ステファン・ダントンの茶国漫遊記

ステファン・ダントンの茶国漫遊記

#25

築地場外ぶらりと歩いて考えた1

ステファン・ダントン

 

 

 

 日本に暮らし東京で仕事をして25年以上になるけれど、実は観光名所にはほとんど行ったことがない。浅草寺にもスカイツリーにも行ったことがない。
 人形町の路地裏から銀座へのルートや目白から池袋へ抜ける住宅街のムードについては知り抜いているのに、ベタな観光地に観光客として訪れるチャンスはこれまでほとんどなかった。
 

 

 

 

 

築地場外 海鮮丼

 

 

 
 つい先日、新橋で取材を受けた帰り道の午後2時、お腹が空いた私は「そうだ、築地に行こう!」と思いついたんだ。その日の取材は、小さい子どもたちとお母さんに向けた新聞で、「日本茶の本当のおいしさ」を伝えるためのものだった。まずは子どもたちに摘みたてのお茶の葉を見せて、その葉っぱが「茶葉」になる工程を説明した。そして、自分たちの手で水出し茶をいれて飲んでもらった。「おいしいよ」という子どもたちにペットボトルのお茶と飲み比べてもらった。自分で「素材」を知って選んで、加工して、口に入れる、ということの大事さがわかってもらえたと思う。子どもたちとの作業の合間にお母さんたちとした雑談で、「お母さんの好き嫌いが子どもたちに伝わっちゃうんだよ。魚が嫌いなお母さんは食卓に魚を出さないでしょ。本当においしい魚を知らないで生きるのは残念だよ」なんて話をしていたから、取材が終わったとたん、「うまいネギトロ丼が食べたいな。そうだ、築地近いじゃん!」と、思いついたら即断即決早足で築地に向かった。
 晴れた午後、新聞社から築地方面に歩く。すっかり仕事が終わって人気の少なくなった市場の荷捌き場からうっすら魚の匂いが流れてくる。
 「朝はさぞかし活気があるんだろうな」と、考えながらはじめての道を歩く。ちょっとだけ不安だったけど、歩道にちらほら見える外国人観光客が、その先に場外市場があることを教えてくれた。実際、あっというまに場外市場にたどり着いた。
 蟹の入った水槽、乾物の山が盛られた棚、忙しく店じまいを始めている問屋を横目に「海鮮丼」の看板を目指した。一番近くの店に入った。なにしろお腹が空いていたし、「築地だったらどこでもきっとハズレはないはず」と信じて。
 

   
 

 

 

 

スマホ? 持ってるよ

 

   

 

   今、多くの人はこんな場合、スマホを取り出して「築地場外 海鮮丼」と検索して評価の高い店を探したり、営業時間を調べたりして、表示されたルートにしたがって目的地に向かうんじゃないかな。
 私だってスマホは持っている。でも、どこに行っても、日本でも外国でも、よほど不案内な場所だったり急いでいたりする場合を除けば、私は目的地までのルートをあらかじめ調べたりしない。地図アプリやグルメサイトのようなものに頼ることもしない。出発地点から目的地までスマホを覗き込んだりしない。周囲の風景や人の流れを見ながら、直感(私はそれを「匂い」ということが多いが)を頼りに目的の場所に到達する。あらかじめ誰かが用意した情報にしたがって動くのなんてつまらない。自分の責任で選択したルートを歩いた結果こそ、おもしろいと思うんだ。

 

 

 

 

 

ネギトロ丼

 

 

 

 
 そんなこんなで店名も確認せずに入った海鮮丼屋さん。案内されたテーブルについてあたりを見回すと、さまざまな国から来た観光客で8割がたテーブルが埋まっている。
 アーチ型の梁がアクセントになった高い天井の古い鉄筋コンクリートの建物。今はひとつなぎのホールになっているけれど、もともとは中央通路と両脇の店舗空間で構成されていたんじゃないかな。卸問屋だったのかもしれない。テーブルも椅子も屋台のような簡素なもの。一番奥には市場の運搬に使うターレの上に配した遊び心満載のテーブル。欧米人と思われるカップルが食事をしている。こういう、その場所固有の歴史とか意味を感じられるところで食事をするのはそれだけで楽しい。さらに、日本は清潔だし正直だし。久しぶりに外国人目線になっていた。
 メニューは写真入りで英語と中国語が併記されている。写真入りのメニューは多分日本発祥なんじゃないかな。指をさせば注文できるのは外国人にとってありがたい。言葉をかわすことなくコミュニケーションできるこの感じ、すごく日本的かもしれない。
 私は食べると決めていたネギトロ丼を探した。あった。しかもこの店、追加でウニとかイクラとかネギトロとかトッピングできるシステム。これは楽しい。「ネギトロ丼にネギトロとイクラとウニをのせて。あと生ひとつ!」と注文した。
 出てきた丼には明らかに新鮮でつやつやしたネタがのっていて、ビール片手にかき込んだ。実際、ほんとにおいしかった。「さすが築地、ハズレなしだ」と、同行した友人とうなずきあった。
 

 

 

築地場外の午後2時

 

古い建物を利用した海鮮丼屋

 

盛りだくさんの海鮮丼

 

ターレの上で食事を楽しむ観光客

午後2時、築地市場の古い建物を利用した海鮮丼屋さんで、盛りだくさんの海鮮丼に感嘆。ターレを利用した席で食事を楽しむ外国人観光客もいた。

 

 

 

ちょっと残念なこと

 

 

 

 

  お腹も満たされてきたころ、隣のテーブルの二人にも丼が運ばれてきた。アジア系の外国人。彼女たち、丼をじっと見つめたかと思うと、のせられていたわさびとガリを醤油皿に全部移した。移したというか捨てた。
 「!?」
 同行者は「きらいなんじゃない?」といったけど、私は「なんだかわからないんだよ。わからないから食べないという選択をしたんじゃない?」と答えた。「海鮮丼とはごはんに生魚がのっているものである、という知識は当然ある。だけど、その上にのっている緑のペーストや薄黄色いスライスされた野菜がいったいなんなのかわからない。あるいは食べたことがあったとしても、味や香りに馴染みがないから嫌いになってしまったか。誰かがわさびやガリを生魚と食べるとどんな効果があるのか、おいしさが深まるのか教えてあげないと理解できないと思うよ」
 ちょっと残念。歴史ある場所と建物を利用したレストラン。清潔できびきびしたサービス。各国語で書かれた写真入りのメニュー。新鮮でおいしい海鮮。どれもすばらしい。   
 「食べ方がわからないかもしれない。楽しみ方がわからないかもしれない」
 そんな想像力を働かせて、メニューに「丼の食べ方」とか「わさびとは」「ガリとは」とか書いてもいいと思う。それよりも、ちょっと一言説明してくれれば。
 「醤油をつけて食べても、かけて食べてもいいですよ」
 「わさびは少し鼻につんとします」
 「ガリは生姜を甘酸っぱくしたものです。両方刺身の味を引き立てますから試してみてくださいね」
なんていってくれれば最高。
 「いらっしゃいませ」「ご注文は?」「ありがとうございました」のもうひとつ先のコミュニケーションがさらに楽しみを倍増させるのに。日本に対する理解を深めるのに。

 そして、もうひとつ残念だったのが「日本茶」だった。
 白い茶碗に入った冷たい緑茶。汗ばむ陽気のランチのあとに冷たい喉越しはありがたいけど、味も香りもない緑茶が出された。見た目は単なる緑の水。
 よく「日本茶に対する第一印象は?」と聞かれる。「なんの印象もなかった」というのが正直な答え。おいしいとかまずいとか以前の問題だったから。私がそうだったように、日本茶とのファーストコンタクトが「ただの緑の水」になってしまってはもったいない。おいしい緑茶をいれるのはけして難しくないから、そして高くつくものでもないのだから、「日本茶もおいしかった。料理とよく合っていた」といわせるようなお茶を出してくれないものか。
 最高においしかった海鮮丼とちょっともったいない日本の食文化の伝え方について思いをめぐらせながら店を出た。
 

 

 

 

 

残念な緑茶

出された緑茶を見ながら、日本の食文化の伝え方に思いをめぐらす。

 

 

 

 

 

 

*この連載は毎月第1・第3月曜日(月2回)の更新連載となりますが、次回の更新は5月21日となります。お楽しみに! 

 

 

写真/ステファン・ダントン    編集協力/田村広子、スタジオポルト

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ステファン・ダントン

1964年フランス・リヨン生まれ。リセ・テクニック・ホテリア・グルノーブル卒業。ソムリエ。1992年来日。日本茶に魅せられ、全国各地の茶産地を巡る。2005年日本茶専門店「おちゃらか」開業。目・鼻・口で愉しめるフレーバー茶を提案し、日本茶を世界のソフトドリンクにすべく奮闘中。2014年日本橋コレド室町店オープン。2015年シンガポールに「ocharaka international」設立。著書に『フレーバー茶で暮らしを変える』(文化出版局)。「おちゃらか」http://www.ocharaka.co.jp/

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