ブルー・ジャーニー

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#27

カナリア 風の中の島々〈2〉

文と写真・時見宗和 

Text & Photo by Munekazu TOKIMI

「いま」と「ここ」しかない場所で

 

 ジープは道路をはずれて砂地を駆け上がり、風が吹き抜ける小高い山の頂近くに止まった。

 アフリカ西海岸の沖合に浮かぶ七つの島々、カナリア諸島。

 そのうちのひとつ、フェルテベントゥーラ島は、約二千年前に火山の噴火で生まれた諸島最古の島。

 面積は東京都とほぼおなじ一六六〇平方キロ。

 Fueruteventuraはスペイン語で「強い風」。サハラ砂漠から吹きつける風が、島を常春で包みこむ。

 

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 車から降りたステファノは、一〇メートルほど登ったところで立ち止まり、目を細めてあたりを見まわすと、首を横に振りながら「ノー」。左に五メートル移動して「ノー」。少し下って「ノー」。同じことを何度も繰り返し、ようやくうなずく。「モンダイナイ(問題ない)」。無名だった二〇代後半、ステファノは門前仲町で三ヵ月ほど暮らしたことがある。

 ジープの荷台から重くて大きなパノラマ撮影用のカメラを取り出したステファノは、撮影ポイントに向かって走り出した。「クモガクル(雲が来る)!」

 シャッターを押すと、ジジジジッと音をたてながら、レンズがゆっくり回転を始める。

 空と海の青、砂の白、大地の茶。この島には人工の色が視界に入らない(人工の音も聞こえない)場所が、そこここにある。

 

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 一四九二年(延徳四年)八月三日金曜日、パロス(スペイン)の港を出発したクリストファー・コロンブスは、五日後、カナリア諸島のひとつ、ゴメラ島に到着。壊れた船を修理し、水、薪、肉類などを積みこみ、九月六日、大西洋に向かって出航した。

 当時、科学の世界では地球が丸いことは常識だったが、船乗りのなかには平らだという考えが根強く残っていた。

 船員たちの不安と欲求不満が爆発寸前となった一〇一一日、西インド諸島、バハマの島、サン・サルバドル島を「発見」。上陸し、先住民族、アラワク族と出会った。

「みなカナリア人のように、ネグロでも白人でもない……とても美しい人びとだ。髪の毛はちぢれているのではなく、太くしなやかな馬の尻尾のようだ……濃い褐色の肌の者はいない、まさにカナリア人の肌の色だ」

 アメリカ大陸に鉄の文化はなかった。アラワク族のひとりは、初めて見る刀に手を伸ばし、怪我をした。

 それを見たコロンブスは思った。

「彼らはすばらしい奴隷になるだろう」

 一五世紀末から一七世紀初めにかけての大航海時代、コロンブス、アステカ帝国を征服したエルナン・コルテス、インカ帝国を征服したフランシスコ・ピサロ。ピサロとともに先住民族を虐殺したエルナンド・ソト、ティエゴ・デ・アルマグロは、海が冷たく、きびしい風が吹き荒れる北大西洋の北側を避け、アフリカ大陸西海岸沿いに南下し、それから西に針路を取った。

 彼らコンキスタドールにとって大洋に漕ぎ出す前のさいごの陸地だったカナリア諸島。(コロンブスは四回の航海の四回ともカナリア諸島に立ち寄った)

 だが、フェルテベントゥーラに足跡は残されていない。黄金の国を求める彼らにとって、この島は、振り向く価値もなかったということなのだろうか。

 

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 雲が通り過ぎるのを待って、移動する。

「Maditativeな場所だと思わないか?」ステファノが肩をすくめ、両手を広げながら言う。「ここにマットレスを敷いて、カルメンと夜通し、星空を眺めたんだ」

 きめの細かい砂の広がりと、貝殻混じりの大粒の砂の広がりが、見えない壁をはさんで、どこまでもつづいている。

「遠い昔、この場所は海の底だったのだと思う」ステファノが貝殻混じりの砂をすくいあげる。「だけど、どうしてまったくちがう砂が、混じり合わずに広がっているのかは、わからない」

 足もとの砂がくずれる。やわらかな感触が、はるか遠くのできごとのように思える。

「本は書けた?」

「いや、まだなんだ。すごくむずかしい」

「ダイジョーブ、モンダイナイ」

 

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 風に吹き上げられた砂粒が、はずむように転がっていく。

 無数の砂粒が大地をヴェールで覆い、衣擦れの音をたてる。

 散らばっている仲間が風の力を借りて集まり、山を築く性質が砂にはある。世界の砂漠の面積の約二〇パーセントを占める砂丘は、一定方向に吹く風と転がる砂があれば、どこにでも生まれる。広さは砂の量によって決まり、形は風の向きによって決まる。

 詩人ウィリアム・ブレイクは“無垢の予兆”に書いた。『一粒の砂に世界を見る/一輪の野の花に天国を見る』

 ホルヘ・ルイス・ボルヘスは永遠について書いた作品に「本も砂も、始まりと終わりがない」という意味をこめて“砂の本”と名づけた。

 勅使河原宏に映画化され、カンヌ映画祭で審査員特別賞を受賞した“砂の女(阿部公房)”は、砂を片づけるためだけに生きている女の物語だった。

 カラハリ砂漠に住むブッシュマンは言う。「われわれが死ぬと、風がわれわれの足跡をかき消す。それがわれわれの終焉だ」 

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 これしかないと思った言葉が、つぎの瞬間、ただの石ころになっている。選び直し、積み重ね、組み替える。今度こそ書き切れそうだと確信し、やらなければならないことをすませてもどってくると、物語は崩れ落ち、散り散りになっている。

 書きたいのは「強く望めば、それができごとを支配すること──常にそうであるわけではないし、あり得ないが──は、まさしく世界があるべき姿である」ことなのだが、どうしても書き方がわからず、結局書けないのではないかと思いながら、だけどどうしても書きたいのだと自分に言い張り、約一〇年間、そんなことを繰り返していた。

 旅行カバンから原稿を取り出し、最初のページの余白に書きこんだアニー・ディラードの言葉を読み返す。

「夏なら冬のことを書くのだ。イプセンがしたように、イタリアの一室からノルウェーのことを書くのだ。ジェイムズ・ジョイスがしたように、パリの机からダブリンのことを書くのだ」

 

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 砂浜がフラットであることは、ほとんどない。たいていの場合、小さなさざ波模様で覆われている。

 寄せる波は風の向きによって決まり、返す波は重力に誘導される。行きと帰りの非対称は、波間の砂や小石を海岸線に沿って動かす。

 返す波は小石を拾い上げ、寄せる波は拾い上げた小石を浜辺に撒き散らす。描かれる模様は偶然の産物ではない。波のスピードと拾い上げられる小石の大きさの相互作用によって決められる。

 返す波のスピードはおもに浜辺の斜度で決まる。傾斜が変わらない限り、模様は規則的なものとなる。

 浅い浜辺には目がつまった交差模様、傾斜がややきつい浜辺にはしわのよったオレンジの皮のような模様、さらに傾斜が増すと、山型が魚の鱗のように重なり合う。 

 

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 常春の風が、Tシャツの襟や袖にもぐりこみ、髪の一本一本を梳き、通り過ぎていく。

 遠くの海はどうしようもなく青く、打ち寄せる波は魚が隠れようもないほど澄み切っている。

 原稿を読もうとするたびに、心は、つかまるものを見つけられず、波の音と砂の衣擦れの音に押しもどされる。

 小さな島なのに、世界が途方もなく広い。

「いま」と「ここ」しかない場所で、とめどもなくほどけていく。

 

(カナリア諸島編、次回に続く)

 

 

*本連載は月2回配信(第2週&第4週火曜日)予定です。次回もお楽しみに。

 

 

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時見宗和(ときみ むねかず)

作家。1955年、神奈川県生まれ。スキー専門誌『月刊スキージャーナル』の編集長を経て独立。主なテーマは人、スポーツ、日常の横木をほんの少し超える旅。著書に『渡部三郎——見はてぬ夢』『神のシュプール』『ただ、自分のために——荻原健司孤高の軌跡』『オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組』『[増補改訂版]オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー 蹴球部中竹組』『魂の在処(共著・中山雅史)』『日本ラグビー凱歌の先へ(編著・日本ラグビー狂会)』他。執筆活動のかたわら、高校ラグビーの指導に携わる。

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編著・日本ラグビー狂会

     

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