旅とメイハネと音楽と

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#29

「イスタンブル・ガストロノミー・フェス」レポート〈1〉

文と写真・サラーム海上

 

イスタンブルで毎年開催される世界的な料理の祭典

 2017年2月2日朝7時半、僕はトルコ・イスタンブルのアジアとヨーロッパを隔てるマルマラ湾上に浮かぶフェリーのデッキにいた。インドから帰国して一ヶ月しないうちに、今度は真冬のイスタンブルを訪れたのは、在日トルコ共和国大使館文化広報参事官室の協力で「イスタンブル・ガストロノミー・フェスティバル2017」のプレスツアーに参加することになったためだ。
 トルコ司厨士連盟(TASFED)が主催するこのフェスティバルは、トルコの料理文化と外国の料理文化との連携、そして、トルコのシェフと世界のトップシェフとの知識の交換のため2003年に始まった。初年度は8カ国350名から始まったが、第15回となる2017年度にはヨーロッパ、アジア諸国、合計25カ国から約2000人のシェフや調理学校の学生、食品業界関係者が集う。そして、四日間に渡り、約70のカテゴリーで、味、食感、美しさ、技術を競い合う。世界でもトップ10に入る高レベルな料理の祭典らしい。
 8時すぎにイスタンブル新市街のカラキョイ埠頭に着き、そこからタクシーに乗って待ち合わせ場所のタクシム広場裏のホテルに向かう。ホテルに到着すると、ロビーには既にプレスツアーの参加者たち16人が集っていた。
 国籍はサウジアラビア、エジプト、スーダン、ブルガリア、マケドニア、イギリス、中国、日本、そしてトルコの首都アンカラから。年齢は40代が中心で、男女比率は半々で、多くがラジオや新聞、テレビなどのメディア関係者たちだ。
 僕は音楽フェスティバルのプレスツアーは何度も参加しているが、料理フェスティバルのプレスツアーは初めてだ。一体どんなプログラムが行われるのだろう。期待に胸を膨らませながら、9時過ぎに用意されたミニバスに乗り込み、イスタンブルの西外れ、ベイリッキドゥズにある会場テュヤップ見本市会議センターへと向かった。タクシム広場からの距離は40km強。慢性的な交通渋滞に悩まされる町イスタンブルだが、朝早くに移動すれば渋滞は回避出来るだろう。

 

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明け方のイスタンブル・マルマラ海。アジア側からヨーロッパ側へ向かう
 

 10時半、心配していた渋滞もなく一時間ちょっとでテュヤップ見本市会議センターに到着した。周辺には他にも巨大なコンベンションセンターやホテルが立ち並び、海から近いせいもあって、東京から近い千葉市の幕張メッセを思い出す地区である。
 入り口を入ると、受付に大勢の人が溜まって立ち往生していた。列に並んで、受付嬢にプレスパスを下さいと頼むと「まだ用意していません」とのこと。外国人プレスツアーの担当者を呼んで下さいと頼むと「担当者はいません」と言う。16人の途方に暮れる外国人プレスを前にして、幸いにも受付嬢が彼女に出来る仕事を進めてくれた。受け取った名刺を元に一人ずつプレスパスをプリントアウトしてくれたのだ。
「テシェキュレデリム!」
「どういたしまして、よい一日を!」

 

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イスタンブル・ガストロノミー・フェスティバル2017の会場案内

 

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テュヤップ見本市会議センターの入り口は大混雑!


 入り口で30分ロスしたが、全員が無事入館出来た。中はやはり幕張メッセとそっくりの高い天井と広い敷地のコンベンションホール。そのホールが入口から奥に向かって、左と右に区切られていた。左半分はフェスティバルのスポンサー企業の出店ブースが大小様々な規模で並び、そして、右半分がガストロノミー・フェスティバルのメインイベントである、料理コンテストの会場となっていた。

 

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トルコ司厨士連盟(TASFED)の会長ヤルチュン・マナヴ氏による挨拶


 コンテストの会場は縦100m以上、横30m以上の長方形に区切られ、その三辺には四~五名の料理人が並んで料理出来る調理ブースが30箇所、横並びに建てられている。残りの一辺はパーテーションで区切られ、一般人は長方形の中に入れないようになっている。各料理ブースの手前には作った料理を配置する小さなテーブルが置かれ、そして長方形の真ん中には50名近い多国籍審査員のためのテーブル、その横には我々外国人プレスのための椅子も並んでいた。僕たちは撮影や取材の特等席に案内されたと言える。
 パーテーションの手前側には揃いのコックコートを着た調理学校の学生たちが並んで立ち、それぞれの代表者がいる料理ブースに向かって大きな声援をあげている。学生たちによるコンテストが始まっていたのだ。
 残念ながら会場アナウンスはトルコ語オンリーで、英語の解説はない。しかもDJがトルコのポップスを大音量でノンストップ・プレイしている。トルコ語が話せるマケドニア人の女性レポーターと彼女のクルーだけがシェフや学生たちに話しかけ、テレビカメラを回していたが、その他の海外メディアの人間は会場に流れる真剣すぎる空気と英語が通じないことに、そわそわし始めた。

 

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マケドニア人の女性ジャーナリストは流ちょうなトルコ語で突撃インタビュー


 そこでフェスのウェブサイトに掲載されているタイムテーブルを見ると、初日は調理学校(高校生と大学生)の生徒たちによる魚料理、デザート、パスタ、メインコース、マジパン、野菜彫刻部門などが同時進行していることがわかった。どうりで調理ブースに立っているのが若者というか、少年少女ばかりなわけだ。 
 同級生たちからの大きな声援が続く中、調理ブースの選抜生たちは真剣そのものだ。そして、作った料理を試食し、審査している審査員たちもピリピリしていて、気軽に話しかけられる雰囲気ではない。ここはトルコ料理における甲子園のようなものかも?!

 

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調理ブースで孤独に戦う調理学校の女子

 

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肉団子に見えるが、どうやらお菓子。ピスタチオとナッツの団子、周りの鳥の巣のようなものは細麺状の生地カダユフ

 

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出来上がったお菓子を試食する審査員たち

 

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パーテーションの手前では学生たちが大きな声援を

 

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料理コンテストの会場中央では様々な国籍の審査員が厳選審査中


 座っているだけでは何も始まらない。僕はいったんコンテストから離れ、スポンサー企業の出店ブースを回ることにした。すると一番目立っているのは大型オーブンやドネルケバブのガスグリルなど業務用キッチン什器の製造メーカーだった。従業員たちが大型オーブンでマッシュポテトやチーズを詰めたパイ「ボレッキ」を焼き、通り過ぎる人たちに配っていた。気の良さそうなオヤジさんに話しかけると、毎年このフェスに出店していて、大手取引先を見つけてきたそうだ。

 

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業務用キッチン什器の製造メーカーのブースではドネルケバブ用グリルが並ぶ


 ターキッシュコーヒーの有名メーカー「クルカフヴェシ・メフメット・エフェンディ社」は専用の電動コーヒーメーカーで次々とターキッシュコーヒーを作り、来場者に配っていた。スーパーマーケットでロゴを目にする大手食品メーカーも自社製のボレッキやトルコ菓子をたっぷりふるまっていた。

 

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クルカフヴェシ・メフメットエフェンディ社のブースではターキッシュコーヒー

 

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大手食品メーカーは自社製のトルコ菓子を大判ぶるまい

 

 大きなカメラを首から提げて歩いていると、体格の良い東洋人のシェフたちに英語で話しかけられた。
「日本人かい? オレたちはモンゴルから来ているんだ。このフェスにはもう何度も出ていて、部門優勝もしているんだぜ。明日、オリジナルの寿司を作るから、写真を撮りにきてくれよ。ところで、なぜ日本人シェフはここに参加しないんだい?」
 確かに日本料理はトルコでも健康志向の高まりとともに注目されつつある。しかし、高級な寿司を除くと、日本料理はまだまだ知られていない。今後は日本人シェフが参加し、日本料理旋風を巻き起こして欲しい。

 

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モンゴルからのシェフたち。すでに何度も出場しているとのこと


 人が集まるブースを覗き込むと、オヤジさん2人がカラフルなマジパン生地をこねてフルーツの形のマジパン細工をその場で作っていた。イチゴやブルーベリー、バナナやりんごや洋なしなど、表面のツヤやテクスチャーから、退色まで上手く再現している。

 

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マジパン職人のオヤジさん。可愛らしいフルーツ細工をその場で作ってくれる

 

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マジパン細工のフルーツ。リアルでしょう!


 その様子に感心していると「この奥でマジパン細工コンテストの展示が行われているから、案内するよ」と調理学校の高校生たちに誘われた。スポンサー企業のブースを抜け、会場の左奥に進むと、そこは三十台ほどのテーブルが並び、巨大でカラフルなウェディングケーキや精密な人形ジオラマのように見えるマジパン細工が50点以上も飾られていた。
「これら全部がマジパンや砂糖細工なんだよ。信じられるかい」と高校生。

 

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トルコ北西部、マルマラ海コジャエリ県の調理学校生たち。彼らが案内してくれた

 

 一目見ただけではまるで信じられない。大きさや細かさなど、あらゆる点で僕が知っているマジパン細工とはスケールが違う。高さ1.5mの巨大なケーキから、造花にも見える花の砂糖細工、町の青空市場をまるごと再現したジオラマには生き生きとした50体以上の人形や売り物の野菜や魚、洋服や女性の下着まで細々と再現されている。

 

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マジパン細工で作られた町の青空市場をまるごと再現したジオラマ


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砂糖細工の造花を見入る審査員たち

 

「アナと雪の女王」や、おなじみ赤いジャンプスーツを着たマイケル・ジャクソンの「スリラー」を再現したもの、変わったところではメキシコ民俗画家フリーダ・カーロの巨大な頭部なんてのも全てがマジパン細工で作られているのだ。どれも度肝を抜かれはしたが、最大の問題はあまり美味そうには見えないことだろうなあ……。現代人は許容範囲を超えるほど大きなものを食べ物として認識しないと、どこかで読んだっけなあ。

 

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"Who's Bad!?" マジパン細工のマイケル・ジャクソン
 

 コンテスト会場から一段と大きな声援が聞こえてきた。会場まで引き返して、調理ブースを覗いて回ると、黒いコックコート姿の高校生が見るからに美味しそうな料理を作っていた。

 薄切りのサーロインをオリーブオイルやアップルビネガー、醤油などでマリネした後、たっぷりの粗挽きピスタチオをまぶしてロール状に巻き、フライパンで表面を焼く。それをロールケーキのように輪切りにして、焼き茄子とベシャメルソースのペーストを敷いたお皿の上に並べ、さらにマッシュルームを生クリームで炒めたソースをかけている。

 

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黒いコックコートの高校生が薄切りのサーロインを調理。何が出来るのか?

 

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砕いたピスタチオをサーロインの表面にたっぷり散らし、ロールにする


 この料理の元ネタは牛の煮込みを焼き茄子とベシャメルソースのペーストにのせたトルコの宮廷料理「ヒュンカル・ベエンディ=スルタンのお気に入り」だろう。しかし、この高校生は牛の煮込みを薄切りのソテーに代え、さらにピスタチオとマッシュルームで複雑な味と食感を加えている。これは見るからに美味そうだ。学生でこれほど美味そうなものを作るのなら、プロのシェフたちが作る料理はどれだけ美味そうなんだろう? 明日以降のプロのコンテストがますます楽しみになってきた!

 

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完成した料理。肉の下は焼き茄子とベシャメルソースのペースト、上にはマッシュルームのソース


 マッシュルームを炒めた香りに釣られてか、審査員たちがお皿の前に集まってきた。彼らは手持ちのフォークをお皿に突っ込んで、ほんの一口ずつ味わい、高校生シェフに質問を浴びせ、審査シートに評価を書き込んでいく。どんな味なんだろう? 僕たちも試食したいなあ……。

 

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審査員たちの判断は如何に?

 

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展示テーブルに並んだコンテストの料理の数々

 

 参加者が作るのは1品につき二皿だけ。一皿は審査員の試食用、もう一皿は写真撮影用に展示テーブルに並べる。なので僕たち外国人メディアは出来上がった料理を撮影することは出来ても、一口も食べられないのだ。トルコ料理の頂点を四日間にわたって競うフェスティバルに来て、四日間料理を見てるだけなんて、なんという酷な取材だよ!?(笑) 今後、ここだけはなんとしても改善してもらいたいところだ。

 

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夕方の帰り道は当然渋滞……

 

*「イスタンブル・ガストロノミー・フェスティバル2017」HP→www.istanbulgastronomyfestival.com/en/

 

*次回は、ガストロノミー・フェス二日目以降に出会った、プロのシェフが作る料理について取材レポートをお届けします。お楽しみに!

 

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。次回もお楽しみに! 〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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