越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#31

番外編 映画『ラオス 竜の奇跡』ロケ地訪問記〈前編〉

文と写真・室橋裕和

 

 ラオス首都ビエンチャンを北におよそ70キロ。そこには懐かしさを感じる昔ながらの村があり、豊かな自然に囲まれた生活を送っていた。そんな村の一角で、日本とラオス、はじめての合作映画のロケが行なわれていたのだ。
 

 

日本・ラオス初の合作映画のロケ現場に向かう

 通い慣れた国境である。
 タイのイミグレーションを抜けると、そこに待っているのは古びたバスだ。だが週末だからか、すでに行列となっていた。とても座れそうにない。次のバスを待ってもよかったが、僕は強引に入り込み、タラップに陣取った。
 発車するとすぐに、道は緩やかな坂になる。橋を上っているのだ。やがてバスの左右に、茶褐色の巨大な流れが見えてくる。乗客の誰もが手を止め、スマホに落としていた目を上げて、そのメコン河を見つめる。一瞬、車内の気持ちに一体感が生まれると、バスは国境線を越えてラオスへと入っていった。
 ラオス側で入国スタンプをいただいて窓口を出ると、すぐにタクシーやトゥクトゥクの運転手たちが寄ってくる。「ビエンチャン?」
 しかし今日の僕の目的地は首都ではなかった。
「タラートに行きたいんだ」
 ビエンチャン北郊の小さな町の名を告げると、トゥクトゥクのおじさんは満面の笑みで答えた。
「それなら北バスターミナルだな。15万キープ(約2500円)にまけておいてやろう」
 だいぶボラれているような気もした。ゲストハウス1泊分並みのお金を払うことに悩んだが、ほかに選択肢はなさそうだ。

 

01

タイ・ノンカイから、ラオス・ビエンチャンへ。メコン河にかかる第一友好橋を越えていく

 

 

国道13号線を北上し、ローカルな町へ

 1時間近くも走ったから、距離を考えれば料金は妥当だったのかもしれない。到着したターミナルはおんぼろで、がらんとしており、活気はない。やる気をぜんぜん感じない、いかにも田舎のバスターミナルではあったが、昨今の交通インフラの発展はたいしたもので、こんなところにもピッカピカのミニバンが停まっているのだった。東南アジアではバス代わりに、このバンがかなり奥地まで走るようになっている。
 座席を1列多く詰め込んであり、補助席含めて15席程度の座席が客で埋まると出発となる。はっきりと時間が決まっていないからじりじりと待つ苛立ちはあっても、結果としてバスより頻発している感じがする。そして、バスよりもはるかに飛ばすのだ。
 僕が乗り込んだタラート行きの運転手は、交通量の多い国道13号線をなにかに取り憑かれたかのごとく爆走した。ほかのバスや乗用車やバイクを、アクセルベタ踏みのまま右に左によけて抜いていく。遅いトラックと見るや、対抗車線に侵入して強引に抜かそうとする。そこへ、前方から対向車が突っ込んでくる。戦慄するが、かすめるようにお互いすれ違っていくから、腕はいいのかもしれない。
 しかし、しばらく走るとスピードががくんと落ちたのだ。13号線の要衝のひとつポーンホーンの町で乗客の大半が降り、そこから東に伸びる支線に入ると、道は未舗装のダートになった。煙幕のように舞い上がる土埃が、バンを包み込む。ラオスもインフラ開発が進んだとはいえ、地方に行けばまだこんなところは多い。

 田んぼや畑や、ささやかな村が広がる、のんきな景色の中を30分ほど走っただろうか。バンは砂煙が漂う荒野のような広場で停まった。運転手が振り返る。「タラートだぜ」
 降りてみると、広場のまわりに木造の古びた商店や家屋がいくつか並ぶ、小さな村だった。素朴な家並みだ。巻きスカートをまとった農村系女子が歩いていく。はなたれの子供たちが僕のことをふしぎそうに見つめてくる。空は高い。そして静かだった。ビエンチャンとはまったく違う世界がそこにはあった。きっと昔のラオスはどこも、こんな感じだったのだろう。

 

02

舗装もないタラートの町。歩く人もまばら。なおラオス語やタイ語で「タラート」は市場を意味するが、この町の場合は発音がやや違う

 

03

子供たちの学校の制服も巻きスカート。ラオスの民族衣装なのだ

 

 

時代に取り残されたような、素朴な村

「タラートまで来たら、電話をくれるといいよ」
 それがM氏からのメールだった。ラオスのシムカードを入れたスマホを見ると、どうやら電波は来ているようだ。M氏のケータイを呼びだすと、すぐに懐かしい日本語が聞こえてくる。なにやら周囲にいるおおぜいの人々と話し合っている様子だ。
(いまバーン・サイにいるんだ。そこまで来ればわかるから)
 と彼はタラートの近郊の集落の名を教えてくれたが、トゥクトゥクがいないのだ。もちろんタクシーも、バイクタクシーの姿もない。「そのうち来るよ」とは、さきほどバンの運転手。彼がそう言い残してビエンチャンに復路、走り去ってしまうと、ほとんどひと気はなくなった。これがラオスの田舎のペースである。
 バスターミナル兼、村の広場近くに食堂があったのは幸運だった。ハーブのたっぷり添えられた米麺スープを食べ、いねむりをしていると、プップップ。軽いクラクションの音に目を覚ます。
「あんただろ、バーン・サイに行きたいって日本人は」
 さすがに小さな村だ。僕の存在と行動は筒抜けのようで、どちらかというと耕運機が似合いそうなおっちゃんがトゥクトゥクの脇に佇んでいた。
「すぐに着くさ」
 そう言われてトゥクトゥクに乗り込む。静まり返ったタラートを出て、河にかけられた橋を渡ると、さらに時を遡ったような気がした。その河に沿ってでこぼこ道が伸び、森の合間に小さな木造家屋が並ぶ。本当に素朴な村だった。どの家も庭先に花壇をしつらえ、赤や黄の原色の花々が咲き乱れていた。村と、河と、森と空。無粋なコンビニも看板も信号もなにもない、風景画のような世界だと思った。子供たちが手を振ってくる。振りかえしてみると、恥ずかしそうな笑顔。心が沸き立ってきた。古き良きアジアが、ここには保存されているんだ。
 そんな村の一角で、トゥクトゥクは静かに停まった。村人総出か、と思うような人だかりだった。といっても20人ほどだろうか。僕の姿を認めた巻きスカートの女の子たちが手招きをしてくる。
 近づくと、そこは高台になっていて、河をよく見下ろせた。護岸も電線もなにもない、自然そのままの河だが、人工物がひとつ。対岸との間に、木の枝と板を組み合わせてつくった、実に味わいのある橋がかかっているのだ。200メートルほどだろうか。静かな川面に影を落としている原始的なその橋の中ほどでは、何人かの人々が動いていた。
 大型のカメラや、反射板がある。音声を拾うマイクがある。河に双胴のボートを浮かべて、そこからカメラや照明を当てている人々もいた。なにやら指示を飛ばす日本語も聞こえてくる。プロデューサーであるM氏の姿もある。
 その輪の中心、橋の真ん中には、ひときわ目を引く男女がいた。主演、井上雄太と、ティダー・シティサイ。
 ようやくたどりついた。日本とラオス史上初の合作映画『ラオス 竜の奇跡』の、ここがロケ現場なのだ。

 

04

河にかかる木製の橋。ここが重要なシーンとして登場するのだ

 

05

伝統的な橋もいまではバイクが走る。生活を支える大事なインフラなのだ

 

 

日ラオのスタッフが力を合わせる撮影現場

 物語の舞台は1960年代だ。現代ラオスを生きている女性ノイが、まだ内戦の続いているラオスにタイムスリップしてしまうのだ。そこで日本人の青年、川井と出会う。彼は、高度経済成長期の日本を飛び出し、ラオスにダム工事のためにやってきた技師である。河を測量中にボートが転覆、ノイと同じようにこの村へと迷い込んでしまう。
 ふたりの闖入者を、しかし村は静かに穏やかに包み込んでいく。価値観や文化の違い、言葉の壁がありつつも、ふたりと村の人々とは、距離を縮めていく。
 その物語の大切なエピソードの中に、この木製の橋は登場する。
 夕暮れ。太陽が川面と村とを黄金色で包み、橋を輝かせ、ノイと川井の横顔を紅く染めていった。僕はやじ馬の村人たちと、固唾を呑んで見守った。そして残照に橋が暗く沈みこんでいくと、森と河とは黒々として存在感を増した。太古のような夜の中、撮影は丹念に続いた。
 この河の源流となっているのは、ナムグム湖である。川井たち日本人技師がつくりあげたダムは巨大な人造湖を生み出した。そこから流れ出る河のほとりに、撮影の中心となるこの村がある。物語は、史実が核になっているのだ。
 そんな時代からおよそ50年。この村のたたずまいはもしかして、当時となにも変わっていないのかもしれない。
 映画ロケ地の探訪、聖地巡礼という意味だけではない。「心のリゾート」とでもいうような安らぎがあるバーン・サイの村。『ラオス 竜の奇跡』を観たなら、ぜひ訪れてみてほしい。

 

06

橋は村人たちの憩いの場でもある。橋と河の流れとをのんびり見つめる家族連れの姿があった

 

07

静かな村にやってきたロケ隊に子供たちは興奮。撮影現場から離れることなく見つめ続けていた

 

 

●作品情報
『ラオス 竜の奇跡』

日本ラオス国交60周年記念 史上初!合作映画
2017年6月、東京有楽町スバル座ほか全国順次公開
 

 

出演:井上雄太(日本) ティダー・シティサイ(ラオス)
監督:熊沢誓人 脚本:守口悠介・熊沢誓人 音楽:栗コーダーカルテット
映画HP:http://www.saynamlai.movie/
フェイスブック:https://www.facebook.com/saynamlay/
@copyright Japan – Laos Creative Partners

 

(次回、後編に続く)
 

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*筆者が編集・執筆に携わる個人旅行ガイド本、『最新改訂版 バックパッカーズ読本』が7月中旬に発売されます。ぜひお楽しみに!

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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