越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#28

タイ・コンチアム

文と写真・室橋裕和

 

 タイ東北部は、ラオスと長大な国境線を接している。両国を分かつのが、インドシアの母なる大河メコンだ。この河のほとりにあるタイ側の小さな村からラオス側に、僕はイミグレーションも通らず、こっそりと入ってみたことがある。

 

 

国境のメコン河ほとりにある小さな村

 僕はあえぎながら、ふらふらと自転車をこいでいた。厳しい坂道だった。息が上がる。吸い込まれそうな青い空に向かって、ほんのわずかずつ、坂を登っていく。
 左右からはのしかかかるように巨大な岩がせりだしていた。どれもキノコのような、あるいは立ち昇る煙のような、奇妙な形をしていた。サオ・チャリエンと呼ばれているそうだ。およそ130万年前、地殻変動によって隆起して、できたものといわれる。
 こんな荒々しい地形が、タイにもあったのか……。太ももの痛みをこらえながら、標高を上げていく。この台地を登りきったところからはきっと、メコン河とラオスとが見晴らせるに違いない。

 

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奇岩地帯サオ・チャリエン。一帯には多数の貝の化石が見つかっている。かつては海底だったと考えられている

 

 ようやく国立公園のビジターセンターまでやってきた僕は、もつれる足取りで近くの雑貨屋に入った。乾ききった喉に、盛大にコーラを流し込む。普段はほとんど飲まないこの世界的炭酸飲料だが、旅先ではやけに恋しくなる。
 どうにかひと息ついたが、ここから先はサイクリングではなくトレッキングとなる。台地に刻まれたわずかな足場をたどっていくのだ。ときにオーバーハングした岩塊が頭上に迫り、ときに断崖のすぐわきを恐る恐る歩いていく。
 アップダウンを繰り返して進んでいくと、僕と同じような旅行者がたむろしている場所に出た。岸壁に壁画が残されているのだ。およそ3000年前に描かれたものだという。ウシや豚らしきもの、サカナ、カメなど、古代人がなにかの思いを込めて印しただろう絵を、まわりにならって写真に収め、また登っていく。
 そしてやっとの思いでたどりついた台地の頂上に立つと、涼やかな風がひとつ、吹き渡った。汗と、疲れとが、飛んでいく。
 はるか眼下にメコンの流れがあった。対岸にはラオスの大地が広がっている。あの河が国境で、越えた先は違う国……。しかし、どちらの側にも河と荒野とジャングルと、ささやかな集落が見えるだけで、国境を挟んだ差異は見当たらなかった。
 それでもメコン河を渡り、向こうに何があるのか、確かめてみたい。およそ20年前、国境マニアとしては駆け出しのビギナーだった僕は、台地の上で切実にそう思っていた。

 

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険しい台地を歩いていく。いまにも岩が崩れ落ちてきそうで怖い

 

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先史時代の貴重な壁画で、考古学的にはしびれるシロモノなのだという

 

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台地の上からタイ=ラオス国境地帯を望む。日本だったら風情ない柵などが設置されてしまうだろう

 

 10数キロの道のりを戻り、僕はコンチアムの村に帰った。泊まっていたボロ宿に自転車を返し、メコン河沿いを散歩する。
 対岸にはラオスの村が見えた。しかし訪れることはできない。ボートはたびたび行き来していたが、ここは国際国境ではないのだ。タイ人とラオス人以外の越境は許されていない。ゲストハウスの主人に聞いても、外国人は無理だという答えだった。
 しかし……その頃はおおらかな時代であったのだ。
 河沿いの遊歩道を行ったり来たりしていると、木造の細長い船に乗った男が話しかけてきた。船の主だろうか。
「ラオスに行きたいのか」
 片言の英語だった。対岸を櫂で示しながら言う。
「行きたい。でも、外国人はだめですよね」
「そうでもない。時間による」
 意味がわからず、戸惑う。船頭が続ける。
「向こうの村はコンチアムよりもずっと小さい。ふだんは警察も役人もいないんだ。それでも1日1度は巡回してくる。いまがその時間帯だ。だけど、もう少ししたら連中は引き上げる。そしたら向こうに渡っても、誰も文句は言わないぜ」
 絶句した。それを世間では、密入国というのではないだろうか。
「行くなら300バーツでいいよ」
 国境マニアの自覚が芽生えつつあった僕に、選択の余地はなかった。

 

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コンチアムではこんな木造船でメコン河を遊覧してくれる船頭たちがいる

 

 船は静かに、滑るようにメコンに漕ぎ出した。船頭の鼻歌のなか、タイが遠ざかっていく。ミルクコーヒーのような色合いのメコンに手を差し入れてみると、意外に冷たい。川底の土壌や水の中に、豊富な栄養分が含まれているからこうした色になるのだという。ひとかかえもありそうな大きな魚が、腹を見せて飛び跳ねたりもしている。
 河の中ほどに差しかかる。もう国境線を越えてしまったのだろうか。対岸のラオスが迫ってくると、密入国の緊張感が背中を覆う。もう岸辺で遊んでいる子供たちの顔までもはっきりと見える。禁断の行為に震える。
 しかし船頭は、相も変わらずなにやら演歌調の歌を口ずさみ、のんきにメコン東岸に船をつけるのだった。越えてしまった。
「ラオスだぜ」
 いちおうパスポートを持ってはきたが、提出するイミグレーションはなさそうだった。船頭が今度はガイドとなって、国境の村を案内する。
「タイとはすいぶん違うだろう」
 その言葉通り、メコンを挟んで世界は一気に変わっていた。
 汚れて穴だらけのシャツを着た、裸足の子供たち。木造、藁葺きの高床式住居がむき出しの土の斜面に立て込んでいる。その足元では、焚き火で煮炊きをしている女がいた。僕のことを興味深げな視線で見つめてくる。電気も、水道もないようだった。
 店らしきものもあったが、それは傾いた木のテーブルに商品を並べただけの簡素さだった。ラオスのタバコやビールのほか、調味料、ハーブ、豚肉、もち米などが無造作に置かれている。ほんの目の前のタイでは冷房の効いたコンビニがあるというのに、こちら側では店ともいえない原始的なものだけなのだ。
 国境とはなんと、残酷な場所なんだろう。僕はそんなことを思いながら、村を歩いて回った。

 

 あれから20年ほどが経った。久しぶりに訪れるコンチアムは、すっかり様変わりしていた。おしゃれなゲストハウスが建ち並び、タイ人の若い観光客には人気の場所になっている。ラオス側もずいぶんと見違えたそうだ。両国の格差は、ラオスの急成長もあって縮まってきている。
 僕は20年ぶりにボートを雇い、メコンに漕ぎ出してみた。この国境ポイントを外国人が通過できないのは以前の通りだ。しかし、ラオス側に秘密の渡河をしてくれる船頭はもういない。どちら側でもしっかり国境管理をするようになっているのだ。
 それでも、メコンの流れと、そこに沈みゆく夕陽は20年前となにも変わってはいなかった。黄金色に輝く世界のなか、川面をたゆたう。遠い日の記憶をさぐりながら、僕はラオスを眺め続けた。

 

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国境のメコン河に陽が落ちる。もうラオス側にこっそり行くことはできないが、遊覧ボートは健在だ

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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