京都で町家旅館はじめました

京都で町家旅館はじめました

#29

宿と京都の近況〈3〉再スタートに四苦八苦

文・山田静

 俺たちだって、殴られてばっかりじゃいねーよ。

 

 とか勢いよく前回締めくくったものの、6月中旬、大文字山の山頂で私は山の空気を満喫していた。

 

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山頂から市内を望む。大文字山は人気のハイキングルートだが、8月16日に「大文字焼(五山送り火)」の「大」の字が灯される宗教的な存在でもある。今年の送り火は規模を縮小しての開催となったが、8月8日、何者かが勝手に「大」の字を点灯してニュースになった

 

 みなさまご存知の通り今に至るまで観光業、宿泊業はまるっっっっっっきりぱっとしない。なにより自分が旅に出られないのがツラい。じっとしているのに飽き飽きして、6月からついに歩き出してしまった。

 京都盆地をぐるりと囲む東山・北山・西山を踏破する全長80キロあまりの「京都一周トレイル」である。平日のひとり山行なら感染リスクも減らせそうだし、我ながらナイス思いつき。1回10キロ程度を歩いて全8回で踏破する目標を立てて、実はね、今度の週末、7回目に行こうと思ってるんですよ……

 って、そういう話じゃなかった。このトレイルコースはまたどこかでご紹介できればと思う。

 今回は、そうです。しょぼしょぼな状況のなかにもいろいろあった、5月以降の振り返りだ。

 

静まりかえった京都で

 5月いっぱい、楽遊は完全休業となった。

「春はあきらめるけど、10月にいちばんいい部屋を押さえておいて」とキャンセル後改めて予約してきたスペイン人。「私が行くまでどうぞ皆さん、身体を大事にしてね」と6月の予約をキャンセルした中国人リピーター。予約は着々と減っていく。

 もはや残念とかそういう気持ちは浮かばず、(どうかそっちも身体に気をつけてね)と思いながら淡々と事務処理をするのみ。緊急事態宣言下、日本人からの予約もストップした。

 が、静まりかえった楽遊のロビーで、私は意外と忙しかった。増築を機にリニューアルするWebの原稿を書いたり、慣れないZOOMでの会議に参加したり、レギュラーのライター仕事をしたり、各種補助金をチェックしたり、前年度の確定申告書類を作成したり。

 確定申告については、新型コロナウイルスの影響で提出締め切りが無期限になったのをいいことにほったらかしていたわけだが、「持続化給付金」申請条件のひとつが、確定申告が終わっていること、なのだ。

 前年同月比で収入が半減した事業主やフリーランサーが申請できる持続化給付金。休館が続き売上ゼロの楽遊からフリーランス・マネージャーである私の賃金をひねりだせるはずもなく、持続化給付金、まさにいま必要。ちなみに社員であるマネージャー陣とバイトの給与は雇用助成金でまかなうことにしていた。

 自慢じゃないが書類仕事は死ぬほど苦手だ。事務担当者が楽遊がらみの各種申請書類のほとんどを引き受けてくれてはいたが、それでも現場で整える書類はある。ロビーのメインテーブル上は各種申請書や説明の紙だらけ。10分やってコーヒーを飲み、10分やっておやつを食べ、10分やって「草むしりでもしようかな」なんて庭に出て、10分やって椅子にもたれて天井に向かって「あーー!!!」と叫び……と、生産性ゼロだ。

 こういうのが得意だったら会社勤め続いているし。

 

 ぶつくさ言いながら庭に水をまき、空いた時間は京都のあちこちを散歩するのが習慣になった。

 川床の明かりが灯らない鴨川の岸辺。

 葵祭の行列が中止になり、神事が行われた気配だけが漂う下鴨神社。

 植木屋に行く必要があり、久々に嵐電に乗って出かけた嵐山では、夜の渡月橋を渡っている人はいなかった。

 よく知っている場所で出会う、まったく見たことのない光景はどこか非現実的で、夢のなかを漂っているような気持ちだった。

「大阪モデル」が発動して通天閣が注意喚起レベルの黄色に彩られた5月11日、確定申告完了!

 

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ゴールデンウィーク中の鴨川。川床は5月1日スタートだが、「各店の判断に任せる」ことになっていた。ほんの1、2店に灯りがともっているだけで、真っ暗だ

 

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5月15日、下鴨神社。葵祭の行列は中止となり、神事のみ行われた。葵の葉が境内のあちこちに掲げられているが、人の姿はほとんどなかった

 

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経済に貢献しなきゃ、とか言い訳しながら葵祭当日限定のお菓子をぱくり。葵の葉を象っていて、ハート型みたいでかわいい

 

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人の姿がほとんどない嵐山・渡月橋。今さらながら、嵐山の景観の美しさに目を奪われた

 

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こちらも人の姿が消えた嵐山の竹林。「人が多くて写真どころじゃなかったよー」と嘆いていた外国人ゲストたち、これを見たらどう思うだろう

 

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朝イチで買いに行くか予約しないと手に入らない今西軒のおはぎ。11時すぎに通りかかったらまだ残っていて、つぶあん・こしあんを買おうとしたら、「きなこもありますよ?」とすすめられ3種コンプリート。行列があたりまえの店がどこもこんな感じなのも、不思議な感覚だった

 

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5月半ばの錦市場。休業が長引くお店も増えてきて心配

 

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「経済に貢献」という最強の言い訳を得ているので、いつもは入れない人気店をちょいちょい訪ねていた。『鍵善良房』もそのひとつ。ずっと座ってみたかった窓際の席でわらびもちをいただきます!

 

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祇園で見かけた張り紙。もうマジで、この言葉に尽きる

 

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八坂神社の境内にある大国主社。大国主命と因幡の白ウサギもちゃんとマスク姿

 

 

ガイドラインに四苦八苦

 5月21日、関西で緊急事態宣言解除。

 5月25日、東京も緊急事態宣言解除。

 予約は全然入ってないが、期待を込めて6月から週末だけ開館することにした。となると必要なのは感染対策。業界団体のガイドラインはあるが、現場に沿ったルールを決めておかないと意味がない。

 

「涙が出ます。行ってみたくなりました」

 そんなコメントとともに、関係者から、とある旅館のWeb掲載動画がメールで送られてきた。スタッフ総出でそれはそれは一生懸命に掃除と除菌、個食対応をする動画の様子に「偉いなあ」と思いながらも、私は腕組みをして考え込んでしまった。

 まず、対策してるからって、人はその宿に行くか、というか旅に出るだろうか。

 飲食店と違って、「旅行に行く」というのはいろんな動作が含まれる。電車やバスに乗り、お店でお弁当やお土産を買い、駅やサービスエリアのトイレに立ち寄り、美術館やテーマパークに入り、レストランでご飯を食べる。「宿で寝る」はそのごく一部だ。自分だったら、宿が完璧に対策しているからといって心安らかに旅ができるかどうかはちょっと疑問だ(大自然のなかにある一軒宿に籠もる、とかなら別だが)。

 それと、報道や周囲の空気から、宿にしても飲食店にしても、施設側が対策の責任を負わされているように感じられるのも気になる。てか、それだと対策として成り立たないのではないかしらん。エラそうで恐縮なのだが、現場仕事が長い身としては、サービス業の現場に負担をかけすぎるのは日本の悪い癖だぞ、とかねてより思っているのだ。

 ……なーんて言ってはみるものの、もちろん、宿泊客の安全を確保するのは宿の仕事だ。同時に、スタッフの安全を守るのはマネージャーの仕事だ。

 だが問題は、謎多きウイルスにどう対処すれば「安全を守れる」のか、誰も正解を知らないこと。

 モヤモヤするが、落としどころは決めにゃいかん。そこは私の仕事だ。

 まずは楽遊用ガイドラインのたたき台を作って、6月頭に久しぶりにマネージャーが全員集合して話し合った。彼らが納得する対策でないと意味がないし続かない。

・密を避ける

・会話を減らす

・不特定多数の人が触るものを減らす

 このへんを前提に話をすすめる。ゲスト到着からチェックイン、部屋案内の流れ、館内消毒のタイミングと使う道具、客室掃除の順番と消毒の方法、使用済みリネンやタオルの扱い、朝食の提供方法など、決めることは多岐にわたる。

 たとえば「来客全員に手指消毒をお願いする」という一般的なガイドラインに従うとして、じゃあ、いつ、どんな声かけをしたら確実で自然か、消毒液はどこに置くのがヤな感じじゃないか……。掃除も食事作りも外注せず、マネージャーもバイトも全員同じ仕事をする態勢なのがここで役に立った。問題点の発見が早いのだ。

「キャリーの取っ手消毒ってありますが、そもそも部屋に荷物運んで欲しいか聞いたほうがよくないですか?」

「拭き上げタオル(風呂掃除で使う水滴を拭くタオル)を複数の部屋で使い回さないのも大事では」

「布団も自分で敷きたいかもですね」

「鍵は渡すんじゃなく部屋に置いといたほうが……」

 意見が次々出てくる。おお、みんな現場をイメージして考えられるようになってて頼もしい…(じーん)。

 感慨に浸っている場合ではない。

 ゲスト同士、スタッフとゲストの接点を減らすのは、下手すると楽遊のよさでもある「ほどよい距離感のサービス」を封じてしまう。よさを残しながら、ゲストにも意図が伝わる形でコロナ対策をするにはどうすればいいか……。無料ドリンクコーナーは閉鎖し、ドリンクはオーダー制に。絵が得意なスタッフがイラスト入りのドリンクメニューを作って、不穏さを柔らげようと考えた。チェックインのときに館内案内をまとめたシートを渡し、スタッフとの会話を減らすようにする。

「難しいなあー。正解も分かんないし」

 マネージャー陣、ため息。

 そうだね、でもやってみるしかない。

 ただ、こうやって考えていくと、「絶対に人がやる・言うほうがいいこと」は必然的に残っていく。突き詰めていくと、いままでやみくもにやっていたサービスの核みたいなのが見えてくるかもしれない。

 そんなこともうっすら考える昼下がりだった。

 

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必ずやったほうがいいこと、「こんな感じでいいかな……?」という手探りの対策、とりあえずはごちゃまぜでスタートだ。書棚や食器棚を閉鎖し、手作りのドリンクメニューを用意。朝食はビュッフェ形式をやめると同時に、「選べる楽しさ」をなくさないようにしたいと試行錯誤が続いている

 

 

クラウドファンディングに挑戦!

 同時にもうひとつ動きはじめた。

 流行りの(?)クラウドファンディングだ。

 運営側の発案によるもので、最初は「図々しくないかしら……」と思ったが、もうちょっと考えてから「いいかも」に気持ちが変わった。世間に対して、楽遊の生存報告、生き残りの意思表明ができるからだ。

 この時期、私もたまに、かつて自分が泊まった宿を検索しては「まだ営業してるー」と行く予定もないのに安心していた。ご近所さんたちは、私たちが出入りして暖簾を出しているだけで「営業するん?」「よかったなあ」と声をかけてくださる。

 世界じゅうが活動を封じられたなかで、「活動している」「生きてる」だけでも意味があることなのかも。

 

「未来につながる宿泊券で、京都の暮らしを体験できる京町家旅館にご支援を」

https://camp-fire.jp/projects/view/273158

 

 こんな感じで、5月22日に本格的に告知スタート。

 ネットで呼びかけ、ついでに昔からの知り合いや仕事仲間にも片っ端からメールしてみた。それこそ図々しいかな、とも思ったが、ろくに挨拶もせずばたばたと東京を後にしてしまったという申し訳なさもあり、近況報告も兼ねて、だ(それで寄付しろというのもアレだが)。

 

 3日後には100名以上の方から、200万円を超える支援が届き、6月15日には目標の500万円を達成した。

 はやっ!

「京都で楽しい時間を過ごせるのを楽しみにしています」

「コロナ早くおさまってほしいですね。落ち着いたらゆっくり泊まらせてください」

 サイトのルール上、支援者の名前は終了するまで分からないのだが、メッセージで名前を知らせてくださる方もいる。6月には、チェックアウトしたばかりの方からも支援が届いた。

「またお邪魔したいと思い、支援させて頂きました」

 本当にありがとうございます! 

 返礼品(リターン)のひとつ、館内着のサイズを問い合わせてくる英文メッセージも届いた。名前を見たら、いままでで5回来てくれた台湾人ご一家のお父さんだ。日本人対象のクラウドファンディングで、サイトも日本語のみだが、SNSで見つけてくれたのだろう。

「家族みんな台湾で元気にしていて、また京都に行くのを楽しみにしているよ。素敵なスタッフの皆さんにもよろしく伝えてください!」

 ありがとうございます!

 しばらくたってから、そのお父さんから国際小包で段ボール一箱ぶんの台湾マンゴーが届いた。食いしん坊揃いのスタッフ一同、リアルに感涙である。

 6月30日、クラウドファンディング終了。

 202名の方から555万4500円という支援を寄せていただいた。ほか、関係者経由で直接お金を振り込んでくださったり、現金をいただいたりで、なんだかんだで600万近くの支援金をいただいた。

 ありがたさしかない。

 そして、お金をいただいたからには、生き残らないといけない。

 いろいろな形で励ましのメッセージをいただいて、全国の全方位に向けて深く深く頭を下げたい気持ちだった。

 

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5月終わりくらいになると、鴨川の川床にも灯りが戻りはじめた。やっぱりこうでなくっちゃ

 

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届いた台湾マンゴー。生まれてはじめてマンゴーを食べるというバイトスタッフもけっこういて、香港・台湾などアジア人スタッフからそのおいしさを教わっていた

 

 さて、週末だけ開けてみたものの、今度は6月2日から10日間、レインボーブリッジが赤く染まる「東京アラート」も発動。感染はおさまらず、結局、6月の稼働率は限りなくゼロに近かった。

 そんな中、現場の発案でひっそりとはじめたのが「医療従事者向け39(サンキュー)」プラン。医療従事者の宿泊には3900円キャッシュバックします、というものだ(9月まで継続中!ぜひ!)。

 収入もないのにキャッシュバックしてる場合じゃないんだけど、もらってばっかりいたらバチがあたるってばあちゃんも言ってたし、今現在の世の中では役に立たない旅館だとしても、ちょっとは社会にお返ししたいじゃないすか。

 ねえ。

 

どうするどうなる7月の楽遊

 7月2日、マネージャー再び全員集合だ。

 サイトからダウンロードした支援者リストをもとに、クラウドファンディングのリターン(返礼品)を送るのだ。1件ずつ支援内容を確認し、該当する宿泊券を確認・添付してメールを送る。館内着や本など物品が含まれるリターンは、手紙を添えて袋詰め。リストを見ると、複数支援してくださった人もけっこういる。

 支援者全員の名前(匿名や無記名の方もいるが)を見たのは私もこの日がはじめてだった。特に連絡もなく支援してくれていた知り合いやリピーターゲストのアドレスや名前をいくつも見つけた。ちょっと変わった名字に目をひかれて確認してみると、バイトスタッフのお母さん。

 うわあ。

 ありがとうございます。

 リターンの品を詰めた袋に、知人宛には走り書きした御礼のメモを入れながら、再び何度も心で頭を下げた。

「ありがたいねえ」

 と、顔を上げてみると、全員パソコンを前に目が死んでいる。

「終わるんですかこれ……」

「多い……ありがたいけど件数が多い……」

 思わず笑ってしまった。

 分かるー、現場の人間は苦手だよねー、デスクワーク。

 ひとりがスーパーに走ってポテチやチョコ、ビスケット、ジュースにお茶を買い込んでガソリン補給。昼からはじめた作業は夜8時すぎに終了して、この日は解散。戸締まりしてぶらぶらとそれぞれの帰宅方向に歩きながら、

「いつ元に戻るんでしょうねえ」

「分かんないねえ。早くお客さんに会いたいね」

 そんな話をしながらお別れした。

 7月からは、週末だけでなく毎日開館することにしていた。予約は相変わらずそんなに入っていないし、東京の感染者数はまた100人を超えてしまったし、社会全体がどうなるかさっぱり分からない。

 まあ、楽遊とみんながいれば、なるようになるか。

 別邸、あんなにカッコよくできたしな。

 7月、感染収まるといいな。

 みんなと別れひとりで家に向かって歩きながら、私は応援いただいた皆さんのメッセージ、来年の予約をしてきた海外のリピーターの顔なんかを思い浮かべていた。

 みなさんに早く会えますように。

 

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「もうだめだー」と言いながらリターンを送るスタッフ一同。がんばれがんばれ

 

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今年の山鉾巡行は中止が決まっていたが、7月に入ると、街に祇園祭の気配が漂いはじめた

 

 その7月、我々は予想もしなかった混乱に巻き込まれることになる。そう、GO TO トラベルキャンペーンだ。

 では次回に続く! 

 

 

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*町家旅館「京町家 楽遊 堀川五条」ホームページ→http://luckyou-kyoto.com/

*宿の最新情報はこちら→https://www.facebook.com/luck.you.kyoto/

 

 

*本連載は不定期配信です。次回もお楽しみに!

 

 

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山田 静(やまだ しずか)

女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』など企画・編著書多数。京都の町家旅館『京町家 楽遊 堀川五条』および『京町家 楽遊 仏光寺東町』の運営を担当しつつ、半年に一度1ヵ月の休暇をとって世界じゅうを旅している。

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