ブーツの国の街角で

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#28

番外編 : ローマの新春風景

文と写真・田島麻美

 

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  2018年もいよいよスタートを切った。1月6日のエピファニア(公現祭)の祝日をもってクリスマス休暇を終えたローマでは、学校も会社も「8日から」という人が多く、お祭りもこれで一段落。今年の年末年始はインフルエンザが大流行して、「ベッドで年越しをした人が百万人」というニュースが流れたが、難を免れたイタリア人は海外へ脱出したり、家族や友人たちとにぎやかに食卓を囲みながら新しい年を迎えた。
「イタリアにはお正月はあるの?」という質問をよく受けるのだが、イタリアでは12月24〜26日が日本の三が日のようなもので、新年は1月1日のみが祝日。お店やレストランなどは2日から通常営業しているところがほとんどだ。日本のようにクリスマスが終わるとツリーが消えて松飾りが登場するということもなく、1月6日まではツリーもプレゼーぺもそのまま飾られているので、この時期に日本から来たツーリストにとっては「なんだか新年を迎えた気がしない」かもしれない。しかしながら、イタリアの年末年始の風習の中にはどこか日本のそれと似通っているものもある。今回は番外編として、ローマの年末年始の風物詩の数々をご紹介しよう。

 

 

 

 

 

花火・爆竹・レンズ豆で年越し

 

 

 

   大晦日の夜は「チェノーネ」と呼ばれる大夕食会が開かれる習慣があり、レストランなどでも食べきれないほどのボリュームと数の料理が用意され、大いに食べて飲んでにぎやかに新年を迎える。このチェノーネは一般家庭でも同様で、家族や友達とゆっくり時間をかけて夕飯の食卓を囲み、ワインを片手におしゃべりやダンス、ゲームなどをしながらカウントダウンの瞬間を待つ。
 チェノーネの定番メニューは『レンズ豆の煮込みと豚足』。私が初めてイタリアで年越しをした時、「レンズ豆はお金を意味するのよ。新しい年がお金にたくさん恵まれますように、という願いを込めてこの豆を食べて年越しをするの」とイタリア人の友達に教えてもらった。日本でもお正月にはお豆を食べるよ、と言いながらレンズ豆を一口食べて吹き出した。「煮豆は甘い」と思い込んでいたが、レンズ豆は甘くないどころか塩っ辛くて、一緒に出された「コテキーノ」という豚足型のサラミはコテコテの脂身がたっぷり。夜中に食べるにはかなりヘビーなメニューだ。
 カウントダウンが近づくと、住宅街も旧市街も、爆竹のはじける音と煙で騒然となる。あまりにうるさいのでテレビの音が聞こえず、肝心の「カウントダウン」の時間がわからない、ということもよく起こる。住宅街のベランダから花火を打ち上げたり、ロケット花火が家々の間を飛び交うなんて恐ろしいことも昔はよくあったらしい。近年では花火による事故を防ぐため、「大晦日の花火・爆竹の自粛や規制」が呼びかけられているが、それでもやはり「花火で新年を迎える」という習慣は根強く、手持ち花火とシャンパンを片手にベランダに出て、大声でカウントダウンをする人々が今年も大半を占めた。
 

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 イタリアの家庭で作られる「レンズ豆と豚足サラミ」は大晦日の定番メニュー。調理方法や材料は家庭ごとに微妙に異なるが、レンズ豆とソーセージ、コテキーノやザンポーネと呼ばれる豚足型のサラミなどカロリーたっぷりの肉類と合わせる(上2点)。コロッセオ、フォロ・ロマーノ、ヴェネツィア広場でのカウントダウン風景。大勢の人々が花火やシャンパンを持って街へ繰り出し、遺跡と花火を眺めながら新年を迎えた(下2点)。その他、チルコマッシモで多数のアーティストが参加した年越し無料コンサートなども開かれた。
 

 

 

 

元日のローマ旧市街

 

 

 

  1月1日の朝は遅い。誰も彼もがカウントダウンとチェノーネで夜更かしをした上、食べ疲れ&飲み疲れているので、午前中の街はだいたいいつも静まり返っている。「食べすぎた」という一言で新しい年をスタートする人も大勢いて、元日はお昼ご飯をパスして午後から散歩に出る、という流れが出来上がっている。
  日本のように「初詣」という習慣はないが、敬虔なカトリックの信者の人々は新年のミサに参列するため教会へ行き、それ以外の人々は家族と一緒にローマ旧市街に繰り出して、日頃ゆっくり見ることができない遺跡やモニュメント、広場などをのんびりと眺め歩いている。海外から年末年始をローマで過ごそうと訪れた大勢のツーリストと共に、歩行者天国となったコルソ通りはまるで初詣の原宿のようにぎゅうぎゅう詰めの状態となっていた。
  スペイン広場、ナヴォーナ広場、サン・ピエトロ広場など、ローマ市内の主要な広場にはそれぞれ大きなプレゼーぺの小屋が飾られていて、市内各所のプレゼーぺ巡りをしている家族連れもいる。時間を気にせず、予定も目的も立てず、ただのんびりと街の空気を吸いながら家族や友達と共にそぞろ歩くことが、ローマっ子にとっては一番のリラックス方法なのだ。
 

 

 

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 階段の上にはメタリックなツリーも登場したスペイン広場(上)。サン・ピエトロ広場の巨大ツリーとプレゼーぺはこの時期のローマには欠かせない飾り(中)。パンテオン前の広場も親子連れやツーリストでおしくらまんじゅう状態(下)。

 

 

 

 

新年の縁起物

 

 

   

「新しい年が健康で、幸せな一年となりますように」というのは世界各国どこでも共通の人々の願いであろう。イタリアもそれは同じで、大晦日から元日にかけてはさまざまな「縁起担ぎ」の習慣がある。チェノーネのレンズ豆は「お金を呼び込む」ために食べるが、健康を呼び込むのは「赤い下着」だ。大晦日が近づくと露天商や下着ショップのウインドーには真っ赤な下着がずらりと並び、老若男女を問わず、来る年の健康を願って赤い下着を贈り合う習慣がある。日本では還暦に赤いちゃんちゃんこを着るが、イタリアでも「赤い服=健康=おめでたい」というイメージが定着しているようで、下着に限らず、「何か赤いもの」を身につけて年越しをする人が多い。
  一方、「厄除け」の縁起物として年末年始に売られているのが『スカッチャグアイ』と呼ばれるホウキだ。日本の「熊手」とどこか似ているのだが、熊手が「お金を掻き込む」のに対し、イタリアのホウキは「悪い運・厄をはき出す」という効果がある。我が家でも毎年スカッチャグアイのホウキをナヴォーナ広場で買い、玄関にかけて新年を迎えるのが通例となっている。
 

 

 

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プレゼーぺの飾りとともに、厄除けのホウキを売るナヴォーナ広場の露天商(上)。幸運のシンボルであるてんとう虫やコルネットロッソ(赤い角)、馬の蹄鉄など色とりどりの飾りが付いたホウキ「スカッチャグアイ」。サイズもさまざまで、お値段は3〜10€程度(下)。
 

 

 

 

「サルディ」は新春のお楽しみ

 

 

 

 年が明けると、最初にやってくる大イベントが「サルディ(=バーゲンセール)」だ。毎年夏と冬の二回、あらゆるショップが一斉に大売り出しをするサルディ。その開始日や期間は各街ごとに決められていて、ローマでは今年の冬のサルディの開始日は1月5日と告知されていた。クリスマス休暇最後の週末の金曜日がサルディの初日とあって、街中はどこもかしこも大混乱。小さな子どもの手を握り大きな買い物袋をいくつも抱えたパパが、ショップへ突進する奥さんの後を必死で付いていく姿をあちこちで見かけて思わず頬が緩んだ。私自身、サルディの時期にしか買い物はしないので、突進する奥さんの気持ちはとてもよくわかる。普段は手が出ないお値段の服や靴も、サルディになると30〜70%も値引きされるため、一気に購買意欲が高まるのだ。しかもサルディは衣料品だけではない。食品も家電もキッチングッズも旅行用品も、ありとあらゆるショップが半額近い値段で商品を販売するため、「この時期に必要なものを全て買っておかないと!」という、半ば義務感に近い感覚が湧き上がってくる。新年早々、ずっと欲しかったお気に入りのブランドの服や靴を格安で手にした瞬間の喜びは言わずもがな、である。
  縁起物をいっぱい身につけ、たらふく食べて騒いで年を越し、元日をまったり過ごした後、サルディで一気に覚醒する。今年もこの一連の流れをしっかり踏襲し、ローマの2018年がスタートした。
 

 

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有名ブランドのショップが軒を連ねるコンドッティ通りのサルディ風景(上)。どの店も前シーズン物の商品がだいたい30〜50%、時には70%も割引になる。冬のサルディは毎年1月初旬から2月上旬まで開催されている(下)。


 

 

 

 

 

★ MAP ★

 

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*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は1月25日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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