台湾の人情食堂
#27
大人の散歩道、高雄の鹽埕
文・光瀬憲子
想像力を働かせて、鹽埕を歩く
台湾第二の都市、高雄の成長が目覚ましい。台北をしのぐ勢いで開発が進んでいる。だが、そんな高雄にも生活の匂いがする下町はある。台北の西側にある艋舺(万華)よりも少し大人っぽくて、下町といってもどこか洒落ている鹽埕(イェンチェン)だ。ふつうのガイドブックに載るようなわかりやすい観光資源は少ないものの、ぶらりと歩いてみるとじわじわとそのよさが伝わってくる。そんな街だ。
鹽埕の栄華のときを偲ばせる新樂街。老舗の貴金属店などが並ぶ
台北の艋舺がかつてそうだったように、高雄の鹽埕も台湾全土にその名を轟かせた時期があった。1950年代から60年代にかけて、高雄港は舶来品をいち早く入手できる場所としてにぎわった。それはまるで東京のアメ横のようだったと、当時の鹽埕を知るお年寄りは言う。
そして、鹽埕が栄えた最大の理由が1960年代に高雄港に停泊したアメリカ第7艦隊だ。台湾を防衛するアメリカの軍隊が鹽埕で物資の補給を行ったため、60年代の鹽埕は休暇をとるアメリカ兵たちであふれていた。もちろん、アメリカ兵と台湾人女性たちのロマンスもあったようだ。
細長いアーケードの商店街、道路の両端にずらりと並ぶ宝飾店の看板、ところどころに残るレンガ造りの建物などが、想像力をかき立てる。アメリカ兵と腕を組んで歩く台湾女性の嬌声が聞こえてくるようだ。
ちょっとくたびれた鹽埕の商店街の様子は、私の地元、横浜の伊勢佐木町エリアを思わせる。幼いころ、両親と歩いた商店街、店に並ぶ華やかな舶来品の数々。そんな記憶が再現されたかのような光景が鹽埕にはある。
鹽埕の路地裏にある生活市場
学校給食を思い出すミルクパン
鹽埕の細い路地のなかにお気に入りのパン屋さん「三郎麵包廠」がある。アメリカ兵が鹽埕を闊歩した当時から営業していた数少ないパン屋さんだ。当然、アメリカ兵もパンを食べたがったが、当時はアメリカ兵が通るエリアと、地元の台湾人が暮らすエリアとははっきり分かれていた。台湾人エリアにあるパン屋さんにはアメリカ兵はなかなか入って来られなかったため、アメリカ兵の出入りするバーで働く台湾人女性、通称「バーガール」がパンを買ってアメリカ兵たちに届けたのだという。
「三郎麵包廠」の女将さん
この店のパンは当時と変わらない素朴な風味を守っていて、小さなミルクパンの中はマーガリンが詰まっており、焼き立ては外がカリッとしていて、中はふんわり。野暮ったくて懐かしい味わいのマーガリンが口の中に溶け出し、昭和の学校給食のような味がする。
「三郎麵包廠」の素朴なミルクパン
杏仁茶とサンドイッチ
鹽埕の路地をさらにぶらぶらと歩いていると、「FIFTY YEARS杏仁茶」という横文字の店が目に留まる。創業50年の老舗杏仁茶という意味で、店名こそ横文字だが、店構えは台湾のありふれた大衆食堂のようだ。
瀨南街と富野路の交差点近くにある「FIFTY YEARS杏仁茶」
杏仁茶とは、杏仁豆腐のような風味の飲み物。アーモンドの粉で作られており、杏仁豆腐のような少しとがった香りがある。豆乳と同様、杏仁茶も台湾では広く愛されている朝食メニュー。冷たいものと温かいものを選べるが、朝はやはり温かいほうがお腹にやさしい。ホット杏仁茶とサラダのサンドイッチを組み合わせる。杏仁茶の自然な甘さが、パンとよく合う。ちょっと洋風な、鹽埕らしい朝ごはんだ。
「FIFTY YEARS杏仁茶」の杏仁茶とサンドイッチ
サバヒーと米粉の麺のスープ
洋風の朝ごはんばかりが人気なわけではない。地元台湾人に親しまれているのはやはり台湾流の朝ごはん。台南と同様、虱目魚(サバヒー)という白身魚の養殖が盛んな高雄では、虱目魚を使った料理の専門店も多い。台南では虱目魚を丸ごと一匹粥やスープのなかに入れる、ボリュームたっぷりの虱目魚朝ごはんが人気だが、高雄の人たちは虱目魚をすり身にして食べることを好む。ひと手間加えることで、高雄の虱目魚はぐっと食べやすくなっている。
瀨南街の西側を平行する「三郎麵包廠」のある路地を少し北上した左手にある「大溝頂虱目魚米粉湯」は、狭いアーケードにテーブルを並べただけの簡素な店構えだが、早朝から虱目魚を求めて客が押し寄せる。この店の特徴は一人客が多いこと。虱目魚と太めの米粉の麺の入ったスープが看板メニューなのだが、これを黙々とすする中高年の一人客が目立つ。
太い米粉の麺はふんわりと柔らかく、お米の香りがやさしい。臭みのない、すり身の虱目魚と米粉がたっぷり盛られたスープは、朝ごはんにぴったりのあっさりした塩味だ。
サバヒーのすり身と米粉の麺が入ったスープ(大溝頂虱目魚米粉湯)
豚、鴨、羊の人気店が集まるレンガの建物
夜の鹽埕でひときわにぎわっているレンガ造りの建物がある。鹽埕の新樂街と新興街の交差点にあるこのビルには、豚、鴨、羊の人気店3軒が入っていて、私は高雄を訪れる旅行者に「鹽埕のレンガの建物を目指してください」とアドバイスしている。
新興街側から見たレンガの建物。左手が「王牌羊肉海産店」、角を左に回り込んだところに「大胖豬油拌麵」と「鴨肉珍」がある
鴨を扱うのは、3軒のなかでも特に繁盛している「鴨肉珍」だ。脂ののった鴨肉スライス、あっさりした鴨のモツスープ、鴨肉の細切れのせご飯などが食べられる。
遠方からはるばる食べに来る客も多く、常に長蛇の列。メニューがないので、列に並びながらどうやって注文すればいいのかドキドキしてしまうが、食材がオープンキッチンに並んでいるので、自分の番になったら、ほしいものを指差せばよい。
「鴨肉珍」の鴨肉スライス
鴨肉珍の左隣にあるのは豚の店「大胖豬油拌麵(デブのラード麺)」。こちらの人気は豚肉ワンタンスープと、ラードで和えたシンプルなラード麺だ。黄色い縮れ麺をたっぷりのラードで和え、豚肉スライスを数枚のせたもので、日本の油そばが好きな人なら気に入るはずだ。かなりこってりしているが、塩味のワンタンスープがよい口直しになる。
「大胖豬油拌麵」のラード麺
レンガの建物の正面に向かって左手にあるのが、ラム肉と海鮮の「王牌羊肉海産店」だ。この店の看板料理は当帰羊肉というラムの漢方スープ。漢方系の味だが、クセが強くなくて飲みやすく、トロトロに煮込まれた骨付きラム肉はビールのつまみとしても最高だ。口に含むと肉がほろりと骨から取れる。
「王牌羊肉海産店」のラム肉スープ。この店にはビールもある
鹽埕の夜は、迷わずこの3軒をハシゴすることをおすすめする。
*高雄の鹽埕の歴史エピソードや、美味しい店の情報や位地については、著者最新刊『台湾の人情食堂 こだわりグルメ旅』や、既刊『台湾縦断!人情食堂と美景の旅』に詳しく書かれています。ぜひ、そちらも合わせてお読みください!
定価:本体1200円+税
*本連載は月2回(第1週&第3週金曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!
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著者:光瀬憲子 1972年、神奈川県横浜市生まれ。英中日翻訳家、通訳者、台湾取材コーディネーター。米国ウェスタン・ワシントン大学卒業後、台北の英字新聞社チャイナニュース勤務。台湾人と結婚し、台北で7年、上海で2年暮らす。2004年に離婚、帰国。2007年に台湾を再訪し、以後、通訳や取材コーディネートの仕事で、台湾と日本を往復している。著書に『台湾一周 ! 安旨食堂の旅』『台湾縦断!人情食堂と美景の旅』『美味しい台湾 食べ歩きの達人』『台湾で暮らしてわかった律儀で勤勉な「本当の日本」』『スピリチュアル紀行 台湾』他。朝日新聞社のwebサイト「日本購物攻略」で訪日台湾人向けのコラム「日本酱玩」連載中。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/ 近況は→https://twitter.com/keyword101 |