ブルー・ジャーニー

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#34

スカンジナヴィア 神、生まれし地へ〈2〉

文と写真・時見宗和 

Text & Photo by Munekazu TOKIMI

白日夢のように

 ノルウェーの首都、オスロの中心街から海に背を向け、車で約20分。標高412メートルの地で、森の緑と空の青を切り裂くようにそびえるホルメンコーレン・ジャンプ台。そのすぐ横の岩盤をくり抜いた空間にスキー博物館はある。

 館内には4000年のスキーの歴史を物語る品々が絵巻物のように並べられ、一角に、スコットと南極点初到達を競ったアムンセンが使用した品々が展示されている。

 

A

 

 20世紀初頭、南極は地球上に残された最後の“未知の大陸”だった。

 1911年(明治44年)10月19日、その極点をめざしてノルウェーの探検家、ローアル・アムンセン率いる探検隊が、42匹の犬、4台のソリとともに出発。5日後、イギリスのロバート・ファルコン・スコット海軍大佐の探検隊が開発されたばかりの動力ソリ(現在の雪上車の原形)2台と10頭のポニーを伴って出発した。

 アムンセン隊が選んだルートは、直線距離で往復約2600キロ、スコット隊は往復約2800キロ。いずれも直線距離で、実際の道程は東京─札幌1往復半に相当する3000キロ前後。

 史上初の南極点到達を果たしたアムンセンは無傷で生還。アムンセンより34日遅れて南極点に到達したスコット隊は、帰路、全滅した。

 

B

 

「あらゆる用意をととのえた者を勝利の女神が待ち受けているのだ──それを人は幸運と呼ぶ。あらかじめ必要な対策を講じなかった者には敗北は必至だ──それが不運と呼ばれる」

 アムンセンの成功を支えたのは、先人たちの記録を参考にした徹底的な事前調査と冷静で周到な準備だった。

「装備のうち、われわれが特に注意を払ったのは、言うまでもなくスキーだ。来たるべき戦いでわれわれの主要武器となるのはスキーだと言ってほぼ間違いなかった」

 スキー用具のありとあらゆる部分に徹底的な改良を施した。

「スキーは20台携行した。すべて最上質のヒッコリ製だ。長さは8フィート(2・4メートル)で、幅は細目だった。そういう長さを選んだのは氷河の数多くの割れ目を渡る場合を考えたからだ。重量を分散できる面が大きければ、それだけ雪の橋を滑り越せる率も高くなるはずだった」

 

C

 

 革製のスキーの締め具を犬たちに食べられてしまったことを除けば、アムンセンの計算は想定を大きく上まわる成果を生んだ。

「みんなスキーを履き(犬ゾリに)引っ張られて滑った。私はこれでは犬は長続きしまいと考えて、後からついてゆくことにした。しかし私はたちまち音をあげた。始めの10キロメートルを1時間で進んだのだ。私はまいってしまいビスティングのところへ行って、彼のそりに綱を1本ゆわえ、こうして私はそこに立ったまま何緯85度5分まで行った──550キロメートル。そう、それは愉快な驚きだった。われわれはそんなことは夢にも考えていなかった──極点までスキーで引っ張られて行く!」

 1912年1月26日。出発してから99日目、ベースキャンプに帰還したアムンセンはコーヒーとホットケーキの匂いに迎えられた。

「外もよかったけれど、わが家の中はいっそうよい、というのがみんなの思いだった」

 

D

 

 南極点への挑戦はスコット個人の希望ではなかった。そのために周囲のさまざまな考えが交錯し、準備にあいまいさが残った。

 ソリを引く犬の肉までも食料として計算したアムンセンに対して、スコットはポニーのために6000キロの干し草を運ばなければならなかった。動力ソリはオーバーヒートを繰り返し、2台ともに2週間で完全に使い物にならなくなった。

 出発してから約1ヵ月半後、ポニーの餌が底を尽き、全頭を射殺。人力でソリを引き、這うようにして南極点にたどりついたスコットを待ち受けていたのは、ノルウェーの国旗とスコットにあてたアムンセンの手紙だった。

 この当時、山の頂上や極点などに初めて到達した人間は、それを証明するために、2番目にやってくる人間に向けて手紙を託すことが慣習になっていた。そしてその手紙を見つけた人間は、持って帰ることが義務とされていた。 

「ノルウェー隊にやられた。がっかりだ。零下29度。寒風が絶えず骨まで浸透する。ここは恐怖の場所だ」

 

E

 

 帰路、隊員たちは次々と衰弱死。スコットも、ベースキャンプ間近、食料や燃料をたくわえてあるポイントまであと20キロの地点で身動きが取れなくなった。

「最後の瞬間まで頑張るつもりだが、私たちが恐ろしく弱ってきているのも事実だ。最後は遠くない。

 残念ながらこれ以上は書けそうもない。

 最後に──どうか、私たちの家族をよろしく」

 日記を書き終えたスコットは、便せんに向かった。妻に宛てた手紙の書き出し「わが妻へ」を「わが未亡人へ」に書き直した。

 すべてが終わると褐色の日記帳を緑色の小袋に入れ、手紙類といっしょに寝袋の下に置き、永遠の眠りについた。

 

01

 

 観光局の女性がアムンセンにまつわる品々を、これまで数え切れないほど見ているはずなのに、熱心に見ている。

 木製単板のスキー板、手袋、帽子、衣服、木製でスリットの入ったゴーグルなど、ガラスの向こうに並べられた悲しいほど貧弱な100年前の用具。われわれの最新も、100年後の人々の目には子供の遊び道具のように映るのだろうか。

 探検家、冒険家を輩出する国、ノルウェー。グリーンランドの東西横断に成功し、北極探検でも名を馳せたナンセン、コンティキ号漂流記で知られるヘイエルダール、海の果てに巨大な竜が住んでいると信じられていた時代にアメリカ大陸に到達したヴァイキング。

 観光局の女性に聞く。

「南極に行きたいと思うことはありますか?」

「ええ」。女性は、振り向き、小声でつけ加えた。「でも、時々よ」

 

27

 

 黒い制服を着た駅員が、緑の小旗を振り、笛を鋭く吹き鳴らして、出発の準備が完了したことを運転手に伝える。直後、赤茶色の列車はゆっくりとオスロ駅を離れた。目的地は世界遺産の町、ベルゲン。時計の針は朝8時をまわったところ。

 列車はトンネルに入り、地下の国立劇場駅を通過。まもなく地上に出て、オスロ郊外をのんびりと走る。赤や黄色の色鮮やかな建物が窓の外を流れ去っていく。

 出発してから20分ほど経ったころ、となりの車両からポットを両腕に下げた男性が登場。車両の端の小さなテーブルの上にそのポットを置き、退出。ポットは象印製で、中身はサービスのコーヒー。

 オスロ郊外を抜けると、列車は本格的に走り始める。凪いだ日の太平洋のようにゆったりとうねる緑。その中に点在する湖。車窓の向こうに、ただそれだけが車窓を流れていく。

 

21

 

 おたまじゃくしが逆立ちをしたような形のノルウェー。南北の直線距離は1752キロ。これに対して東西は、もっとも幅の広い部分が430キロ、狭い部分はわずか6・2キロ。このオスロ〜ベルゲン線は、おたまじゃくしの頭の部分を横断する路線で、489キロを約8時間で走る。

 アムンセンの南極点到達の30年前、イギリス・レスターから18キロ離れたラフバラーへの1シリングの団体旅行に始まったトーマス・クック。同社が発行し、現在、ヨーロッパでもっとも権威ある時刻表に編集長が推薦するトップ10ルートが掲載されており、このオスロ〜ベルゲン線はつねにランキング上位に名を連ねる。

 ベスト10の大半を占めているのはスイスの路線だが、スイスの自然とノルウェーの自然は変化のリズムがまったくちがう。急峻な山肌や断崖絶壁など、鋭角的な景色がアップテンポで連続するスイスに対し、ノルウェーの自然はどこまでも穏やかで、ゆったりとしている。“単調”が白日夢のように心地のよい。

 

25

 

 単調さは、オスロとベルゲンのほぼ中間のフィンセ駅、となりのミュルダール駅でピークに達する。

 標高1222・2メートル、ノルウェーのすべての鉄道の最高地点に位置するこのフィンセ駅の周辺は、森林限界の上に位置し、1年中、雪が解けることがない。360度、どこを向いても、どこまでも白一色。町並みはおろか、およそ人の匂いのする物がない。

 ミュルダール駅には、そこに通じる道路が1本もない。太平洋に浮かぶ孤島のように駅舎だけがある。

 デイパックとクロスカントリースキーが電車を降りる人びとの標準装備。プラットホームに降りると、すぐにクロスカントリースキーを履き、大海原に船を漕ぎ出すように、ストックで体を押し出す。

 見つめるほどに遠近感があいまいになっていく風景の中に、くっきりと刻みこまれた2本のシュプール。延々と、どこまでも線路と併走し、やがて意を決したかのように進路を変え、雪原のかなたに消えていく。

 

33

 

 列車は長さ10キロ余りのトンネルに入り、それを抜けると景色の変化は最終段階に入る。車窓に代わる代わる姿を現す滝とフィヨルド。飛行機が着陸するように列車は高度を下げ、やがて左手にヴォーグ滝が見えてくる。

 かつての首都、ベルゲン。白日夢の終わり、新たな物語の始まり。

 

 

(スカンジナヴィア編、続く)

 

 

 

*本連載は月2回配信(第2週&第4週火曜日)予定です。次回もお楽しみに。

 

 

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時見宗和(ときみ むねかず)

作家。1955年、神奈川県生まれ。スキー専門誌『月刊スキージャーナル』の編集長を経て独立。主なテーマは人、スポーツ、日常の横木をほんの少し超える旅。著書に『渡部三郎——見はてぬ夢』『神のシュプール』『ただ、自分のために——荻原健司孤高の軌跡』『オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組』『[増補改訂版]オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー 蹴球部中竹組』『オールアウト 楕円の奇蹟、情熱の軌跡 』『魂の在処(共著・中山雅史)』『日本ラグビー凱歌の先へ(編著・日本ラグビー狂会)』他。執筆活動のかたわら、高校ラグビーの指導に携わる。

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日本ラグビー 凱歌の先へ
編著・日本ラグビー狂会

     

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