台湾の人情食堂

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#28

巨大牛肉鍋を拝みに嘉義の東公有市場へ

文・光瀬憲子     

 

 台湾には、都市・地方を問わず活気あふれる伝統市場が各地に点在している。伝統市場とは、いわば朝市のことだ。早朝から午後1時くらいまで営業していて、野菜や肉、魚などの生鮮食品から、お菓子や乾物、惣菜、さらには衣類や鍋まで揃う巨大なスーパーマーケット。無数の伝統市場がひしめく台湾で、私が特におすすめしたいのが嘉義(ジャーイー)という街の「東公有市場」だ。嘉義の人々からは東市場として親しまれている。

 

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中国東北部や韓国全土の市場を踏破した知人が「東アジア三大市場のひとつ」と評する嘉義の東公有市場

 

台湾映画『KANO』で注目された嘉義  

 台中と台南のあいだにある嘉義県は豊かな農村地帯だ。台北に続き高雄や台中も大都化が進むなかで、都市競争とは無縁ののどかな農村地域であり続ける嘉義。だが、2014年に公開された嘉義が舞台の台湾映画『KANO』の大ヒットを受けて、訪れる台湾人は急増。この作品は嘉義農林学校という高校が、日本統治時代の1931年に甲子園に出場した実話をもとに作られている。

 映画の大半が日本語で、永瀬正敏や大沢たかおなどの日本人俳優も出演していることから、日本人にもゆかりのある映画だ。そんな映画の助けもあり、日本人旅行者も嘉義に目を向け始めている。私は密かに嘉義こそ台湾伝統の美食グルメが集約した、昔ながらの台湾らしさを残す街だと思っている。

 そんなのどかな嘉義市にある東公有市場は、土日はもちろん、平日も早朝から驚くほどの賑わいを見せている。市場の中心となる建物と、その周辺の道路いっぱいに店がひしめく。観光客の姿はあまりなく、ほとんどが地元の主婦や食堂経営者だ。彼らはその日の食材を求めて東市場へと足を運ぶ。

 細い路地を大量のバイクが通り、すぐそばで鶏肉をドスン、ドスンと切る音がする。店主たちが大声で客の呼び込みをする。所狭しとならんだ品物と、ぶつかりながら行き交う人々。この市場には、人々を吸い込むような強いエネルギーが働いている。

神様が降臨する市場と大鍋  

 活気あふれるこの市場で、特に人気を集めているのが建物内にある朝ごはんコーナー。ここには神様が宿っているのではないかと思えるほど存在感のある牛モツスープ店「王家祖傳本産牛雑湯」がある。

 

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「王家祖傳本産牛雑湯」は活気ある市場のなかでも特に人が集まっているのですぐに見つかる

 

 店の看板は何といっても牛モツを煮込んでいる巨大な中華鍋。直径1メートルはありそうな鍋からもうもうと煙が立ち上り、中であふれんばかりの牛モツがグツグツと煮込まれている。そんな大鍋とは対照的に小柄な女将さんが鍋の前でお玉を操り、モツをかき混ぜているのだ。

 王家牛モツスープ店に立ち込める神々しいほどの迫力は、この賽銭を投げ入れたくなるような巨大中華鍋から湧き出ている。

 

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迫力満点の大鍋

 

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その神々しさに思わず手を合わせたくなる

 

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鍋の脇には新鮮な材料が誇らしげに並ぶ

 

 東市場でも一番人気の朝食店だけあって常に満席状態なのだが、辛抱強くそばで待つ。空いた席に座り、牛モツスープを注文する。おすすめは牛モツ(牛雑湯)だが、肉を食べたい場合は牛スジ(牛筋)もいい。大きな器になみなみとよそってくれて、スープはおかわり自由。牛モツも牛スジもとろけるように柔らかく煮込まれている。モツ特有の臭みはほとんどないので、日本人でも問題なく食べられるはずだ。お腹の底からあたたまる牛ダシのスープはちょっと肌寒い嘉義の冬にちょうどよい。

 

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牛肉やモツが入ったスープ。左後ろの赤い液体が保力達

 

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牛肉がメインのぜいたくなスープもある

朝酒がとりもつ縁  

 そして、この店を訪れるたび、楽しい出会いもある。嘉義に足を運んで思うのは、飲食店の店員たちの優しさである。いや、嘉義の人たちに共通したものかもしれないが、みんな親切で印象がやわらかいのだ。

 日本ほどサービス業の教育が徹底されていない台湾では飲食店の店員の態度はまだまだ改善の余地がある。でも、嘉義の飲食店は誰もが自然な優しさを持っている。外国人旅行者をいたわり、歓迎する気持ちが店員たちの表情に表れている。

 王家牛モツスープ店の女将や従業員として働くその家族はいつも元気だ。牛モツ鍋の写真を撮っていると、店員が「どっから来たの?」と聞いてくる。日本のライターだと伝えると、女将の娘らしき店員が「がははは」と笑い、「かあちゃん、日本で有名人になっちゃうよ!」と誇らしげに女将の肩を叩く。小柄な女将は笑いながら、牛モツをかき混ぜる手に力を込める。

 平日の午前8時、店を訪れてさっそく牛モツスープを頼んだ私のそばに、中年女性の二人組が座っていた。テーブルの上には牛モツスープと赤茶色の飲み物。これは私がこよなく愛する台湾版ホッピー、「保力達(パオリタ)」だ。養命酒に似た薬用酒「保力達」に台湾焼酎を加えたけっこう強い酒。台湾の中高年に絶大な人気を誇る飲み方で、1960年代頃から労働酒として台湾全土に広まった。保力達を置いている酒場はあまり多くないが、見つけたらぜひ注文してみてほしい。同じ酒場で保力達を飲む地元のおじさんたちと必ず仲良くなれる。そんな酒だからだ。

 私が隣のテーブルの中年女性たちをチラチラ見ていると、彼女たちのほうも女ひとりで朝から市場でスープをすする外国人風の私が気になったらしく、「どこから来たの?」と話しかけてくれた。彼女たちは嘉義市内に住む先住民で、夜勤明けなのだという。言われてみれば、顔のほりが深い。台湾の先住民には色々な部族があるので一概には言えないが、外見で見分けがつく場合も多い。

 朝8時だけど、まあいいか! と、彼女たちと一緒に私も保力達割りをグッと飲む。すると「妹妹(メイメイ)、いい飲みっぷりだね」と、お酒を継ぎ足してくれた。私はすかさず「姐姐(ジエジエ)、ありがとう」と返す。妹妹は、小さな女の子から自分より少し年下の大人の女性まで、幅広く使える呼び方で「お嬢ちゃん」といったニュアンス。女性同士のあいだで妹妹、姐姐と呼び合う間柄は、親しみが込められていてちょっと特別だ。牛モツ店でのこんなステキな出会いに感謝する。やはり、あの巨大な牛モツ鍋のご利益なのだろうか。

 嘉義を訪れる際は台北から在来線(台鐵)がおすすめ。台鐵自強号で3時間半かかるが、それくらいのんびりした気持ちで訪れたい街だ。もちろん台湾新幹線(高鐵)も停車する。高鐵嘉義駅は何もないところにあるので、そこからシャトルバスで在来線の嘉義駅へ移動する。

 おすすめの宿は在来線嘉義駅前にある統一大飯店。1泊800元~とお手頃で、日本語が上手な80代のおばあちゃんが現役で頑張っている。古くてシンプルな宿だが清潔感があり、立地も便利だ。

 

 

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著者:光瀬憲子

1972年、神奈川県横浜市生まれ。英中日翻訳家、通訳者、台湾取材コーディネーター。米国ウェスタン・ワシントン大学卒業後、台北の英字新聞社チャイナニュース勤務。台湾人と結婚し、台北で7年、上海で2年暮らす。2004年に離婚、帰国。2007年に台湾を再訪し、以後、通訳や取材コーディネートの仕事で、台湾と日本を往復している。著書に『台湾一周 ! 安旨食堂の旅』『台湾縦断!人情食堂と美景の旅』『美味しい台湾 食べ歩きの達人』『台湾で暮らしてわかった律儀で勤勉な「本当の日本」』『スピリチュアル紀行 台湾』他。朝日新聞社のwebサイト「日本購物攻略」で訪日台湾人向けのコラム「日本酱玩」連載中。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/  近況は→https://twitter.com/keyword101

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