韓国の旅と酒場とグルメ横丁

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#34

在来線に乗り、人情酒場の女将に会いに

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女将の高齢化や再開発で消えていく地方の大衆酒場

 地元の人たちに長く愛されている大衆酒場を探すため、韓国全土の田舎町を歩いて十年以上になる。なかでも忘れられない町が、全羅南道の康津(カンジン)や麗水(ヨス)、全羅北道の金堤(キムチェ)や群山(クンサン)、芽項(モハン)、忠清南道の江景(カンギョン)、忠清北道の忠州(チュンジュ)や槐山(ケサン)、江原道の平昌(ピョンチャン)や三陟(サムチョク)、慶尚南道の密陽(ミリャン)だ。いずれも、高齢で人情肌の女将がいて、家庭料理のようなつまみがあり、庶民の憩いの場となっている酒場がある町だ。

 このうち、康津、麗水、金堤、忠州の店は、女将の高齢化や再開発などで廃業してしまった。今も開けている店にはできるだけ顔を出したいのだが、ソウルに住んでいるため、なかなか思うようにはならない。せめてご機嫌うかがいだけでもと電話を入れ、女将の元気な声が返ってくるとうれしくなる。

 先週、江景にある酒場「ソチャンチッ」の女将に電話してみた。声は元気だったが、腰の手術をして、店(兼自宅)は開けたり、開けなかったりだという。急に心配になり、思い切って出かけてみることにした。

 

 

龍山駅から3時間弱、忠清南道の南端・江景(カンギョン)へ

 日中の気温が20度まで上がるという予報の出たよく晴れた日の朝、ソウルの龍山駅から在来線ムグンファ号に乗った。江景までは2時間50分。半島南端の釜山や木浦まで高速鉄道で2時間ちょっとで行けるのに、その半分ほどの距離に3時間弱とはずいぶん酔狂な旅のようだが、各地で春の花が咲き始めた今、風景を楽しみながらのんびり南下するのも悪くないだろう。 

 日本より桜の開花が遅いので、移動しながら花見が楽しめる。ところどころに菜の花畑が広がっていて、思わず途中下車したくなる。

 

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ソウルの龍山駅発のムグンファ号、麗水EXPO駅行き。江景までは所要2時間50分、片道14200ウォン。座席はKTXなどの高速鉄道よりゆったりしている

 

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ムグンファ号の車窓風景。南下が進むと穀倉地帯らしい風景に

 

 春の日差しを浴びながらうとうとしているうちに、あっというまに江景駅に着いた。駅前に降り立つと、4、5年前に見た風景とそう変わらないのでほっとする。高い建物は左手のホテル(モーテル)と遠くに見える教会くらいだ。

 江景は今でこそひなびていて、論山(ノンサン)市の南部にある邑に過ぎないが、朝鮮王朝時代には運河の町として栄え、元山(ウォンサン/今の北朝鮮東部)と並ぶ二大港町と呼ばれていた。そして、朝鮮王朝末期には平壌(ピョンヤン)、大邱(テグ)とともに朝鮮三大市場のひとつといわれたほどの町だ。

 1910年以降は、周辺の穀倉地帯で獲れた米を日本に運ぶ積み出し港として、多くの日本人が定住、往来した。そのため、全国でももっとも多くの日本家屋が残っている町のひとつだ。

 

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江景では町のあちこちで日本家屋を見かける

 

 十年少し前からは、塩辛(チョッカル)の町とし売り出され、飲食関連業者や観光客の誘致に成功している。 西側の海(黄海)でとれた小エビやアミの多くが江景に集められるため、それらを上手く商品化するための保存・加工技術が発達しているのだ。今では通りのあちこちに大規模な塩辛専門店が並んでいるが、町の印象としては初めて訪れた2004年と大きく変わらない。

 駅から目当てのソチャンチッに向かって歩くと、一部はいまどきの韓国式住宅にリフォームされたり、塩辛屋さんに建て替えられたりしてしまっているが、日本から来た人ならいたるところで日本家屋の存在に気づくはずだ。朝鮮王朝時代や日本植民地時代、往時を想像しながら歩くのは大人っぽい旅の楽しみ方だろう。

 

 

ソチャンチッの女将、心づくしの昼ごはん

 女将のところで昼ごはんを食べようと列車内では間食をしなかった。初夏を思わせる日差しに缶ビールの誘惑にもかられたが、それもがまんした。ソチャンチッには女将の手づくりトンドン酒があるからだ。

 

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江景歴史館(旧・韓一銀行)。この先のオレンジの看板の塩辛屋さんの角を右折するとソチャンチッはもうすぐ

 

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ソチャンチッの外観。以前は看板はなかったが、邑役場が援助してくれたという

 

 町の主要観光資源のひとつである江景歴史館(旧・韓一銀行)を右手に見ながら通り過ぎ、最初の路地を右折すると左手に三軒長屋が見えてくる。その右端がソチャンチッだ。女将はストーブの上の大鍋で、唐辛子や干しダラの皮を揚げているところだった。腰を痛めてしばらく入院していたのだが、食欲はまったく衰えなかったらしく、以前にも増してぽっちゃりしている。内臓が丈夫でなによりだが、客用のテーブルが何宅かある部屋の奥にはベッドが置かれている。数年前までは自転車ですいすい走っていたのだが……。

 

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唐辛子を揚げるソチャンチッの女将。元気だが、立ったり座ったりがおっくうそうだった

 

「田舎料理だけど、たくさん食べな」

 お盆ごと出てきたのはたっぷりのごはんと山盛りのナムル4皿。ニンニクの芽、大根の葉や茎、キキョウの根(トラジ)は、野菜の力強い味にほどよい塩加減。これだけでごはんが食べられる。手前味噌だが、我が国は野菜を美味しく食べる天才だとあらためて思う。キムチやナムルがあれば、この世に肉も魚も要らないのではないか、などど思っていたら、主菜が出てきた。豚肉と鶏肉とヌタウナギ(ジャンオ)を唐辛子やニンニク、ゴマ油のタレで炒めたものだ。甘辛で旨い! 前言撤回。やはり肉や魚も重要だ。

 

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ごはんとナムル。女将の日常の食事でもある

 

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豚肉と鶏肉とヌタウナギの炒めもの。栄養たっぷりだ

 

 一杯やりたくなって、トンドン酒をねだる。女将が醸したトンドン酒を飲むたびに思う。米と麹だけでこれだけ豊かな味が生まれるとは、酒づくりというのは魔法のようものだと。自然発酵による炭酸のような発泡で、口中がすっきりする。「つまみにしな」と女将がさっき揚がったばかりの唐辛子と干しダラの皮のフライを出してくれる。もうおなかがいっぱいなのに、「これも食べな。後食(デザート)みたいなもんさ」と言いながら、お餅を揚げたものも出してくれた。

 病み上がりだというのに、女将はグチひとつこぼさない。「今度の大統領選挙、誰に投票しますか?」なんて野暮な質問をしても、「興味ないね」とばっさり。雑談の話題に出てくるのはソウルにいる子供たちのことぐらい。少々老けたが、大衆酒場の女将としての軸はまったくぶれていない。

 自分の食べる分も考えながら、客用のおかずをこしらえる。酒を醸す。食材が切れたら市場に買い出しに行く。長年やってきたことを今も黙々と続けている。

 女将は誰にでも愛想をふりまくタイプではないが、別れ際にこんな言葉をくれた。

「あんたの書いたものを読んだ日本人がウチに来たいって言ったら、あたしに電話しな。いつでも店を開けるから」

 涙が出そうになった。

 

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江景の全景を見渡せる玉女峯(オンニョボン)。日本植民地時代は神社があったところだ

 

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「江景は日本との縁が深いところなので、日本の方にぜひいらしてほしいですね。観光に行くときはウチに荷物を預けて行くとラクですよ。帰りに寄ってコーヒーでも飲んでいただけたら、本当にありがたいです」(カフェ「COFFEE FLOWER」のご主人)。「COFFEE FLOWER」は駅からまっすぐのびた道を進み、最初の交差点を右折、しばらく行くと左手。営業は月曜から土曜が08:30~23:00、日曜日が12:30~23:00

 

*江景へはソウルから日帰りもできるし、全羅道方面に南下する途中で立ち寄るのもいい。名物の塩辛定食を食べたり、日本家屋をはじめとする近代建築をじっくり見て歩きたければ一泊してもいい。宿は駅を背にすると左手に見える「RICH HOTEL」(モーテル)がきれいなので、おすすめ。毎月4と9の付く日には五日市が立つので、タイミングが合えばぜひ。

 

 

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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/

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