているので目印になる。

 

 例えば、〇〇島の南30キロの地点では、マッコウクジラ3頭が3方向から頭を寄せ合う体系をとって、近づいたり離れたりする動きを繰り返す。

 あるいは、△△島の東15キロには6頭のイルカがいて、そのうち1頭だけが体が白く、そいつだけが延々とジャンプを繰り返す。

 またある場所では、軍艦鳥が水面に直滑降で突っ込んでは舞い上がり、また突っ込む、という動作を繰り返す、など。

 

 マウ曰く、こうした目印になる生物=エパールは「そこらじゅうにいる」ので、たとえ海で現在地を見失っても、ちょっとうろつけば必ずいずれかのエパールに出くわす。それで現在地が把握できる、ということだった。

 

 

IMGP0093マイスの航海ではちょいちょい遭遇するイルカたち。その多くは普通のイルカだけれど、中にはエパールのイルカもいたりする。

 

 

 マウから航海術を習ったハワイ人のナビゲーター、ショーティ・バートルマンという男性から、こんな話を聞いたことがある。

「俺が初めてナビゲーターとしてハワイからタヒチに航海することになった時、不安でしょうがなくて、マウに尋ねたんだ。俺にできるんだろうかって。そうしたらマウはこう言ったんだ。

『以前の航海で、タヒチに向かう途中の〇〇の場所で、イルカの大群を見たのを覚えているか? お前が正しいコースにいれば、またあのイルカたちに会えるだろう。会えなければ、お前は間違った場所にいる。そうしたらそこでよく考えろ』って」

 

「ちょっと信じ難いだろ? でも必死だった俺は信じた。で、その海域に着いたらちゃんとそのイルカたちに会えたんだ。自分の航海が成功したことも嬉しかったけど、その話が本当だったことに俺はすごく興奮して、タヒチに着いてからいろんなメディアのインタビューで、散々その話をしたんだ。でもなぜか、誰もその話には興味を示さないんだ。みんなには、ファンタジーに思えたのかもしれないね」

 

 エパールについて、知り合いの水中カメラマン氏に話してみるとこんな答えが返ってきた。

「そのミクロネシアの航海は、季節が決まってるの? 春頃か。それならありうるかもな。海洋生物が産卵や子育てに特定の地域に行くってのはよくあるからな」

 

 私の推測だが、彼らの航海術は、迷うことを前提としているような気がする。

 嵐にあって帆を降ろしたまま何日も漂流すれば、現在地を見失う者も少なくないはずだ。

 迷っても大丈夫なシステム、それがエパールなのだ。

 

 エパールの中には、水面にバラクーダ(オニカマス)が逆立ちして立っている、などというものもあったりする。彼らの知識のうち、何割が本当で何割がファンタジーなのか、私にはわからない。

 けれどその多く(いくつか?)は、実際に役に立ってきたからこそ、彼らは長きに渡ってこの知識を伝承し続けているなじゃいかと思う。

 

 サタワル男性のアイランドネームには、エパールやプーコフからとったものが実に多い。

 例えば、マウ・ピアイルク。

 彼のアイランドネーム、ピアイルクは、サタワルのずっと南、パプアニューギニアの少し手前にある、砂だけの小さな無人島のことだという。

 また、セサリオの兄のアイランドネーム、ウルメヤンは、ちょっと変わった「風のエパール」の名前をとったもの。

 

 こうして地図情報の肝とも呼べるエパールの知識は、今も大切に受け継がれている。

 


籠上鳥これは、2004年、私がミクロネシア式のカヌーに乗って航海した時の写真。私が閉じ込められていた(?)カゴの上に止まったこの鳥は、まる一日、我がカヌーで休憩なさっておられた。
こういう渡り鳥が飛んでいく方向には、必ず島がある。
長距離移動せず、朝、海に出て餌を食べ、夕方また住処の島に戻る鳥たちも、目印になる。
そして、鳥のエパールもたくさん存在する。

 


*本連載は月2回(第1&第3週火曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

canoe_routemap #33

 

 


クルー1クルー2

 

 

 

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林和代(はやし かずよ)

1963年、東京生まれ。ライター。アジアと太平洋の南の島を主なテリトリーとして執筆。この10年は、ミクロネシアの伝統航海カヌーを追いかけている。著書に『1日1000円で遊べる南の島』(双葉社)。

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