旅とメイハネと音楽と

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#31

イスタンブル・ガストロノミー・フェスティバル〈番外編〉

文と写真・サラーム海上

 

マルマラ海のメイハネ『アルバトロス・レストラン』

 「イスタンブル・ガストロノミー・フェスティバル2017」の取材中、10日前の1月下旬に東京で会っていた友人、ペリンからメッセージが届いた。

「イスタンブル・ガストロノミー・フェスティバルに来てるんでしょう。私はそこから近くにある実家に帰って来ているの。取材が終わったら実家に遊びに来ない? 私の友達が来てくれたら両親も喜ぶわ」

 ペリンは画家で、イスタンブルのカドゥキョイ地区に小さな骨董品店を経営する色白の美人女性。この連載にも何度か登場している、イスタンブルの友人夫婦ハッカンとアイリンとともに今年の1月に日本に遊びに来て、僕は初めて彼女に会った。

 その際、僕が2月上旬にテュヤップ見本市会議センターで開催されるイスタンブル・ガストロノミー・フェスティバルを訪れることを伝えた。すると、ハッカンもアイリンも「テュヤップ? どこそれ? イスタンブル市内?」と正確な場所を知らなかった。しかし、ペリンは「テュヤップは私の実家と同じビュユックチェクメジェ地区にあるのよ。もし、その頃、私が実家に戻っていたら、実家に遊びに来て。私の両親と一緒に食事に行きましょう!」と誘ってくれた。

 

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1月下旬、東京駅内の居酒屋店頭ではしゃぐペリン

 

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二日目の午後も盛り上がるイスタンブル・ガストロノミー・フェスティバル

 

 取材を終えた午後4時にテュヤップ見本市会議センターの入り口で待ち合わせると、ペリンが母親のシェヴァルさんの運転する自動車に乗ってやってきた。

「イスタンブルへようこそ。約10日ぶりの再会ね! 取材は上手くいった? ビュユックチェクメジェ地区は見て回ったの? まず私の実家に案内するわ。夕方、父と弟が帰ってきたら、全員でメイハネに行きましょう!」

 自動車に乗り込み、左にマルマラ海が見える道を西へ、太陽の沈む方向へと飛ばす。

「ビュユックチェクメジェは『大きな入り江』という意味で、その名のとおり、もうすぐ左側にマルマラ海に面した大きな入り江が見えてくるわ。ほら! そして右側には入り江につながる湖とそこにかかる石造りの橋も見えるでしょう。あの橋はオスマン帝国時代の建築家ミナール・スィナンが16世紀に建てた橋で、この町のシンボルなの」

 

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ペリンのお母さん、シェヴァルさんの運転でビュユックチェクメジェを西へと向かう

 

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16世紀の建築家ミナール・スィナンが建てたビュユックチェクメジェ橋 

 

「ビュユックチェクメジェは長い間、イスタンブルに住むお金持ちが夏の間に過ごす保養地だったの。私はここで生まれ育ったけど、子供の頃は海沿いにお金持ちの別荘が並んでいただけで、お店なんて全然なかったの。それがイスタンブルが大きくなるに連れ、今では普通の郊外の町になってきたの。さて実家に着いたわよ」

 マルマラ海に面した入り江の西側の先端あたりで車を降りると、海沿いの崖の上に真新しい高級リゾートマンション群が建っていた。崖は公園として整備され、海面までは斜面を上下する小型のエレベーターで下れる。マンションの共有部にはスポーツジムや水泳プールまであるようだ。

「私が育った家はもうちょっと内陸にあるんだけど、今は父と母と弟は便利なここに住んでいるの。さあ、入って!」

 エレベーターで4階まで上がり、やたらと天井の高い高級マンションの玄関で靴を脱ぐと、通されたサロンは一部屋で80㎡はありそうな広さだ。正面の窓ガラス越しには今にも夕陽が海面に沈みそうなマルマラ海と空。いやあ、羨ましい生活してるなあ!

「夏の夕暮れはもっときれいよ。実は私の友達でここに来てくれたのはサラームが初めてなの。遠いからってまだ誰も来てくれないのよ。夏なら目の前の海で泳げるし、公園でマンガル(バーベキュー)も出来る。部屋も空いてるから、みんなも泊まりに来てほしいんだけど、なんせ遠いのよねえ……」

 

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ペリンの実家はビュユックチェクメジェの西側にある高級リゾートマンション

 

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広いサロンからはマルマラ海とそこに沈む太陽が見渡せる!

 

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夕陽とともに刻一刻と色を変える海と空

 

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実家でくつろぐペリンと愛犬のマイロ

 

 キッチンのテラスから沈む夕陽と刻々と変る海と空の色を見ていると、ペリンの父親のハサンさんが仕事を終えて帰ってきた。

「東京ではペリンのために色々とありがとう。今夜はワシの行きつけのメイハネに行こう。ラクは好きかな? 先日ギリシャで買ってきたとっておきのラクがあるから、今夜はそれを開けよう、ハッハッハ」

 大声で豪快に笑うハサンさんは地域のガスステーション会社の社長。今では会社は部下たちに任せ、週末ごとにシェヴァルさんとともに車に乗って隣の国、ギリシャの保養地を訪れているという。 

「大きな声では言えんが、ワシはギリシャが大好きなんだ。お酒も美味しいし、食材が良いんだよ。でも、今夜連れていくメイハネはこの町で一番シーフードが美味いんだ」

 

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ペリンのお父さん、ハサンさんは帰宅するなり、ギリシャ土産のラクのボトルを取り出した

 

 父の会社で働くペリンの弟、ムスタファを待って、五人でハサンさんのドイツ車に乗り込み、今度は来た道を東へ戻る。ビュユックチェクメジェの扇型に広がる入り江の東側、海沿いに続くプロムナードの途中で車を停めると、湾に向かって細長い埠頭が伸び、その先の海の上に日本の八角堂寺院を平たくしたような正八角形の建物が浮かび上がっていた。『Albatros Restaurant』だ。

 大きなガラスの窓が付いた八角形の建物の上に、八角形の屋根を互い違いに二層に組み合わせてあり、店内は天井が高く、明るく、広々している。席の数も200以上はありそうだ。

 

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マルマラ海に浮かぶアルバトロス・レストラン

 

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レストラン入り口の冷蔵庫には活きの良い鮮魚が! タイにスズキにオニカサゴ!

 

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アルバトロス・レストランの広い店内

 

 着席するとウェイターがすかさず本日のメゼ全15種類を大きなお盆に乗せて運んできた。焼き茄子のオリーブオイル漬け、焼き茄子のトマトソース、アッケシソウのオリーブオイル漬け、アーティチョークのオリーブオイル漬け、焼き赤パプリカのオリーブオイル漬け、チーズを詰めた赤唐辛子のピクルス、葡萄の葉のご飯詰め、水切りヨーグルトの赤唐辛子オイルかけ、トマトと卵の炒め物、トマトと唐辛子のペースト、タコのサラダ、イカゲソのサラダ、サバのマリネ、カツオの塩漬け、ムール貝の炊き込みご飯詰め、スズキのマスタードソース……海沿いのメイハネだけに海の幸が目立つなあ。

 

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ウェイターが本日のメゼをワゴンで運んできた

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ワゴンの上には12種類のメゼ

 

 その中から、水切りヨーグルトの赤唐辛子オイルかけ、タコのサラダ、カツオの塩漬け、スズキのマスタードソース、ムール貝の炊き込みご飯詰めを選び、さらに季節のサラダを頼む。ここまでが冷たい前菜だ。

 

 この連載第14回で取り上げた水切りヨーグルトの赤唐辛子オイルかけ、トルコ語で「アトム」は僕の大好物。お酒に合い、作るのも簡単なので出張メイハネでも定番メニューとなっている。

「君はアトムが好きか。ラクとアトムの相性は最高だ。アトムが好きな人間に悪いヤツはいないね」

 とハサンお父さん。その話、2016年夏のアナムルでお世話になったレジェップ父さんにも聞かされた気がする……トルコの飲ん兵衛オヤジは皆同じ事を言うのかも……。

 

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アトム、水切りヨーグルトの赤唐辛子オイルかけ。

 

 トルコの飲ん兵衛オヤジならマスト! トルコ料理のタコは簡単に噛み切れるように一時間以上も煮込んでしまう。そこまで煮ても味が十分残っているのだからタコはすばらしい食材だ。でも僕が作る時は圧力鍋と蒸し器を使い、少なめの水で蒸煮にして、少しでも味を外に出さないようにしている。

 

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圧力鍋で柔らかく煮たタコのサラダ

 

 トルコのカツオの塩漬けは僕はまだ再現したことがない。氷水を頻繁に換えながら一日かけて血生臭さを流し、冷蔵庫で一週間も塩漬けにし、最後に流水で余分な塩分を流してからサーブすると聞いた。水分が十分に抜けていて、口の中でトロっと溶ける食感にはそれだけの手間がかかるのだろう。

 

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カツオの塩漬け。作り方を覚えたいなあ

 

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スズキのマスタードマリネ

 

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季節のサラダ。トルコのサラダは真冬でも緑黄色野菜が中心でチーズもかかせない!

 

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ムール貝の炊き込みご飯詰め、ミディエ・ドルマス。

 

 温かい前菜はマルマラ海らしいイカのリングフライ、そしてバルック・ココレッチだ。

 ココレッチとはよく洗浄した乳飲み仔羊の小腸や大腸をタイムやクミン、赤唐辛子で漬け込み、金串の周りに円筒状になるまで巻きつけ、炭火グリルの上に水平に置き、横方向に回転させながら焼き、ナイフで削ぎ落としてパンに挟んでいただくファストフード。ドネルケバブなどと比べてクセと臭みがあるため、好き嫌いがはっきりしている。そしてバルックは魚という意味。「魚のココレッチ」とは一体どんな料理だろう? いくらなんでもトルコ人は魚の内臓の料理は食べないだろうし……。

 しばらくして、出てきたのは円形の耐熱皿ギュヴェッチに小エビ、イカやタコ、ムール貝、青唐辛子、にんにく、赤パプリカ、トマト、マッシュルームを細切れにして、バターとプルビベール(赤唐辛子粉)、ケキッキ(タイム)を効かせてオーブン焼きにしたものだった。様々な魚貝を小さく刻んで入れているので、確かに見た目がココレッチに似ている。

 

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初めて食べるバルック・ココレッチ 魚貝とバター、赤唐辛子が効いていて美味い!

 

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イカリングフライ

 

 熱々のところをパンですくって頬張ると、これは美味い! 様々な魚貝の味がバターとともに混じり合い、赤唐辛子のパンチもイイ! ハ、気がつくと、僕とハサン父さんだけがガンガンにラクを飲み続けているようだ。

「おや、今夜はラクが一瓶空きそうだ。うれしいねえ。日本は10年ほど前に家族旅行で訪れたことがあるんだよ。サケ(日本酒)が美味かったねえ。旅先で飲むお酒は忘れられないよ」

 続いてメインディッシュは三人分の大きな耐熱皿で焼かれたオニカサゴのギュヴェッチ、そしてスズキの塩焼き。

 全身をオレンジ色の毒ヒレで武装したオニカサゴはイスタンブルの魚屋の店頭でよく見かけていたが、今回食べるのは初めてだ。その身はハモのようにフワフワで美味いなあ。

 スズキは東京に住んでいるとなかなか手に入りにくい魚。トルコや地中海諸国では様々な料理に用いられる。塩焼きにすると、川魚のように淡白な味が引き立ち、ラクがますます進んでしまう。

 

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オニカサゴのギュヴェッチ。オニカサゴの身はハモのようにフワフワ!

 

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スズキの塩焼き。シンプルだが美味い!

 

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ペリンと上品で物静かなシェヴァル母さん。

 

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ラクが入って、ハサン父さんは赤ら顔に!

 

 店内には余計なBGMもなく、ただカモメの鳴き声とマルマラ海の波の音が「ザバー~」と聞こえてくるのがなんとも風情がある。真冬なのでちょっと寒々しいかもしれないけれど。

 食後にお店からのサービスでフルーツの盛り合わせが運ばれてきた。気持ちの良い夜だ。

 

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食後のデザートはヘルシーなフルーツ盛り合わせ

 

 ペリンやハサン父さんからは「我が家に泊まっていきなさい」と勧められるが、明朝も取材なので、いったん都心のホテルに戻ろう。ペリン一家と記念撮影を撮ってもらい、ハサン父さんにメトロビュスの西の終点ベイリッキドゥズ駅まで車で送ってもらう。

「次回は友達を連れて夏に来なさい。仔羊丸ごと一頭を焼いてマンガル(バーベキュー)しよう! その際は美味しいサケを一瓶忘れずに持ってきてくれたまえ」

 はるばるペリンに会いに来たつもりだったのに、メイハネの帰り道にはオヤジさんと一番仲良くなっていた。ふ~、これもオレの中東旅のお決まりのパターンなんだろう。

 

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ペリンの家族四人とともに記念撮影、左は弟のムスタファ

 

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アルバトロス・レストランから岸を見渡す

 

 

バルック・ココレッチの作り方

 さて、今回は早速バルック・ココレッチを作ろう。

 手間がかかるが、せっかくなら生のイカ、タコ、エビ、貝、白身魚を使って作ろう。面倒なら、味は落ちるが冷凍のシーフードミックスで一部代用しても良いだろう。

 

■バルック・ココレッチ

【材料:直径25cmの耐熱皿】

イカゲソ:1杯分(100g)

茹でタコの足:小1本(100g)

活きアサリまたはムール貝:150g(またはアサリ缶詰:小1缶)

水:1/2カップ

月桂樹の葉:1枚(粗みじん切り)

むきエビ:50g(粗みじん切り)

スズキやタラなど白身の魚:50g(粗みじん切り)

オリーブオイル:小さじ2

にんにく:1かけ(みじん切り)

青唐辛子:2~4本(粗みじん切り)

赤パプリカ:1/4個(粗みじん切り)

マッシュルーム:6個分(粗みじん切り)

トマト:1個(粗みじん切り)

 

塩:小さじ1/4

ケキッキまたは乾燥タイム:小さじ1/2

クミンパウダー:少々

プルビベールまたは韓国の赤唐辛子粉:小さじ1

バター:30g

 

【作り方】

1.圧力鍋に水、月桂樹の葉、イカゲソ、茹タコ、活きアサリまたはムール貝を入れ、フタをして火にかけ、イカとタコが柔らかくなるまで、3~5分加圧する。火を止めて、減圧するまで待ち、イカとタコ、活きアサリまたはムール貝を取り出し、それぞれ1cm角に刻む。

2.オーブンを230度に温めておく。

3.フライパンにオリーブオイルとにんにくを熱し、香りが出てきたら、青唐辛子、赤パプリカ、マッシュルーム、トマトを足して、表面に油が回るまで炒める。

4.①のイカ、タコ、アサリまたはムール貝、粗みじん切りにしたむきエビとスズキ、塩、ケキッキ、クミンパウダー、プルビベールを加え、全体に混ぜあわせてから、一旦火を止める。

5.表面にバターを塗った直径25cmの耐熱皿に移し、上に残りのバターを散らし、230度のオーブンで10分焼けば出来上がり。お好みで更にケキッキやプルビベール(分量外)をふりかけ、熱々のまま食卓へ。

 

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バルック・ココレッチ完成!

 

*「イスタンブル・ガストロノミー・フェスティバル2017」HP→www.istanbulgastronomyfestival.com/en/

 

*次回からはトルコ編をお届けします!

 

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。次回もお楽しみに! 〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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