東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#27

ミャンマー国鉄の迷路〈4〉

文・下川裕治 写真・中田浩資 

モンユワからキンウーへ

 ついにここまで落ちたか……。別に転落の列車旅をしているつもりはない。しかし、モンユワ駅から乗り込んだ列車は、これまでミャンマーで乗ったなかでいちばんひどかった。ボロボロだった。乗り込むためのステップは壊れ、木が渡してあった。窓ガラスはもちろんない。ついでにドアもない。天井の扇風機など、とても望めなかった。トイレがあったが、床に穴が開いているだけだった。
 これを列車といっていいものか。森林鉄道の車両のほうが、もう少ししっかりしている気がする。
 発車した列車はとんでもなく揺れた。立つことができない揺れは、以前、ダウェイから乗った列車を思い起させた。
 老朽化が激しいミャンマーの鉄道だが、ヤンゴンからパガンを経て、パコック、モンユワと進んできた列車はそれほどひどくはなかった。揺れは大きいが、脱線が不安になるほどではなかった。線路のメンテナンスという地道な作業がやっとミャンマーでもはじまった気がした。
 しかしモンユワからキンウーまでの路線は、新型車両や線路のメンテナンスからも見放されていた。ミャンマーの鉄道路線のなかの底辺路線だった。
 予感はあった。予定では午後2時に発車するはずだった。モンユワの街を散策し、昼食をとって駅に戻ると、午後7時発になったといわれた。駅長さんは悪いと思ったのか、僕と中田カメラマンに応接室を開放してくれた。駅前の店で水を買おうとすると、おじさんは、「今日のキンウー行きは運休だよ」といった。ところが、キンウーからの列車は、3時半に到着したのである。出発は午後4時。2時間遅れただけだった。ミャンマーの列車では、そう驚くことではない。つまり駅員も売店のおじさんも、この列車をあてにしていなかった。見捨てられたような路線だったのだ。
 乗客も少なかった。僕らの車両に乗っていたのはおじさんひとりだった。停車する駅は無人駅ばかりだった。しかし見捨てられた列車の本当の意味を知るのは、夕日が沈んでからだった。車窓に映る森が黒くなっても、車内は暗いままだった。
「この列車、電灯がつかない?」
「いや、電気がないんだと思います」
 そういう中田カメラマンの顔はもう見えなかった。
 しかしミャンマーの人たちは、真っ暗な車内をものともしなかった。夜の8時頃だったろうか。大きな荷物をもった女性たちが5、6人、どどーッと乗り込んできた。皆、手には懐中電灯をもっていた。すると、どこからともなく懐中電灯を手にした車掌が現れ、切符を検札し、荷物の超過運賃をとる、とらないでもめはじめたのである。荷物を懐中電灯で照らしたところで、その量がどれほどわかるのだろうか。
 女性たちは2駅分乗って降りていった。再び車内は銀河鉄道のような静けさに包まれる。月明かりが扉のないドアから差し込みはじめる。するとまた、大きな荷物をもった別の女性たちが乗り込んでくる。
 乗り込んでくるのは女性ばかりだった。若いのか、おばさんなのか、暗い車内ではわからないが、彼女たちは実によく働いていた。男たちは、怪しげなミャンマーの酒を飲みながら、金にもならない儲け話にうつつを抜かしているのに違いなかった。
 ボロボロの無灯車両の列車だったが、それでも先には進む。キンウーに着いたのは夜の10時半だった。

 

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開放型車両といえば聞こえはいいが。これ以上シンプルな列車は世界にない?

 

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真っ暗な車内でも荷物検査。慣れとは怖いものです

 

 

キンウー発、美濃太田行きのキハ48

 どうしようか。北のミーチーナに向かう方法もあった。ミッチーナ行き列車は、マンダレーから、キンウーを通って北上していく。しかしその路線に乗ってしまうと、キンウーとマンダレー間が未乗車になってしまう。そこを潰すためには……。マンダレーに出る手段もあった。キンウーとマンダレー間は2回乗ることになるが、このほうが効率はいい?
 すると駅員から声をかけられた。午前1時半発のマンダレー行きがあるという。
「とても快適な列車で速い。午前4時40分にはマンダレーに着きます」
「車内は電灯がつきますか?」
「もちろん」
 マンダレーに向かうことにした。
 午前1時半にホームに入ってきたのは、美濃太田行きのキハ48だった。
 とても快適……。そういうことだったのだ。日本から譲られたディーゼル列車だった。ミャンマーではキハ系車両がRBEという名称で走っていると聞いていた。レイルバスエンジンの意味だという。それがキンウーとマンダレーの路線に走っていた。
 乗り込んだ車内は、照れるぐらいに明るかった。日本語も残っている。岐阜と多治見の間を走っていたらしい。運賃表もそのままだった。そして美濃太田という行き先も。
 冷房は効いていなかったが、天井の扇風機はまわっている。椅子にクッションもあった。見捨てられた列車に乗ってきた身には、すべてが眩しく、懐かしい。しかし午前1時半である。ロングシートの上や床では、男や女がごろごろと寝ている。
 列車は定刻にマンダレーに着いた。
 さすがに速かった。

 

 

※地図はクリックすると拡大されます

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*2012年のミャンマー鉄道旅行記は、双葉文庫『不思議列車がアジアを走る』に収録されています(第三章ミャンマー ヤンゴン環状線「窓ガラスのない木造列車は、南国のスコールも吹き込む」)。そちらもぜひお読みください。

 

 

*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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