ブーツの国の街角で

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#30

ラヴェンナ:スタンプラリー感覚で巡る世界遺産のモザイク

文と写真・田島麻美

 

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  イタリアで暮らし始める以前はこの国に関してわずかな知識しか持っていなかった。パスタとエスプレッソとルネッサンス、そして古代ローマ帝国ぐらいしか知らなかった私は、ここで暮らすようになってからたくさんの嬉しい発見をした。料理や歴史、アート、音楽などその発見は各分野にあるのだが、中でもとりわけ魅了されたのが「モザイク芸術」だ。古代ローマ時代の遺跡にも数々のモザイク画が残っているように、イタリア人の暮らしとモザイク装飾は深いつながりがあり、歴史も長い。そのため、イタリア各地の主な教会や王宮などには素晴らしいモザイクがいくつも残っているのだが、特に「モザイク芸術の宝庫」として知られているのがエミリア・ロマーニャ州の古都ラヴェンナである。今回は、ユネスコの世界遺産にも登録されている『ラヴェンナの初期キリスト教建築物群』の至宝のモザイク芸術の数々とラヴェンナの魅力をご紹介しよう。
 

 

 

 

 

共通チケットと地図を片手にモザイクを巡る

 

 

 

  アドリア海に面した港を持つラヴェンナの街は、戦略的、商業的、政治的な意味において古代ローマの時代からイタリアの重要な拠点であった。5世紀には西ローマ帝国の首都となり、6世紀には東ローマ帝国ラヴェンナ総督領、その後8世紀までビザンチン帝国の西方の首都として栄えてきたという歴史を持っている。ユネスコの世界遺産に登録されているモザイク芸術と教会建築群は、ラヴェンナが栄華を極めていた5〜6世紀に建設された。
   ビザンチン芸術の最高峰とも評されるモザイクを見に、旧市街のポポロ広場からサン・ヴィターレ聖堂へと向かった。
サン・ヴィターレ聖堂のチケット売り場へ行くと、窓口のお姉さんが「この共通券で街の主なモザイクが見られるスポットに入れますよ」と言いながらチケット(9,50€)と地図を渡してくれた。見ると、サン・ヴィターレ聖堂、ガッラ・プラチディアの霊廟、ネオニアーノ洗礼堂、サンタッポリナーレ・ヌオーヴォ聖堂、大司教館の礼拝堂の5つのスポットにこの一枚のチケットで入場できると書いてある。7日間有効なので、1日で駆け足で回らなければ、という心配もない。スポットがポイントされた地図を眺めながら、「よし! 全部のモザイクを制覇するぞ!」という意欲が湧いてきた。地図とチケットを握りしめ、スタンプラリーに参加したような気分でワクワクのモザイク巡りがスタートした。
 

 

 

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 鉄道駅から徒歩10分でラヴェンナ旧市街の中心ポポロ広場に着く(上)。中世の面影が残る小さな旧市街。車の出入りが制限されているため、快適な街歩きが楽しめる(中)。ラヴェンナのモザイク共通券はサン・ヴィターレ聖堂他共通券が有効のモニュメントのチケット売り場で購入できる。ガッラ・プラチディアの霊廟への入場には3〜6月中旬の期間のみ共通券プラス2€が必要(下)
 

 

 

 

 

1500年前とは思えない色鮮やかなモザイクに感嘆

 

 

 

   スタンプラリーの第一ポイントであるサン・ヴィターレ聖堂(タイトル写真)は聖ウィタリスの聖遺物を祀る霊廟として6世紀に建てられと言われているが、その建築の経緯はいまだに謎に包まれているそうだ。入り口で共通券にパチンと穴を開けてもらい、早速聖堂内へ。薄暗く、古代ローマの遺跡のようにがらんとした内部を見渡し、正面の内陣に目を向けるや否や思わず息を飲んだ。天井まで埋め尽くす豪華絢爛な黄金のモザイクが天窓の日光を反射し、文字通り眩しいほどに輝いている。内陣にはイエスを中心に、ユスティニアウス帝、皇妃テオドラ、天使や羊などが金と紺、緑のモザイクによって描かれている。1500年も経っているとはとても思えない鮮やかな色彩に、自然と感嘆のため息が漏れる。
  サン・ヴィターレ聖堂の隣には、ラヴェンナで最も古いモザイクとして名高い「ガッラ・プラチディアの霊廟」もある。ローマ皇帝テオドシウス1世の娘であり、後に西ローマ皇帝コンスタンティウス3世の皇后となったガッラ・プラチディアは敬虔なカトリック教徒で、いくつもの教会にさまざまな寄進をした。5世紀に建てられたこの建物も、元はサンタ・クローチェ教会に付属する建築物としてガッラ・プラチディアが寄進したものだったが、結局、彼女自身がここに埋葬されることとなった。霊廟内は黄金一色だったサン・ヴィターレ聖堂のモザイクとはうって変わり、壮大な宇宙を思わせる深いブルーと金で統一されている。生涯を通じて敬虔なカトリック教徒であった高貴な女性にふさわしい威厳と優しさに満ちたモザイク装飾で彩られた霊廟内は、今なお当時のままの輝きを放ち、私たちを魅了し続けている。
 

 

 

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 黄金のモザイクに圧倒されるサン・ヴィターレ聖堂内(上)。外観はとても質素な煉瓦造りのガッラ・プラチディア霊廟(中)。霊廟内は当時のままの美しさと輝きを放つブルーと金のモザイクで装飾されている(下)
 

 

 

 

 

黄金のモザイクの秘密

 

 

   

    スタンプラリーの地図を頼りに、サン・ヴィターレ聖堂から次なるポイントのサンタッポリナーレ・ヌオーヴォ聖堂に向かう途中、通りの各地にあるモザイクのショップや工房が目についた。あんなに見事なモザイク芸術を見せられてしまうと、モザイクそのものへの関心は否応無く高まってくる。お土産探しを兼ねて一軒のモザイクショップへ入ると、中には職人さんが実際に作業している工房もあった。チャンスとばかりに早速質問してみた。「こんにちわ。たった今、サン・ヴィターレ聖堂のモザイクを見てきてとても感動しました。ラヴェンナのモザイクって、本当に綺麗ですね!」と話しかけた私に、職人のおじさんは手を止めて付き合ってくれた。
「そうでしょう? イタリアのモザイク芸術はヴェネツィアが中心だと勘違いしている人も多いけど、歴史的に見てもモザイクの本場はここラヴェンナなんだよ。ラヴェンナのモザイクの技術はビザンチン帝国から伝わってきたんだ。千年以上経っても色褪せないモザイクは、『永遠の絵画』とも呼ばれている。ラヴェンナの古いモザイクには本物の金が使われていて、ガラスの色彩もとても鮮やか。だから光が当たるとキラキラ輝くんだよ」。職人のおじさんは話し出したら止まらず、モザイクの基礎となるテッセラというガラス片作りから一連の作業まで、事細かに説明してくれた。とりわけ興味深かったのは、「テッセラは平面ではなく立体的に埋めて作品を仕上げる」ということ。平面に均一に綺麗に並べるのではなく、ガラスの破片の不均一な形を利用し、さらにそれを立体的に埋めて行くことで、太陽がどの方向から当たっても、あるいは見学者がどの角度から見ても、モザイクが光に反射してキラキラ輝くようになるのだそうだ。古代ローマのモザイク画も素敵だが、そう言われてみると確かに平面的で躍動感に欠ける気がする。それに対し、ビザンチン芸術の至宝と言われるラヴェンナのモザイクは、あらゆる光を反射して見るものを圧倒するような立体感がある。
   この説明を聞いた後に訪れたサンタッポリナーレ・ヌオーヴォ聖堂では、モザイクの光に注意を払って見るようにした。なるほど、内部を覆った黄金の巨大なモザイク画は、私がどの方向に動いても、立っても座っても、キラキラとした輝きを放っている。見る角度によって光の当たる部分が変わるので、モチーフの人物の表情が微妙に変化して見え、それが躍動感に繋がっているのだと初めてわかった。残る3カ所のモザイクを見るのが、ますます楽しみになってきた。
 

 

 

 

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ラヴェンナの街中や主要なモザイクがあるモニュメントのブックショップではモザイクの可愛いお土産がたくさん見つかる。街にはモザイク職人を目指す人のための学校や芸術院、工房も数多くあり、ショップを兼ねている工房では実演も見られる(上)。サンタッポリナーレ・ヌオーヴォ聖堂の外観(中)。聖堂内には6世紀の当時のままの黄金のモザイク画が残っている(下)
 

 

 

 

 

満足感たっぷりのファーストフード「ピアディーナ」

 

 

   共通券で見学できるモザイクは5ヶ所あるが、世界遺産に登録された建築群はその他にも3ヶ所ある。郊外のサンタッポリナーレ・クラッセ聖堂、テオドリック廟、アリアーニ洗礼堂の3スポットもまた、ラヴェンナのモザイク芸術を語る上では欠かせない。1日で3つのスポットを制覇したが、まだまだ先は長そうだ。
  夜、明日のプランを練りながら軽い食事をしようとエノテカに入った。一人旅だったのと、歩き疲れたので手早く夕食を済ませて宿へ戻りたかったのでレストランは避けてエノテカにしたのだが、これが大正解! エミリア・ロマーニャ州は美食の宝庫として有名だが、ラヴェンナもその例に漏れず、軽食でも十分満足できる質とバラエティが揃っている。
  赤ワイン「サンジョベーゼ・ディ・ロマーニャ」をグラスで頼み、それに合う郷土の味の盛り合わせをお任せすることにした。運ばれてきたのは、サラミ、モルタデッラ、生ハムとスクアクエローネと呼ばれるロマーニャ地方のチーズ、そして薄いパン。噛みしめるほどに味が深まるサラミと生ハム、トロッとした食感とあっさり塩味のチーズが赤ワインにとてもよく合う。トルティーヤのような薄いパンは「ピアディーナ」というこの地方伝統のパンで、サクサクした歯ごたえが特徴。このパンの中にチーズ、サラミ、ルッコラなど好きな具を挟んで食べるのだが、これがたまらなく美味しい。一杯のグラスワインと共にいただくには最高の料理だ。ピアディーナは街中に専門店もあり、ふらっと立ち寄れる地元のファーストフードとして人気を集めている。残りのモザイク巡りのお供に、明日はピアディーナをリュックに入れて歩こうと決めてワインを飲み干した。
 

 

 

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パルマ産プロシュット(生ハム)、サラミ、モルタデッラ、カポコッロとチーズ「スクアクエローネ・ディ・ロマーニャ」そしてピアディーナ。どれも赤ワインにぴったりのおつまみ(上)。ピアディーナはそのまま食べても良し、サンドイッチにしても良し。熱々の中に生ハムとスクアクエローネを挟むとパンの熱で具がとろっと溶けて絶妙な美味しさになる(下)
 

 

 

 

★ MAP ★

 

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<アクセス>

ローマからユーロスターなど高速鉄道でボローニャまで約2時間、ボローニャから各駅電車に乗り換え1時間20分。
 

 

<参考サイト>

・ラヴェンナ観光情報(英語)
http://www.turismo.ra.it/eng

 

 

 

 

 

 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2月22日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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