東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#25

ミャンマー国鉄の迷路〈2〉

文・下川裕治 写真・中田浩資 

ここはミャンマー。焦ってもしょうがないのだが……

 圧倒的な夕暮れだった。車窓には、濃い緑の水田が広がっている。西の空がわずかに茜色に染まり、やがて色を失っていく。少しずつ暗さを増すなかを、子供が水牛を連れて歩いていく。
 この先、どうなるのかもわからなかった。しかしこうして、亜熱帯の夕暮れに包まれると、どこか救われる。焦ってもしょうがない。ここはミャンマーなのだ。そんな気になってくる。
 しかしミャンマーの列車は甘くなかった。圧倒的な虫の世界に晒されはじめていくことになる。以前、ダウェイから乗った列車ではダニにやられた。腹から背中の皮膚の柔らかいところを20ヵ所以上刺されてしまった。それに備えて、防虫剤を塗った。それが効いたのか、ダニはおとなしくしてくれたのだが、ミャンマーの虫は窓からも入ってきた。
 ミャンマーの列車には、冷房というものがない。窓は当然、開け放たれている。吹き込む風が頼りの列車旅である。夕方になると、車内に電灯がともる。そこにめがけて、さまざまな虫が飛び込んでくるのだ。
 列車のスピードが速かったら、風圧で虫は吹き飛ぶかもしれないが、ミャンマーの列車は、線路脇の農道を走る自転車に追い抜かされるほど遅い。線路が老朽化し、スピードをあげると脱線してしまうのだ。
 しかしヤンゴンからバガンに向かう路線の揺れは、それほどひどくはなかった。椅子の背をつかめば、通路を歩くことはできた。
 平地を走っているためか、恐怖の枝パンチも少なかった。線路が森の木々に包まれた一帯を走ると、繁茂した枝が列車でたわみ、ときに高速パンチで窓側に座る乗客の顔や頭を襲うのである。
 揺れもおとなしく、枝パンチも少ない。そしてダニには防虫剤が効いている? 穏やかな思いで揺られていたのだが、夥しい数の虫が飛び込んでくるとは思わなかった。
 羽蟻、バッタ、カナブンもどき、バチバチと顔に当たるウンカ……。座席でズボンやシャツの上を歩く虫を払っていると、突然、胸に大きな虫が当たった。見ると大型のトンボだった。
 トイレに行こうと通路を進むと、近くの座席では蚊取り線香を焚いていた。蚊も入ってくるのかもしれないが、ほかの虫も蚊取り線香が苦手なのだろうか。夜の列車で眠るためには必需品なのに違いなかった。ミャンマー人が列車に乗るとき持参するビニールかごのなかには、さまざまな列車対策グッズが入っている気がした。
 その頃はまだ虫を払いのけていればよかった。しかしミャンマーの列車には、さらなる苦行が待っていた。
 バガン行きの列車は、午後4時に発車した。バガン到着は翌日の10時頃である。夜行列車なのだが、乗り込んだ車内で、僕は天を仰いでしまった。
 これでひと晩か……。
 狭いボックス席車両がセカンドクラスだったのだ。背は当然倒れない。座ったままの体勢で夜明かしを強いられる。運賃は6000チャット、日本円で約516円。これでひと晩だから安いと思ったが……。
 はじめのうちはすいていた。このままなら、体を横にできるかもしれない、と内心、期待していたのだが、8時、10時と夜が更けるにつれ、乗客がどんどん乗ってきたのだ。
 やがて満席になった車内で、溜め息をつくしかなかった。全席が座席指定だから、ここからは運の世界になってしまうが、僕らの前に座ったのはひと組のミャンマー人夫婦だった。主人は痩せていたが、奥さんはミャンマー人とは思えない肥満体で、夜だというのに濃いサングラスをかけていた。座席の間隔は狭いから、すぐ膝頭がぶつかる。しばらくすると、「足を曲げると痛い」と身振りで説明され、太い足が僕側の座席に乗っかる体勢になってしまった。
 夜の11時を過ぎると、乗客が動きはじめた。ビニールかごから、ござやタオルを出し、床に寝る人も多くなった。そんな準備もしていない僕は、ただ座席に座り続け、うとうととするしかなかった。
 眠れるわけがなかった。
 ただひたすら、空が明るくなるのを待ち続けるだけだった。
 列車は翌日の昼、バガンに到着した。2時間遅れだった。重い雨が降っていた。そのなかを、駅舎の発券窓口に向かう。バガンからマンダレーに出ようと思っていた。
 マンダレー行きは翌朝までなかった。ところが駅員がこういった。
「パコック行きがあと2分で出ますよ」
 パコック? そこはかつてイラワジ川と呼ばれたエーヤワディー川という大河の対岸ではないか。
「新しく橋ができて列車が走るようになったんです」
 気が遠くなりそうだった。調べた以外に新路線も生まれているのか。ミャンマーの国鉄の迷路に入り込みはじめていた。

 

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本文を読んでいただければ、多くを語る必要のない写真。ミャンマーでこういう状況になるとは……

 

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つらい夜を過ごした女性たち。涼しい顔をしているのは、慣れというものでしょうか
 

 

※地図はクリックすると拡大されます

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*2012年のミャンマー鉄道旅行記は、双葉文庫『不思議列車がアジアを走る』に収録されています(第三章ミャンマー ヤンゴン環状線「窓ガラスのない木造列車は、南国のスコールも吹き込む」)。そちらもぜひお読みください。

 

 

*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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