日本一おいしい!沖縄の肉食グルメ旅

日本一おいしい!沖縄の肉食グルメ旅

#33

もっさりどっさりの「膜張りカレー」にたじろぐ~『大衆食堂 泉』

文・仲村清司

 

 

「黄色いカレーの王国」を探る 

 沖縄は黄色いカレーの王国である。メリケン粉とカレー粉を炒め合わせて、スープで溶いてとろみをつける。といっても、今の若妻方はまったくピンとこないだろう。

 バーモントカレーやらジャワカレーといった「ルー」が一般に普及していなかった戦前から1950年代は、カレーは上記のようにして作っていた。

 具はジャガイモ、タマネギ、ニンジンの野菜部門3点セット。肉は関西地方が牛肉、関東方面は豚肉が中心だったが、要するに、沖縄にはその懐かしのカレーがまだ幅をきかしていて、大衆食堂の名物になっている。

 といっても、スープに沖縄そばの出汁をつかったり、ポークランチョンミートなど沖縄らしい具を使用したりしているので、百のカレーがあれば百の味が存在する。同じメーカーのルーを使っても、家庭料理のカレーが隠し味にトマトケチャップやブイヨン、香辛料などを独自に加え、それぞれの家庭の味に仕上げていくのと同じだ。

 カレーがお袋の味といわれる由縁で、単純な料理でありながら、これほどオリジナリティの高いものに昇華された料理はない。

 というわけで、『肉の王国 沖縄で愉しむ肉グルメ』がめでたく出版されたことだし、番外編として、沖縄各地に散在する黄色いカレーの店を食べ歩くことにした。これまで同様、それぞれの店の味を実食しながら百種百様の特徴を分析・調査し、あわせて沖縄の食文化における黄色いカレーの位置づけを明らかにしていこうと思う。

 

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絶滅したはずの黄色いカレーが、なぜ沖縄に? 

 実食者はいつもの三バカトリオ、バカの筆頭のワタクシ、バカの健啖家・藤井誠二氏、バカの賢者・普久原朝充氏である。

 向かった先は浦添市にある『大衆食堂 泉』(『泉食堂』)。平日は建築関係の肉体労働者や自動車整備士などでごったがえし、また、週末ともなると周辺住民のファミリーが食べにくるお店で、客層は有閑マダムやブルジョアジーとは無縁の完全ブルーカラーだ。

 真っ先にここに足を運んだのにはワケがある。僕にはかねてから疑問があった。

 沖縄の食文化については90年代の沖縄ブーム以降、他府県をしのぐ勢いで雑誌・書籍・テレビなどで大々的に取り上げられてきた経緯がある。その業界に身を置く僕自身も沖縄の「食」については様々な場で発言してきたし、いくつかの著作を残す機会にも恵まれた。

 その甲斐あって、沖縄の郷土食は全国区で知られるようになり、農林水産省が発表した「郷土料理百選」でもゴーヤーチャンプルー、沖縄そば、ラフティなどが堂々とランクインするなど、いまや日本人が食べてみたいご当地グルメとして揺るぎないジャンルを確立している。

 にもかかわらず、内地では絶滅した黄色いカレーがなぜ知られることがなかったのか。このことがいまとなっては不思議でならないのである。

 

 周知の通り、沖縄料理は調理法も独特なら食材も個性的で、よその土地では見かけないものが数多く存在する。いわば異文化の味で、これが目新しかったために、メディアはこれに飛びついたのだ。

 いいかえれば、その異質性ばかりが強調された結果、内地にもある同質の料理は無視された。それがカレーだったというわけだ。というより、カレーがあまりにポピュラーな料理だったために、黄色いカレーの「発見」が遅れたといっていいかもしれない。

 また観光客も、沖縄に来てまでカレーを食べる必要などないという心理が働いたのだろう。

 もしそうであるなら、週に一度はカレーを食べる一億カレーグルメの日本人は重大なミスを冒したことになる。なんとなれば内地では黄色いカレーは絶滅危惧種。いまでは沖縄に来ないとなかなかありつけない料理だからだ。

 かくいう僕も黄色いカレーのお膝元で暮らしていながらその存在を強く意識していなかったわけで、まさに「灯台もと暗し」の事態を招いていたことになる。

 かくして、初心に戻って沖縄の「大衆食」の総点検及びカレーの実食に挑もうという気になったのだが、とは申せ、あまたある食事処のどこから手を付けたらよいのかわからない。

 事情通に聞くと、即座に紹介してくれたのが『大衆食堂 泉』なのだが、不覚にも初めて聞く店名であった。

「無理もないでしょう。ちょっとわかりにくい場所ですし、営業時間も11時から2時までの短時間なので、意外と知られていないのです。でも昼時はすごく込みますから早めに入ることをおすすめします」

 事情通はそういうと、

「期待を裏切りませんよ。それと、トッピングメニューは要チェックですぞ。くふふ」

 と、電話口の向こうで怪しい笑い声をもらすのであった。

 

 

浦添の『大衆食堂 泉』に潜入

 というわけで、いわれた通り、正午10分前に店に到着したのであるが、4人掛けテーブルが3つあるホールはすでに満席。通されたのは座卓が置かれた小上がりで、まもなくもその座敷もいっぱいになった。聞きしに勝る人気店のようである。

 お店は僕のウチから車で十数分ほど。目と鼻の先の距離ではあるが、わざわざ浦添市に何か食べに行くことはめったにない。那覇からは完全にエアポケットになっている店といっていい。

 家族経営らしく、料理を担当するのは仲のよさそうなご夫婦。ホールを担当するのは娘さんたちで、テーブルのあちこちから飛び交う注文を手際よくさばいている。幸あふれんばかりの真ん丸顔の女性陣は皆そっくりで、きっちり太め。しかもお客さんも例外なく過食的熱量過剰摂取型の体型をされている。という客観情勢から分析すると、考えるまでもなくボリューム満点の大盛り食堂ということになる。

 はたして、お隣さんが注文したスキヤキを目の当たりにした僕は「わっ!」と後ろ手を突いてのけぞってしまった。

 沖縄のスキヤキは内地のそれとは同名異種の料理で、鍋をつつくのではなく、あらかじめ甘辛く煮付けた肉、豆腐、青菜、糸コンニャクなどが皿に盛られて出される。これに御飯と味噌汁もつくから、ただでさえ豪快な料理なのだが、こちらのお店は洗面器大の深みのある鉢皿に具がドカンと盛られ、ゆうに3人前はあろうかというボリュームである。

 もはや大盛りどころではなく、巨盛りをしのぐ宇宙盛りといっていい。となると、カレーの量も気になるところだが、おそるおそるのぞきこんだメニュー表を見て思わずニンマリしてしまった。

 ちんまりとした丸文字で書かれた品書きは、「おやこ丼」「ぶたしょうが焼」「やさい炒め」という具合にひらがながずらり並び、豆腐にいたっては「と~ふ」と表記され、「と~ふちゃんぷる~」なのである。

 なんだかお子ちゃまになった気分で、みるみるやさしい気分になっていく。他にも「ポーク目玉」「カツそば」「カツ目玉」「ポーク・カツ・玉子」「よくばり定食」など想像をかきたてるものがあるし、カレー部門では「カレーチャンポン」という珍メニューまである。

 しかも価格は450円~550円で、ごはんのおかわりは無料という奮発ぶり。事情通が指摘していたトッピングメニューも超デフレ価格。トンカツ、ポーク玉子、煮込みハンバーグ、魚フライ、三枚肉がなんと100円~150円なのだ。

 1日わずか3時間という短い営業時間で高い集客力を実現している秘密があからさまに伝わってくる。こういうお品書きは眺めているだけでも楽しい。土地の食文化とか人情いうものがいっぺんに読み解けてしまうからだ。

 それにしても品数が多い。いかな沖縄フリークやリピーターといえども、これほど豊富で強い個性を持つメニューがあれば、カレーライスの表記など目にもとまらなかったに違いない。沖縄の黄色いカレーの発見が遅れたのはやはり無理はなかったのだ。

 僕はすでにその「カレーライス」をオーダーしていたが、こうなるとトッピングしないとなにやら損をした気になる。娘さんを呼び戻してポーク玉子をつけてもらった。

 

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人気店の『大衆食堂 泉』。通された小上がりもやがていっぱいに

 

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メニューの品数はこの通り

 

 さて、運ばれてきたカレーは分厚くスライスされたポークランチョンミートと卵焼きがバスンと乗せられている。ポーク王国の沖縄であっても、ありそうでなかった「ポーク玉子カレー」がここに見事に実現している。

 カレーは期待した以上の真っ黄色。具は薄切りのニンジンとタマネギ、それに日本広しといえどもここだけかと思われる万能ネギである。

 明治5年、日本に初めてカレーを紹介した『西洋料理指南』のレシピに記載されているのはタマネギではなく、この「葱」であったらしい。これはインドやイギリスのカレーにタマネギがほとんど使われていなかったことに加えて、西洋野菜であるタマネギがまだ日本に普及していなかったからだそう。

 ちなみに具がネギからタマネギへと変わっていくのは明治末期から。日本のカレーの名脇役であるジャガイモが普及するのも明治20年以降である。

『大衆食堂 泉』はむろん明治期のカレーを再現するために万能ネギを使用しているわけではないが、食べてみるとけっしてミスマッチングな感じはしない。

 

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 それよりなにより度肝を抜かれたのはカレーの表面である。スプーンでさっと表面をなぞるとシワが寄るのである。昔懐かしいカレーの膜である。

 膜の正体は肉や小麦粉タンパク質と脂肪。煮込んだときに熱変性することによって発生する成分で、スープのようなとろみのないカレーでは起こらない。小麦粉が使われているからこそ起こる現象といっていい。

 息を吹きかけるとその膜が波打ち、なにかこう、この膜だけをすくい上げて食べたくなるような衝動に駆られてしまう。口に含むと、小麦粉由来の甘みと香辛料の辛味がバランスよく絡み、まことにまろみのある風味。ベースのスープはこのお店の沖縄そばのダシを使っているとのこと。まことに沖縄らしい調理法で、塩加減もけっして濃くない。

 まことにを連発してしまいったが、いやはやまことに黄色いカレー泣かせの膜張りカレーなのである。さすが事情通が推すだけあって申し分のないテイストである。

 

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 それはいいのだが、おそれていたようにカレーも深い鉢皿で、食べても食べてもなかなか減ってくれない。ポーク玉子のトッピングは多すぎたかなあと猛省しつつ、普久原クンに手伝ってもらってなんとか完食したしだい。

 健啖家の藤井氏は、よせばいいのに値段につられてポーク玉子に加えてトンカツもトッピング。テーブルに置かれた推定カロリー2500超の大宇宙カレーを前に「あわわあわわ」と半ベソ顔になっておりましたぞ。

(とうしろうめ……だからいわんこっちゃない)

 と、性悪のワシはうふうふとほくそ笑んでいたのであった。

 案の定、藤井氏は残してしまったが、なんと彼は翌日も『大衆食堂・泉』に一人で出向き、雪辱戦を果たしに行ったという。結果は完食だったらしが、ポーク玉子もトンカツ抜き。バカはバカなりに学習したということですな。

 

●『大衆食堂 泉』

住所:沖縄県浦添市勢理客2丁目7−21

 

 

*番外編、次回も続きます。お楽しみに!

 

 

*本連載の#01~#32配信記事を収録した単行本、『肉の王国 沖縄で愉しむ肉グルメ』が全国書店で好評発売中です。ぜひ、お読みください!!

 

『肉の王国 沖縄で愉しむ肉グルメ』

定価:本体1600円+税 発行:双葉社

カバーアウトライン

 

 

*本連載は、仲村清司、藤井誠二、普久原朝充の3人が交代で執筆します。記事は月2回(第1週&第3週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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仲村清司(なかむら きよし)

1958年、大阪市生まれのウチナーンチュ二世。作家、沖縄大学客員教授。1996年、那覇市に移住。著書に『本音で語る沖縄史』『消えゆく沖縄 移住生活20年の光と影』『本音の沖縄問題』『ほんとうは怖い沖縄』『島猫と歩く那覇スージぐゎー』ほか。共著に『沖縄 オトナの社会見学 R18』(藤井、普久原との共著)のほか、『これが沖縄の生きる道』『沖縄のハ・テ・ナ!?』など多数。現在「沖縄の昭和食」について調査中。

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藤井誠二(ふじい せいじ)

1965年、愛知県生まれ。ノンフィクションライター。現在、沖縄と東京の往復生活を送っている。著書に『人を殺してみたかった』『体罰はなぜなくならないのか』『アフター・ザ・クライム』ほか、共著書多数。『漫画アクション』連載のホルモン食べ歩きコラムは『三ツ星人生ホルモン』『一生に一度は喰いたいホルモン』の2冊に上梓。最新作『沖縄アンダーグラウンド──消えた売春街の戦後史と内実』刊行予定。

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普久原朝充(ふくはら ときみつ)

1979年、沖縄県那覇市生まれ。建築士。アトリエNOA、クロトンなどの県内の設計事務所を転々としつつ、設計・監理などの実務に従事する。街歩き、読書、写真などの趣味の延長で、戦後の沖縄の都市の変遷などを調べている。本書の取材を通じて、沖縄の伝統的な豚食文化に疑問を持ち、あらためて沖縄の食文化を学び直している。

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