東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#34

ミャンマー国鉄の迷路〈11〉

文・下川裕治

夜明けのマンダレー駅

 この路線に乗るか乗らないか……。かなり悩んだ。マンダレーの環状線らしき路線とそこからのびるマダヤーに向かう路線である。
 まず路線図を見てほしい。マンダレーの街をぐるりとまわるような路線がある。環状線である。ヤンゴンの環状線と同じ発想でつくられた気がする。この国を植民地にしたイギリスは、鉄道を整備していく。イギリスは、当時、ビルマと呼んだミャンマーを、アジアの拠点にと考えていた節がある。ヤンゴンやマンダレーの都市計画にも熱が入っていた。
 イギリスによって、ミャンマーにはじめて鉄道が走ったのは1877年である。それから140年ほどがたっている。ミャンマー独立後、鉄道は老朽化が進んでいく。それでもヤンゴン環状線は、なんとか一周する線路が維持されているが、マンダレーは違った。環状線の一部が廃線になってしまった。マンダレー駅とターイゼー駅間である。
 これが話をややこしくしていた。ターイゼーとマダヤーの間には、1日何本かの列車が走っていた。しかし早朝、マンダレー駅を発車し、環状線を走ってターイゼーまで行き、そこから進行方向を変えてマダヤーまで向かう列車があった。
 この列車に乗るかどうかで悩んだのだ。
 こう考えることもできた。ターイゼー駅には、車両を停めておくことができないため、マンダレー駅の車両区に夜は置き、朝にターイゼーに向かう……と。「完乗」の定義の問題だった。鉄道ファンなら、とにかくすべてに乗ろうとするだろう。しかし僕は、旅という視点で「完乗」を考えていた。ターイゼー駅に車両を移動させるだけだとしたら、乗る必要がない気もした。
 都市の交通機関を考えてみる。車両区から始発駅まで移動する列車をどうしたらいいのだろうか。一般の客は乗ることができない。それに相当するとしたら……。
 夜のマンダレー駅で訊いてみた。早朝の4時45分発だという。運賃を訊くと、300チャットだという。約26円である。やはり切符を売るのだ。なんの疑問もなく客を乗せるのである。となれば、やはり乗らなくてはならないか……。


 またしても4時起きだった。
 夜明け前のマンダレー駅。ホームで訊くと、1Aに列車が停車しているという。1番線ホームの前後をAとBに分けて使っていた。列車は停まっていた。客車が5両、貨物が1両。機関車はまだ連結されていなかった。
 切符はホームのなかほどの小屋で売っていた。職員はいちばん後ろの車両に乗るようにいった。車内は電灯もついていない。ホームから差し込む光を頼りに、木製の座席に座った。車内には3人の男たちがいた。後でわかったが、皆、国鉄の職員だった。ほかの車両も見たが、乗客はひとりもいなかった。
 列車は定刻に発車した。ヤンゴン方面、そしてラーショー方面に向かう線路との分岐をすぎ、環状線の単独路線に入っていく。揺れはひどかった。座っていても、手すりをつかまないと、体が座席から飛び出そうになる。
 10分に1回程度の感覚で、暗い駅に停車していく。駅といっても、ホームはただの土手のようなところもある。駅名が書かれた標識がぽつんと立っているだけの駅もある。降りる人も乗る人もいない。列車はゆっさゆっさと揺れながら進んでいく。
 マンダレーの環状線は廃線に近かった。車両をターイゼーに運ぶためだけの路線として残されていた。イギリスがつくった鉄道の残影路線である。
 ターイゼーには6時30分に着いた。しだいに明るくなってきた。駅の手前は、線路脇が朝市になっていた。客が次々に乗り込んできたが、皆、その朝市方面からやってくる。どうもこの市場で仕入れ、それを売りにいくらしい。野菜、魚、おもちゃ、衣類……。竹のかごにはさまざまなものが入っている。

 

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ターイゼー駅。ここに1時間近く停車していた

 

 ターイゼーを発車したのは7時すぎだった。
 列車はすぐに農村地帯に入り込んでいく。パゴダが見え、村が見えてくると、小屋のような駅舎が現れる。数人の乗客が降り、何人かが乗り込んでくる。マダヤーに向かう路線は、それなりに機能していた。
 終点のマダヤーに着いたのは、9時少し前だった。道路に沿った駅で、道にはバスが3台ほど停車している。さらに北に向かう客が乗り込んでいく。
 折り返しの列車に乗ることにした。切符売り場には次々に客が現れ、日本の硬券に似た切符を受けとっていく。僕がパスポートを出すと、不審そうな視線が返ってきた。
「どこへ行くの?」
「ターイゼーまで」
「……」
 職員は奥にいた駅長らしき職員となにやら話し、僕にミャンマー人と同じ切符を渡してくれた。外国人は氏名やパスポート番号が記された切符なのだが、それをつくるのが面倒だったらしい。

 ターイゼーに戻ったのは11時前だった。

 

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ミャンマー人と同じ切符。ひどい印刷だ

 

 

※地図はクリックすると拡大されます

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*2012年のミャンマー鉄道旅行記は、双葉文庫『不思議列車がアジアを走る』に収録されています(第三章ミャンマー ヤンゴン環状線「窓ガラスのない木造列車は、南国のスコールも吹き込む」)。そちらもぜひお読みください。

 

 

*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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