越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#27

インド・モレー~ミャンマー・タム

文と写真・室橋裕和

 

 

 インド東北部マニプール州。そこはかつて、無謀な作戦を敢行した日本軍が地獄を味わった地でもある。かつて外国人に閉ざされていたこの地域はいま、旅行できるようになっている。日本軍が敗走した街道をたどって、インドからミャンマーに向かう。

 

 

外国人が立ち入れなかった辺境の街、インパール

 半ば崩壊したような雑居ビルの足元には、ゴミが散乱し、砂埃が舞い、粗末なバラックが肩を並べていた。軒先で野菜や果物を商っている店、バイクの修理工、菓子や洗剤やシムカードや調味料やそのほか生活に必要なさまざまなものを売る雑貨屋……串焼きの屋台で肉をほおばっている、ライフルを担いだ荒くれ者のような軍服の一団の向こうには、地べたにゴザを敷いてそこに魚や野菜や肉や衣服や香辛料を山積みにしただけの簡素な店が無数にあった。傍らのドブ川に沿ってそんな店が延々と並び、市場を形成している。ヘドロの悪臭の中、声をあげて客を引いている女たちの顔立ちは、浅黒いが扁平で、日本人にそっくりだ。巻きスカートをはきセーターを着て、その上にショールをまとっている。彼女たちの騒ぎ立てる声や、客との交渉や諍いの声、ひっきりなしに行きかうバイクのクラクションに、自転車に荷台をつけたリキシャのベルで、市場はたいへんな喧騒だった。
 殺伐としながらも、異様な活気に満ちた街を、僕はひたすらに歩き回った。危うい緊張感をはらんだ感じがたまらなかった。なによりも「外国人が立ち入れなかった辺境に、いまいる」ことに陶酔していた。
 インド東北部マニプール州都、インパール。旧日本軍がとうとうたどりつけなかった地を、僕は踏みしめていた。

 

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どことなく「北斗の拳」ワールドな、不穏な雰囲気の漂うインパールの街

 

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市場でサカナを商うおばちゃんたちからは、ひっきりなしに「買ってきな!」と声がかかった

 

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ドロドロのゴミ捨て場のたもとにまで市場が広がっていた

 

 かのインパール作戦の舞台は、戦後ずっと外国人に閉ざされてきた。インドの飛び地のように東部に突き出た三角形の中には7つの州があるが、治安の問題から外国人の入域には厳しい制限が課され、訪問が非常に難しい「政治的秘境」として旅行マニアに語られてきた。
 問題の根本は、人種そのものの違いのように思うのだ。
 この地域に住んでいるのは、彫りの深い、コーカソイドのインド系の人々ではない。僕たち日本人と同じモンゴロイドなのである。極東アジアから東南アジア、チベットにまで広がる、我々の兄弟が住まう西の果てのひとつ、人種と文化の境目こそが、ここインド東北部だ。彼らはイギリスの植民地支配や、戦後のインド独立の混乱の中、人種の差異は考慮されずにインド領へと組み込まれてしまったのだ。
 モンゴロイドとコーカソイド、両者が混在し、共存する地なのだが、境界というのは価値観がぶつかりあうところでもある。
 マニプール、ナガ、ミゾラム、アッサム……モンゴロイドが多数派を占める諸州は独立や自治を求め、人種の異なるインド中央政府への帰属を拒否し、ゲリラ戦を繰り返してきた。その上、各派の内部分裂や抗争も加わって、混乱は日本軍が撤退した後、大戦が終わってもなお数十年続いてきた。
 だがそれも軍の攻勢で下火になりつつあり、インドの経済発展や隣国ミャンマーの民主化なども重なり、とうとう外国人にも門戸を開くようになったのだ。2011年のことである。この動きがさらに進めばミャンマーとの陸路国境もいよいよオープンするだろうといわれ、そうなればすなわちアジア諸国を陸路で一気に横断するルートが拓かれるわけで、我々マニアにとっては夢、悲願、宿望が、ついに現実のものとなるのだ! わかりますかあなた!?

 

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なんとなく不吉な感じのするゲートをくぐってインパールに入る

 

「インド東北部、外国人の入域制限を撤廃」インド在住の知人からこの報を聞いた僕は、その場でインド行きの航空券をポチり、いっさいの仕事を却下して、かつての未開放地域に降り立った。
 タブーを犯しているかのような背徳的な快感に包まれて東北部諸州を巡り、たどりついたインパールは、まだまだ紛争の香り漂う、ささくれだった街だった。
 しかし東北部の交易の拠点たる大都市でもあり、活気に満ちてもいる。その奇妙なテンションの高さは、アフガニスタンやパレスチナで体感したものによく似ていると思った。
 70数年前……この街を落としてイギリス軍に打撃を与えつつ、北に控える中国・国民党への連合国からの支援路(援蒋ルート)を遮断すべし、と立案されたのがインパール作戦だ。
 しかしミャンマーから出撃した日本軍の各部隊は、補給や兵站を無視した無謀な作戦がもとで、次々と撃破されていく。そしてインパールにたどりつくことなく、死体の山を築きながらミャンマーへと敗走した。
 その凄惨な様子から「白骨街道」と呼ばれたこの道が、いまでは両国を結ぶ主要幹線となっているのだ。国境こそ開いていないが、どうもぎりぎりまで接近できるらしい。行かねばなるまい。
 インパールを徘徊し、日本軍の慰霊碑や墓地などを日本政府の遺骨収集団よりも早く見聞した僕は、泊まっていたホテルで車をチャーターし、はるか南東へ向かった。公共の交通機関というものはまだ存在していなかったのだ。

 

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日本軍の死者を慰める碑のあたりは、いまでは子供たちの遊び場になっている

 

 

軍の検問をくぐり抜け、ミャンマーとの国境へ

 街を出ると、すぐにのどかな田園地帯とささやかな村が続くが、いたるところに完全武装の軍人がうろうろしているのであった。ドライバー氏の話によれば、いまだ活動を続けているゲリラがおり、シラミつぶしに捜索、検挙しているのだという。

 軍はこの白骨街道=国道102号線にも検問を張っており、ほとんど20分おきくらいの間隔で道をさえぎるバーと小屋とが現れる。パスポートを見せればあっさりと通過できるのだが、チェックは白骨街道を下り国境が近くなるほど厳しくなっていった。あとわずかでミャンマーという場所では、数台の装甲車が道をふさいでいた。険しい顔つきの軍人にパスポートを差し出すと、さらに目つきが厳しくなり、にらみつけられる。片言の英語で鋭く問われる。
「どうして日本人がここにいる? ここは外国人の立ち入りが禁止の州だ、オフリミットだ!」
 パスポートを没収され、軍人に取り囲まれて、毎度毎度の事情聴取である。中央の決定が地方にまで及んでいないのは途上国ではよくあることだが、ドライバー氏が説明してくれて、どうにか放免となった。
「このあたりの山にはゲリラが多いのと、ヘロインの密輸ルートだから、軍の警戒はきついんだ」
 ドライバー氏が言う。白骨街道はいまだ、緊張の中にあるのだ。

 

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かつて白骨街道と呼ばれた国道102号線をゆく。ミャンマー側からは物資を積んだジープが


 インド側国境の街モレーは赤茶けた未舗装の土の道の左右に、粗末な木造家屋が立て込むさびれた街だった。そして102号線のドンツキには、傾いたゲートバーがあり、越えた先にはほとんど公衆トイレのような小さな建物がふたつ。その間をおおぜいの人々がなにやら荷物を抱えて行き来していた。どうもイミグレーションのようなのだが、無人だ。
 恐る恐る近づいてみる。Border Checkpostなどと表記があるので確かにイミグレーションなのだが、その中は荒れ放題で、まったく機能はしていない。通過していく人々の誰一人とて、パスポートを提示している者はいない。
 その流れに押されるように、国境を越える。
「ウェルカム、ミャンマー」
 ドライバー氏がニヤリと笑って言った。これは密入国ではないのだろうか。いっさいの未管理国境なのである。いやそんなことより、アジア旅マニアたちが夢見ていまだ越えられぬ国境を、とうとう僕は通過してしまったのだ。異様な興奮を覚える。ここまでやってきた日本人は、旧軍以来ではないのか。アドレナリンがビンビン放出されているのがわかる。
 このままヤンゴンまで行けそうな気もしたが「外国人はミャンマーには入っちゃならねえ。あんたはミャンマー人みたいな顔なのでバレてないが、軍に見つかったらやばい。カメラもしまえ」とドライバー氏がビビらせてくる。ああ、やっぱり危ない国境なんだ……そう思うと甘い快感が背中を走る。
 ミャンマー側には市場が広がっていた。乾物、衣料、雑貨、電気製品……そのほとんどは中国製とタイ製だった。ドライバーは「中国製は安くて具合がいいんだ」と、魔法瓶を買っていた。
 市場の売り子はみな、頬に白い粉を塗っていた。タナカという日焼け止めであり伝統の化粧品でもある白い粉は、ミャンマーのシンボルでもある。インドとミャンマーはつながっているんだ……その当然の事実を、確かな手ごたえあるものとして実感した。

 さて、この国境だが、どうも外国人に対して開放が始まったのではないか? という未確認情報がもたらされてきた。本当であれば旅界の一大トピック、快挙、歴史的出来事だ。真実を確かめに訪れるのは、マニアの責務であろう。

 

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奥の建物がイミグレーションだが、無人で誰でも通行可能となっていた

 

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ミャンマー側タムに広がる国境市場。インド系、ミャンマー系、少数民族たちも行き交う人種のるつぼでもある

 

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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