東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#31

ミャンマー国鉄の迷路〈8〉

文・下川裕治 

列車の屋根かタクシーか

 午前3時発……。ロイコーからアウンバン、そしてターズィーに向かう列車の発車時刻だった。それに乗ろうとすると、ロイコーの宿では仮眠程度になってしまう。10時間以上、列車に乗った。ミャンマーの列車だから揺れは激しい。さすがに疲れていた。
 バスでアウンバンに戻ることにした。そこでヤッサウからターズィーに向かう列車に乗ることにした。
 朝6時。ロイコーのバスターミナルにいた。アウンバン行きは混んでいた。席はなく、屋根に乗るしかないという。
「屋根?」
 昔、何回か、バスの屋根に乗って旅をした。しかしあれは疲れる。強い日射しに晒され、スコールがくるとつらい。60歳をすぎた旅行者がすることではないと思う。
 するとバスの乗客がぞろぞろと降りはじめた。故障でエンジンがかからないという。
 アウンバンでターズィー行きに乗ることができなければ、そこでミャンマーを離れなければならなくなる。列車は1日1往復がミャンマーの原則だから、ひとつの列車を逃すと、翌日まで待たなくてはならなかった。もうひと路線、乗っておきたかった。
「タクシーしかないか」
 そう口にすると、すぐにドライバーが現れた。アウンバンまで車1台100ドルだという。アウンバンからロイコーまでの列車代は1450チャットだった。約125円である。100倍近くする。相乗りで頭割りするしかない。しかし客はなかなか現れなかった。時間はすぎていく。30分ほど待っただろうか。決断するしかなかった。
「100ドルか……」
 3時間半でアウンバンに着いてしまった。気が抜けてしまうほど早かった。昨日の11時間の列車旅はなんだったのか。
 ターズィー行きには余裕で乗ることができた。
 残る路線は、ターズィーからミンチャンまでだった。ミンチャンは、パガンとマンダレーを結ぶ路線の途中駅である。パガンからターズィーに行く人にとっては、マンダレーをまわらずにショートカットできるのだが、はたしてそんな人がどれほどいるのかと思う。1日1往復しかないから、乗り継ぎが便利というわけでもない。

 

 

いつ、ミャンマーの全路線を走破できるのか

 翌朝の6時、ミンチャン行きの列車はターズィー駅を発車した。5両編成だった。席はそこそこ埋まっていた。
 さして期待もしていなかった路線だったが、車窓に広がる風景は飽きなかった。草原を進んでいくと、突然、大きな湖が出現した。その脇には朝日に輝くパゴダが建っている。途中にはメディラなどの大きな街もある。かと思うと、駅舎もない駅に馬車が待っていたりする。
 車内には見覚えのあるおばさんが何人かいた。前日、アウンバンからの列車に乗っていた。皆、野菜が入った大きな荷物をもっていた。そのおばさん軍団は、ミンチャンのふたつほど手前の駅で一斉に降りていった。皆、野菜の入ったかごを頭に乗せ、列をつくり、赤茶けた道を歩いていく。その先に市場でもあるのだろうか。
 気が遠くなってくる。
 おばさんたちは、おそらくターズィーの駅のホームで寝たのだろう。シャン高原の野菜をミンチャン近くで売って、どれほどの儲けになるというのだろうか。片道1日近くをかけるほどの商売なのだろうか。
 昼過ぎにミンチャンに着いた。今回はここまでだった。乗り残した区間は、まだ考えたくもないほどある。行く先々で、聞いたことがない路線が浮上してくるかもしれなかった。淡々と列車に乗っていくしかない。
 翌朝の午前2時。僕はヤンゴンのバスターミナルでぼんやりとしていた。ミンチャンから夜行バスに乗ったのだが、なぜかこんなに早くヤンゴンに着いてしまった。一緒に乗ってきた乗客は、バス会社のオフィスにあるベンチで仮眠をとる。僕も彼らに倣ったのだが、隣で寝たおじさんが生きた鶏を2羽かごに入れていた。午前2時だというのに、この2羽がけたたましい鳴き声をあげ、とても眠ることができない。座っていると、電灯に集まった虫が落ちてくるから、あたりをうろうろと歩くしかない。
 午前5時をすぎ、しだいに空が白みはじめた。ミャンマーでは、いったい何回、列車から朝日を眺めただろうか。これからも、朝日を浴びるおんぼろ列車に揺られていかなくてはならない。
 いったいいつ、ミャンマーの全路線を走破できるのか……予測もつかない。ミャンマーの列車はなかなか手ごわい。
 そろそろ空港に向かおうか。

 

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おばさんたちが大挙して降りていった。先に街はないようなのだが

 

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ミンチャンの食堂の昼食。煮魚、鶏肉、魚のパテ……などが次々に並ぶ。これで約112円

 

 

※地図はクリックすると拡大されます

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*2012年のミャンマー鉄道旅行記は、双葉文庫『不思議列車がアジアを走る』に収録されています(第三章ミャンマー ヤンゴン環状線「窓ガラスのない木造列車は、南国のスコールも吹き込む」)。そちらもぜひお読みください。

 

 

*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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