日本一おいしい!沖縄の肉食グルメ旅

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#28

鼎談「県民ステーキ考察」〈後編〉

鼎談・仲村清司×藤井誠二×普久原朝充 構成・鈴木さや香

 

『県民ステーキ』が肥満傾向の県民を変える? 

藤井:『県民ステーキ』のメニューはいわゆる牛の精肉はリブステーキしかない。牛内臓ステーキ屋といってもいい。ほとんど脂身がない理想的な肉ばかりだから、ご飯を食べずに肉と野菜だけ食べていれば、こんなヘルシーな店はないです。脂は豚(あぐー)の脂とスジの脂ぐらいだから、たいしたことはありません。「県民ステーキ」は、僕的に言い換えると「県民長寿祈願ステーキ」です。

仲村:いいように持っていくなあ(笑)。でもねえ、沖縄県民は肉も好きだけど、炭水化物も大好きなんですよ。ほら、沖縄のナポリタンはトーストが付いて出てくるでしょ。沖縄そばもジューシーや稲荷ずしなどがセットになっているし。首里の『あやぐ食堂』はソーメンチャンプルーにご飯がついて定食になっている。沖縄は糖質民族だね。

藤井:しかも大盛りではなく巨盛りやメガ盛りの食堂については評価が高い。味より量が評価基準になっている。

仲村:そう。なので、巨盛り食堂はたいてい親子三代が通う老舗なっていて、その親子三代がきまってデブなら、食堂の従業員までデブという店が多いよね。

 泊に「キロ弁」という弁当のテイクアウトの店があって、ここは弁当の重量がすべて1キロ以上あるんです。これ以上食べると危険という、いわゆる「K点越え」を売りにしている。スーパーの弁当にもいえることだけど、なにしろ米が弁当箱の一部に仕切られているのではなく、米を一面に敷き詰めたその上にオカズがのっているのが沖縄の弁当の特徴。米=糖質の摂取量が過剰すぎるんだよ。

普久原:糖質制限といえば、沖縄では、こくらクリニック院長の渡辺信幸医師が「MEC食」を提唱されていますね。肉(MEAT)、卵(EGG)、チーズ(CHEESE)を積極的にとることを奨励しています。実は僕も緩めの糖質制限をしていたりします。現在の標準体重を維持したいということもありますけれど、それよりも昼食後に眠くなるのが嫌だったので続けています。夏井睦さんの『炭水化物が人類を滅ぼす』(光文社新書)でも紹介されていたように、本当に眠気が襲ってこなくなったので驚きました。

 ホルモンを食べ歩くようになったこともあって、最近はご飯のない食事も苦にならなくなっていますけれど、以前であればステーキと一緒にライスを食べていただろうなと容易に想像がつきますね(笑)。ご飯を食べなくなれば、肥満傾向が高くなってしまった県民も変われるかもしれませんよ。

仲村:でもねえ、県民ステーキもそうだけど、あれだけ旨そうな「釣り」道具=肉のオカズがあったら、やっぱり食べてしまいますよ。しかもライスが食べ放題。「感情の釣り」でね、ご飯もこのさい食べておかないと損という意識が湧いてくる(笑)。

 

okinawa28_01牛スジ汁と藤井さん01

食べ放題の牛スジスープをおかわりする藤井隊員

 

okinawa28_03県民ステーキの焼き具合

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「県民ステーキ」に食らいつく仲村隊長

 

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那覇・牧志にある『県民ステーキ 国際通店』

 

 

「飲んだ後の〆にステーキを食べる」のは本当か 

普久原:僕はあまり食べに行ったことがないのですが、那覇の辻の辺りには今もステーキ屋さんがいくつか残っていて、夜遅くまで開いてますよね。

藤井:仲村さんも連載#23の回で書いていたけど、沖縄では泡盛をさんざん飲んだあとに、しめに夜中にステーキの分厚いやつを食うという話を、都市伝説みたいに、よく耳にします。でも、沖縄にじっさい通い出してみると、夜中にステーキ食ってる人は見たことない。沖縄では飲んだあとのシメにステーキを食うというのは一種のつくられた「沖縄イメージ」にすぎないという指摘は、ちょっとでも沖縄に通っている人ならわかるようなもんだと思う。その沖縄イメージをメディアがおもしろおかしく再生産していくだけの話。

 だけど、『三笠食堂』でテーブルの上にアメリカ製のマーガリンが容器ごと置いてあって、夜中にそれをご飯にかけて焼肉定食を食べている人はかつて、よく見ました。いまは健康県沖縄を取り返すという県あげての取り組みの中で、さすがにマーガリン・オン・ザ・テーブルは肩身が狭いみたいで、おばちゃんに言わないと出てこなくなった。

 前に『三笠食堂」で焼肉弁当をテイクアウトしたとき、ご飯にそのマーガリンをのせてもらったら、溶けてたいへんなことになってました(笑) 。

仲村:ホリデーマーガリンのことですね。妻はあれをバターと呼んでいます。バターとマーガリンの区別がつかないのでしょうね。で、やはり炊きたてのご飯には僕の目を盗んでマーガリンをべったり落として食べていますね。脂質もそうだけど塩分が強くて体によくなさそうですよね。米軍は結局、沖縄人の命を縮める食糧を普及させたことになるね。

普久原:〆でステーキを食べに行くという人は、実際はそんなにいないと思いますよ。

 僕の知っている限りでは、現場監督さんにお一人いらっしゃいました。現場竣工の内輪の祝いとして昼食で辻のステーキ屋さんに行ったときに、「夜中も飲んだ後にステーキを食べに行くことがある」と話していましたね。でも、僕が知ってるのはその一人だけです(笑)。もしかしたら典型的な数人の話から、イメージがどんどん拡張されて皆が同じようにステーキを食べていると思われているのかもしれませんね。〆で食べるのは沖縄そばや、今ならラーメンのほうが多いような気もしますけど。

藤井:吉村昭さんが『味を追う旅』(河出書房新社)というエッセイ本の中で「沖縄のビフテキ」という一文を残しています。国吉真一という沖縄戦に参加した人を取材したときに辻で食べたもので、1982年に書かれたものです。国吉真一氏への取材は『殉国』という長編小説になります。吉村氏は那覇でステーキを食べ歩き、かなり好きになり、沖縄で牛肉といえばステーキのことをいうのだといわんばかりに、沖縄ではビフテキが常食化しているかのように書いています。

仲村:吉村さんは『味を追う旅』ではお土産にステーキ肉のブロックを買ったことまで明かしていますね。県内産の牛肉を1キロ持ち帰ったそうです。

藤井:ところで沖縄のステーキの有名店のいくつかは奄美の人が創業しています。アメリカ占領下で奄美からの労働者が沖縄に流入して、男性は基地建設の労働者として、女性は夜の仕事をしていました。そうした奄美の人たちが米兵相手にステーキ店を始めてそれが今や沖縄名物になってる。仲村さんも辻にステーキ屋が多いことに触れていたけど、そういう歴史もあります。辻にラブホテル街があるけど、最初に始めたのはアメリカ占領時代に八重山の離島から那覇やコザに出稼ぎにきて風俗業を始めた人も少なくありませんでした。八重山から本島に出稼ぎに来て米兵相手の売買春に関係していた女性に取材をしたことがあるけれど、辻に同じ離島の地域出身のコミュニティを頼ってラブホテルで働いていたこともあったそうです。

普久原:当時は、沖縄本島に来てもなかなか正職に就けないことから、リスクの高い仕事に従事された離島の方は多かったようですね。

仲村:離島は王朝時代から人頭税や賦役など不利益を被ってきたけど、戦前も戦後も変わらず負の歴史が続いていたことになりますね。14世紀後半、王家は自らの版図を広げるために八重山に武装侵略します。これに対して孤軍奮闘してに抗ったオヤケハアカハチという人物が石垣島に登場します。最後は討ち取られてしまいますが、八重山諸島では英雄として崇拝されているのに、沖縄本島の那覇や首里ではいまだに逆賊扱いをする人が少なくありません。域内差別という言葉がありますが、沖縄と離島の関係はいまも複雑です。

藤井:結局、ステーキも米軍基地の置かれた沖縄本島の食文化ですよね。

仲村:そうですね。黒島を中心に八重山諸島でが牧畜の盛んな島もありますが、あくまで高級和牛を生産するための生業で、ステーキは食文化として定着してはいません。そういえば黒島では年に一度「牛まつり」が開催されていて、牛一頭が当たる懸賞付きの大抽選会が人気になっています。

藤井:おっ、それは見逃せないというか、ぜひとも牛を当てにいかないといけないな。我々こそ行って当てなきゃ!

普久原:でも、当たったとしても、どうやって牛を持ち帰るのですか? 船がチャーターできたとしても、飼うところがない。

藤井:ウチのマンションのベランダなら一頭分ぐらいの牛舎は作れるよ。

普久原:牧草はどうするんです。

仲村:なるほど。放牧地が必要なのか。セルラースタジアムなら天然の芝があるぞ。球場だったら広くて牛もストレスを感じないし。

普久原:スタジアムって……。それってもはや闘牛場ですよね(笑)。どうも来し方行く末の見えない発想だなあ。

仲村:よくよく考えると、当たっても扱いに困る懸賞品だなあ。

藤井:オレは意地でも持ち帰るよ。そうだ、県民ステーキに卸そう。真栄田さんなら相談にのってくれるはずだよ。

仲村:それこそ腐れナイチャーの無理な相談というものだよ。

 

*本稿#28の後半は、双葉社文芸WEBマガジン『カラフル』掲載記事の一部を大幅に加筆修正したものです。

 

*本連載シリーズを大幅加筆した単行本が、双葉社より6月に発売予定です。お楽しみに!

 

*本連載は、仲村清司、藤井誠二、普久原朝充の3人が交代で執筆します。記事は月2回(第1週&第3週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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仲村清司(なかむら きよし)

作家、沖縄大学客員教授。1958年、大阪市生まれのウチナーンチュ二世。1996年、那覇市に移住。著書に『本音の沖縄問題』『本音で語る沖縄史』『島猫と歩く那覇スージぐゎー』『沖縄学』『ほんとうは怖い沖縄』『沖縄うまいもん図鑑』、共著に『これが沖縄の生きる道』『沖縄のハ・テ・ナ!?』など多数。現在「沖縄の昭和食」について調査中。最新刊『消えゆく沖縄 移住生活20年の光と影』発売。

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藤井誠二(ふじい せいじ)

ノンフィクションライター。1965年、愛知県生まれ。8年ほど前から沖縄と東京の往復生活を送っている。『人を殺してみたかった』『体罰はなぜなくならないのか』『アフター・ザ・クライム』など著書や対談本多数。「漫画アクション」連載のホルモン食べ歩きコラムは『三ツ星人生ホルモン』『一生に一度は喰いたいホルモン』の2冊にまとめた。沖縄の壊滅しつつある売買春街の戦後史と内実を描いたノンフィクション作品『沖縄アンダーグラウンド』を2017年に刊行予定。

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普久原朝充(ふくはら ときみつ)

建築士。1979年、沖縄県那覇市生まれ。アトリエNOA、クロトンなどの県内の設計事務所を転々としつつ、設計・監理などの実務に従事している。街歩き、読書、写真などの趣味の延長で、戦後の沖縄の都市の変遷などを調べている。最近、仲村と藤井との付き合いの中で沖縄の伝統的な豚食文化に疑問を持ち、あらためて沖縄の食文化を学び直している。

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