東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#32

ミャンマー国鉄の迷路〈9〉

文・下川裕治 

ラーショーからマンダレー行きに乗車

 5日間の日程が確保できた。少しでもミャンマーの未乗車路線を減らしておきたかった。しかしミャンマーは、思いたってすぐに向かうことはできない。ビザをとらなくてはいけないのだ。最近は電子ビザが導入され、短い日数でビザがとれるようになったが、それは往復が空路に限られる。ミャンマー内の国際空港の近くに、未乗車路線はあまりない。
 どこから列車に乗ってもよかったが、シャン州とマンダレー周辺に、中途半端な路線が未乗車で残っていた。これを乗り潰せば、少しは気分がすっきりする気がする。どこか落穂拾いのような気分で、シャン州のラーショーに向かうことにした。
 事前にバンコクでビザをとった。バンコクからタイの国内線LCCでチェンラーイへ。そこから陸路でミャンマーのタチレクに入り、ミャンマーの国内線でラーショーに向かうことにした。
 マンダレーとラーショーを結ぶ列車が走っていた。2015年、僕はマンダレーからこの列車に乗った。しかし前日、途中のシーポーまでしか運行していない、といわれた。途中の鉄橋が大雨で崩壊したという。しかたなくシーポーまで乗った。すると、シーポー駅の先に列車が見えた。その手前の鉄橋は土台がぐっさりとえぐれている。この鉄橋を通過することができなかったのだ。訊くと橋の向こうで、ラーショー行き列車が待機しているという。僕は川を渡り、その列車に乗り込んだ。
 しかし発車を前に、雨季のミャンマーらしい重い雨が降りはじめた。それでも列車は出発したが、しばらく進むと停まってしまった。この先の線路上に落石があるという。保線員や近くの村人がずぶぬれになって復旧に向かったが、結局、列車は引き返したのだった。僕はしかたなく、車を使ってラーショーまで向かった。
 翌年、マンダレー駅で訊くと、ラーショーまでの路線は復旧したと駅員は胸を張った。
 ラーショー空港から駅に向かおうとした。発車時刻を確認したかったのだ。ところが近くにいる男たちは皆、駅は明日の朝にならないと開かないという。1日、1往復の列車が走るだけの路線である。たしかに駅には誰もいないのかもしれない。街で発車時刻を確認したかったが、訊く人によってまちまちだった。朝の4時発という人もいた。4時半説もあった。ラーショーの人はほとんど列車を使っていない証だった。
 結局、3時に起きて駅に向かった。ホームには列車が停車していたが、駅員はもちろん、乗客の姿はなかった。
 不安が脳裡をよぎる。再び不通になってしまったのではないか……。だが、待つしかない。
 すると4時すぎ、駅舎のなかの灯がぽっとついた。切符売り場の窓口は開かないが、なかに人がいる。それが合図のように、駅の入り口に1台のおおんぼろトラックが姿を見せた。荷台から重そうな布袋を降ろしはじめる。暗いなかで駅が少しずつ動きはじめた。列車は走っている──。発車時刻は5時だった。

 

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冷え込むラーショー駅。誰もいないホームで30分以上待った

 

 寒かった。一応、窓はあった。しかし建てつけが悪く、すきま風が吹きこんでくる。前回のこともあり、雨の降らない乾季を選んだ。しかしこの時期は朝夕、冷え込む。ラーショーの標高は800メートルを超えている。
 まさか着ないだろうと思っていたセーターを着こみ、ジャンパーのチャックを閉める。膝の上にはTシャツをかけた。それでも寒い。太陽が出てきたのは6時半ごろだった。
 マンダレーとシーポーの間は変化に富んだ路線だった。スイッチバックがあり、高さが約100メートルというゴッティー橋も通る。シーポーはトレッキングの基地でもある。それに比べれば、ラーショーからシーポーまでは、地味な沿線風景が続いた。山も深く、農地も少ない。線路の周りは雑木林ばかりだ。家も少なかった。ラーショーを発車し、最初の駅に停まったのは6時50分。スピードは遅いが2時間近く走ったことになる。暗くてよく見えなかったが、その間にほとんど駅はないのかもしれない。
 ラーショーとシーポーの間がひとつの境界のような気がした。ミャンマーと中国。そう線を引いてしまうのは強引だろうか。
 シーポーに着いたのは9時20分だった。壊れた橋も直っていた。
 ここからマンダレーまでは列車に乗る必要もなかったが、そのまま列車で向かった。ゴッティー橋もまた渡ってしまった。しかしこの区間は長い。マンダレーに着いたのは夜の9時半。ラーショーから16時間半もかかったことになる。
 その足でマンダレー駅の切符売り場に向かった。周辺の未乗車区間は、マンダレーとモンユワ間、そしてマダヤーまでの路線だった。訊くと、モンユワ行きが午前5時半発。マダヤー行きは4時45分発。どちらも朝早い。少し疲れていた。ゆっくり眠りたかった。

 

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シーポーに着いた。この区間の未乗車部分がなくなったかと思うとちょっとうれしい

 

 

※地図はクリックすると拡大されます

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*2012年のミャンマー鉄道旅行記は、双葉文庫『不思議列車がアジアを走る』に収録されています(第三章ミャンマー ヤンゴン環状線「窓ガラスのない木造列車は、南国のスコールも吹き込む」)。そちらもぜひお読みください。

 

 

*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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