京都で町家旅館はじめました

京都で町家旅館はじめました

#28

宿と京都の近況〈2〉3月、4月編

文・山田静

 

 3月1日、私は石垣島にいた。

 

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こちら竹富島。石垣島を拠点に、竹富島、波照間島へ。自分にしては忙しめの旅

 

「緊迫の3月、4月編に続く!」と前回締めくくっといてナンだが、3月頭、ビーチに座り込みポーク卵むすびを頬張っている私の姿からは1ミリの緊迫も感じられなかったはずだ。

 いや、まったく、ってことはない。相変わらず予約はキャンセルばっかりだし、新型コロナウイルスも怖い。

 でもまあ、自分がどうにかできる範疇はとっくに越えている。この機に日本人向けセールスを励んでは、という話もあったが、自己判断で来ていただくのはともかく、感染リスクが頭にありつつ「今こそ京都へ!」と宣伝するのは個人的にはちと抵抗がある。

 昔から、頑張ってもどうにもならないことは頑張らないことにしている。

 というわけで、工事により再び休業した3月頭、私も休みをとって沖縄に向かった。

「は? リスクは?」

 という皆様のお声が聞こえそうだけれども、自分のリスク判断は自分である程度して最後は自己責任で動いちゃう、ってのは、ひとり旅で培った習い性なのだった。

 

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オープンエアの場が多い石垣島や八重山諸島では3月頭の時点ではマスク姿の人もあまり見かけなかった。だが3月21日に沖縄初のクラスター発生が確認され、4月下旬には県知事や市長が「沖縄に来ないで」と呼びかける事態となった

 

 波照間島や竹富島で沖縄そばをすすっている間にも、現実は追いかけてくる。

「ひとりが先月イタリアに行ってたんですけど、入国スタンプがあってもフランスに行けますか?」

 食堂でうしろに座っていた女子大生っぽいグループが、旅行会社に卒業旅行の相談をしているのが聞こえてきた。3月に入ってからヨーロッパの感染者が急増し、LINEには連日スタッフからさらに増えたキャンセル対応の相談が届いていた。

 3月4日、京都に戻ってメールを開くと、イギリスのリピーターグループから4月の貸切り予約をキャンセルするという連絡が入っていた。

「ごめんなさい。秋には行けることを願っています」

 3月12日、WHOがパンデミック宣言。

 この日イタリアが、続いてスペイン、フランス……ヨーロッパ、そして世界各国が次々と移動制限をかけ、国を閉鎖していく様子を連日ニュースが伝える。同じ報道番組で、祇園や嵐山の閑散とした風景や、京都の宿が値崩れを起こしていることを報じていた。

 

死ぬときは死ぬし

「きれいな紙でしょう? ラオスで買ったの」

 連泊中の物静かなラオス系フランス人女性が、草花を漉き込んだ手すき紙に文字を書いて遊んでいる。パートナーとアジアを長旅中にコロナ禍が発生し、ラオスから中国に行く予定を変更して日本に来たとか。ラオス人のおばあちゃんがつけてくれた自分の名を日本語で書いて、というので、筆ペンを持ってきて「美しい月」と書いたらとても喜ばれた。

「ラオスで月を見ながら、この月が私なんだな、って思って。世界がこんな風になる前に見られてよかった」

 地元の空港がもうすぐ閉鎖されるという噂があるので帰国を早めた、という彼女は、紙を見つめながら言った。

「いろいろとありがとう! 帰りたくないなー」

 ブルガリアの女子旅コンビは、チェックアウト前日にバラの風味のターキッシュ・ディライトや珍しいお菓子を両手いっぱいくれた。

「キャンセルしようか迷ってたんだけどね、『よし、行っちゃえ!』って。死ぬときは死ぬし」

 ニューヨークから来た陽気なおじさん2人組は、豪快な笑い声と冗談でスタッフをいつも笑わせていた。

 

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ブルガリアのお菓子に手すき紙

 

 3月中旬までぽつぽつとやってきていた外国人ゲストも日を追うごとに減ってきて、空室が増えていった。自慢じゃないが(いや自慢だけどね)ずっと稼働率90%以上、ピーク時は98%の稼働率で回してきた宿である。連日、時間との戦いだった仕事から一転、暇をもてあますことも増えてきた。開けているだけ損が大きくなるので、客室稼働ゼロの日は閉館することになった。

「世の中がこんなになるなんて」

 ベテランスタッフがスカスカになってきた予約管理表を見ながらつぶやいた。

 4月、5月の予約もじょじょにキャンセルされていき、エクスペディアからは、4月いっぱいは「返金不可」予約でも無料でキャンセルを了承します、というお知らせがきた。あーそうですか……。

 そんな中、日本人ゲストがチェックインのときにお土産をくださった。袋をのぞくと、「東京ばな奈」だ。

「大変だと思うけど、がんばってくださいね」

 ありがとうございます。

 休憩時間にぱくっとひと口。甘い。うまい。染みる。

 間違いなく人生でいちばんおいしい「東京ばな奈」だった。

 

花見と自粛と外出と

 桜が開花しはじめた3月の連休中、楽遊は久しぶりに満室が続き、嵐山にも八坂神社にも多くの人出があった。

 

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3月21日、毎月恒例・東寺の「弘法市」はいつも通り開催され人出もまあまあ多かった。このあと、4・5・6月の弘法市は中止となっている

 

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3月29日、清水寺周辺はけっこうな人で賑わっていた。2月に葺き替え工事を終えた清水寺が、久しぶりにその全貌を現したのも人を呼んだ

 

「みんな大丈夫? こっちも大変だけどまた会おう」

 リピーターから届くそんなメッセージにも何かの形で答えたくて、私は毎日桜の写真を撮り歩いていた。京都がいちばん華やかになる季節の風景を、来られなかった全員と共有したかったのだ。

 3月25日、東京オリンピックが延期決定となり、東京には外出自粛要請が出た。

 3月27日、京都市長が緊急メッセージを出し、はじまったばかりの二条城や円山公園のライトアップは中止となった。京都でも、大学でクラスターが発生するなど事態が深刻さを増してきていた。

 世の中は異動の季節。楽遊のスタッフも就職して引っ越したり、就職活動を開始したり、みんな感染リスクを抱えつつ動かないといけない。子どもたちを抱えたママさんスタッフはみんな大変そうだし、本業がクリエーターのスタッフたちはイベントがほとんどなくなったと嘆いている。私はといえば、雇用調整助成金の資料を整えつつ、同時に完成間近の別邸の準備をこなしていた。

 建物の引き渡しは3月31日を予定していた。

 ここまで来て工事を止めるわけにもいかないし、4月頭には関係者のモニター宿泊も予定されている。掃除はどんな段取りでするのか、朝食をどうするのか。収納をどうするのか。考えておかなければいけないことや、段取りしておくことも山ほどある。不安を抱えつつ、走り続けるしかなかった。

 

 29日、新型コロナウイルス感染により志村けんが死去。

 翌日、予定していたモニター宿泊がほぼ全部取りやめになった。

 これには正直、ちょっとホッとした。

 万が一感染者を出してしまったら大変なことだし、謎ばっかりのウイルス相手に感染を防ぎきる自信なんて、私にはない。

 ホッとしたものの、これで楽遊の4月、ほぼノーゲストが決定だ。

 31日、予定通り別邸建物の引き渡し。

 引き渡しといっても儀式があるわけでもなく、工務店の社長から「じゃ、よろしくお願いします。鍵はあとで持ってきます」と言われただけ。

 本館と別邸、仕切りの仮設ドアも取り払われ、改めて、別邸に足を踏み入れてみる。

 うわあああ。

 工事中から何度も出入りしていたが、改めて見るとものすごくかっこいい。庭に面した開放感のあるロビー、1階の2部屋にはプライベートガーデンもある。2階には家族で来ても使えるコネクティングルームも用意した。

 木目が気持ちよく整った扉や床板、太陽光がたっぷり入る天窓と虫籠窓。

 なにもかもかっこいいじゃんね。

 って、うっとりしてる場合じゃない。

「これでお客さんがいればいいんですけどねえ」

 スタッフが残念がる。

「ほんとにねえ」

 3月の稼働率は、40パーセント少々で終わった。

 

楽遊、休館す

 4月に入り世界の感染者は100万人を超え、日本は49カ国の入国を拒否。ニュースでは安倍総理がマスクを配ると言っていたが、欲しいのはお客と金だ。

 ま、文句を言っていてもはじまらない。

 別邸を預かった我々がまずとりかかったのは大掃除。新築の木造建築からはハウスダスト(というか木くずや土ボコリ)がかなり出る。作業マニュアルを作る必要もあるので、新しいバイトスタッフのトレーニングも兼ねて、毎日、所要時間を計りながら別邸の掃除をした。

 そういや、創業したときこんな感じだったっけ。お客はいなかったが、毎日、掃除していた。

 なつかしいな。4年、早かったな。

 モップを振り回しながらそんなことを思っていたが、我にかえればそんな事態ではない。

 毎日届くテレビ、冷蔵庫、金庫、倉庫の棚、ドライヤー、その他もろもろの梱包をはがし、棚を組み立て、段ボールをつぶし、部屋に運びこみ、掃除をする……のだが、ときどき立ち止まっては「わーっ!!!!」と叫びたくなった。

 こんなこといま頑張って、何になるのだ。

 いかんいかん。

 柄にもなくネガティブおばけに一瞬つかまりかかっては、また渾身の力を込めて段ボールを叩き潰すのだった。

 

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4月2日。まだ絶賛工事中である。外壁を仕上げているところ

 

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スタッフは連日備品を片付けたり布団を整理したり、あとは掃除

 

 4月7日、7都道府県で緊急事態宣言。

 京都にも間もなく緊急事態宣言が出されるという予測から、周辺は慌ただしさをました。

「明日からお店閉めることになったので、今日中に来ていただけますか」

 花入れの取り置きをお願いしていた店から電話がかかってきた。途中、京都駅の伊勢丹地下に立ち寄ったら、明日から休業だとかで食品の棚はがらんとしていた。宿に戻ると、リネン業者の配達のおじさんがいた。

「あれ? 今日頼んでないですよね」

「最後なんでご挨拶をと思いまして」

 なんと。

 注文忘れや枚数間違いなど、なにかとミスの多い我々の仕事をいつも気を利かせてカバーしてくれている人だった。だがコロナ禍の影響は免れず、所属していた派遣会社が業者と契約終了となったのだという。

「お互い元気で生き延びましょう」

 何度も口にしたそんな言葉で、一礼してお別れした。

 

 4月15日、もろもろの作業が一段落し、楽遊は休館となった。仏光寺東町店はひと足先に閉めていたので、これで全館、5月末まで休業である。

 やれやれ、なんとか休館できた。

 なんとか、ってのも変だが、世の中的には休館させる必要があったものの、別邸の準備もする必要があり、閉められないまま来てしまった。これでスタッフのみんなを自宅待機させられる。助成金がどこまで頼れるか分からないし、彼らの生活の心配は残るが、少なくともここで感染させることはなくなり、ひとつ、心配が減った。

「生き延びて6月に会おうね!」

 また同じことを口々に言い合って、お別れした。

 

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4月15日、閉館する日は造園作業がたけなわ。この模様は回を改めて詳しくご紹介しよう

 

人気の旅館にランクイン!

 

 全国に緊急事態宣言が出されたこの日から、私はぼっち作業へと移った。

 大部分の工事は終わったが、造園や内部の細かい造作、Wi-Fi工事や行政による設備点検など外部との仕事はまだ残っていたし、新たな館内ファイルの作成やWebリニューアル、写真撮影、自分の確定申告などやることは意外といっぱいある。

 毎朝楽遊に来てのれんを出し電気をつけ、

「おはよう!」

 と楽遊に言ってみて(←寂しい)からコーヒーを淹れ、ロビーの大テーブルでひとり作業するのが日課になった。お昼は、庭を眺めながらご近所の名店がはじめたテイクアウトのお弁当を食べたり、錦市場で大量に売れ残っていたタケノコで炊き込みご飯をつくり、それをおにぎりにして頬張ったり。できたばっかりの美しい庭は葉っぱもいっぱい落ちるし、けっこう気を遣う。でも、時間に追われない日常も久しぶりだ。

 まあ、こんな人生の時間も少しならアリかもねえ。

 ホースで庭に水を撒きながらぼんやり思っていたら、4月27日、「WBFホテル&リゾーツ」が民事再生法の適用を申請したという報道が出た。倒産だ。

 わああ。

 ぼんやりしてたのが目が覚めた。

「WBF」といえば、楽遊を挟むように2軒建つ中規模ホテルだ。そのうち1軒は今年3月、コロナ禍の最中に開業したばかり。多分ほとんど使われていないまま閉業だ。

 両脇のホテルが2軒つぶれたから、オセロみたいに真ん中の楽遊もつぶれちゃったりなんかして。

 あはは。

 あははじゃねえよ。

 びっくりしてとりあえずひとりで冗談を言ってみたが、笑ってる場合じゃない。

 

 そして翌日。

 トリップアドバイザー恒例のランキング「外国人に人気の日本の旅館」が発表され、「京町家 楽遊 堀川五条」は4年連続ランクインで今年は全国2位、「京町家 楽遊 仏光寺東町」は初登場で全国11位にランクイン。

 気まずい……。

 タイミング的に気まずい……。

 もちろんありがたく嬉しいのだが、今の時点だと、

「まあ人気があっても誰も来れないけどな!」

 と謎の逆ギレを起こしてしまいそう。

 いや、素直に喜ぶべきだ。ありがとうございます。

 でもなあ。

 複雑な気持ちと喜びの半笑いを浮かべながら、誰もいない楽遊の庭に、私は水を撒き続けていた。

 4月の稼働率、実質0%。

 

 さて次回は、再始動の5月・6月編。

 俺たちだって、殴られてばっかりじゃいねーよ(←誰だ)。

 

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ここからは、お読みいただいた皆様にも今年の桜をお裾分け。まずは3月18日、京都文化協会前。ひと足早い開花に、道行く人がみんな写真を撮っていた

 

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3月19日、東寺

 

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3月20日、二条城のライトアップ。このあと中止になってしまった

 

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3月22日、京都御苑

 

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3月26日、円山公園

 

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3月29日、清水寺

 

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3月30日、嵐山

 

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4月3日、祇園白川

 

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同じく祇園白川。いつもだと歩けないくらいの人混みなのだが

 

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4月4日、平安神宮

 

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4月5日、六角堂

 

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4月7日、再び円山公園のしだれ桜。貴船や鞍馬へは電車に乗らないといけないのでガマンして、これにて今年の桜の撮影はおしまい

 

 

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(次回、5月・6月編に続く!)

 

 

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*町家旅館「京町家 楽遊 堀川五条」ホームページ→http://luckyou-kyoto.com/

*宿の最新情報はこちら→https://www.facebook.com/luck.you.kyoto/

 

 

*本連載は不定期配信です。次回もお楽しみに!

 

 

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山田 静(やまだ しずか)

女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』など企画・編著書多数。京都の町家旅館『京町家 楽遊 堀川五条』および『京町家 楽遊 仏光寺東町』の運営を担当しつつ、半年に一度1ヵ月の休暇をとって世界じゅうを旅している。

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