ブーツの国の街角で

ブーツの国の街角で

#34

世界で一番最初に新年を迎える街

文と写真・田島麻美

 

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  春分が過ぎ、春もいよいよ本番。と思っていたら、なんと早くも2019年に突入しようとしている街があると聞いて驚いた。斜塔で有名なピサの街には独自のカレンダーがあり、ピサの住民にとって新年は3月25日から始まるのだそうだ。単なる言い伝えのようなものだろう、と思いつつ調べてみると、大晦日同様に前日からカウントダウンの様々なイベントがあり、元日には旧市街の広場で新年を祝う式典まで行われるらしい。
周りのイタリア人に尋ねてみたが、皆一様に「ピサがもう2019年だって?そんな話は聞いたことがない」という。しかし、ピサ市のサイトにはデカデカと『ピサの新年2019年を祝う祭典スケジュール』と載っている。真相を確かめるべく、ピサまで足を運んだ。

 

 

 

 

 

古代ローマ時代から続いていた3月年明けカレンダー

 

 

 

  「3月が一年の最初の月だった」という話は、以前聞いたことがある。古代ローマで最初に採用された暦では、草木が芽吹き大地に新たな命の種を植え付ける3月が一年の始まりとされていた。現在でもイタリア語で9月はSettembre(セッテンブレ)、10月はOttobre(オットーブレ)と呼ばれるが、セッテンブレとは「7番目の月」、オットーブレは「8番目の月」という意味で、いずれも「3月から数えて7番目、8番目」ということになる。
  ピサのインフォメーションセンターで得た情報によると、1749年に「グレゴリオ暦を正式なカレンダーとする」という神聖ローマ皇帝フランツ1世のお触れが出るまで、ピサとその周辺のトスカーナ地方では、聖母マリアの受胎告知の日である3月25日が新年の始まりの日とされていたそうだ。1980年代半ばに、自然のサイクルに沿った昔ながらのピサのカレンダーを復活させようという運動が市民の間で起こり、以来、毎年3月25日に『カポダンノ・ピサーノ(ピサの新年)』の行事が行われるようになった。
  ピサの大聖堂内部には、窓から差し込む陽射しを利用した日時計がある。1926年にジョヴァンニ・ピサーノが再建した説教壇の隣の柱の上に大理石で作られた卵形の棚があり、3月25日の正午きっかりにこの卵に太陽の光が当たった瞬間、ピサ市長が「新年の幕開け」を宣言することになっている。
 

 

 

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ピサの大聖堂と斜塔。モニュメントへの入場にはチケットが必要。大聖堂だけであれば無料だが、時間制になっているのでチケット売り場で見学チケットを受け取る必要がある(上)。今年の3月25日は復活祭の一週間前の日曜日。「枝の主日」と「聖母マリアの受胎告知」の祝日が重なり、大聖堂のミサに参加する人が大勢いた(下)。
 

 

 

 

 

 3日間に渡って開催される新年の行事の数々

 

 

  インフォメーションセンターでは、ピサの新年の行事に関するプログラムも入手できた。それによると、イベントは23日から3日間に渡って開かれ、今年も大晦日にあたる24日には朝から中世時代の職人たちの仕事を再現したメルカートが開かれたほか、伝統のゲームや音楽隊の演奏、23時からはアルノ川上で花火を打ち上げるカウントダウンのショーも行われたそうだ。新年を迎える25日は街全体が中世時代にタイムスリップし、中世の衣装に身を包んだ老若男女が旧市街を埋め尽くす。色とりどりの旗を振りながらアクロバティックな演技をする人、中世時代の政治家に扮した現役のピサの市議会議員達などが旧市街を練り歩き、新年の祝典が開かれるカヴァリエーリ広場までパレードを繰り広げることになっている。
  私がピサに着いて最初に目にしたのは、ヴィットリオ・エマヌエーレ二世広場で開かれていた中世のメルカート。素朴な綿の衣装で中世の職人に扮した人々が、当時のままの道具を使って手作業で仕上げた品を販売する屋台が並んでいる。中でもとりわけ興味を引かれたのが、中世時代のノートや羽ペン。文房具に目がない私はすぐにこの屋台に飛びついた。手すきの素朴な紙を糸で束ね、鞣し革の表紙をつけただけのノートだが、手にとって眺めているだけでも幸せな気分になってくる。どれにしようか散々迷った末、手のひらサイズの小さな皮のノートを購入。真新しい素敵なノートと共に、2019年のスタートをお祝いする準備が整った。
 

 

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広場には手作りの石鹸やアクセサリー、帽子などを売る屋台も。店主も中世の衣装に身を包み、昔ながらの職人の暮らしを再現している(上)。この木製の製本機で一つ一つノートや本が作られていく(中)。木と紙と革で作られた素朴なノートは1つ10ユーロ前後から(下)。
 

 

 

 

 

旧市街を埋め尽くす華麗なパレード

 

 

    広場を出て目抜き通りのコルソ・イタリアを歩き始めた途端、どこからか「ドン、ドン、ドンドコドン!」という太鼓のリズムが聞こえてきた。音を頼りにアルノ川にかかる橋を渡って行くと、狭い旧市街の通りいっぱいに広がる極彩色が目に飛び込んできた。覗いてみると、赤と黄色の羽が付いたビロードの帽子をかぶった楽隊が行進している。中世風の素朴な太鼓とラッパのリズムに乗って、ずっしりと重そうなビロードのドレスをまとった貴婦人とその手をうやうやしく支える貴族の紳士、お付きの小間使い、鎧姿の騎士らが長い行列を作っている。近づいてじっくり観察すると、衣装はチャチな仮装ではなく、どれも「ホンモノ」のような重厚感がある。後になって知ったのだが、パレードで使用される衣装のほとんどは、正真正銘、中世時代のピサの貴族が着ていたものであるとのこと。騎士達の鎧兜、大きな剣、弓などの武器も本物。カーニバルやハロウィーンとは全く違う荘厳な雰囲気は、本物だからこそ醸し出すことが出来たのだろうと納得した。
 

 

 

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まるで動く衣装博物館のような荘厳なパレードは、旧市街の各地を練り歩き、斜塔があるドゥオーモ広場を通って式典が行われるカヴァリエーリ広場に集結する。ピサだけでなく、周辺のトスカーナの街から参加しているグループもあり、トスカーナ地方の重要なイベントとなっている。

 

 

 

 

正午の宣言とともに2019年がスタート!

 

 

   パレードを追いかけて旧市街のあちこちを歩き、正午少し前にカヴァリエーリ広場に到着した。式典会場にはそれぞれの地域を代表する現役の政治家や団体の代表がずらりと並び、新年の宣言を待っている。正午までに、トスカーナ各地から集まったグループがそれぞれの街の旗を掲げながら広場に続々と入場行進するのに合わせ、各街の伝統的な行事やその地の歴史などの解説がアナウンスされ、とても興味深い。リヴォルノやルッカなど、トスカーナ各地で今年これから行われる伝統の祭りやイベント情報もここで入手でき、一石二鳥のパレード見物となった。
  全てのグループの整列が終わり、いよいよ正午。「皆さん!3月25日の正午になりました。今、この時点から、ピサは公式に2019年を迎えたことをここに宣言いたします!」中央ステージの上でマイクを握ったピサの代表者が声も高らかに宣言し、新年が明けた。周囲の見物客も「おめでとう!」と声を掛け合い、楽隊も騎士達も拍手とハグで新しい年の始まりを喜び合う。
  新年の宣言に続き、広場ではお祝いの出し物が次々と始まった。中世時代のアクロバティックな旗と音楽隊のゲーム、中世のマーチングバンドやダンスなど、トスカーナ各地から集まったグループがそれぞれの伝統の技を披露する。ずっと見ていたかったが時刻は13時半を過ぎ、そろそろお腹が空いてきた。先ほど、「今日のお昼と夜、ピサのいくつかのレストランではカポダンノ(新年)特別メニューを用意しています。中世時代からピサに伝わる伝統料理のフルコースを25ユーロでご提供していますのでお見逃しなく!」というアナウンスを聞いてずっと気になっていたのだが、お昼はもう満席と知って諦めた。とりあえずピサの伝統料理が味わえるレストランを探しに、華やかな広場を後にして歩き出した。
 

 

 

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3月25日の正午、「2019年の始まり」が宣言された(上)。新年の幕開けと同時に、トスカーナ地方の伝統的な音楽や旗ゲームが繰り広げられる(下)。25日も多彩なプログラムがあり、伝統競馬やアルノ川のレガータ(ボート競技)もある。残念ながら今年は悪天候続きでレガータは中止になった。
 

 

 

 

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式典のバックステージ。出番を終えてくつろぐ人、仲間と記念撮影に没頭する人、手作りパイプで一服する人…。みんなこの日だけは中世時代のピサ市民になりきって楽しんでいた。
 

 

 

トスカーナの大地の恵みたっぷりの伝統料理

 

  ランチタイムが終わりに近づいていたため、旧市街の郷土料理のレストランはどこも満席。運良く見つけた一軒に腰を据え、ようやくホッと一息ついた。今朝、ピサに到着してからいきなり中世時代に突入し、パレードや式典を休む間も無く追いかけて、気がつけばかなり歩いていた。さて、ゆっくりじっくり、ピサの郷土の味を楽しむことにしよう。
ウェイトレスのお姉さんに「ピサの伝統料理」をお願いし、プリモは「ピチ」という太めの手打ちパスタとトスカーナ名物「チンタ・セネーゼ」という豚のラグーに決めた。セコンドには近郊のカッラーラ名物「ラルド」が載った牛肉の「タリアータ」も強くお勧めされて悩んだが、結局大好物の「イノシシ肉の煮込み」を選んだ。
  ピチというパスタはシエナが発祥らしいが、トスカーナ州、ウンブリア州でも見かける。中部イタリアでは比較的ポピュラーなパスタである。小麦粉と水だけで作られる手打ちの太麺パスタは、モチモチした歯ごたえが特徴。パスタ自体には味がないので、どんなソースともよく合う。チンタ・セネーゼ豚のラグーは見た目よりあっさりした上品な味で、モチモチの食感と一緒に噛み締めると徐々に味わいが深まっていく。次いで運ばれてきたイノシシ肉の赤ワイン煮は、さすがトスカーナというどっしり重厚な味。ハーブと赤ワイン、トマトソースでじっくり煮込んだお肉は口に入れるとほろほろと溶けていくような柔らかさ。赤ワインとイノシシを交互に口に運びつつ、トスカーナの大地の香りたっぷりのランチを心ゆくまで楽しんだ。
 

 

 

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ピチと呼ばれるモチモチの手打ちパスタは食べ応えたっぷり。チンタ・セネーゼ豚のホワイト・ラグーはとても上品な味(上)。イノシシ肉の煮込みはとろけるような柔らかさ。焼いたポレンタをソースに絡めていただく(中)。悩んだ末に諦めたタリアータのラルド載せ。お隣に運ばれてきたお皿を撮らせてもらった(下)。
 

 

 

 

★ MAP ★

 

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<アクセス>

ローマからピサ中央駅までは、直通のフレッチャビアンカで2時間20分。ただし、直通は本数が少なく、早朝発など時間帯も限られる。スタンダードなアクセス方法はフィレンツェで各駅電車に乗り換えピサへ。フィレンツェ=ピサ間は各駅電車で約50分。

 

<参考サイト>

・ピサ市観光情報サイト(英語)
http://www.turismo.pisa.it/en/

 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回4月26日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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