東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#30

ミャンマー国鉄の迷路〈7〉

文・下川裕治 

どの路線とも交わらない単独線がある!?

 終着駅のヤッサウに着いた。外国人に開放されてそれほど月日がたっていない街である。駅ではイミグレーションの職員だという男たちが4人、僕らを待ち構えていた。
 駅長室に入れられ、とり調べがはじまった。旅の目的を何回も聞かれた。外国人に開放されたことは認識しているようだった。ひょっとしたら、この駅に降りたったはじめての外国人なのかもしれなかった。職員には対応に戸惑う空気もある。職員のボス格の男の息は酒臭かった。僕らを待っている間に一杯やっていたらしい。同じ質問が繰り返され、若い職員がパスポートの内容を台帳に記入していく。
「ここまで調べれば、上からなにもいわれないだろう」
 そんな雰囲気が漂いはじめ、僕らは解放された。すると彼らは、バイクで街まで送ってくれるという。彼らの顔は田舎の役人風情に戻っていた。
 翌朝、バスでタウンジーに出た。
 タウンジーでは、ひとりの日本人女性と会った。以前、取材でお世話になった人だった。彼女がこんなことをいった。
「鉄道っていえば、近郊の村とタウンジーの市場を結ぶ路線がありますよ。1日1往復走ってます」
「はッ? 昨日、ニャウンシュエの駅で職員に確認したけど、ニャウンシュエの駅はターズィーとヤッサウを結ぶ路線しか通っていないと……」
「村と市場を結ぶ路線は、どの路線とも接していないから」
「はッ?」
 日本人女性の顔が悪魔に見えた。そんな路線がミャンマーにはあるのか。
 ヤンゴン駅で確認したが、全国の運行路線は正確にわからなかった。現地に出向き、訊いてみるしかないと自らを叱咤してここまで列車に乗ってきた。それぞれの駅で、注意深く、接する路線を調べてきたつもりだ。ところが、どの路線とも交わらない単独線がミャンマーの大地を走っているというのだ……。
 なんという国だろうか。
 タウンジーに1泊し、村と市場を結ぶ鉄道に乗ることも考えてみた。ミャンマーを離れる日は近づいている。乗ることができる路線は限られている。未乗車区間はまだいくつもある。再びミャンマーに来なければならないが、その効率を考え、残りの3日間で乗る路線は決めていた。ところが新たな路線がみつかってしまった。この先、さらに知らない路線が出現する可能性もあった。
 効率……。
 ミャンマーの鉄道旅では考えてはいけないことなのだろうか。費用はかさむばかりだった。

 

 

アウンバンからロイコーへ

 当初の予定通り、先に進むことにした。まだまだ、ミャンマーの未乗車路線は残っているのだ。
 気をとり直して、バスでアウンバンに出ることにした。この駅は前日、ヤッサウに向かう列車が停車した駅だった。ここからロイコーに向かう路線がのびていた。1日1便。距離は140キロほどだが、11時間もかかる。平均時速13キロ。自転車より遅い。言葉も出ない。
 翌朝、アウンバンの駅でロイコー行きを待った。午前3時にターズィーを出た列車が、45分ほど遅れて到着した。午前11時をまわっていた。アウンバンの駅で車両の付け替えに手間どっていた。その様子を眺めながら、少し寂しくなった。アウンバンまでは数両の客車が連結されていたが、ここからは客車1両、貨物1両になってしまうのだ。そんな路線だった。
 列車はシャン州の高原をマイペースでとことこと進んでいく。トウモロコシや豆が植えられた畑が絨毯のように広がる丘陵をうっとりと眺める。
 列車はインレー湖の南端をかすめ、小さな駅に丁寧に停まっていく。乗降客は少なく、無人駅も多い。駅では弁当も売っていなかった。ビンロンという、比較的大きな駅に売店が1軒あった。そこで買ったパンをかじりながら、ただ車窓を眺めるしかなかった。
 天候はめまぐるしく変わった。高原だからだろうか。スコールが3回も通りすぎていった。雨があがると、遠くの山の頂に日が差し込んでくる。
 暗いロイコーの駅に着いたのは夜の9時すぎだった。アウンバンから乗っていた客は3人だけだった。車内をうろうろしていた老人は、ホームにいた警察官に問い詰められていた。どうも切符をもっていないようだった。
 駅員が不審げに僕を見つめた。
「明日、アウンバンに戻るんですけど」
 列車は翌朝の午前3時に出発するという。

 

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ロイコーまでの路線の駅前は寂しい。店も数えるほどしかない

 

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牽引する機関車は、しばしば修理。相当に老朽化しているようだ

 

 

※地図はクリックすると拡大されます

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*2012年のミャンマー鉄道旅行記は、双葉文庫『不思議列車がアジアを走る』に収録されています(第三章ミャンマー ヤンゴン環状線「窓ガラスのない木造列車は、南国のスコールも吹き込む」)。そちらもぜひお読みください。

 

 

*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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