京都で町家旅館はじめました

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#27

宿と京都の近況〈1〉1月、2月編

文・山田静

新型コロナに参った参った

   皆さまお元気でしょうか!

 ワタクシ及び楽遊はといえば、ご想像の通り新型コロナ肺炎によりノックアウトされております!

 ただすぐに閉めたり開けたりできるのは小回りがきく小さな宿ならでは……ってことで、4月半ばから5月いっぱいの予定で休業中だ。

 ただし!ですよ。

 皆さま覚えておいででしょうか。

 当館『京町家 楽遊 堀川五条』は昨年12月から別邸増築工事に着手しており、3月末に建物引き渡し、5月には本格的にゲストの受け入れ開始、ってことで、新型コロナ肺炎が拡大しはじめた1月下旬には、すでに毎日トンテンカンテン工事の音が響いている状態だった。

 やっちまった……。

 今になってみると「やっちまった」タイミングではあるが、1月時点では正直ここまで拡大するとは予想していなかった。そして日増しに悪くなる状況の下、休業準備と別邸開業準備を同時に進めるという、自分が前と後ろ、どっちを向いてるかわかんなくなるような状態で、ひたすら走り続けるような毎日が続いた。激動だったなー……(って、まだ終わってないけど)。

 しかし、これも貴重な体験ではある。自分のメモをもとに、現在に到るまでの動きを2回に渡って振り返ってみたい。

 

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静かに過ぎた2019年の大晦日とお正月

 

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年越しそばを用意していた時点では、数ヶ月後どうなってたかなんて、想像もできなかった

 

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今年の大晦日は夜勤担当。ゲストも出かけるか部屋に入り、ひとけのないロビーで午前0時、「ハッピーニューイヤー」とつぶやいた

 

 

1月 始まりは中国からのキャンセル

 1月半ばの時点で、当館の4月の予約は9割ほど、5月も7割ほど埋まっていた。現在7室、別邸が完成すると全部で11室。増えたぶんの募集をいつ始めるのか、いくらにするのか。日本庭園も3つあり、グレードアップした別邸と本館をどういうオペレーションで運営するのがいいのか、内装はどうするのか。私の脳の5割はそれで占められ、残りの3割は現状のこまごました心配、そして最後の2割に「もうすぐ春節なんだけど、中国で怪しい肺炎が流行ってるっぽい……?」という薄ぼんやりした不安がもやもやと広がっていた。

 1月下旬の予約表にはチャイニーズ系の名前がいっぱいだが、取消しが増えるかもな、という程度で、まだまだ当事者意識は薄かった。

 

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1月8日時点の別邸。階段ができた!

 

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同じく1月8日、別邸2階奥の部屋

 

 そして1月23日、武漢封鎖。

 このとき初めて、2002年から2003年にアジアを中心に大流行したSARSのことが脳裏に蘇ってきた。東京で旅ライターをしていた時期で、取引先だったいくつもの旅行会社が畳まれて、何人もの業界関係者が自分の好きだった場所を去っていくのを見た。あれがまた起きるのか。

 1月24日、最初の取り消し交渉メッセージが来た。

「伝染病の状況を見て、日本への旅行を取り消そうと思っています。キャンセル料は必要ですか?」

 1月25日チェックイン予定の中国人ゲストからだった。到着前日なのでキャンセル料が全額かかるタイミングだが、事情を考えて25%のキャンセル料だけいただくことにした。

 

 これを皮切りに、怒涛の日々が始まった。

「自分は行けるのだが、妻が看護師で24時間待機を命じられてしまった」

「街は封鎖されてないけど機内感染が怖い」

「北京在住なので日本には行けるけど、僕らが行くことで日本に迷惑をかけたくない」

 次々届く中国人ゲストたちからのメッセージは切実だった。楽遊に来る中国人のほとんどは個人旅行で、ビザをとるのも時間がかかる。おそらく半年以上前から計画を練ってお金を貯めて、旅を楽しみにしていたはずだ。同じ旅好きとして、胸が痛くなるような状況だった。ただ中国人はこういうとき決断も早いし交渉も早い。サクサクと取消処理は進んでいった。

 

 1月27日、中国政府が国民の旅行会社を通じた海外旅行に停止命令を出した。

 つまりは中国人、ほぼ全キャンセルだ。

 1月29日、ブッキングドットコムが非常事態宣言を出した。簡単に言うと、新型コロナ肺炎由来のキャンセルについて、キャンセル料すべて免除してくれ、という要請が登録宿泊施設に出たのだ。当初は中国本土が対象で2月8日までだったが、2月1日には2月29日まで延長され、対象地域もどんどん拡大されていった。

 つまりはキャンセル料がもらえない。

 どひゃー。

 予想はしていたし、いずれそうせざるを得ないのは分かっていたが、予約サイト側にそれを決められるのは釈然としない。

 31日にはエクスペディア社もこの非常事態宣言に追随した。こちらはもっと強い通達で、「弊社のサポートチームから貴施設への電話を減らすため」「返金不可の予約に対してもすべて自動的にキャンセルを行い全額返金します」(意訳)。

 だいたい想像はつく。カスタマーサービスセンターがパンク状態なのだろう。

 この時点で、どこから予約されたにしても、どんな状況でも、キャンセル料は請求できないことを覚悟した。

 これ、長引いたらやばい。

 

 キャンセル対応に追われながらも、満室に近い状態は28日ごろまで続いた。もともと欧米のゲストが多かったというのもあるが、空港が封鎖される前にすでに出国していた中国人やチャイニーズ系のゲストが、帰国を延期したというパターンもあった。

「やだなあ、帰りたくないなー」

 成都から来ていたカップルは、家族や友人から頼まれたと言ってマスクを山のように買い込んで去っていった。

 チェックインのときに住所を書かなかった母娘がいて、スタッフが再度記入を頼んだら、「四川省」と書いた、なんてこともあった。中国人だからと差別する動きも出ていたなか、書きたくなかったんだろう。彼女たちがチェックアウトするときに、たまらず小さなお土産に「加油中国」とメッセージカードを添えて渡した。

 この時点では、欧米からの予約は順調に入っていた。ちょうど4月のイースター休暇や夏のバカンスを考えるタイミングだ。

「私たちはリアルなフトン体験をしたいのだが、部屋にあるのはフトンかベッドか」

 いつもだと苦笑しながら回答するこんなヨーロッパ人からの問い合わせも、キャンセル処理ばかりが続く毎日のなかではちょっとした救いだった。それが「楽遊の日常」だったからだ。

 

 30日、WHOが非常事態宣言。

 1月の客室稼働率は70%あまりで終わった。

 

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バタバタが加速して休みもなく、初詣はご近所の西本願寺へ。いつ行っても、その威容に圧倒される。なにしろでかい。

 

 

2月 あれよあれよとパンデミック

 

 2月3日から14日まで、楽遊は別邸との接続工事などもあって閉館となった。もともとチャイニーズ系のゲストが多かった2号店『楽遊 仏光寺東町』は、相次ぐキャンセルにより2月12日から16日の5日間、急きょ閉館を決めた。

 このタイミングで、別邸のイメージ固めをしようと考えていた私は、できるだけ徒歩や自転車で宿やレストラン、名所を毎日見て回った。

 そして、日に日に、京都から人影が消えていくのを目の当たりにした。

 

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2月7日、先斗町にて。人混みで歩けないくらいだったのに

 

 歩き疲れて乗ったタクシードライバーはこう愚痴った。

「観光客もやけど、修学旅行がどうなるかなあ。来週あたりからはじまるんやけど、来るのかどうか。5月あたりも生徒さんの引率で予定みっしりなんやけどな」

 ご近所の先輩方からは、よくこんな言葉が出た。

「こんなん、古都税以来やねえ」

 古都税。私もうっすら記憶に残っているが、1985年、寺社仏閣に「古都保存協力税(古都税)」という税金をかける動きに反発し、清水寺や東寺などが閉門、京都仏教会が京都市相手に訴訟を起こし取り下げさせた事件だ。当時も清水坂や寺町は観光客が激減したというが、今回は京都のそんな弱肉強食ピラミッドの頂点に立つ寺社仏閣といえども、即効性のある手は打てない。だが、拝みに行けるところがいっぱいあるだけでも、なんだか気持ちが休まるのだった。

 

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2月15日、八坂神社。ぽつぽつと参拝に訪れる人の姿があった。祇園祭はもともと疫病退散を祈願した神事。

 

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境内の「疫神社」は、災厄除けとして信仰される蘇民将来を祀っている。疫病が流行したら「茅の輪」をつけて「蘇民将来の子孫なり」と言えば災厄から逃れられるという

 

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3月に入ると、八坂神社にはいつもは祇園祭の時期に置かれる「茅の輪」が設置された。時期外れの茅の輪は、コレラが流行した明治10年以降はじめてだとか

 

 2月15日、工事が終わった楽遊の復旧作業に入った。閉館の間行われていたのは、新しくできた別邸と現在の建物をつなぐため壁をぶちぬき、さらに最新の消防法に適合させるため、天井や廊下の板を防火処置が施された素材に張り替える、という大工事(工事の模様や別邸のことについては、また後日まとめてご紹介したい)。

 当然館内はホコリまみれだ。

 まる1日かかって汗だくで掃除して復旧させ、

「がんばりました!」と掃除後の写真をSNSにアップしたらイタリア語やスペイン語、英語、中国語で

「がんばったね!」

 とリピーターから拍手マークとお褒めのコメントがいっぱい来てニコニコ。

「また行くのが楽しみだよ!」

 なんて言ってくれるゲストもいたが、いったい、いつ来てもらえるようになるんだろう。

 

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本館のこの壁が

 

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バキバキに破壊されて(作って4年足らずなのに……)

 

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こうなった! 詳しい工事のことは、また別の回でご紹介したい

 

 復旧あけの2月半ばからは、キャンセルの風向きが変わった。

 2月17日、タイ人ゲストから、「日本が警戒レベル3の渡航先になったから行けない」と連絡が来た。

「出国できないから行けない」じゃなくて、

「日本が危ないから行けない」になったのだ。

 18日には、東京マラソンに参加予定だったアメリカ人ゲストからもキャンセルが入った。一般参加が取りやめになったので、来日する意味がなくなったという。

 しかしこの時点でも、欧米からのゲストは8割がた来ていた。フランス人男子3人組が銭湯に行ったものの当たり前だがみんな全裸なことに驚いたらしくすぐ戻ってきて、「俺たちはまだあそこに入る準備ができていない」「明日は行く」なんて口々に強がってみせて、微笑ましい気分になったりもして、「楽遊の日常」はまだ現場にあった。

 日に日に感染者が増える北海道は心配だし、欧米で感染が広がりはじめたという報道も、「お湯でコロナが死ぬ」的なデマが拡散され始めたのもいやな感じだったが、それでも、4月や5月の予約は止まらず入ってくる。

「今なら京都は人が少ない」

 そんな情報も広がり、日本人の予約がだんだん増えてきたのもこのころだ。

 

 2月25日、政府の基本方針が出て、イベントの自粛や学校の休校要請が発表された。

 翌日からイベントやライブが次々と中止になり、インバウンドと同じくらい、イベントの遠征需要で支えられていた地方のビジネスホテルの状況を想像するとなんとも言えない気持ちになった。

 だがしみじみしている場合ではなく、

「トイレが危ないところでした」

 せかせかと入ってきた設計士さんの言葉に驚いた。パンデミックの影響で世界の流通が止まり、トイレが品不足に陥っているそう。別邸の部屋のパーツがピンチ!

「間一髪、発注が間に合いました。でもペーパーホルダーがどこにもありません」

 爽やかな笑顔で帰ってしまった。続けて工務店の社長がやってきて、

「紙巻きがねえ、ないんですわ。他のものはとっくに発注済みで大丈夫なんですけど、紙巻きが」

 トイレットペーパーホルダーは業界用語で「紙巻き」というのを初めて知った。またひとつ覚えて得した。

 2月28日、東山の春を告げるライトアップ・花灯路の中止が発表された。

 桜のライトアップも今年は開催危ういかな。

 数ヶ月前までは思いもしなかった状況が毎日目の前で起きている。明日もどうなるか分からないが、いまできることは、それでも来てくれるゲストたちに100%満足して帰ってもらうことだ。それがきっと、明日のメシのタネになる。そう思うしかなかった。

 2月の客室稼働率は、およそ65%で終わった。

 

 

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人がいてもいなくても、天神さん(北野天満宮)の梅は今年もきれいに咲いていた。しかし本当に人、少なかったな……

 

(次回、緊迫の3月・4月編に続く!)

 

 

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*町家旅館「京町家 楽遊 堀川五条」ホームページ→http://luckyou-kyoto.com/

*宿の最新情報はこちら→https://www.facebook.com/luck.you.kyoto/

 

 

*本連載は不定期配信です。次回もお楽しみに!

 

 

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山田 静(やまだ しずか)

女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』など企画・編著書多数。京都の町家旅館『京町家 楽遊 堀川五条』および『京町家 楽遊 仏光寺東町』の運営を担当しつつ、半年に一度1ヵ月の休暇をとって世界じゅうを旅している。

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