旅とメイハネと音楽と

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#25

インド〈1〉ムグライ料理&ナガランド料理

文と写真・サラーム海上

 

2年ぶりのインド滞在 

 2016年の大晦日、シタール奏者のヨシダダイキチさんやタブラ奏者のキュウリ君に誘われ、日本人インド古典音楽演奏家&好事家御一行でデリーを訪れた。僕がインドを訪れるのはちょうど2年ぶりだった。
 一時ほどの勢いは失われたが、今もインドは経済成長真只中。そのため2年も空けてしまうと、すさまじい速さで動いている社会の動きについていけなくなってしまう。しかし、音楽評論家の僕がインドの映画や音楽の最新のトレンドをキャッチアップ出来ないとは言ってられない! その上、そのひと月前にはモーディー首相がインド・ルピーの高額紙幣の年内廃止を突然発表するという大事件が起きた。ニュースでは、ルピーをタンス預金していた多くの人々は、まだまだ流通していない新札への交換を求めて、連日、銀行に長い列を作っている。活動が停滞し、現金が流通しないため経済も大きな打撃を受けていると報道されていた。
 7月にはクーデター未遂直後のトルコと、EU離脱決定直後のロンドンにも行ったばかりなのに、今度は現金不足のインドとは、オレはどれだけ旅の「引きが強い」んだ?
 といっても今回、僕は1月7日には茨城県で中東料理イベントが決まっていたため、それまでに帰国しなければならない。今回デリーに居られるのはたった6日間。デリー南部サーケート地区の3ベッドルームあるアパートに泊まり、連日、美味いモノを食って、最新のボリウッド映画を観て、CDやDVDを買い、ヨシダさんとキュウリ君たちが出演するコンサートを観て、自宅用のカーテンをオーダーメイド……それだけやれば6日間はあっと言う間だろう。そんなわけで今回から年末年始のデリーで食べた料理を紹介しよう。

 

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成田からデリーへ出発

 

 成田からデリーは9時間弱。エア・インディアの最新型ボーイング787に乗り、最新のボリウッド映画を4本続けて観終わる頃にはデリー・インディラ・ガンディー空港に到着だ。
 入国審査を済ませ、両替のため銀行に行くと、「一人最大4000ルピーを両替できます。日本人は8000円を用意してください」と声をかけられた。え、1ルピー=2円? 1.7円くらいのはずでは? いつの間にそんなに高くなったんだ? そこで文句を言っても仕方ないので8000円ちょうどを手渡し、4000ルピーを手に入れた。
 次に携帯電話会社のブースに行き、SIMカードを買い、スマホに差し込む。これで、どこでもインターネットにつながるぞ!
 出口で手配していた送迎車を見つけ、まずはサーケートのアパートへ。通勤渋滞を抜け、アパートにチェックインをすませると、窓の外からは打ち上げ花火やクラッカー、若者の騒ぎ声やバイクのクラクションがガンガン聞こえてくる。時計を見ると午後8時すぎ。新年のカウントダウンまであと四時間足らずで、町は浮かれているのだ。つい10年ほど前までは、若者たちが町に繰り出して誰これかまわず新年のカウントダウンを祝うなんて習慣はデリーにはなかったのだが……。まあ、それを言ったら東京渋谷のハロウィンも同じことか。

 

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サーケートのアパート

 

 

北インド・ムグライ料理の銘店『Alkauser』 

 部屋で落ち着く間もなく、今度はタクシーに乗り、友人たちが待つ北インド・ムグライ料理の銘店『Alkauser(アルカウサル)』へ。
 ムグライ料理とはムスリムの帝国だったムガル帝国宮廷の料理が元となった北インドの料理。基本的にノン・ヴェジタリアンで、日本の多くのインド料理店が出すタンドーリー・チキン、ナッツのペーストやクリームを使った濃厚なマトンやチキンのマサラなどは典型的なムグライ料理だ。
 近年、日本では野菜をたっぷり使ったヘルシーな南インド料理が注目されている。逆に、炒めた玉ねぎと大量のスパイスやクリームを使い、胃に重い北インド料理は敬遠されがちだ。しかし、普段から肉好きの僕はどちらか一つを選べと言われたら、間違いなく美味いムグライ料理を選ぶだろう。ただし、何処にでもある北インド料理店が出すムグライ料理ではなく、特別な店の特別に美味いムグライ料理に限るが。

 

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ムグライ料理店『アルカウサル』の外観

 

 サーケートからデリー空港に戻るヴァサント・プレイスの真っ暗な街道、リングロード沿いにぽつねんと建つこの店は、外見こそ庶民的ながら、カバーブやタンドール料理、ビリヤニなどが激ウマで、デリーを訪れる度に必ず一度は立ち寄っている。
 お店は半野外になっていて、テイクアウトするお客も多い。レジ前に集っているのはむさ苦しいオッサン客ばかりだが、女性客や家族連れの客も建物の奥にあるファミリー向けサロンに陣取れるので、安心してほしい。そのファミリー向けサロンに入ると、デリー在住の日本の友人たち四人が僕たちの到着を待ちながら、すでにたっぷり料理を注文していてくれた。

 

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『アルカウサル』の入り口。テイクアウトのオヤジたちでごった返す

 

 まずはカコーリー・カバーブのロール。カコーリー・カバーブは羊の挽肉を各種スパイスとすり鉢で柔らかくすりつぶし、ペースト状に練り上げたものをアルミホイルに塗りつけ、軽く焼いたもの。まるで生肉のように柔らかい食感で、歯の悪い王様のために考案された料理と言われている。
 僕たちだけなら通常のカコーリー・カバーブを頼んでしまったところだが、デリー駐在の皆さんは一味ちがう! 僕たちのために頼んでくれたのはカコーリー・カバーブのロールだった。

 「ロール」とはカバーブなどを薄く延ばしたナーンの生地でくるりと巻いたラップサンドのこと。外側は焼き色が付いてパリパリ、中はしっとりの生地にネットリしたカコーリー・カバーブが包まれると、カバーブだけ食べるのと比べて、食べやすさが一気に増した! 紫玉ねぎのスライスやミントのソースをかけると際限なくパクパクと食べられてしまう! これは僕たちだけでは注文出来ない。さすがデリー駐在組!

 

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カコーリー・カバーブ・ロール。中にはトロトロに柔らかいカバーブ

 

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カコーリー・カバーブ・ロールの断面。薄い生地で食感大幅にアップ!

 

 次に運ばれてきたのは、この店を訪れる誰もが注文するアフガニー・チキン、そして素焼きの壺で炊き上げたチキン・ビリヤーニー! 実はこの二品こそ僕がこの2年間恋焦がれてきたこの店の料理なのだ! 
 アフガニー・チキンはヨーグルトに黒胡椒、クローブ、カルダモンなどを混ぜた白いペーストでマリネした鶏肉を炭火焼きにしたもの。通常のタンドーリー・チキンはオレンジ色なのに対し、こちらは白いのが特徴だ。
 そして、チキン・ビリヤーニーは小麦粉の生地で密閉した壺の蓋をビリっと剥がして、サフランやミントなどの爽やかな香りが立ち上るのを楽しみながら盛り付ける。美味すぎる!

 

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アフガニー・チキン。白いのが特徴で、中東料理とインド料理の中間の味

 

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素焼きの壺に詰まったチキン・ビリヤーニー

 

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デリー在住のフキさんがビリヤーニーを取り分けてくれた

 

 この二品は毎回外せないが、次からはまたまた僕たちだけでは頼めない上級者向けの料理が続いた。
 まずソヤ・チャープという大豆製ベジミートをマサラに漬け込んで炭火で焼いたベジタリアン向けのカバーブ。大豆製ベジミートをカレーのグレイビー(汁、ソース)で煮たものは食べたことがあったが、タンドール焼きは初めて。インドの大豆製ベジミートはパイ生地やクロワッサン生地のようにレイヤーになっていて、食感が面白い。その上、結構どっしりと食べごたえがあって、トルコのパイ、ス・ボレッキを思い出した。

 

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ソヤ・チャープ。大豆製ベジミートの炭火焼き。ベジタリアン向けのカバーブ

 

 続いては骨付きマトンを長時間かけてじっくりと煮込んだマトン・二ハーリー。カレーと言うよりもシチューやスープのような汁物で、元々はデリーの肉体労働者向けに前夜から煮込んだスタミナ朝食として生まれたムグライ料理と言われている。
 近年、日本でもパキスタン料理店を中心に出す店が増えている。骨から出た出汁が実に濃厚で美味すぎる。

 

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マトン・二ハーリー。これが朝食ってどうよ?

 

 焼き物がもう一品、チキン・バラ。バラとはマサラで漬け込んだ肉を炭火で焼いたものを指す。ではタンドーリー・チキンとチキン・バラの違いは? 僕はそれを正確に定義することは出来ないが、まず、タンドーリー・チキンと先ほどのアフガニー・チキンの違いと同じで、使うマサラ、スパイスの種類が違うことは確かだ。そして、チキン・バラは炭火グリルで水平に焼かれ、タンドーリー・チキンは縦型のオーブンであるタンドールの中で垂直に焼かれるという違いがあるようだ。

 

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チキン・バラ。通常のタンドーリー・チキンよりも、さらにマサラ味が強い


 そして、もう一品の汁物は土曜日だけの特別メニューのマトン・シチュー。ここまで来ると、僕の舌は大量のスパイスとマトンやらチキンやらで麻痺してしまい、正直言ってマトン・カレーやマトン・マサラと何が違うのかよくわからなかった。ともあれハッピー・ニュー・イヤー! 

 

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マトン・シチュー。味は失念……

 

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新年のカウントダウンまであと一時間の南デリー路上

 

 

北東インド・ナガランドの料理店『Nagaland's Kitchen』 

 1月2日、ヨシダダイキチさんとキュウリ君が、デリー在住のタブラ奏者チョーさんことアルナングシュ・チョードリーさんが主催するインド古典コンサートに出演した。会場はデリーにおけるインド古典音楽の殿堂、インディア・ハビタト・センター。それだけに本番前のキュウリ君は緊張に押しつぶされそうになっていたが、公演は無事に終了し、翌日の新聞にも良いレビューが載った。

 

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サーケートのアパートの居間。常に誰かが楽器練習をしている

 

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ハビタト・センターの楽屋で緊張に押しつぶされそうなキュウリ君

 

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コンサートの成功を祈願して、オイルランプに灯りをともす面々

 

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チョーさん、ダイキチさん、きゅうり君のインド古典演奏

 

 その晩の打ち上げにはグリーンパークにある北東インド・ナガランド州の料理店『Nagaland's Kitchen(ナガランズ・キッチン)』を訪れた。
 ナガランド州はミャンマーと国境を接する小さな丘陵の州で、ナガ族を中心にアジア系の少数民族が多数を占め、ヒンドゥー文化よりもミャンマーやアッサムの文化と共通項が多い。かつては部族間戦争や首刈りがさかんに行われ、アニミズムが信仰されていたが、現在では住民の90%以上がキリスト教徒となっている。そんなナガランドの料理はインドの地方料理の中でも最も変わった味だった。驚くことに、豚骨スープや納豆が用いられていたのだ! 
 インドではヒンドゥー教徒もムスリムも豚肉を食べない。キリスト教徒が多いゴア州ではポーク・ヴィンダルーという豚肉のカレーがあるが、それを除くと僕は豚肉を使ったインド料理を食べたことはなかった。ナガ族は東南アジアとも食文化が共通するし、キリスト教徒だから、豚肉を食べても何もおかしいことはない。

 

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グリーンパークにあるナガランド料理店『ナガランズ・キッチン』

 

 一品目は豚バラ肉の醤油煮。これは隠し味にマサラが使われ、インド料理と中華料理をミックスしたような味だ。
 驚かされたのは二品目以降。まず豚バラ肉、揚げなす、青菜を豚骨スープで煮込み、赤唐辛子粉で辛み、納豆で味を付けたスープ。表面には真っ赤な色の付いた豚の脂が1cm近く浮いている。納豆は糸こそ引かないものの、匂いと味は日本の納豆とほぼ同じだ。インドで臭い豚骨スープをすすることになるとは!?
 三品目は燻製にした豚バラ肉をメンマ、青菜、納豆とともにやはり豚骨スープで煮込み、表面には赤唐辛子粉に染まった豚の脂がギットリ浮いていた。ナガランド料理はインドの家系ラーメンか? この脂、僕はパスしよう。

 

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豚バラ肉の醤油煮。それにしてもバラ肉の脂多すぎない?

 

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豚バラ肉、揚げなす、青菜、赤唐辛子、納豆の豚骨スープ

 

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燻製豚バラ肉、メンマ、青菜、赤唐辛子、納豆の豚骨スープ

 

 次にテーブルに並んだのはレンズ豆のカレースープのダル。さすがにダルに関してはインド料理と同じ味付けだった。ベジタリアン人口の多いインドでは、いくらナガランドがキリスト教徒の州と言ってもベジタリアンに対応するダルは必要なのだ。
 そして、鰹をココナッツミルクで煮てレモングラスで味を付けたスープ。これは鰹の出汁がたっぷり出ていて、日本人にはどこか懐かしい味だ。

 

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どこか懐かしいようでいて奇妙なナガランド料理に皆さんタジタジ

 

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鰹をココナッツミルクで煮てレモングラスで味を付けたスープ

 

 これら納豆味の豚骨スープ、鰹出汁のスープを猫まんまのように白飯にぶっかけて食すのである。インド料理と言うよりも東南アジアの料理に近いではないか! いや日本の料理こそもっと近いのかもしれない。
 いやはや、ナガランド料理はインド亜大陸の奥の細道だわ。日本にいても豚骨ラーメンや納豆ご飯を食べることのない僕は二度と足を運ばないとは思うが、インド料理好きならナガランド料理を一度は体験したほうが良いだろう。
 次回はデリーのテイクアウト料理について記していこう。

 

*インド編、次回も続きます。お楽しみに!
 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。次回もお楽しみに! 〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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