越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#30

タイ・フアイコン~ラオス・ナムグン

文と写真・室橋裕和

 

 情報のない国境ポイントを探して、タイ北部の山中を迷い歩く。それはいったいどこにあって、どうやって行けばいいのか。本当に外国人も通過できるのだろうか。
 

 

国際国境を目指して、タイ北部の田舎町を右往左往

 メガロポリス・バンコクからLCCノックエアでおよそ1時間30分。降り立ったナーン県は、シャレではないがなーんにもない、きわめつけの田舎であった。空港からさびついたトゥクトゥクで街の中心部に出てみたが、1階に古びた商店が入った低層のタウンハウスが並び、人はまばらで、ときおり思い出したように車が通り過ぎるのみ。これが本当に県庁所在地なんだろうか……。とっても空が高い。
 ぼんやり過ごすにはいい街のようだ。しかし、僕が目指すのはここではない。この県の最北端に、どうも国際国境があるようなのだ。
 だが越境についての情報はほとんどなかった。外国人でも通行できた、という断片的な英語の体験談がわずか、ネット上にあるばかり。本当に通過できるのだろうか。いったいどんな場所なのだろうか……妄想するほどに旅欲が抑えられなくなっていく。行って、確かめるしかあるまい。

 

01

ナーン市の数少ない観光スポット、プラタート・カオノーイ寺院から市内中心地を見渡す

 

 こんな静かな街でも旅の道先案内人・バイクタクシーはしっかり営業しているのがタイのいいところだ。木陰でなにやらタイ風の将棋に興じているバイクタクシーのおじさんたちに話しかけてみると、「バスターミナルなら50バーツ(約160円)でいいぜ」と酒臭い息にまみれたお答え。かたわらのセンソム(タイウイスキー)も頼もしい。もの欲しそうな顔をすると確実に一杯勧められ、旅が止まってしまうので、ここはじっと我慢をして後部座席にうちまたがる。
 ハンドルを握ると意外に運転はしっかりしており、ものの数分でバスターミナルについた。これならもっと安くてよかったな……酔っ払っていても、とりあえず相場をいくらか上回る額を言ってくるのは忘れないらしい。僕の渡した50バーツ札はきっと、帰り道にビールか氷か炭酸に化けるだろう。
 バスターミナルもまた、気だるげであった。タイの賑わっているターミナルであれば、どこへ行くのかチケットは買ったかと係員が飛んできて、窓口からは目的地を呼ばわる声がかかる。行き交う旅客たちからも高揚感が感じられるものだ。
 しかしナーン・ターミナルにはバスもまばら、客は数えるばかり、窓口をのぞきこんでみれば係員のおばさんは突っ伏して昼寝の真っ最中であった。
 これはいったいどうすれば……悩んでいると構内に古びたタテ看板を見つけた。ナーン県の地図である。このターミナルから行ける場所が網羅されているらしい。縮尺はともかく表記されている地名は、Google Mapsよりも地球の歩き方よりも詳しいではないか。さすがは地元。中学校の時分、社会科の教材に使われた地図帳にハマッて以来、僕は地図を偏愛している。いまでも枕元に『帝国書院・新詳高等地図』を安置させているほどなので、ナーン県全図に思わずかぶりつき、バッシバシと写真を撮りまくる。
 その端っこをよく見れば、かすれた文字で「Huay Kone Border Pass」とあるではないか。まさかの英語表記、さすがは県庁所在地である。外国人の通行ができるかどうかはわからないが、とりあえず目的地は判明した。
「フアイコーン、フアイコーン」
 やる気皆無の係員や、物売りのおばさんたち、野良猫にまで連呼してはみるが、首を振られるばかり。あやしい外国人だと思われているだろうことを差し引いても反応は薄い。
 これはトゥクトゥクかなにかチャーターするしかないかな……そう思っていたら「ロットゥーならあるよ」と声がかかる。「あたしも待ってるんよ」大きな段ボールをわきにしたおばちゃんいわく、乗り合いバンがたまに出るのだそうだ。ひとつ、ほっとする。行けるんだ。
 が、出発は2時間ほどの後のことだった。乗客でバンがいっぱいになるまで根気強く待つのが、タイのみならずアジアの田舎のルールである。

 

02

県内のさまざまな見どころがバッチリ掲載されたナーン最強マップ。とはいえ滝と寺しかないのだが……

 

 

ラオス人ご一行と国境ドライブ

 ようやく出発したバンは、すぐに山間部に入っていった。国道101号線の左右には、手つかずの森林や田畑、ささやかな村などが広がる。道路も無視して放牧されている牛の群れを行き過ぎる。
 国境が近いため、こんな辺鄙な山道でも、時おり軍や警察の検問で足止めされる。そのたびに身分証明書のチェックがあるのだが、我が真紅のパスポートを見せるとたいてい相手はギョッとする。こんな場所に日本人とは、いったい何者か、と怪訝な顔をされるのだ。しかし、詰問されるわけでもなく、そのまま通過させてくれる。つまりこの先に開いているのは、外国人も通行できる国境ということなのだ。僕は確信を深めた。
 検問でほかの乗客たちが提示しているのは、ラオスのパスポートだった。両国間の地域住民だけが使える、簡単な越境証明(ボーダーパス、というらしい)だけを出している人もいる。ここはまだタイであるのに、タイ人は運転手だけなのだった。
「ふだんはタイで働いている人もいるし、タイの親戚を訊ねる人もいる。あたしはタイに買い物だよ」
 と先ほどのおばちゃんは足元の段ボールを示した。このあたりまでくると、国はタイだが、言葉や文化はどちらかというとラオスであるらしい。一方、タイの物資はラオス側に広く浸透している。
 ふたつの国はきわめて近い関係にある。その境目では互いが互いを侵食しあい、交じり合い、どちらともつかないミックスカルチャー状態をつくりあげている。だから僕のヘタなタイ語も、ラオス人のおばちゃんたちは理解してくれる。その混淆ぶりに僕は惹かれる。彼らは僕たちが隣の県や町に行く感覚で国を行き来する。国境を越えることは生活の一部に過ぎない。
 このあたりが、陸路国境のない日本人にはいまひとつ実感できないし、また魅力的に映るところなのだと思う。

 

03

ラオス国境のド僻地を走るにしては、けっこうイケてる乗り合いバン

 

 

ついに入国拒否?

 薄く霧が漂う。いつのまに標高が上がったのか、寒い。2時間ほどの山間ドライブが終わり、降ろされたのは、思いっきりジャングルのド真ん中なのであった。その中を切り裂くようで伸びていく道路とプレハブがひとつ。ここ、本当に国境なの? アセッておばちゃんに聞こうとしたが、乗客たちはぞろぞろとプレハブに歩き出していた。あわてて後を追う。工事現場の仮設オフィスみたいなこの恥ずかしいプレハブが、どうもナーン県国際イミグレーションであるらしい。
 パチンコ屋の換金窓口のような窓口にパスポートを差し入れてみる。係官はハッと顔を上げ、僕を見つめた。深刻な面持ちに、ヒヤリとする。まさか……。
 質問もなくパスポートをスキャンするでもなく、係官は僕のパスポートを持ち去ってしまった。そして狭いプレハブの中で係官同士なにやら額をつきあわせて、渋い顔でひそひそ話しあっているではないか。その輪の中心には僕のパスポートがあった。ぱらぱらとめくり、ひっくりかえし、ああでもないこうでもないと議論をしている。
 ここは国際国境ではないのだろうか。まさかの入国拒否なのだろうか。バンの乗客たちが次々と通過していく中、僕はひとり取り残されてしまった。
 やがて上官らしきおじさんがやってきて、僕レベルの中学英語で聞いてきた。
「日本人かね。どこへ行くんだ」
「ララ、ラオスです。ここは外国人も通れる国境と聞いています」
 そうなのかね? と隣の係官に訊ねる上官氏。やや不満げな様子で、パスポートをめくる。
「でも、ラオスのビザがないぞ」
「ミスター、日本人はラオスに入るのにビザはいらないんです」
 ムムッ、という顔をしてちょっと考えた後、氏は出国スタンプを押してくれるのであった。これで納得しちゃうんだ……。

 

04

このプレハブで出入国を管理しているからすごい。タイでもとりわけ小さな国際国境だろう

 

 

またひとつタイ=ラオス国境を制圧

 この国際国境の管理にやや不安を覚えつつも、とりあえずはタイ出国である。イミグレ小屋の先には、ジャングルを切り拓いた道路が延々と続いていた。あの向こうがラオスであるらしい。遠くに先ほどのおばちゃんの後姿も見える。バイクタクシーやトゥクトゥクなどもないようなので、僕もこの無国籍地帯を歩いていくことにした。
 30分ほど炎天下をトレッキングし、汗だくになる頃ようやくラオス側の建物が見えてきた。こちらでは日本人をめずらしがってくれることもなく、淡々と入国スタンプをいただけた。
 ミッション・コンプリート。
 パスポートに記された新しいNamngeunという地名を愛で、タイ=ラオス国境の完全制覇にまた一歩近づいた手ごたえを確かなものとする。
 しかし、この旅はまだまだ先が険しそうだった。
「バス? ないよ。ロットゥーもない」
 こともなげに言うイミグレ係員。タイから同道してきた人々は、ラオス側から迎えに来た家族や友人のバイクや車でさっさと移動していく。
「そのずーーっと向こうの食堂のとこに、たまにトゥクトゥクが来るから、聞いてみるといいよ」
 もうひと仕事だ。旅は先が読めないから面白いのだ。

 

05

ラオス側の国境ポイントにも、なにもなかった。ゲートの向こうに小さな事務所があるだけ

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*筆者が編集・執筆に携わる個人旅行ガイド本、『最新改訂版 バックパッカーズ読本』が7月中旬に発売予定です。ぜひお楽しみに!

 

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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