ブルー・ジャーニー

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#25

カナダ 水の国、夏〈後編〉

文と写真・時見宗和 

Text & Photo by Munekazu TOKIMI

夜の海を泳ぐクジラ

「海岸線に沿って進みましょう」

 デイビッドがすぐ横を漕ぎ上がり、先頭に立つ。パドルの動きはアメンボウのようで、まったくと言ってよいほど水しぶきが立たない。

 これが『無理をしないで、なめらかに、リズミカルに』ということか。

 重々納得するものの、まるで追いつけない。力を入れても、ピッチを上げても、置いていかれるばかり。

 

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 はね上げた水しぶきでずぶ濡れになるに及んで、考える。

 なかなか前に進まないのは、パドルが水の抵抗をうまくつかめていないからだろう。デイビッドのピッチの早さは到底真似できないから、自分なりのベストを探すしかない。

 手首の返し方、フィンの入射角、フィンが水をくぐる時間をいろいろ試し、水の浅いところをデイビッドのストロークの一・三倍ほど長く、くぐらせることで落ち着く。

 次第に無理や無駄が取れてくる。なめらかさやリズムからほど遠いが、少なくとも操り人形ではなくなった、はずだ。

 いいぞ。

 両腕の力を無駄なくパドルに伝えるために、右手を引くときに、同時に左手を押し出すようにしてみる。

 その調子だ。

 

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 一九四八年(昭和二三年)の夏、フリーマンは、コーネル大学大学院で知りあったディック・ファインマンと、車でアルバカーキに向かった。ロス・アラモス国立研究所の一員だったディックとの四日間の旅は、示唆に富んだものとなった。

 原子爆弾の研究に加わるよう勧められたとき、「いやです」と即答したディックだったが、やがて自分を知的に納得させた。『ヒトラーに先に原爆をつくらせないようにするためには、自分がその研究をすべきだ』

 二六歳でロス・アラモスの計算部長に就任。当時のコンピュータは電子計算機ではなく、人間の計算員だった。

 ディックが計算部全体を指揮するようになると、計算問題の処理能率は九倍にアップ。一九四五年(昭和二〇年)七月のさいしょの原爆実験までにすべての計算を終えようとチームは全速力で前進した。

 それはひとつの大きなボートレースに似ていた。クルーはあまりに激しくオールを漕いでいたので、ドイツが戦争から脱落したことに気づかなかった。(終戦後、ドイツが原爆作成計画を放棄していたことが明らかになった) 

 のちにディックは、自分がそのしごとに有能でありすぎ、それを楽しみすぎたことを認め、軍事研究への参加をいっさいやめた。

 ロス・アラモスの所長として原子爆弾開発を主導したロバート・オッペンハイマーは言った。

「人びとは、なにか技術的に甘美(sweet)なことを見つけると、進み出てそれをやってしまうものであり、それをどう処理すべきかについての議論は、技術的成功を得てから後にしかしないものです。まさしくそういうことが、原子爆弾の場合になされたのです」

 フリーマンは、おなじ科学者として、ディックとロバートを理解した。

「彼らは、単に爆弾をつくったのではなかった。彼らはそれをつくるのを楽しんだ。彼らは、原爆をつくっているとき、それまでかつて味わえなかったほどの楽しみを感じた」

 

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 視界の片隅を通り過ぎたなにかに、しばらく景色をまったく見ていなかったことを教えられる。

 フワリ。

 つやつやとした黒い体が、ハードルを跳び越えるように姿をあらわし、フワリと消え、また姿をあらわす。

 パドルをシーカヤックに置いて海草につかまり、イルカの時の流れに寄り添う。

 フワリ、フワリ、フワリ。

 

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 インサイド・パッセージをめぐるシーカヤックの旅はジョージにアリューシャン列島の先住民族、アリュートの知恵と知識を授けた。

 霧や暗闇や嵐のなかで求められるのは、意識を油断無く張りつめることだった。危険を回避するための航行装置もレーダーも必要なかった。海岸に近づけば匂いで解った。大波や夜の闇に潜む暗礁は音で解った。深い霧のなかでも、周囲の状況や位置関係を、海の動きから感じ取ることができた。風と潮流とパドルで、めざすところに行くことができた。陸の上とおなじぐらいの時間を海の上で過ごすうちに、潮汐や気象を、それに影響を及ぼす季節の移り変わりを感じられるようになっていった。

 アリュートへの畏敬の念が深まるにつれ、世の中が、病にかかり、危機に瀕しているように思えてならなくなった。

 ぼくは世の中を漂う白血球のようなものだ。ジョージは思った。やるべきことは、ほんのすこしでもいいから、世界を清めていくことだ。

 ジョージはスーパー・バイダルカを構想し、カナダ政府に補助金を申請した。

 全長約一九メートル、約七五平方メートルの帆を二枚備え、一二人と数トンの荷物を乗せて時速五五キロで航行するスーパー・バイダルカは、二〇〇年前のカヌー交通を未来に復活させるカヤックの“クイーン・メリー”だった。

 

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 バケツいっぱいの金の砂をまき散らした夜空。

 時計の針は午後八時を過ぎたばかり。無人島だから人工の光はないが、地形を判断できるほど星が明るい。

 レインフォーレストのなかを伸びる小道をたどって入り江に向かう。

 シーカヤック置き場の片隅に立てかけられたスチール製の長方形の船を夜の海に浮かべ、デイビッドと乗りこむ。

 波打ち際からすこし離れたところで、デイビッドがパドルを海に突きたて、グルグルかきまわす。

 次の瞬間、漆黒に星雲が沸き起こる。

「プランクトンが刺激を受けて光っているんだ」

 デイビッドからティンカーベルの魔法の棒を受け取り、海水をすくう。

 光がこぼれ落ち、漆黒に還る。

 瞬きのひとつひとつは二、三秒ほどで、すぐに夢から引きもどされる。

 

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「われわれは、あまりにも小さなかごに入った多すぎる卵」「広漠たる宇宙に人類が拡散していくことこそ、耐え難い争いや社会的混乱を避けるためにぜひとも必要なことだ」

 一九五八年(昭和三三年)、プリンストン高級学術研究所から公式休暇を得たフリーマンはカリフォルニアに移住。化学燃料の一〇〇万倍のエネルギーを運ぶことができる原子力宇宙船開発をめざす“オリオン計画”に参加し、“核分裂パルス推進”に取り組んだ。

 宇宙船の後部に開けた穴から原子爆弾を次々に発射。連続的に爆発させ、爆発後に生じる衝撃や爆発破片を宇宙船後部の推進プレートが受けとめ、その反動を利用して猛スピードで前進。何人ものノーベル賞受賞者に支持された核分裂パルス推進は、スローガン〈一九七〇年(昭和四五年)までに土星に〉を射程距離に捕らえた。

 一九六三年(昭和三八年)、アメリカ、イギリス、ソ連が核実験停止条約を締結。大気圏内、宇宙空間、水中における核爆発は禁止となった。

「原理的には、エンジンをまったく使わずに太陽系内を帆走することは可能である。アルミニウムの皮膜をかぶせたプラスチックの皮膜でつくった巨大なごく薄い帆だけがあればいい」核実験停止条約のためにオリオン計画は違法なものとなったが、フリーマンは宇宙への旅をあきらめなかった。「帆をうまく調節して、帆に当たる日光の圧力と太陽との引力との釣り合いを取りながらジグザグに進めば、どこへでも好きなところへいける。これは地球上の帆船の船長が、帆に加わる風圧を竜骨に加わる水の圧力と釣り合わせて走るのとおなじ仕方である」

 

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「トキミ、トキミ」

 夢から引きもどされる。

「イエス?」

「出てこられるかい?」

「イエス」

「クジラが来ている」

「イエス!」

 あわててテントからはい出る。

「すぐそこだ」

 デイビッドのあとについて海に向かう。テントは高さ一五メートルほどの崖の上に設置されていて、出入り口から崖っぷちまでは徒歩一〇秒ほど。

 崖っぷちの岩の上に腰を下ろす。

 夜空はあいかわらず金の砂で埋め尽くされていて、遠くにバンクーバー島が、足元には湾岸水路が黒々と横たわっている。

 なにも見えない。

 なにも聞こえない。

 あきらめかけたとき、闇の左手から温かく、湿った呼吸音が伝わってくる。

 フシュー。

 ふたたび長い沈黙。

 今度は右斜め前方。

 フシュー。

 それがさいごだった。

 デイビッドはテントにもどり、ぼくは崖っぷちに残って、夜の海を泳ぐクジラを思った。

 

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 再会のさいごの日、ジョージはフリーマンへの手みやげにと、サケ釣りに行くことに決めていた。

 太陽の輝きを見ようと早起きしたふたりは、海を見渡す岩の上に座った。カワセミが足の下をかすめて飛び、ワシが頭上を舞っていた。

 海岸から約一・六キロのところに、つよい潮流があった。その日の朝はとくにはげしく、青い海に白い条ができていた。

 黒いちいさな斑点が白い箇所に入っていくのが見え、遠くからモーターのプップッという音が聞こえた。

 ジョージは静かに言った。

「やつらはなんという神経をしているんだ。オープンボートで、あんなところに入っていくなんて」

 数秒後、斑点は氷のような海に消え、モーター音が止まった。

 ジョージと友人のケンはすぐにゴム製のゴムボートに乗りこみ、出発した。それから半時間、フリーマンたちにはなにも見えなかった。

 やがてふたたび現れたゴムボートには四人が乗っていた。よろけながら浜を上がろうとする老人の手は氷のように冷たかった。    

「自分の命が尽きるのを知り、沈んでゆく覚悟をした。ゴムボートが現れたときは夢を見ているのだと思った」

 熱いお茶とパンケーキで元気を取りもどした老人は、ストーブをはさんでフリーマンと話しつづけた。老人は聡明で本をたくさん読んでいて、フリーマンにプリンストンでのしごとと生活についてたくさん質問した。

 フリーマンは言った。

「だが、いまでは、わたしには、自分がいままでにプリンストンでした最善のことは、あの息子を育てたことのような気がします」

 夕方が近づき、フリーマンが出発する時間になった。

 サケを渡せないことをすまながるジョージに、フリーマンが言った。

「わびる必用はないよ。今日は、お前はサケよりももっと大きなものを釣りに行ったのだから」

 それが別れの挨拶となった。

 

(引用参考文献『宇宙船とカヌー/K・ブラウワー著(ちくま文庫)』『宇宙をかき乱すべきか ダイソン自伝上・下/F. ダイソン著(ちくま学芸文庫)』)

 

(カナダ 水の国、夏編・了)

 

 

*本連載は月2回配信(第2週&第4週火曜日)予定です。次回もお楽しみに。

 

 

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時見宗和(ときみ むねかず)

作家。1955年、神奈川県生まれ。スキー専門誌『月刊スキージャーナル』の編集長を経て独立。主なテーマは人、スポーツ、日常の横木をほんの少し超える旅。著書に『渡部三郎——見はてぬ夢』『神のシュプール』『ただ、自分のために——荻原健司孤高の軌跡』『オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組』『[増補改訂版]オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー 蹴球部中竹組』『魂の在処(共著・中山雅史)』『日本ラグビー凱歌の先へ(編著・日本ラグビー狂会)』他。執筆活動のかたわら、高校ラグビーの指導に携わる。

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日本ラグビー 凱歌の先へ
編著・日本ラグビー狂会

     

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