東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#26

ミャンマー国鉄の迷路〈3〉

文・下川裕治 写真・中田浩資 

永遠に数えられない、ミャンマーの鉄道

 ミャンマーの鉄道、全路線走破の旅ははじまったばかりである。しかしその旅の先には、どの路線を列車が走っているかわからない……という根本問題が横たわっていた。手をこまねいてばかりはいられない、と奮いたたせて、ヤンゴンからパガンまで夜行列車に乗った。
 ところがパガン駅で、エーヤワディー川の対岸のパコックまで行く新線を列車が走っているという話を耳にしてしまった。老朽化し、利用客が減った路線は廃線になっているはずだった。しかしその廃線区間がわからないというのに、新線もできている。
 天を仰ぐしかなかった。
 永遠に数えられないもの、という話を思いだしていた。
「巨木の葉の数である。1枚、1枚数えていくうちに、枯葉が落ち、そのうちに新しい葉が生まれる。永遠にその数を数えることができない」
 しかしパガン駅のホームには列車が待っていた。乗るしかないのだ。
 ホームの端でぽつんと停車していたのは日本の車両だった。表示がないのでわからないが、たぶんキハ40系ではないかと思う。
 運賃は200チャット、約17円だった。地図を見るとパコックまでは遠くない。しかしそれにしても安い。
 パガンは雨が降っていた。列車は発車してほどなくして停まってしまった。見ると、線路脇の斜面の土が流れでていた。線路の上を2センチほど覆っている。
 どうするのだろうか。すると運転席の横にいた男が、鍬を肩に乗せて列車を降りた。そして線路上の土砂を掬うようにどけていた。
 これで終わりである。列車はゆっくりと発車した。
 エーヤワディー川はすでに大河の風格を備えていた。列車は新しく架けられた橋の上をとことこと進んでいく。そこから20分ぐらい走っただろうか。列車はパコックに着いた。
 その足で発券窓口に向かった。まず、カレーミョまでの路線を確認したかった。インドのインパール方面に延びている路線だった。
「その路線は運休です。バスしかありません。道がひどくて大変ですよ」
 窓口の下で手を握った。よかった。この路線に列車が走っていると苦労しそうな予感がした。地図を見ただけで厳しい地形だとわかる。こんな山岳地帯によく線路を敷いたものだと思う。列車が走っていたら、往復で4日では戻ることができない気がした。
 運休と聞いてほっとした。おそらくこのまま廃線になっていくだろう。
 となると、この先である。パコックからはふたつの路線があった。ひとつはマンダレー行き。もうひとつは北のモンユワ行きだった。どちらに乗ろうか。今回の旅で、ミャンマーで乗り残していた路線にすべて乗ることはとても無理そうだった。だったら、面倒な路線から乗り潰していこうか。訊くと、モンユワから先のカンウーまでも列車が走っているという。モンユワ、カンウーと進むことにした。

 

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パガンから乗った日本車両。計器類もそのまま
 

 

朝食のために停車する列車

 モンユワ行きは朝の5時半発だった。1時間ほど走ると朝日がのぼりはじめる。昨日の朝も、パガンに向かう列車のなかから、ぼんやりと朝日を眺めていた。乾季に入りかけている。毎朝、くやしいほどの立派な太陽が姿を見せる。
 列車は通学する高校生を乗せていた。イェサジュに着いたのは7時少しすぎだった。駅舎の周りでは朝市が立っていた。すぐに出発するのかとホームを眺めていると、運転手も降りていた。市場のなかに、乗客の高校生も見える。皆、市場でもち米を頬張り、おかずをビニール袋に入れてもらっている。ミルクティーを飲んでいる客もいる。
 朝食停車だった。運転手はご飯とおかずの入ったビニール袋を手に、市場のおばさんと話し込んでいる。米粉の蒸しパンもどきを買った。ホームで頬張る。仄かな甘さが、木々が発する凛とした香りと混ざり合う。
 なんだか気分も軽くなる。パコックのホテルは30ドルもした。朝食つきだったが、列車が朝の5時半発である。「どうしてミャンマーの列車は、こんなにも朝が早いんだ」などと不満げに駅に向かうバイクタクシーの座席に座った。
 しかしこうして乗客と一緒に市場で朝食を頬張っている。これがミャンマーの列車旅というものらしい。
 列車はゆっくりと北上をはじめた。運転手は、ビニール袋に入ったご飯を食べながら、レバーを握っているのだろう。それが許されることなのかどうかはわからないが、ここはミャンマーである。1日1往復の列車しか走らないローカル路線である。
 まあ、いいとしておこう。
 車窓にパゴダが見えてきた。あそこがモンユワの街だろうか。
 モンユワから先の列車のつらさを知らない僕は、穏やかな気分で列車に揺られていた。
 

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朝市が立つ駅で朝食停車。ミャンマーの列車ですなぁ

 

 

※地図はクリックすると拡大されます

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*2012年のミャンマー鉄道旅行記は、双葉文庫『不思議列車がアジアを走る』に収録されています(第三章ミャンマー ヤンゴン環状線「窓ガラスのない木造列車は、南国のスコールも吹き込む」)。そちらもぜひお読みください。

 

 

*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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