東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#29

ミャンマー国鉄の迷路〈6〉

文・下川裕治 写真・中田浩資 

シャン州を走る列車に乗ってみる

 ミッチーナから飛行機でマンダレーに戻った。ここからマンダレーの東に広がるシャン高原に分け入ることにした。
 ミャンマーのなかで、このシャン州と東側のアラカン州に外国人が入ることができない未開放地区が多い。シャン州はミャンマーの少数民族のなかでも人口が多く、反政府運動も盛んだった。いまでもたまに衝突が起きる。規模は小さいが。
 そのなかでヤッサウが開放された。マンダレーの南にあるターズィーを出発し、シャン州を走る路線の終点でもある。この路線に乗ってみることにした。
 マンダレーからヤンゴン行きに乗って4時間ほどでターズィーに着いた。ここはマンダレーとヤンゴンを結ぶ幹線だけでなく、パガン方面に向かう列車の乗り換え駅でもある。そこそこの規模かと思っていたが、駅前で待っていたのは馬車だった。蹄の音を聞きながらゲストハウスに向かう。時代が遡っていく。ヤッサウに向かう列車は翌朝の7時発である。ゲストハウスから駅までも馬車に乗った。そして7時発の列車が姿を見せたのは、7時40分をまわっていた。始発駅ですでに大幅に遅れる。これがシャン州を走る列車ということなのだろうか。
 古い車両だった。そこに座り、ひと息ついた。ひょっとしたら、ヤッサウまでの切符を売ってくれないのでは……という不安があった。開放されてそれほどの月日が経っていない。ミャンマーではよくあることだった。
 切符売り場は、本来の窓口ではなく、ホームのなかほどにある小屋のような建物だった。
「ヤッサウまで」
 駅員はすっと切符をつくりはじめた。ふーッと肩の力が抜けた。
 列車は小1時間ほど平地を走り、シャン高原に向かう斜面をのぼりはじめる。延びた枝をわさわさと押しのけ、斜面にへばりつくようにつくられた駅で、登山者が小休止をとるかのように停まっていく。すると進む方向が変わる。スイッチバックを繰り返していく。険しい路線だった。
 乗客には数人の欧米人もいたが、大半は大きな荷物を積み込んでいた。駅に着くと、窓から荷物を降ろし、最後の荷は背負って列車を降りていく。運び屋だった。
 駅には小屋がけの売店があり、その周囲に家が連なっている。小さな雑貨屋も見える。運び屋はそこに荷物を届けるのだ。
 おそらくきちんとした道がないのだろう。ターズィーからシャン高原に向かう列車は1日2便。途中の村にとって、貴重な足なのだ。

 

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運び屋はほとんどがおばさんだ。男たちはどこでなにをしているのやら

 

 駅には標高が書かれていることが多い。3031フィート、1000メートル近い。列車は数百メートルの標高差を一気にのぼっていくのだ。
 牽引するディーゼル機関車がやっとひと息着くのがカローである。シャン高原の入り口である。ここにはイギリス植民地時代の建物も残っていて、欧米人の間ではちょっと人気があるらしい。少数民族の村をめぐるトレッキングも盛んだ。運び屋のミャンマー人に代わって、サブザックを背負った欧米人が、添乗員に連れられて乗り込んでくる。アウンバン、ヘーホーと高原の駅に停車し、列車は夕暮れどき、ようやくニャウンシュエに到着した。
 インレー湖、そしてタウンジーの最寄り駅である。欧米人観光客は全員が降りていく。すると車掌が、ツアーの添乗員と一緒にやってきた。添乗員が通訳というわけだ。
「この列車はヤッサウまでは行きません。別の列車になるので、いったん降りて、ホームで待っていてください」
 この列車はヤッサウまでは行かない、といわれたときはヒヤッとした。しかしちゃんと接続列車があるらしい。
 暗いホームで待っていると、2両連結の老朽化した車両がゆっくりと入線してきた。これがヤッサウまで行くらしい。乗り込むと、車内には誰もいなかった。そのうちにひとり、またひとりと乗り込み、僕らを含めて8人の乗客を乗せて列車は発車した。
 まるでやる気がないように見えた。車掌がひとり乗り込んでいたが、検札をするわけでもない。座席に体を横たえて寝入ってしまう。
 思い出したように駅に停まるのだが、すべてが無人駅。照明もなく、駅舎があるのかどうかも見えなかった。家も減り、車窓には暗闇だけが広がっている。まるで幽霊列車だった。
 しかしヤッサウは思った以上に遠い。列車は闇のなかを3時間半も走った。
「ヤッサウ」
 車掌にそういわれた。暗い駅だった。降りるとホームがあった。それなりの駅らしい。その先に、懐中電灯を手にした男が3人待っていた。ちょっと駅長室に……。僕と中田カメラマンを待ち構える男たちがそこにいた。


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シャン高原に出た。空気がひんやりとしてくる。空が高い(カロ―付近)

 

 

※地図はクリックすると拡大されます

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*2012年のミャンマー鉄道旅行記は、双葉文庫『不思議列車がアジアを走る』に収録されています(第三章ミャンマー ヤンゴン環状線「窓ガラスのない木造列車は、南国のスコールも吹き込む」)。そちらもぜひお読みください。

 

 

*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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