日本一おいしい!沖縄の肉食グルメ旅

日本一おいしい!沖縄の肉食グルメ旅

#26

『豚尾』で懐旧の豚のしっぽをねぶり尽くす

文・仲村清司

 

沖縄ホルモンの祖で開発された幻の逸品 

 沖縄本島中部・読谷村にある米陸軍通信施設、トリイステーションにほど近い場所に『読谷酒場 ホルモン豚尾』はある。酒場とはいっても、客はホルモン焼きの店としか思っていない。

 メニューをみれば一目瞭然だ。豚タンやカシラ、ノドベラ、ハラミ、トントロ、シロといったホルモン、バラ肉やロース、ヒレ肉などの豚の精肉、モツ煮込みがズラリと並び、なかにはホルモン他人丼ぶり、カルボナーラ風ホルモンパスタという奇抜な料理も存在感を露わにしている。

 いずれにしても多くのメニューに「ホルモン」という冠をかぶせていることでもわかるように、『豚尾』は単なる居酒屋ではない。

 この店こそ、沖縄の飲食業界で急成長を遂げている「ホルモン焼き」発祥の地であり「祖」というべき店で、那覇の有名店の多くもここに足を運び、この「豚尾」でホルモンの何たるかを知り、肉の扱い方を学んだ。

 さらにいえば、店主の池原氏は子どもの頃に食べた豚料理の記憶を頼りに、独学でホルモン料理を完成させた人でもある。要するに『豚尾』なくしてこんにちの沖縄のホルモン焼きは存在しえなかったのである。まさに偉人によって偉業が成し遂げられたといっていいだろう。

 

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看板には大きく「ホルモン」の文字が

 

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メニューにはずらりと島豚のホルモンが並ぶ

 

 功績もさることながら、『豚尾』という店名が看板メニューになっていることに驚かされた。

「豚尾(とんび)」とは読んで字のごとく豚のしっぽである。豚のしっぽを料理として供している店は、沖縄広しといえども僕の知る限り『豚尾』を除いて絶無である。

 当たり前のことだが、豚のしっぽは一頭からひとつしかとれない部位である。尾部の正体はほとんどが骨で、その周囲に脂身やゼラチン質があるだけで、実際に触れるとわかるが肉質はきわめて薄い。つまり、そもそも可食部が少ないために破棄されているのが実情なのである。

 そういう希少部位、すなわち食材にするには歩留まりがわるいといってもいい副生物を店名にし、看板料理にして出しているという一事をとっても、店主の豚に対するこだわりがわかろうというものだ。

 

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ハサミでカットしながら手際よくホルモンを焼いていく、ホルモン番長・藤井誠二氏(手前)と筆者

 

 

向田邦子が指摘する沖縄料理の「合理性」 

 ところで、「沖縄では豚の鳴き声以外は全部食う」という言説である。この連載でしだいに見えてきたように、「全部」というのは確かに言い過ぎの感もあるが、豚料理は沖縄の民族料理といっても過言ではないほど多彩で、可食部位については「血」を含め、おおむね食べているといっていい。

 こういうことをいうと、やれ「まつげはどうだ」「豚の鼻はどうなのだ」「目の玉は食べているのか」「ひづめも食べているのか」と揶揄する人もいるだろうが、それは重箱の隅をつつくというもので、相手にするほどの議論ではない。

 食文化という観点からみれば、むしろこんな部位まで食べているという点に着目するのが真っ当であろう。

 そこで引き合いにだされるのがミミガー(耳の皮)、チラガー(顔の皮)である。皮付きのままで食べる三枚肉の煮付けも沖縄独特のもので、少なくとも日本料理では精肉については皮を剥いで食べるのが一般的である。ついでながら、沖縄では魚もイラブチャー(和名:ブダイ)やアカマチ(和名:ハマダイ)なども湯引きして皮ごと食べることが多い。

 その点からいうと、沖縄の食文化を独特たらしめているのは、食材は破棄する部分をできる限り減らし、可食部位を増やすというところにある。皮を捨てないのはそのためで、「ミミガー」や「チラガー」はいまや沖縄の伝統料理として確立しているが、これが「鳴き声以外は全部食う」という言説のひとつの根拠になっているようだ。

 1981年に沖縄を旅した作家の向田邦子もこの独特な食文化に驚嘆し、「沖縄胃袋旅行」(『女の人さし指』・文春文庫収蔵)というエッセイにそのことが記されている。

「耳皮さしみ。『みみがあ』が豚の耳。くらげそっくり。箸休めにぴったりの歯ざわりのよさ」「豚の血百円。耳二百円。そして足一本が千六百円。ずらりとならんだ桃色の肉の塊のなかで、豚足も太めのラインダンスよろしくならんでいる」

 ちなみにこの時代、本土では沖縄料理はほとんど知られていないが、さずが希代の食通だけあって向田邦子は沖縄の食文化の本質をこう見抜いている。

「沖縄料理には日本料理の繊細と陰影も見当たらない。フランス料理の贅も粋もないし中国料理の絢爛もない。あるのは一頭の豚を、頭から足の先まで、それこそ血の一滴まで無駄にすることなく胃袋に納め、生きる糧にしてしまうしたたかさである。見かけより滋養を重んじる合理性である」

 とすれば、豚のしっぽも沖縄人は無駄にすることなどなかったはずであるが、こんにちしっぽを食べようと思えば、わざわざ読谷の『豚尾』まで向かねばならないのが現状だ。豚のしっぽは消えゆく沖縄料理のひとつになってしまったのだ。

 

 実のところ、僕は豚のしっぽについては幼少期の頃から馴染んでいた。親戚が養豚場を営んでいたので、精肉はもちろんソーキや豚足などといっしょに、しっぽもよく持ち込んでくれたのである。

 季節はきまって夏であった。旧盆用の料理や夏バテ防止の食材として豚は欠かせなかったからである。

 小学校の夏休み、遊びに汗だくになって帰宅する道すがら家に近づくと台所の換気窓から豚を煮る匂いが外まで漂ってきた。沖縄の豚料理は余分な脂を抜いて肉質をやわらかくするため、水から長時間茹でるので独特の香気が立ち上る。その匂いをかぎつけると、僕の鼻は今日の晩ご飯は「ソーキ汁(豚のあばら肉の汁)だな」とか「テビチ汁(豚足の汁)に違いない」とかぎ分けることができたのだ。

 豚のしっぽはテビチ汁の付け合わせとして出る事が多かった。しっぽの肉質は固いので、豚足といっしょに長時間煮込むのである。

 子どものころ、それこそ毎日のように豚料理を食べさせられた僕は肉が苦手でテビチ汁はその最たるものであったが、しっぽだけは好んで食べた記憶がある。

 理由はほかでもない。豚のしっぽは一頭につき一本。家長というより仲村家の絶対君主であった祖父に酒の肴として出される。なので、孫の僕までまわってこなかったのだ。それゆえ、しっぽは謎の味であった。

 ある年の夏、台所で調理をしている祖母に呼ばれたことがあった。豚を煮る匂いでムンムンしている大鍋から祖母は豚のしっぽを一本すくい取り、「内緒だからね」と小皿に取り分けてくれたのである。

 その年にかぎって養豚業者の親戚が余分に数本もってきてくれたのかどうか。台所の隅っこでフーフーしながら食べる豚のしっぽはダシがしっかり染みこみ、箸でちぎれるほどやわらかかった。味は煮込んだテビチそのもののである。

 食べるといっても、骨のまわりにくっついているコラーゲンやゼラチン質を皮ごとこそげ落としながらしゃぶるという感じで、唇や口の周りにくっついたゼラチン質のベタベタ感はいまも記憶に残っている。

 

 

東京、釜山で再会した豚のしっぽ料理 

 振り返ると、豚のしっぽは確かに酒の肴にぴったりで、泡盛の古酒をチビチビしながらつまむと絶妙かもしれない。

 しっぽと出会うのはそれから15年後のことである。京都から上京して編集者として働いていたころ、僕は飯田橋にある沖縄料理屋『島』という店に通っていた。

 いまもメニューとして残っているのかわからないが、飴色に煮込まれたそれは料理名を「ずー」といった。あの遠い夏の日、台所の隅っこで口にした味にそっくりだった。宮古島出身の女主人手作りの逸品で、宮古島では豚のしっぽのことを「ずー」、沖縄本島では「じゅー」と呼んでいることもこの店で知った。

 そうしてこのとき僕は女主人から例の言葉の「新説」を聞いたのである。

「沖縄ではしっぽまで捨てずに調理するから、豚は鳴き声以外全部食べるというのよ」

 巷間伝わる「鳴き声以外は~」という言説には、耳や皮だけではなくしっぽもその根拠になっているということなのかもしれない。

 ともかく当時(1980年代)は、都内といえども沖縄料理屋は数少なく、大衆的な店としては池袋西口にある『おもろ』の他、数軒しかなかった。その『おもろ』にも甘辛く煮付けた豚のしっぽがあったのだが、今もメニューとして生き残っているのかどうか、上京する機会があればぜひ確かめてみたいものだ。

 その後、僕は那覇に移り住んだが、本場であるはずの沖縄には豚のしっぽの料理がないことを知った。

 昨今では「ソーキ汁」や「テビチ汁」なども食堂のメニューから消えつつあり、伝統的な郷土料理は高級料理店でしか味わえないのが実情だ。もっともそんな店に豚のしっぽの料理があるはずもなく、僕の知る限りでは既刊の沖縄料理のレシピ本にも掲載されていない。

 いつしか豚のしっぽもその料理も記憶の彼方に迷い込んでしまっていたのだが、あるとき僕はそのしっぽに電撃的に出会うことになる。場所は韓国の釜山。

 取材で2週間ほど現地に滞在したのだが、韓国きっての海鮮市場チャガルチの場外の屋台で、大鍋で煮込まれた豚のしっぽと遭遇してしまったのである。

 というより、見かけたときはそれが何なのか判別できなかったのだが、同行してくれた通訳の人に聞くと、「豚のしっぽを煮込んだものです」と教えてくれたのである。

 そう聞くと、こちらは居ても立っても居られない。即座に一本注文してみると、まさしく幼少期のときに食べたあの味だったのである。

 聞けば韓国の精肉店では豚のしっぽは普通に売られていて、煮込み料理にしたり網焼きやプルコギ風にしたりといろいろな調理法があるという。あとで調べてわかったことだが、韓国や中国をはじめ、東南アジアの養豚の盛んな国では豚のしっぽはごく普通の食材になっているらしい。

 とすれば、その東限が沖縄であったかもしれない。あるいは奄美諸島も食文化圏としてはほぼ沖縄と同じであるから、食材に取り入れていた可能性は十分にありうるといっていい。

 考えてみれば、しっぽは牛のテールに当たる部位。スープにするほど旨み成文が多いから欧米でも豚の尻尾は頻用されていたかとも思える。

 

 

『豚尾』で久々に味わったしっぽの醍醐味 

 というような経緯があって、僕は現在の沖縄にはないと信じ込んでいた豚のしっぽと『豚尾』で再々会したわけだが、この店では神業的に骨が外されているのが特徴。味付けもオリジナルで、数種類のスパイスで風味付けされたものが唐揚げにされている。これをたっぷりまぶされた刻みねぎとともにいただくのだ。

 

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豚のしっぽをスパイスで味付けして揚げた『豚尾』の看板メニュー

 

 咀嚼すると、豚肉本来の脂質の甘みと醤油で味付けされたゼラチン質がほどよく絡まり、噛めば噛むほど豚の皮の風味が口中で立ち上る。僕が子どものころに食べた料理とは別個の味だが、豚のしっぽはなんといっても皮とゼラチンのプニュプニュとした食感を味わうのが醍醐味。その粘着力は煮込んだものよりはるかに強い。

 人間は風のように爽やかな性質の方がいいが、豚のしっぽはストーカーのように口の回りにしつこくまとわりつくような粘着質な体質がある方がよろしい。

 僕はベッチャリとくっついたゼラチン質を舌なめずりしながらねぶり尽くし、それでも唇に残るベタベタを指ですくってはチューチュー音を立てながら吸い尽くし、肉片をクチャクチャしながら咀嚼する不作法男となっていた。

 ともかくも、「今宵はよごれたい」という御仁にはぴったりの料理である。

 ちなみに『豚尾』にはこの豚のしっぽを具にした石焼きのご飯、その名も「石焼き豚尾飯」という料理もあるそうな。

 次回はこれだと狙いを定めつつ、僕はゼラチンでぬらぬらとした唇をしつこく舐め回すのであった。

 

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『豚尾』の店内

 

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看板メニューの「豚尾」はテイクアウトもOK

 

*『ホルモン豚尾』 住所:中頭郡読谷村楚辺1395-23モリマンション1F 

公式ホームページ→http://www.horumon-tonbi.com/

 

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*本連載シリーズを大幅加筆した単行本が、双葉社より6月に発売予定です。お楽しみに!

 

*本連載は、仲村清司、藤井誠二、普久原朝充の3人が交代で執筆します。記事は月2回(第1週&第3週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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仲村清司(なかむら きよし)

作家、沖縄大学客員教授。1958年、大阪市生まれのウチナーンチュ二世。1996年、那覇市に移住。著書に『本音の沖縄問題』『本音で語る沖縄史』『島猫と歩く那覇スージぐゎー』『沖縄学』『ほんとうは怖い沖縄』『沖縄うまいもん図鑑』、共著に『これが沖縄の生きる道』『沖縄のハ・テ・ナ!?』など多数。現在「沖縄の昭和食」について調査中。最新刊『消えゆく沖縄 移住生活20年の光と影』発売。

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藤井誠二(ふじい せいじ)

ノンフィクションライター。1965年、愛知県生まれ。8年ほど前から沖縄と東京の往復生活を送っている。『人を殺してみたかった』『体罰はなぜなくならないのか』『アフター・ザ・クライム』など著書や対談本多数。「漫画アクション」連載のホルモン食べ歩きコラムは『三ツ星人生ホルモン』『一生に一度は喰いたいホルモン』の2冊にまとめた。沖縄の壊滅しつつある売買春街の戦後史と内実を描いたノンフィクション作品『沖縄アンダーグラウンド』を2017年に刊行予定。

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普久原朝充(ふくはら ときみつ)

建築士。1979年、沖縄県那覇市生まれ。アトリエNOA、クロトンなどの県内の設計事務所を転々としつつ、設計・監理などの実務に従事している。街歩き、読書、写真などの趣味の延長で、戦後の沖縄の都市の変遷などを調べている。最近、仲村と藤井との付き合いの中で沖縄の伝統的な豚食文化に疑問を持ち、あらためて沖縄の食文化を学び直している。

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